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三美神の鎮魂歌  作者: 冷泉伽夜
EP.2 神のいるこの場所で
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地獄からの脱出 1




 シスターの体がわずかに揺れ、動きが止まる。その視線が、腹へと落ちた。


「あ……あ……」


 細いレイピアが、腹から背中にかけて貫通している。レイピアの護拳は宝石がはめ込まれており、精巧で繊細なデザインだ。皐月が、見慣れているものだった。


 シスターの呆然とした声が、耳につく。


「……どうして……」


 レイピアを見ていた皐月は、背後から漂う禍々しい気配に気づいた。血の気が引くほどひんやりとした殺気だ。振り向く勇気すら奪い取る。


 いつのまに来ていたのだろう。皐月もシスターもその男の存在に、まったく気づかなかった。


「心臓か、頭を一撃、でもよかったんだけど。処刑にもルールがあるから」


 声は甘く、穏やかだ。


 皐月の背後で、殺意に満ちた瞳がシスターをとらえる。皐月とそっくりな切れ長の目は、あまりにも冷酷で、ゴミを見るかのようだ。


 皐月の肩に、白手袋をはめた手が置かれた。


「皐月。よく、頑張ったね」


 穏やかで、優しい声だった。その声色に反し、決して逆らってはいけない圧を感じさせる。


 銃をシスターに向けたままの皐月の手に、和也が自身の手をのせた。


「……あとは、僕にまかせて」


 和也がゆっくりと、銃ごと皐月の腕を下ろす。


 同時に、皐月の全身から急激に力が抜けていく。和也が来てくれた安堵あんどからか、それとも今以上に非道な光景が予測できたからか。どちらにせよ、これで皐月が死ぬことはなくなった。


 シスターが、おびえる目を和也に向ける。皐月に向けていた目つきとは、明らかに違っていた。


 震える唇から、か細い声を絞り出す。


「どうして……どうして……どうしてよ……」


 その手から、ナイフが床に落ちる。


「あ、ありえない……。この私が、悪魔にしてやられることなんて……ありえない……」


「まあ、僕は、悪魔じゃないからね」


 皐月を後ろに移動させた和也は、平然とほほ笑む。刺さっているレイピアの柄をつかみ、シスターを足で押さえて引き抜いた。


 鮮血が、弧を描いて落ちていく。


「う、うう、ううう……」


 シスターは腰を抜かし、腹を抱え込むようにもだえた。荒い呼吸を繰り返し、声を出す余裕はない。


 それを見下ろす和也の顔は、相変わらず、キレイな笑みを浮かべていた。


「どうしたの? 痛みなんて感じないんじゃなかったの? さっき肩を撃たれたときは平気だったでしょ。……神のご加護が、あるんだから」


 和也はレイピアの血を振り落とし、さやに納めた。この血みどろの空間の中、その白い姿は誰よりも清らかに見える。


「名前……なんだったっけ。一応決まりになってるけど。ぼく、これ、得意じゃないんだよね」


 うずくまるシスターを気遣うそぶりも見せず、思い出すように上を見る。


「えーと。シスター・クリスティナ……だっけ? 本名は……えーと……たかくら……。ごめん、忘れちゃった。とりあえずきみは、悪魔(ばら)いという名目の拷問で、多くの女性たちの命を奪った。そうだよね?」


 和也の視線が、床に散らばる女性たちの残骸に向かう。


「体を切り刻み、爪をはぎ取り、内臓を取り出し、毛髪をはぎとり……中世の魔女狩りよりも恐ろしく、残酷なことをしでかした。……うん。動機なんて、僕にはどうでもいい」


 和也の足元で、シスターは首を振る。


「……違う。……私は、彼女たちのためを思って」


「ああ、大丈夫。きみの話なんて聞くつもりないから。今から殺すきみの話を覚えておく必要がないからね」


 和也はおもむろに、胸の前で十字を切った。その光景に、シスターは目を見開く。


「な、なにを……」


 目の前で、和也は胸元で手を組み、目をつぶる。


「なにをしているのですか!」


 ひときわ大きい怒号が響いた。和也はしぶしぶ、片眼を開ける。


「聖職者なのに、知らないの? お祈り」


 両目を開いて、手を下ろす。


「お祈り……ですって? 私を殺さんとするあなたが……祈る、と?」


「そう。きみが死んだあと、ちゃんと、地獄に落ちますようにって」


 和也は、にっこりと笑った。対して、シスターは憎々しげににらみ付ける。


「き、鬼畜な、悪魔どもめ……」


「だから悪魔じゃないってば。それに、殺人鬼のシスターにそんなこと言われてもね」


 先ほどまでのシスターとは違って、取り乱すことも品のないふるまいも、和也とは無縁だ。浮かべる笑みはいつだって、神々しいほどの慈愛に満ちている。が、シスターの目には悪魔の卑しい笑みにしか見えないのだろう。


「皐月」


 和也の後ろで、皐月の心臓が跳ね上がる。ばくばくと続く激しい鼓動。


 そんな皐月に、和也はシスターを見下ろしたまま尋ねた。


「君には今、この状況で、どちらが悪魔に見える? 十何人もむごいやり方で殺した彼女? そんな彼女を今から殺そうとしている、僕?」


 皐月は答えられなかった。ただただ目の前の光景を見つめることしかできない。


「……あ」


 シスターが必死に腕を動かし、落ちたナイフを握りしめる。


 もちろん、和也はそれを黙って見逃すような男ではなかった。シスターがナイフを振り上げたその瞬間。


「ああああああああああ」


 シスターの振り上げた腕は、固まる。ナイフを握るその手首に、レイピアがまっすぐ突きささっていた。


 ナイフを握っていられないほどの激痛。レイピアは床にまで突き刺さり、手はまったく動かせない。


 固定された手首と激しい痛みでパニックになったのか、シスターの悲鳴はおさまらなかった。


「うーん……ちょっと刺しただけなんだけどな。いつもだったら手なんて切り落としてるし。……今日は優しくしてあげてるほうなんだよ?」


 おちゃめな声が、悲鳴と重なる。


「きみがしたみたいに、警棒でぶん殴って、金づちで頭をたたき割って、生贄いけにえの儀式よろしく刻みに刻んでも構わないんだよ?」


 これっぽっちも、心が痛んでいるようすはない。皐月とは違い、ためらいを感じさせなかった。


「でもね、ただでさえおびえてる自分の子どもの前で、さらにおびえさせることはしたくないわけ。ほら、人の親って、そういうもんでしょ? ……兄さんにも、するなって言われてるしね」


 シスターを見下ろす瞳は鈍い光を放ち、毒々しい狂気がにじむ。


「だから、すぐに殺してあげる。きみは運がいいよ。これ以上苦しまないで楽に死ねるんだから」


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