表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三美神の鎮魂歌  作者: 冷泉伽夜
EP.3 よくある話
52/162

よく沈む話

 瑠璃は唇に触れながら、目を伏せて考え込む。


「そういえば、また死人が出た……っていうのは?」


 新名はきょとんとした顔になる。


「ほら、受付で言ってたじゃない。あれも事故で処理するのか―って」


 ああ……、と新名の表情が暗くなった。何度もまばたきをしながら、うつむく。


「私の通学路にある河川敷で、また、亡くなったんです、男の子が」


 新名は、まるで恐ろしいものでも思い出したかのように頭を抱え、顔をゆがめた。


「……私、見ていたんです。あの河川敷で。見てたの……。あの子が苦しそうにもがいてるところ。あのときはまだ生きてたのに。ちゃんと動いてたのに。でも私たちは助けなかった。自分が同じような目に合うって思ったら、逃げちゃって……。まさか、本当に死ぬとは思ってなくて」


「……そう。だから、あなたは怖くなってここに来たのね。自分が、見殺しにしたと思ったから……」


 新名の頬に、涙が一筋、流れ落ちる。


「うう……ごめんなさい……私……本当は、助けたかったのに……友達にとめられて……私が助けたら、友達も巻き込まれるかもしれないって思って、それで……」


 その姿に、慰めの言葉もなく、瑠璃は尋ねた。


「その河川敷ってどこにあるの?」


 新名はしゃくりあげながら、詳しく伝えた。その瞳からはさめざめと、涙がとめどなく流れていく。新名は顔を手で覆った。


 この場にいたのが健一だったなら、彼女に「君は悪くない」と断言して励ましただろう。しかし瑠璃は、冷静な視線を向けるだけ。


「こうやって、一人で警視庁にまで来たのは、とてもすごいことだと思う。あなたが、何かしなきゃいけないって決意しなければ、できないことだもの。みんなと一緒に、ただただ大人しくしておくことだってできたはずなのにね……」


 新名は、覆った手をはなして、瑠璃の顔を見つめた。新名のまぶたは、赤く腫れている。


(集団の言いなりになるのも、一人で死を選ぶのも、なんて愚かなことなのかしら)


 瑠璃の瞳には、同情も優しさも帯びていない。ただ、虚しさが映るだけだった。






          †






 健一は高架下に座り、遺体が見つかった川岸を眺めていた。西日が痛いくらいに差し込み、健一の体を赤く照らす。


夕方にもなればすでに初動捜査は終わっている。河川敷は奇麗に片づけられていた。遺体も警視庁に運ばれた。遺族による遺体の確認が終わったら、自宅に戻されるはずだ。


 健一はとにかく虚しい気分におちいっていた。助けを求められ、助けてやりたいと思っていたはずなのに、結局救えていない。


 いくら健一がその場をなんとかしてあげたところで、しょせん三美神には学校の問題には手出しできない。


 あのときあの少年を助けたことは、ほんとうに余計なことだったのかもしれない。


 健一は胸ポケットからもらった手紙を取り出し、そこに書かれてある文章に目を通す。


字のようすから、必死さが伝わってくる。自分がいじめられていること。以前いじめられていた子が自殺したこと。いじめっ子は権力者の息子で誰も助けてくれないこと。自殺した子のことを学校が隠蔽いんぺいしていること。


 詳細は書かれていない。おそらく詳しく書く余裕はなかったのだろう。


「……げ」


 女性の拒絶するような声が高架下に響く。声のしたほうを向くと、高架下に入ってきた瑠璃が、健一を見ながら嫌そうな顔をしていた。


 健一はルーズリーフをたたんで胸ポケットにしまう。ムッとした表情を浮かべて言った。


「げってなんだ、げって。父親に似て難しいやつだな、おまえは」


 瑠璃は短く息をついて健一に近付く。その足音が、やけに大きく響いた。


「で? なんでここに来たんだ?」


「それはこっちのセリフなんだけど……」


「父ちゃんから聞いたのか?」


 瑠璃は首を振った。川岸に体を向け、じっと川を見据える。風が吹いて、瑠璃の髪が色っぽくなびいた。


 瑠璃は舞い上がる髪をおさえながら、口を開く。


「死体はどのへんにあったの?」


 健一は目の前の川岸を指さした。


「あそこらへんだな。顔が水につかってたんだと」


「そう。じゃあ溺死かしらね。水につかってたのは顔だけ?」


「ああ」


「警察は事故って?」


「まだ断定はしてないが、事故の可能性が高いって思ってるだろうな」


 瑠璃は目を凝らして川を見つめた。川はゆるやかに流れていく。


「で?なんでおまえはここに来たんだ? ここで死体が見つかったことを誰に聞いたんだ? 」


 健一は疑わしい目で瑠璃を見つめた。


「……まあ、ちょっとね」


 瑠璃は含みのある言い方でとどめた。時間のかかる説明は、めんどうくさがってしたがらない。


 その態度を不快に思う健一だったが、あえて続きを促そうともしなかった。


 瑠璃は図々しくも尋ねてくる。


「健一君がここにいるってことは、この事件は三美神案件なの?」


「……さあな。こういうのはおまえの父ちゃんが決めるから」


 瑠璃は健一の質問にきちんと答えていないのだから、健一も瑠璃の質問に答える義理はないだろう。


 瑠璃は、ふうん、と視線を川へ戻した。


「……じゃあ、私一人でやるしかないか」


 健一は瑠璃をいぶかしげに見つめる。健一の言葉を待たず、瑠璃は続けた。


「中学生が一人死んだだけでしょ?それだけじゃお父さんは興味持たないもの。わざわざ三美神で捜査することにはならないわ」


 言い方に難はあったが、確かにその通りだ。父親と同じように、瑠璃は冷静で客観的だ。とても十八の小娘には思えない。


「三美神は、盤隆中学の生徒が一カ月前に自殺してることは知ってるの?」


 それは、健一がもらった手紙に記載されていたことだ。なぜ瑠璃がそのことについて知っているのか、健一は不審に思った。


 瑠璃が何かに気付いたようにハッとする。唇をなぞって考え込みながら、首をかしげた。


「そもそもどうして、ここで発見されていた遺体のことを三美神が知っているの? ただ、中学生が一人死んでいただけなのに……? 」


 連続殺人や凶悪殺人の現場に三美神が出向くことはあっても、ただの事故や自殺現場に顔をのぞかせることはめったになかった。河川敷で見つかった中学生の遺体に、三美神が首を突っ込みたくなる要素はないはずだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ