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三美神の鎮魂歌  作者: 冷泉伽夜
EP.3 よくある話
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よく叱る話

 雑踏している人だかりを、健一はタバコをくわえながら眺めていた。いつものスリーピースではなく、カットソーにジーンズといったずいぶんラフな格好だ。数少ない喫煙所で、これから何をしようか考えながら、灰皿に灰を落とした。


 道を挟んだ向こう側には、若者が多く出入りするビルがある。一階がガラス張りになって、中にある書店のようすがはっきりと見えていた。健一はタバコをくわえたまま、何気なく書店を見つめる。


 視線の先には、おどおどとした態度の一人の少年。仲間と思われる三人の少年たちから、小突かれていた。健一の表情が険しくなる。


 中学生くらいだろうか。少年たちは全員水色の学ランを着ており、非常に目立っている。制服以外は何の変哲もない普通の学生だ。髪を染めたり、制服を着崩したり、そういった不良のような見た目はしていない。


 健一は、鼻から煙を出し、軽く舌打ちをした。不快な表情を浮かべて、タバコを灰皿にこすりつけて捨てる。






          †






 少年、桜庭さくらばあきらは、肩にかけたカバンのひもをぎゅっと握りながら、まわりを見渡していた。仲間の少年たちは、遠くにある棚の陰から桜庭のようすを眺めている。桜庭は不安そうな表情を浮かべて、小説コーナーに入った。そこには、桜庭の他に誰もいない。


 棚の中央に並べられた小説を一冊、そっと抜き取る。桜庭は自分を落ち着かせるように、深呼吸をした。本を持つ手を、急いでカバンの中に入れようとした。


 その腕を、突然つかまれる。桜庭はすぐに腕をつかんだ相手を見た。


 桜庭の手をつかんでいるのは、健一だった。怒るでも笑うでもない瞳で、桜庭を見下ろしている。


 殺されるとでも思ったのだろうか。桜庭の顔は徐々に青白くなり、体は小さく震え出す。


 そのようすに、健一はバツの悪そうな表情を浮かべて、言った。


「そういうのはやめとけ。それが欲しいもんじゃないなら、なおさら」


 桜庭の手から、ばさりと本が落ちた。健一はつかんだ手をはなす。


 桜庭は落ちた本を拾い、慌てて元の場所に入れなおした。健一に背を向けて、走り去っていく。健一は特に急ぐそぶりを見せず、ゆっくりと桜庭の後を追った。


 桜庭は、隠れていた同級生たちのもとへ走り寄る。


「お、戻ってきた」


「ごめんなさい……。その、見つかっちゃって」


 中学生にしてはがっちりとした体形の滝田たきたが、桜庭の後方を見てぎょっとする。桜庭も振り向いて同じ顔をした。


「……あのさ」


 あきれ切った声が、少年たちに向かって放たれた。


 少年たちの前にいるのは、茶髪の高身長で、ガーネットのピアスを付けた有名人。少年のような奇麗な顔立ちとは裏腹に、服装と言動は少々ガラが悪い。厳しい視線で少年たちを貫いている。


「ふざけたことやってねぇで帰って宿題でもしろよ」


 ドスの利いた声で言い放った。ふんわりと漂うタバコ臭さが、少年たちの恐怖を倍増させる。


 少年のうち、整った顔で冷たい表情を浮かべた箱崎はこざきが、健一の顔をじっと見つめた。


「え……? ふざけたことってなんですか?俺たちよくわかんないんですけど」


 しらを切ろうとする箱崎に、健一はにらみ付けながら言い捨てた。


「万引きさせようとしてただろ。見てたっつーの」


「え?桜庭、万引きしようとしてたのか?」


 箱崎の平然とした態度に、桜庭の顔がさあっと青ざめていく。


「ち、ちが……」


「そうだよなぁ? やるわけないよなぁ? だって万引きって犯罪じゃん」


 桜庭は何も言い返せず、目に涙をためている。その目で健一の顔を見上げた。まるで健一に希望を見いだすかのような目だ。


 健一は、不快感を隠そうとせず、顔をゆがませる。


「最初にやれって言ったのはおまえたちだっただろ。わかってんだよ、見てたって言ったろ。俺の前でしょうもないうそ並べてんじゃねえよ。やってることがダセえんだよ」


「うざ……」


 箱崎はぽつりとつぶやいた。


 健一は、箱崎をじっと睨み付ける。他の少年たちは健一の圧におびえて、何も言えないでいた。


 箱崎は、ふと、にこやかにほほ笑む。


「九条様が仰るようなこと、桜庭は絶対にしません。友達だから桜庭が万引きするわけないって信じてますし。俺たちが脅すこともありません」


 その声は、周囲に響き渡る程の声量だった。


「俺たち友達なんですよ? 九条様の見間違いとかじゃないんですか?そうだよね?やってないよね?桜庭」


 箱崎に顔を向けられた桜庭は、びくりと体を震わせる。箱崎は笑っているが、桜庭を見つめるその目は笑っていない。桜庭は声を出すことができなかった。


 健一は、弱弱しく震えているだけの桜庭を横目に、ため息をついた。そのため息にさえも、桜庭は震え上がる。


 箱崎は薄っぺらい笑みを浮かべたまま、さきほどと同じ声量で言い放った。


「本当に九条様がおっしゃるようなことはしていないんです。桜庭だってただ本を見ていただけかもしれないでしょう? 桜庭はそんなことするようなやつじゃないんです。でも俺たちが勘違いされるようなことをしていたのなら謝ります。本当に申し訳ありませんでした」


 健一に一歩近づいて、箱崎は深々と、仰々しく頭を下げた。その頭を見下ろして、健一は小さく舌打ちをする。


 いつのまにか周りが騒がしい。もともと三美神は目立つ存在だ。例え今がプライベートな時間であったとしても、三美神の九条健一であることはすぐに気付かれてしまう。


 本屋の店員と客が、健一と少年たちの様子をちらちらとうかがっていた。今ここで、厳しく追及して叱り飛ばしても、ただただ健一が大人げなく見えて終わりだ。この子ども同士の関係が以後改善されるとも限らない。


 何も答えない健一に、完全に勝ち誇った笑みを浮かべて、箱崎は顔を上げた。桜庭の腕をつかんで、引き寄せる。


「それじゃあ、俺たちは行きますね」


 さっと背を向けて、早足で一同は逃げていく。


 本屋から出て行った背中に向かって、健一は再び舌打ちをした。

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