守る存在か、守られる存在か 1
日の光がジリジリと照らしている。アスファルトの地面には、先日まで続いた雨のせいで水たまりが残っていた。
ようやく梅雨が明け、そろそろ夏がやってくる頃だ。スリーピーススーツだと、すでに暑苦しい。和也は額に手をかざし、日差しから顔を守っていた。
大きい木造建築の礼拝堂を前に、足を止める。気配を感じて視線を落とすと、三歳にもならないほどの男の子が、和也を見上げていた。
和也は穏やかにほほ笑み、小さく手をふる。男の子も控えめにふり返した。
「きゃああああああああ! なにしてんのぉおおお!」
礼拝堂のわきにある小道の奥から、女性の悲鳴があがる。怖い顔をした女性が、全速力で和也のもとに走ってきた。
礼拝堂の裏にある、児童養護施設の職員だ。女性は男の子を抱きかかえ、和也に何度も頭を下げた。
「わあああああ! すみません! すみません! 失礼しました! もう! なんであんた勝手にこっち行くのよ!」
「あ、大丈夫ですよ。ここの子なの? いくつ……」
「こっちに来ちゃいけないって言ってるでしょ! 白いお洋服を着た人のところには絶対行っちゃダメなの! ……ほんとにすみません! すぐに行きますから! すみません、ほんとうに……」
女性は和也の言葉も聞かず、逃げるように奥へ戻っていく。和也はほほ笑んだまま短く息をつき、礼拝堂に入った。
「お待ちしておりました。百合園様」
牧師が出迎え、頭を下げる。和也も会釈した。
「お久しぶりです、先日の聖体祭はお疲れさまでした」
「ありがとうございます。百合園様がいらっしゃらなかったのが残念です」
「僕はいつもどおり家で過ごしましたからね。金は出すけど口や体は出さない主義なんです」
百合園家は毎年、この礼拝堂と児童養護施設に寄付をしていた。礼拝堂の創立時から続く、伝統のようなものだ。
「おや、こんにちは」
和也の後ろで、皐月が静かに入ってくる。和也とは違い、水色のTシャツでラフな格好だ。牧師に対して軽く頭を下げた。
やや吊り上がった切れ長の目に、すっとした鼻先と薄い唇は、親子なだけあってよく似ている。おだやかにほほ笑む和也に対し、皐月は険しい表情を浮かべていた。
牧師が再び、和也に対して頭を下げる。
「朝礼拝の時間はもう終わっております。どうぞごゆっくり。お帰りの際はお声がけください」
「はい。ありがとうございます」
和也も軽く頭を下げた。牧師はにこやかに礼拝堂を出ていく。出入口のドアを丁寧に閉めていった。
和也は皐月についてくるよう手を振り、祭壇のほうへ向かう。
並んだ長椅子の間を進む二人の足音が、広々とした礼拝堂に響き渡った。
ここは、都内でも一、二の広さを誇っている。にもかからず、派手なステンドグラスは設置されていない。祭壇や窓はいたってシンプルだ。
それでも派手に感じるのは、壇上と祭壇に飾ってある花が色鮮やかで、豪勢だからだろう。信者が熱心な証拠だ。
「まさか、ちゃんと来てくれるとはね」
「そりゃ呼ばれたからね」
一番前の席にまで来ると、和也は先に座るよう、手をイスに向ける。促されたとおり、皐月は腰を下ろした。
「……で。何の用? 神に懺悔でもしろって? 」
冷ややかに言い放つ皐月の隣に、和也は座る。穏やかにほほ笑んで返した。
「まさか。皐月にとって教会はそういう場所なの? 己の罪を暴露して、許してもらう場所だと?」
「じゃあ、なんでここに呼び出したわけ?」
「僕がただ、ここに来たかったから」
皐月はため息をついて、あきれた声を出す。
「なにそれ。父って、そんなに熱心な信者だったっけ?」
「まさか。僕は聖書があれば十分、くらいの信者だよ。でも、考え事をしたいときに来る場所としては最高だと思ってる。ここは、僕みたいな人殺しでも拒まない場所だから」
和也の言い方に引っかかるものがあったが、皐月は「ふうん」とうなずいた。
「確かに、いつでも、誰にでも、開かれてる場所って言うしね」
「そういうことだよ。こういうのは見返りがあるかないかくらいの距離がちょうどいいんだ。神様に期待しすぎるのも、よくないしね」
祭壇を見上げた和也の顔から、ふと、笑みが消えた。その横顔に、皐月はますます冷徹な表情を浮かべる。
「で。用は何? はやく本題に入ってくれる?」
「せっかく久しぶりに会ったんだから世間話に付き合ってくれてもいいんじゃないの? ……まあ、いいけど」
和也は短く息をつき、自身のジャケットの内側をまさぐる。そこに手を入れたまま、皐月の手を取り、上に開かせた。




