微々たる愛の芽生え
スーザンで起きた事件のニュースが、今日もテレビで流れていた。
シスターが犯した連続殺人事件を大学としてどう責任をとるのか、ニュース番組はその話題で持ちきりだ。しどろもどろの記者会見に、時代錯誤な学則の強要。大学の行動ひとつひとつが厳しく批判されている。
瑠璃はテーブルに頬づえをつきながら、眠り眼でテレビを見つめていた。事件が解決した今となっては、御三家も三美神も、大学の問題に口を出すことはない。
「昨日は徹夜したの?」
正面に座った皐月の声に気づき、リモコンを手に取りテレビを消す。
「ああ、うん。……提出課題が多く出ちゃって。片づけてたの」
テーブルにはすでに、みそ汁とサケの切り身、卵焼きが並んでいる。瑠璃は目をこすり、箸を持った。
「いただきます」
卵焼きを細かく切り分け、口に運ぶ。その姿を、皐月はほほ笑みながら見つめていた。
瑠璃の大きな目が、皐月に向く。
「……なに? 」
「いや、やっぱり、そういう格好のほうが好きなんだなって」
白いブラウスに、黒いロングスカート。保守的でエレガントだ。
「ああいう格好も似合ってたのに。もうしないの?」
瑠璃は目を伏せ、言葉を選ぶようにして答える。
「言ったでしょ。私の好みじゃないの。だからって、品のある性格をしてるわけでもないけど」
そう言いつつも、目の前のご飯を丁寧に食べ進めていく。対して、皐月の手は思うように進まない。
「地下、見に行ってみた? あのあと」
瑠璃の手が止まり、顔をしかめて皐月を見る。皐月は、笑っていた。
「わかってるよ。俺のために、事件の話を避けようとしてるんでしょ? 瑠璃ちゃんが、本当は優しいって、俺は知ってる」
瑠璃は返事をせず、短く息をついた。
「大丈夫だよ。瑠璃ちゃんが思っているよりは、平気」
散らばった肉片も、無残に殺された死体も、目の前で亡くなった命も。
皐月にとっては初めてのことだった。
今もまだ鮮明に思い出せるほど、衝撃的なものばかりで、苦しくなることもある。
「きっと、瑠璃ちゃんは、あの光景をたくさん、見てきてるんだよね」
事件の現場を思い出したからか、食欲が消え失せる。目を伏せて、取り乱さないよう気を付けながら話を続けた。
「もう、俺は、瑠璃ちゃんのこと、何も言えない。言う資格はない」
瑠璃は何も言わず、ほぐしたサケの切り身をご飯にのせて、一緒に口に入れた。皐月を見すえて咀嚼している。
「俺は、なにもできなかったもん。瑠璃ちゃんに、ムチャなことしてほしくない一心で代わりに入ったけど、みんなの邪魔を、しただけだった」
皐月は弱い。瑠璃を守ると息まくことすらおこがましい。
見たこともない凄惨な光景に、話も通じないような殺人鬼。
皐月は自分が生き残ることで精いっぱいだった。瑠璃と一緒にいたとして、瑠璃を守り切ることなんてとてもできない。
あの場にいたのが、三美神だったなら、きっとすぐに解決していたはずだ。
「すごいよ、瑠璃ちゃんは、ほんとうに。……俺よりも強くて、立派で……。俺なんて、ただ逃げてばかりで……」
口に含んでいたものを飲み込んだ瑠璃は、声を放つ。
「皐月は悪くない。皐月に話した私が悪いの。まさか、来るとは思わなかったから」
手を止め、皐月を見すえた。二重の強い、魅惑的な目で。
「もし、皐月が死んでたらどうするつもりだったの? 確かに私が真っ先に狙われる可能性もあったけど、皐月は皐月で実力に劣るわけでしょう? お父さんも、それが言いたかったんだと思う」
何も言い返せない。
「あの場で皐月が死んでたら、私のせいよ」
「……ごめん」
「謝らないで。私のせいだから。あなたに、余計なことを話した私のせい」
強い目ヂカラと強い言葉に、皐月は何も言えなくなる。
「あなたはわたしに、危険なことはしてほしくないみたいだけど。あなたに対してそう思っている人も、いるんじゃないの? こんなこと、二度と……」
言葉がつまった。瑠璃の表情は、叱られる子どものようにバツの悪いものへ変化していく。
「瑠璃ちゃん……」
「ごめん。私が、人に言える立場じゃなかった。私も、一緒よね」
細いため息が、瑠璃の口から漏れる。目を伏せ、皐月を見ようとはしない。
「私も、気を付けるわ。ムチャをして死ぬなんて、滑稽でしかないんだから……」
皐月は正直なところ、もっと叱られると思っていた。そうでなくとも、もっと投げやりな態度で、ここぞとばかりに失望されると思っていた。
瑠璃が踏み込んでほしくない場所に、皐月は踏み込んだ。仕事の邪魔をするという最悪な形で。しかしそれが、何らかの形で、瑠璃の考えに影響したのかもしれない。瑠璃が本心から自分の非を認める姿を見るのは、めったにないことだ。
今の瑠璃は、皐月が瑠璃のことを大切に思っている気持ちを、少しでも理解してくれているようだった。
皐月はほほ笑み、食事を再開する。




