よく食べる話
健一は、さっきの仕返しとばかりに、意地悪く笑った。
「まあ、ちょっと、事情があって?」
健一の皮肉に気づき、瑠璃は不満そうな表情を浮かべる。釈然としないようすで、しぶしぶここに来た理由を話しだした。
「野暮用で、警視庁に行ったときにね」
いきなり始まった語りだしに、健一は首をかしげた。
「何の話だ?」
「私が何でここに来たのかの話よ」
瑠璃は不機嫌そうに語気を強める。健一はいたずらっぽく笑った。
「野暮用って何だよ」
「それは……別にいいでしょ!今は関係ないことよ」
瑠璃はひどくうろたえていた。今は関係ないと言ったので、健一は深くつっこまない。小娘をもっと困らせようとするほど、健一は意地悪ではなかった。
「そのときにね、受付に盤隆中の生徒がいたのよ。制服が有名だから、すぐにわかった。でね、その子が受付ともめてたのよ。……処刑管理課につなげって言っててさ」
健一は眉をひそめる。瑠璃は横に垂れた髪を払いあげた。
「警察の判断に不満があったみたい。あれは自殺じゃないから話を聞いてくれーって言ってたの。三美神がもう知ってるかはわかんないけど、盤隆中の生徒が先月自殺してるのよ。学校の校舎からね。そのときの資料を確認したら、警察は受験を苦にした自殺ってことで片づけてた」
「……で、それが違うって、その子は言ってたのか」
「そう。資料を読んでも初動捜査の不備は見られない……。ちょっと引っかかるところはあるから、このへんは担当した捜査員に詳しく話を聞きたいところだけど」
健一は目を伏せて考え込む。どうにも物騒なものが隠れているような気がしていた。
「……で?健一君はどうしてここにいるの?」
健一は、ああ、と瑠璃に視線を戻した。
「会ったことがあるんだ。ここで死んだ子どもに」
健一は簡単に説明する。万引きを止めたこと。いじめられているようすであったこと。手紙をもらったこと。
瑠璃は哲や和也のように、あきれた表情を浮かべる。
「実に、健一君らしいわね。ほっとけばいいのに。そういうのは三美神が止めなきゃいけないわけじゃないんだから」
瑠璃は小ばかにした視線を健一に送る。さすが親子、血は争えない。健一は自嘲気味に笑った。
「でも健一君の気持ち、わからないでもないわ。話を聞いただけもむかつく。弱い者いじめなんて、ゴミみたいなやつがするのよ。本当に気分が悪い」
哲と同じような振る舞いをする瑠璃だが、健一と通じ合うところがないわけではなかった。とはいえ、理性を持って自分の正義感を前に出さない瑠璃のほうが、健一よりも大人なのかもしれない。
†
百合園邸の三美神会議室にかかったシックな振り子時計は、ちょうど十時を指していた。
三美神はすでに会議室に集まり、所定の位置に座っている。紅茶とミルクティーはすでに配膳され、ティースタンドも置かれていた。 哲の対面にあるソファは空席だが、その前にも湯気の立つ紅茶が置かれていた。
今日のお茶菓子はチョコチップ入りスコーンとチーズ入りスコーン。和也はトングでせっせと哲の分のスコーンを皿に移す。哲の前に皿が置かれたとき、ノックの音が聞こえた。
三人の返事を待たず、会議室の扉が開く。
毛先が微妙にふんわりと巻かれた状態の瑠璃が入ってきた。くせ毛体質なので、寝起きはこうなっていることが多い
「ごめんね、遅れちゃって。ちょっと寝坊したの」
薄付きの化粧をしている瑠璃は、髪を手櫛で整えながら、ソファに座った。姿勢よく座って、足を斜めにしている。
「瑠璃ちゃんは何が良い?」
瑠璃をとがめることなく、和也はほほ笑んだ。瑠璃はティースタンドのスコーンを見つめる。
「とりあえず一つずつかな」
笑顔で言った瑠璃に、健一が口を出す。
「あのなぁ、おまえがこの中で一番年下なんだから、和也にさせるんじゃなくて自分で取れよ」
ムッとした瑠璃をかばうように、和也が朗らかに言う。
「まあまあ、いいんだよ。僕がやりたくてやってるんだから」
和也は瑠璃の言うとおりにスコーンをよそい、瑠璃の前に置く。瑠璃は上機嫌に笑っていた。
哲の娘である瑠璃は、「普通の生活」を望む皐月とは違い、自分から三美神案件に関わりたがる究極のもの好きだ。三美神にとっても、瑠璃が気まぐれに捜査に参加するのは慣れた光景だった。
哲が顎を触りながら口を開く。
「で、どうしようか?」
健一に顔を向けた。足を組んで、高慢に笑う。
「もとはといえばおまえの行動がきっかけだろう? おまえはこの件をどうしたいんだ?」
哲はロイヤルミルクティーに、口を付けた。それを見て、瑠璃は自分の皿にあるチョコチップのスコーンを手に取る。三美神の話をよそに、静かに食べ始めた。朝ごはんはまだだったらしい。
健一は長いため息をつく。
「そんなこと言われても……これが三美神案件じゃないことぐらいわかってるさ。あくまでも俺個人が関わっただけの話。常軌を逸した殺人事件なんかじゃない。俺たちがなんとかする話じゃないだろ」
「おまえにしては冷静な意見だな」
哲は鼻で笑う。
二人の会話をよそに、和也が瑠璃に向かって優しく言った。
「ふふふ、瑠璃ちゃんはなんのことかわからないよね」
スコーンを口に含んでる瑠璃は、にこやかにうなずく。口元で手を押さえながら言った。
「うん、ちょっと見せて」
和也は隣に置いていたタブレットを瑠璃に渡した。
瑠璃はタブレットをひざにおいて、慣れた手つきで操作していく。
タブレットの中には、今回の事件に関わること全ての情報が入っていた。三美神や警察の捜査によって得た情報が、すべて共有されるようになっている。
画面には事件に関する基本的な情報が並んでいた。




