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三美神の鎮魂歌  作者: 冷泉伽夜
EP.2 神のいるこの場所で
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説教 1




 和也が先に、背をかがんで階段を上っていく。皐月もあとに続いた。しばらく進むと、明るく照らされた階段の先が見えてくる。


 外へ出た和也が、皐月の手を取り、引き上げた。あまりのまぶしさに、皐月は目を閉じる。


 うっすら目を開くと、周りをとり囲む鑑識たちが、懐中電灯を二人に向けていた。


 まぶしさに顔をゆがませながら、辺りを見渡す。鑑識たちの中にいた瑠璃を見つけ、笑った。


「あははっ。本当にその格好してたんだ。よく似合ってる。普段でも着ればいいのに」


 瑠璃は眉尻を下げた。それに加え、周囲にいる者たちは不穏な表情を皐月に向ける。


 明らかに何かがあったことを知らしめる血だらけの格好だ。それに加えて先ほどの言動は、皐月の気がふれたかのように思わせる。


 皐月は瑠璃に駆け寄りたい衝動をおさえ、今一度辺りを見渡す。レンガの壁と茂みにはさまれたこの場所が、礼拝堂の裏側だと気づくのにしばし時間がかかった。


 皐月の姿をよそに、和也が待機していた鑑識たちに笑みを向けた。


「大体、わかるでしょ? 中がどういう状況だったか」


 皐月の血だらけの格好だけではない。鼻につく死臭がかすかにただよっている。


 誰かが、生唾を飲み込んだ。


「言うまでもないけど気を付けてね。中はそこそこ、()()()から」


 鑑識と検視官たちは、おそるおそる中へ入っていく。


「気を付けないとほんとにケガしちゃうからね~」


 警察はこれから、あの凄惨せいさんな現場をすみずみまで調べ、遺体を回収する。あの惨状は、いくら現場慣れしている警察の人間でも逃げ出したくなるはずだ。


「皐月だけか?」 


 冷静でずっしりとした哲の声に、和也は顔を向ける。


「皐月以外にはいなかったよ。……あの警官も、もう手遅れ」


「そうか」


 哲の視線が、皐月に向く。皐月はいまだに、周囲を見渡しながらぼうぜんとしていた。


 あの惨劇も、狂ったシスターとの死闘も、殺されるかもしれない恐怖も、ついさっき味わったことなのにもう現実味がない。最悪が詰まった短い悪夢を、見ていたような感覚だ。


 あの惨劇の中に、神も悪魔もいなかった。正義も理想論も通用しなかった。ただどちらかが死ぬことでしか終われない、悪夢だった。


 皐月は女子寮に体を向ける。女子寮の各部屋には、カーテンの隙間から明かりが漏れていた。渡り廊下につながる昇降口の前で、数人のシスターが怯えた表情で皐月を見つめていた。オレンジ色のランタンを持ちながら。


 裏口のドアへ続く小道に視線を移すと、年配のシスターと目が合った。厳かな目をしたシスターは、刑事に声をかけられ、一緒に裏口のドアへ向かっていく。


「ああ……やっぱり」


 学生も教員もシスターも事務員も、消されないように自分を守っていたのだ。宗教教育の本質を放り投げてしまうくらいには、恐れていた。


 大学の中でうごめく、悪魔の存在に。


「皐月」


 背中に触れられ、過敏に振り返る。そこには、いつものように、大きく強い瞳で見つめてくる瑠璃がいた。


「ケガはない?」


 いつものように落ち着いて冷静だ。違うのは服装だけ。


 皐月を見すえるその顔に、皐月に対する失望はなかった。


 皐月は目を細め、口角を上げる。和也がいつもして見せるように。


「大丈夫」


 ふと、ひんやりとした視線を肌で感じ取る。瑠璃の背後に目を向けると、哲と目が合った。


「あ……」


 二重の力強い目に捕らえられ、皐月の顔は血の気が引いていく。


 三美神や瑠璃に説教されることは十分予想できていた。が、いざそれを前にすると、数々の言い訳で頭がパンクしそうになる。


 どこから説明すればいいのか。どうすれば納得してもらえるのか。――わからない。


 少なくとも、瑠璃が怒られるようなことは避けたかった。


 皐月は瑠璃をその場に残し、おずおずと、ぎこちなく哲に近づく。


「すみません。その……捜査の邪魔をしてしまって」


「ケガはないのか?」


「お、おかげさまで……」


 哲の表情はぴくりとも変わらない。その視線と表情が、皐月をさらに追い詰める。耐えられない皐月は、必死に口を動かした。


「あ、その、事件の話は聞いてて、状況的に大学側が怪しいと思ってて、でも、中に入ったら簡単には出られないと思ったから……、あ、そう、瑠璃ちゃんがおとりになるんだろうなってことはわかったんですけど、中に入ったらどうなるかはわからないっていうか」


 自分でも何を言っているのかわからない。それに、どんな言葉を並べても哲が納得することはない。


「ですから、その……」


「そうとう運がよかったみたいだな」


「え? あ……え……?」


「殺されることなくここを出られて」


 黒々とした瞳にまっすぐ見つめられ、息苦しい。皐月はバツの悪い表情でうつむく。


「すみません。ほんとうに……迷惑をかけてしまって……」


「なぜ、中に入ろうと思ったんだ?」


「え?」


 皐月は目をぱちくりとさせる。哲の視線は、相変わらず獲物を逃がさないほどの圧が放たれていた。


「勝算でもあったのか?」


 試されている。質問の意図を必死に考え、答えた。


「ありましたよ」


 哲は眉をひそめる。


 その反応に怖気づきながらも、皐月は堂々と続けた。


「俺になにかあったら、三美神が絶対に助けてくれるでしょうから」


「ほお。たいした自信だな」


 やらかした。皐月の周りの空気が重く沈む。心臓をきゅっとつかまれる。


「この俺が、おまえを見捨てるとは思わなかったのか」


「……見捨てるつもりでしたか? 百合園家の、俺を」


 哲の、鼻から息を吸う音が聞こえた。とともに、皐月の全身に鳥肌が立つ。調子に乗ったと、気付いたときにはもう遅い。


 腹の底を震わせる低い声が、皐月の耳に刺さる。


「都合よく、百合園を、使うな」


 意図しないため息が、皐月の口から漏れる。哲の顔を見ることができず、目を伏せる。 


 哲の中で皐月の評価が下がっていることは嫌でもわかる。三美神の計画の邪魔をしただけではない。仕事から逃げる形で家を出た身の皐月が、あろうことか百合園家を誇示するようなマネをしたのだ。


 なんとか挽回しようにも、言葉が出てこない。威圧的な哲を前にして、頭がいつもより動かなかった。


 一部始終を見ていた健一が、気を遣うように口をはさむ。


「まあまあ、さっきまで怖い思いしてた皐月にあんましゃべらせんなよ? もう少し落ち着いてからでも……」


 ぱきっとした強い目が、健一に向いた。


 おまえは黙ってろと言わんばかりの目ヂカラに、健一は諦めて身を引く。


「……瑠璃ちゃんが中に入るほうが危険でした」


 哲は皐月に向き直る。その瞳は、先ほどより冷たさを増していた。


 必死に頭を働かせながら、皐月は言葉を並べていく。


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