よく怒る話
場違いな格好の場違いな子どもの存在に、警視庁を出ようとした西園寺瑠璃の足が止まる。
普通の女性より頭一つ分背が高く、スタイルも良い。胸の下まであるつややかな黒髪。胸と細いウエストが強調された、グレーチェックの膝下ワンピース。大きくて魅惑的な瞳と唇が、全身から醸し出される高慢な色気と合わさって、質の悪い悪女のようだった。まだ十八という年齢だが、妙に艶めかしい。
瑠璃は、二重の黒々とした瞳で、受付を凝視する。
「お願いします!刑事部に取り次いでください!調べなおしてほしいんです」
周りが引き気味にちらちらと見やるほど、新名は興奮して叫んでいる。受付業務の女性が、なんとか冷静に対応しようとしていた。
「ですがあの事件はもう自殺となっておりますから」
「だから違うんですって!」
そのとき、外で所用を済ませた東悟が出入り口から入ってくる。瑠璃に気付くと、手をあげた。
「よお。久しぶり。珍しいな、お使いか?」
瑠璃はぺこりと頭を下げ、再び視線を受付に向けた。東悟も瑠璃の視線の先を見る。
「とにかく刑事部に!刑事部がだめなら、せめて処刑管理課につないでください!」
「それはできません!処刑管理課は一般の方を通せない決まりでして」
「三美神は警察がめんどくさがって捜査しない事件を、再捜査することだってあるんでしょう?だったらつないでよ!」
「できません!」
「中学生だからって下に見てるんでしょう?やっぱり警察ってクソだわ!そんなんだから三美神に手柄を取られるんでしょう!」
くすっと瑠璃が笑う。それを東悟に見られたのに気付き、慌ててきりっとした表情を作った。
瑠璃の笑いは受付まで聞こえていなかったようで、ますます受付での言い争いはヒートアップする。
「処刑管理課につないでください!刑事は信用できない!どうせ権力に飲み込まれてるんでしょうから!」
受付の女性は、ムッとした表情を浮かべる。しかし、東悟たちが受付のようすを見ていることに気付いたようで、堂々と言ってのけた。
「もう解決したはずです。刑事部につなぐこともできませんし、処刑管理課は一般の方は通さない決まりなので無理です。通したとしても、三美神は気まぐれな方々ですから、あなたの話を真面目に聞いてくれるかもわかりません」
新名は悔しそうに受付をにらんで、声を張り上げる。
「また死人が出たのよ!盤隆中の男子生徒よ!このままあれも事故って判断するんでしょ!政治家と学校に、警察は言いくるめられてるんだわ! 日本の刑事は権力に屈する奴らばっかりなのね!」
受付の女性は、あきれた表情でため息をつく。まるで話が通じない、と悩ましそうにしていた。それでも新名は、必死に訴えている。
「このままじゃまた死人が出るわ!警察もあいつらと一緒よ!人の生き死にを何とも思ってない!もう二人も死んだっていうのに!どうしてまともに取り合ってくれないの!あの自殺は、みんな、本当のことを言いたがらなかっただけなのに!」
瑠璃が妖しく笑いながら、新名の隣で受付にもたれかかる。新名はびくりと震えて、瑠璃を見上げた。
瑠璃の凛とした奇麗な声が、受付に放たれる。
「盤隆中の自殺って何?」
新名は後ろに気配を感じたようで、振り向いた。あきれたようにため息をつく東悟が、瑠璃を見下ろしている。
受付の女性は、ちらりと東悟を確認して、言いにくそうに口を開いた。
「先月、盤隆中の生徒が、校舎から飛び降りる事案があったようなんです。私も詳しくは知りませんが。初動捜査では受験を苦にした自殺だと……」
「違う!自殺じゃない!」
新名が声を荒らげて訂正する。瑠璃はそんな隣の少女を指さした。
「って言ってるけど?」
「……初動捜査ではきちんと調べられているようなんです。学校の生徒や教員からもきちんと聞き込みを行ったみたいですし。その上で自殺と結論付けられた案件なんです」
受付の女性は語気を強めて言った。瑠璃はひるむことなく質問する。
「そのときの資料は残ってる?」
「はい……おそらく、きちんと管理されていると思いますが」
「それって私が見せてって言ったら見せてもらえるかしら?」
「え?」
受付の女性は目を見開いた。
「それは……」
「だめ?じゃあ西園寺哲の代理って言えば見られる?」
今度は新名が目を見開いて、瑠璃を見る。西園寺哲、というビッグネームに、耳を疑っていた。
受付の女性が困った顔をして、助けを求めるように東悟を見上げた。東悟も困ったようすで、肩をすくめている。
「この子は一度決めたことはやらなきゃ気が済まないんだ。父親譲りでな。絶対に引かないぞ」
受付の女性は長いため息をついた。しぶしぶといったようすでうなずくと、電話の受話器を持ち上げ、内線につなげた。
†
警視庁の外では新名がたたずんで、瑠璃が出てくるのをまだかまだかと待っていた。瑠璃が出入り口から出てきたとたん、駆け寄る。
「あの……どうでしたか?」
実に真剣な顔で、瑠璃を見上げている。瑠璃はじっと新名を見つめて、冷静に言った。
「殺人だとは思えない。初動捜査は完璧だし、それプラス聞き込みもちゃんと行ってる。日本の警察は優秀ね」
少女の表情が、さあっと絶望に変わる。瑠璃は続けた。
「でも、気になるところはあった。自殺の動機が受験を苦にしたものだって書かれてるのはひっかかる……。あそこってエスカレーター式でしょ? しかも偏差値がめちゃくちゃ高いし……他の高校を受験する必要ってあるのかしら」
受験を考える可能性があるとすれば、勉強に付いていけない場合や、素行不良だった場合だろう。しかし中学受験に合格して入学した生徒が、学校側が進学を拒否するほどの問題を起こすものだろうか。
瑠璃の言葉に、新名は何度も頭を縦に振った。
「そう!そうなんです!ほとんどの学生がそのまま高校に上がるのに、彼は他の高校を受験するって!しかもそれにはちゃんと理由があって!」
興奮して理路整然と話しきれていない新名の声に、瑠璃は耳を傾ける。新名はなんとか学校の状況を伝えようと、必死に話をしていた。
新名の話がひととおり終わると、瑠璃は口を開く。
「ふうん……なるほどね」




