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三美神の鎮魂歌  作者: 冷泉伽夜
EP.2 神のいるこの場所で
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道を外し、導かれし者ども




 高級住宅地の一画に建てられている、百合園家のお屋敷。世間からは百合園邸と呼ばれている。


 敷地は周囲のどの家よりも広い。百合が咲き誇る特徴的な庭園と小ぶりのカントリーハウスはちょっとした名所にもなっていた。


 お屋敷の中にある会議室は、甘い匂いで満たされている。ローテーブルに、紅茶とロールケーキが用意されていた。クリームがぎっちり詰まっている。


 和也が重厚なソファに座り、紅茶に口をつけた。その正面で健一がロールケーキをフォークで口に入れる。大口を開けながら、次々とすくって食べ進めていく健一に、和也がたしなめることはない。


 お屋敷、とはいえ、この場ではマナーもタブーもなかった。おいしいものをおいしく食べるならそれでいい。


 ノックの音が響いた。二人の返事を待たずにドアが開く。


「すまん。待たせたな」


 入ってきた哲が、上席にある一人掛けのソファに腰を下ろした。和也は紅茶から口を離し、ソーサ―ごとテーブルに置いた。


「どこか行ってたの?」


「ああ。野暮用でな」


 哲の前で逆さまに置かれたカップを、和也は自身のほうへソーサ―ごと寄せる。カップを上向きにし、二つあるティーポットのうち小さいほうを手に取って注いでいく。


 二人が飲んでいるものとは違う、ロイヤルミルクティーだ。ロールケーキと一緒に、哲の前に出す。


 哲が備え付けのフォークとともに皿を持ち上げたとき、健一が咀嚼する口元を隠しながら尋ねた。


「兄さん、テレビ、見た?」


「もちろん。すごい騒ぎになってるな」


 あれほどの事件が起きたのだ。世間が騒がないはずがない。


 殺人事件の有無に限らず、独特な学則の存在、大学の在り方や姿勢、外部への対応すべてに人々の不信が向けられている。


 健一があきれた笑みを浮かべた。


「なんか、踏み込んで捜査できなかった警察にも批判が飛び火してるみたいだぞ。大学と警察上層部の癒着があった、みたいな確証ないことも言われてるし?」


 大学側が協力を拒絶していた以上、警察の対応はあれが限界だった。教育施設を強制的に捜索するほどの絶対的な証拠は、なかったのだ。三美神へ案件を委託したのは、決して間違った対応ではない。


 哲はロールケーキをクリーム大めにすくう。


「難儀だな。警察だって被害者を出したのに」


「強行突破しても、何も見つからなければ批判するだろうにな」


 口に含んだ哲は、ロールケーキに視線を落とし、もう一度すくって口に入れる。食べるのに集中している哲に、健一が続けた。


「あんたにとっちゃ喜ばしくないだろうけど、今回の件で三美神の株は上がってるよ。閉鎖的な大学に踏み込んで、事件の存在を明るみにしたって。週刊誌でも高評価の記事が書かれてるみたいだし」


「ああ、それなら僕も見たよ。三美神が被害者遺族に寄り添い、任務を遂行したってやつでしょ?」


 和也はほほ笑む。しかしその笑みには、軽蔑の色が浮かんでいた。


 ケーキを食べ進めていた哲は、興味なさげに鼻を鳴らす。


「そのうち飽きて、また化け物扱いに戻るさ。……それに、もう俺たちには関係ない。あとは警察の仕事だ」


 哲は食べかけのケーキを置き、ロイヤルミルクティーをソーサ―ごと持ち上げる。カップから、かすかに湯気がのぼっていた。


「今でこそ大学は、シスター(犯人)の責任としてすべてを背負わせようとしてるんだろうが、近いうちにそうもいかなくなる。……大学の存続も、できなくなるだろうな。それはそれで、悪いことでもないが」


 和也が喉を鳴らした。


「自業自得だよ。宗教系の大学として、ただ単に孤立するならまだしも……周囲から敵視されるだけの対応を、大学はしてきたんだから」


 大学は保護者に適切な説明をしなかったばかりか、侮辱までしている。どれだけ保護者が懇願しようと、あの対応を大学のやり方として押し通していたのだ。地に落ちた評価はもう取り返しようがない。


 哲はカップに息を吹きかけ、口をつける。


「もしかして、兄さんは気づいてたの? 殺人だって」


「まさか」


 即答だった。和也も健一も、面食らいながら哲を見る。


「事件うんぬんは正直どうでもよかった。なんならすぐ引き上げるつもりでいた。どんな学校か知れればそれでよかった」


「スーザンのことが気になってたの?」


「ああ。あそこは母親の母校だからな」


 瞬間、和也は口を閉じ、健一は神妙な顔つきになる。


 意に介さず、哲は続けた。


「あそこがいかにとち狂った場所なのか、自分の目でみてみたかったんだ」


 会議室の空気が一瞬で冷え込んでいく。健一も和也も、それ以上話を広げようとはしなかった。


「別に俺は、信仰心が悪いものだとは思ってない。ようは、それをどうとらえてどう使っていくか、だ。悪いのは神や宗教じゃない。神の名のもとに破壊された人間が、神に価値を見いだした結果、道を踏み外した。それだけだ」


 哲はソーサーと一緒にカップをテーブルに戻す。ケーキの皿を持ち上げ、一口分すくった。


「ここに来る前、シスターに会ってきたぞ」


 話題が変わった。健一が怪訝けげんな顔で尋ねる。


「いや、どのシスターだよ」


「俺たちを案内してくれたあのシスターだよ。そういや名前聞いてなかったな」


「ああ……あの人か」


「警察の事情聴取に引っ張られるわ、マスコミに追われるわで大変らしい」


 ケーキを口に入れた哲は、視線を和也に移す。


「おまえに感謝してたぞ。ありがとうって言っといてくれ、だと」


「僕に? なんで?」


 三美神は敬遠されるものであって、感謝の言葉を耳にすることはめったにない。


 自嘲気味に笑う和也に、哲は答える。


「さあな。あの場で彼女を止めたのが、おまえだったからだろ」


「……そう」


 人を殺すことは、それだけで罪になる。


 しかし、生かしたところであの女が反省することはない。自分が正しいとばかり主張し、死者の尊厳すら踏みにじるだけだ。


 愛や道徳だけでは、どうにもならないものもある。小さくも異質な世界で、悪魔と化したシスターを殺してこそ、終わる惨劇だったのだ。


 清らかなる学生たちは解放され、傷つくことは、もう、ない。


 和也はいつものようにほほ笑んで、紅茶に口をつけた。聞きなじみのない感謝の言葉に、とてつもない違和感を覚えながら。











          了


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