よく沈む話
瑠璃は唇に触れながら、目を伏せて考え込む。
「そういえば、また死人が出た……っていうのは?」
新名はきょとんとした顔になる。
「ほら、受付で言ってたじゃない。あれも事故で処理するのか―って」
ああ……、と新名の表情が暗くなった。何度もまばたきをしながら、うつむく。
「私の通学路にある河川敷で、また、亡くなったんです、男の子が」
新名は、まるで恐ろしいものでも思い出したかのように頭を抱え、顔をゆがめた。
「……私、見ていたんです。あの河川敷で。見てたの……。あの子が苦しそうにもがいてるところ。あのときはまだ生きてたのに。ちゃんと動いてたのに。でも私たちは助けなかった。自分が同じような目に合うって思ったら、逃げちゃって……。まさか、本当に死ぬとは思ってなくて」
「……そう。だから、あなたは怖くなってここに来たのね。自分が、見殺しにしたと思ったから……」
新名の頬に、涙が一筋、流れ落ちる。
「うう……ごめんなさい……私……本当は、助けたかったのに……友達にとめられて……私が助けたら、友達も巻き込まれるかもしれないって思って、それで……」
その姿に、慰めの言葉もなく、瑠璃は尋ねた。
「その河川敷ってどこにあるの?」
新名はしゃくりあげながら、詳しく伝えた。その瞳からはさめざめと、涙がとめどなく流れていく。新名は顔を手で覆った。
この場にいたのが健一だったなら、彼女に「君は悪くない」と断言して励ましただろう。しかし瑠璃は、冷静な視線を向けるだけ。
「こうやって、一人で警視庁にまで来たのは、とてもすごいことだと思う。あなたが、何かしなきゃいけないって決意しなければ、できないことだもの。みんなと一緒に、ただただ大人しくしておくことだってできたはずなのにね……」
新名は、覆った手をはなして、瑠璃の顔を見つめた。新名のまぶたは、赤く腫れている。
(集団の言いなりになるのも、一人で死を選ぶのも、なんて愚かなことなのかしら)
瑠璃の瞳には、同情も優しさも帯びていない。ただ、虚しさが映るだけだった。
†
健一は高架下に座り、遺体が見つかった川岸を眺めていた。西日が痛いくらいに差し込み、健一の体を赤く照らす。
夕方にもなればすでに初動捜査は終わっている。河川敷は奇麗に片づけられていた。遺体も警視庁に運ばれた。遺族による遺体の確認が終わったら、自宅に戻されるはずだ。
健一はとにかく虚しい気分におちいっていた。助けを求められ、助けてやりたいと思っていたはずなのに、結局救えていない。
いくら健一がその場をなんとかしてあげたところで、しょせん三美神には学校の問題には手出しできない。
あのときあの少年を助けたことは、ほんとうに余計なことだったのかもしれない。
健一は胸ポケットからもらった手紙を取り出し、そこに書かれてある文章に目を通す。
字のようすから、必死さが伝わってくる。自分がいじめられていること。以前いじめられていた子が自殺したこと。いじめっ子は権力者の息子で誰も助けてくれないこと。自殺した子のことを学校が隠蔽していること。
詳細は書かれていない。おそらく詳しく書く余裕はなかったのだろう。
「……げ」
女性の拒絶するような声が高架下に響く。声のしたほうを向くと、高架下に入ってきた瑠璃が、健一を見ながら嫌そうな顔をしていた。
健一はルーズリーフをたたんで胸ポケットにしまう。ムッとした表情を浮かべて言った。
「げってなんだ、げって。父親に似て難しいやつだな、おまえは」
瑠璃は短く息をついて健一に近付く。その足音が、やけに大きく響いた。
「で? なんでここに来たんだ?」
「それはこっちのセリフなんだけど……」
「父ちゃんから聞いたのか?」
瑠璃は首を振った。川岸に体を向け、じっと川を見据える。風が吹いて、瑠璃の髪が色っぽくなびいた。
瑠璃は舞い上がる髪をおさえながら、口を開く。
「死体はどのへんにあったの?」
健一は目の前の川岸を指さした。
「あそこらへんだな。顔が水につかってたんだと」
「そう。じゃあ溺死かしらね。水につかってたのは顔だけ?」
「ああ」
「警察は事故って?」
「まだ断定はしてないが、事故の可能性が高いって思ってるだろうな」
瑠璃は目を凝らして川を見つめた。川はゆるやかに流れていく。
「で?なんでおまえはここに来たんだ? ここで死体が見つかったことを誰に聞いたんだ? 」
健一は疑わしい目で瑠璃を見つめた。
「……まあ、ちょっとね」
瑠璃は含みのある言い方でとどめた。時間のかかる説明は、めんどうくさがってしたがらない。
その態度を不快に思う健一だったが、あえて続きを促そうともしなかった。
瑠璃は図々しくも尋ねてくる。
「健一君がここにいるってことは、この事件は三美神案件なの?」
「……さあな。こういうのはおまえの父ちゃんが決めるから」
瑠璃は健一の質問にきちんと答えていないのだから、健一も瑠璃の質問に答える義理はないだろう。
瑠璃は、ふうん、と視線を川へ戻した。
「……じゃあ、私一人でやるしかないか」
健一は瑠璃をいぶかしげに見つめる。健一の言葉を待たず、瑠璃は続けた。
「中学生が一人死んだだけでしょ?それだけじゃお父さんは興味持たないもの。わざわざ三美神で捜査することにはならないわ」
言い方に難はあったが、確かにその通りだ。父親と同じように、瑠璃は冷静で客観的だ。とても十八の小娘には思えない。
「三美神は、盤隆中学の生徒が一カ月前に自殺してることは知ってるの?」
それは、健一がもらった手紙に記載されていたことだ。なぜ瑠璃がそのことについて知っているのか、健一は不審に思った。
瑠璃が何かに気付いたようにハッとする。唇をなぞって考え込みながら、首をかしげた。
「そもそもどうして、ここで発見されていた遺体のことを三美神が知っているの? ただ、中学生が一人死んでいただけなのに……? 」
連続殺人や凶悪殺人の現場に三美神が出向くことはあっても、ただの事故や自殺現場に顔をのぞかせることはめったになかった。河川敷で見つかった中学生の遺体に、三美神が首を突っ込みたくなる要素はないはずだ。




