いつもとは違う休日
百合園皐月は、ダイニングキッチンからトーストとトマトスープをテーブルに運ぶ。皐月という清純な名前でも、その実態は背の高い男子大学生だ。
イスに座った皐月の正面には、すでに西園寺瑠璃が座っている。漆黒の長い髪を耳にかけ、頬づえをつき、リビングの奥にあるテレビを見つめていた。
「食べよう、瑠璃ちゃん」
瑠璃は皐月に視線を向け、初めて朝食の存在に気づく。
「ああ、ありがとう。いただきます」
トーストを手に取り、テレビに顔を向けながらかじった。
今日も朝から瑠璃はキレイだ。皐月の容姿とは全く異なるからこそ、皐月には輝かしく見える。
ぱっちりとした二重の目で、ハーフに間違われるほどの華やかな顔。対して、皐月は一重で切れ長の薄い顔立ちだ。
さっきから熱い眼差しで瑠璃を見つめているというのに、瑠璃は皐月と一切目を合わそうとしなかった。皐月は瑠璃が向けている視線の先を追う。
テレビは今、日曜日の朝らしいエンタメ番組が流れていた。女性のファッションについて特集され、アパレルブランドの商品が紹介されている。
肩の開いたトップスに、ハイウエストのジーンズ、タイトなミニスカート――。どれもこれも、細身のギャルモデルが着ていそうなアイテムだ。
「瑠璃ちゃんもこういうの、似合いそうだよね」
「どうかな」
瑠璃は控えめに笑った顔を皐月に向けた。
「私が着ても変に見えるだけじゃない?」
今着ているのは、上品なマーメイド型のワンピース。優雅で保守的な、女性らしいものを好んでいた。
派手な顔だからこその強い印象もあり、実際の年齢より上に見られることが多い。
「そんなことないよ。瑠璃ちゃんスタイル良いからなんでも似合うって」
「そもそも好みじゃないの。ああいうの」
スープを口に運ぶ瑠璃は姿勢よく、一つ一つの所作が上品だ。
ふせる目元も濡れる唇も、トーストをもってかぶりつく姿もかわいらしくてしょうがない。
皐月と目が合う瑠璃は、素っ気なくそらす。それもまた、皐月にとって愛おしい行動の一つだ。
「ねえ、瑠璃ちゃん」
目を細める皐月に、瑠璃は不愛想な表情を向けた。
「いつか一緒にお買い物行こうよ。デパートとか、ショッピングモールに行ってさ。今日は俺が予定あるから、今度の休みにでも」
皐月にとっては精いっぱいの、デートの誘いだ。
「外に出るの、好きじゃないから」
冷ややかな声に、皐月の眉尻は下がる。
「でも、二人で、出かけたことないからさ、たまには、さ……一緒に行きたいなって」
「考えとく」
親戚、というだけで付き合っているわけではないから、断られるのも当然のことだ。とはいえ休みのたびに毎回誘って、毎回断られる。毎回地味に傷ついている。
それを悟らせないように明るくつとめていたが、このときばかりはつい、弱弱しい声を出した。
「そんなに、忙しい? お仕事」
瑠璃は二重の大きな目を皐月に向ける。しんみりとした沈黙が続く中、瑠璃は首を振った。
「そうじゃないの。大学で出されるレポートが多くて」
「……そうだよね! 学部によっては課題たくさん出るもんね!」
瑠璃を困らせることも、重たい男だと思われることも嫌だった。
軽く息をついて、話を変える。
「……あのね。俺、今日、父親に呼び出されてるんだ」
「和也に? どうして?」
目をぱちくりとさせる瑠璃に、皐月は首を振る。
「わかんない。瑠璃ちゃんもわからないってことは、瑠璃ちゃんとは関係ないことなんだね」
「そうね。心当たりはないし」
それまで素っ気なかった瑠璃は、皐月が父親の話題を出したとたん口数が増える。トーストを食べながら皐月を見すえ、口元に手を当てた。
「じゃあ、実家に帰るの?」
「ううん。礼拝堂で待ち合わせしてる」
再び、瑠璃は大きい目をぱちくりとさせた。
「どうして? 冠婚葬祭?」
「それもわからなくて。もしかしたら瑠璃ちゃんがなにか知ってるのかなって思ってたんだけど」
「何も聞いてないから、御三家とか三美神がらみじゃない気がする。……百合園家の間で何かあったか、それこそ和也が個人的に用があるか、じゃない?」
瑠璃の言葉は淡々としていた。トーストをスープに浸しながら食べ進める。
皐月は目を伏せ、つぶやいた。
「……そう、だよね。じゃあ、たいしたことじゃない、か」
父親である百合園和也と皐月の関係性は、決して良好とは言えない。というより、一方的に皐月が避けていた。
処刑人の仕事は、特定の家系にのみ許された世襲制の公務だ。西園寺家、九条家、百合園家といった、御三家から輩出される。
処刑の仕事に関わりたくなかった皐月は、大学進学と同時に実家を出た。しかし直系である皐月が交流を完全に断ち切るのは難しい。
それは西園寺家の直系である瑠璃も同じだ。とはいえ瑠璃は、皐月とは事情が違う。実家を出た身ではあるものの、積極的に処刑の仕事に関わっていた。
皐月が唯一、瑠璃のことを理解できない部分だ。今日も不満をひた隠し、にっこりと笑う。
「じゃあ、早く帰れるかも。帰りにフルーツパーラーのケーキ買ってくるよ、瑠璃ちゃん、好きでしょ?」
瑠璃の力強い二重の目が、皐月に向いた。困ったように眉尻を下げ、頬に手を添える。
「……別に、大丈夫。毎回、私のためにいろいろ買わなくても」
「なんで? 遠慮しなくていいのに。俺がしたくてやってることなんだから」
瑠璃の顔に、苦々しい笑みが浮かんだ。
「いや、その……皐月が毎回甘いもの買ってくるせいで体重が……。これ以上太るのも困るし」
確かに最近、瑠璃の二の腕と太ももがむちむちしている。そんなことを言えば一気に不機嫌になるので絶対に言わない。
皐月は満面の笑みで返す。
「じゃあはんぶんこしよ!」
皐月にとっては、瑠璃が太ろうが痩せようがどうでもいい。太ってもかわいいと思える自信しかない。
瑠璃に恋焦がれる皐月は、瑠璃が同じ家で過ごし、自分のことを見てくれさえすれば、それで十分だった。