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三美神の鎮魂歌  作者: 冷泉伽夜
EP.2 神のいるこの場所で
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微々たる愛の芽生え




 スーザンで起きた事件のニュースが、今日もテレビで流れていた。


 シスターが犯した連続殺人事件を大学としてどう責任をとるのか、ニュース番組はその話題で持ちきりだ。しどろもどろの記者会見に、時代錯誤な学則の強要。大学の行動ひとつひとつが厳しく批判されている。


 瑠璃はテーブルに頬づえをつきながら、眠り眼でテレビを見つめていた。事件が解決した今となっては、御三家も三美神も、大学の問題に口を出すことはない。


「昨日は徹夜したの?」


 正面に座った皐月の声に気づき、リモコンを手に取りテレビを消す。


「ああ、うん。……提出課題が多く出ちゃって。片づけてたの」


 テーブルにはすでに、みそ汁とサケの切り身、卵焼きが並んでいる。瑠璃は目をこすり、箸を持った。


「いただきます」


 卵焼きを細かく切り分け、口に運ぶ。その姿を、皐月はほほ笑みながら見つめていた。


 瑠璃の大きな目が、皐月に向く。


「……なに? 」


「いや、やっぱり、そういう格好のほうが好きなんだなって」


 白いブラウスに、黒いロングスカート。保守的でエレガントだ。


「ああいう格好も似合ってたのに。もうしないの?」


 瑠璃は目を伏せ、言葉を選ぶようにして答える。


「言ったでしょ。私の好みじゃないの。だからって、品のある性格をしてるわけでもないけど」


 そう言いつつも、目の前のご飯を丁寧に食べ進めていく。対して、皐月の手は思うように進まない。


「地下、見に行ってみた? あのあと」


 瑠璃の手が止まり、顔をしかめて皐月を見る。皐月は、笑っていた。


「わかってるよ。俺のために、事件の話を避けようとしてるんでしょ? 瑠璃ちゃんが、本当は優しいって、俺は知ってる」


 瑠璃は返事をせず、短く息をついた。


「大丈夫だよ。瑠璃ちゃんが思っているよりは、平気」


 散らばった肉片も、無残に殺された死体も、目の前で亡くなった命も。


 皐月にとっては初めてのことだった。


 今もまだ鮮明に思い出せるほど、衝撃的なものばかりで、苦しくなることもある。


「きっと、瑠璃ちゃんは、あの光景をたくさん、見てきてるんだよね」


 事件の現場を思い出したからか、食欲が消え失せる。目を伏せて、取り乱さないよう気を付けながら話を続けた。


「もう、俺は、瑠璃ちゃんのこと、何も言えない。言う資格はない」


 瑠璃は何も言わず、ほぐしたサケの切り身をご飯にのせて、一緒に口に入れた。皐月を見すえて咀嚼している。


「俺は、なにもできなかったもん。瑠璃ちゃんに、ムチャなことしてほしくない一心で代わりに入ったけど、みんなの邪魔を、しただけだった」


 皐月は弱い。瑠璃を守ると息まくことすらおこがましい。


 見たこともない凄惨せいさんな光景に、話も通じないような殺人鬼。


 皐月は自分が生き残ることで精いっぱいだった。瑠璃と一緒にいたとして、瑠璃を守り切ることなんてとてもできない。


 あの場にいたのが、三美神だったなら、きっとすぐに解決していたはずだ。


「すごいよ、瑠璃ちゃんは、ほんとうに。……俺よりも強くて、立派で……。俺なんて、ただ逃げてばかりで……」


 口に含んでいたものを飲み込んだ瑠璃は、声を放つ。


「皐月は悪くない。皐月に話した私が悪いの。まさか、来るとは思わなかったから」


 手を止め、皐月を見すえた。二重の強い、魅惑的な目で。


「もし、皐月が死んでたらどうするつもりだったの? 確かに私が真っ先に狙われる可能性もあったけど、皐月は皐月で実力に劣るわけでしょう? お父さんも、それが言いたかったんだと思う」


 何も言い返せない。


「あの場で皐月が死んでたら、私のせいよ」


「……ごめん」


「謝らないで。私のせいだから。あなたに、余計なことを話した私のせい」


 強い目ヂカラと強い言葉に、皐月は何も言えなくなる。


「あなたはわたしに、危険なことはしてほしくないみたいだけど。あなたに対してそう思っている人も、いるんじゃないの? こんなこと、二度と……」


 言葉がつまった。瑠璃の表情は、叱られる子どものようにバツの悪いものへ変化していく。


「瑠璃ちゃん……」


「ごめん。私が、人に言える立場じゃなかった。私も、一緒よね」


 細いため息が、瑠璃の口から漏れる。目を伏せ、皐月を見ようとはしない。


「私も、気を付けるわ。ムチャをして死ぬなんて、滑稽でしかないんだから……」


 皐月は正直なところ、もっと叱られると思っていた。そうでなくとも、もっと投げやりな態度で、ここぞとばかりに失望されると思っていた。


 瑠璃が踏み込んでほしくない場所に、皐月は踏み込んだ。仕事の邪魔をするという最悪な形で。しかしそれが、何らかの形で、瑠璃の考えに影響したのかもしれない。瑠璃が本心から自分の非を認める姿を見るのは、めったにないことだ。


 今の瑠璃は、皐月が瑠璃のことを大切に思っている気持ちを、少しでも理解してくれているようだった。


 皐月はほほ笑み、食事を再開する。



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