最後のお恵み 2
響く銃声。シスターの振り下ろす手は止まらない。金づちはそのまま、女性の頭をたたきつける。
重たいものが割れる、不自然な音。女性の体が大きく跳ね、地にふせる。陸に上がった魚のように体が痙攣していた、白目をむき、鼻から血を垂れ流す。
皐月の手元で、銃の硝煙が虚しく上がっていた。皐月の撃った弾は、シスターに当たることはなかった。シスターを通り過ぎ、部屋の奥へと消えていった。
「まあ……なんてこと……」
シスターは女性を見下ろし、息が抜けるような声を出す。
女性の頭から、血が、床に線を描くよう伸びていた。もう女性は動かず、声を出すこともない。
「せっかく……悪魔が追い払えるところだったのに……こんな……こんなことって……」
すべてに絶望した声だった。殺すことは、想定外だった、とでも言うように。
見開いた目で、シスターは振り返る。
「おまえのせいだ……」
腹からひねり出すような低い声。
皐月は何も言い返さない。銃を握る手はそのままに、かたかたと震えている。
「おまえのような悪魔が……この世界でそんな物を持っている悪魔が……この娘を殺した」
皐月の呼吸が乱れてくる。
シスターはまがまがしい圧を放ちながら、目を吊り上げた。
「やはり神に認められていない男はみんな悪魔だ。乙女を襲い、武器を振り回し、他者を傷つける。みんな野蛮で、醜悪なんだ……。おまえのせいで! この子は死んだぁ! 」
シスターはまっすぐに皐月を指さした。
「助かったかもしれないのに! この悪魔が! おまえが! 邪魔しなければ……! 」
「違う……」
皐月は弱弱しく首を振る。
「俺は……」
「うわああああああああああ、くそくそくそくそ、おまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいで!死んじゃったじゃないかあああああああ、今度こそは生きて、悪魔をはらうことができたかもしれないのにぃいいいいいいいい」
憤るシスターは、女性の体を蹴り上げた。女性は当然ながら無反応だ。
「どうしてくれんだよぉお! また死体が増えちまったじゃねぇかよ!」
まるでじだんだを踏むように、女性を踏みつける。
「またここが臭くなるじゃねえか! 礼服の洗濯も簡単じゃねえんだぞ! 無駄な仕事増やしてくれやがってぇえええええ!」
金づちを女性の頭に向かってたたき捨てる。女性の体は、ただのサンドバッグと化していた。
「ふう……ふう……」
シスターは肩で息をしながら、ぼそぼそと続ける。
「神よ……なぜ私はこうも失敗してしまうのでしょう……いいえ、今回ばかりは、きっとうまくいったはずです」
自身を落ち着かせるように深呼吸をし、胸に手を当てた。
「邪魔さえ……入らなければ……そう……私のせいじゃない」
シスターの顔が、再び皐月に向いた。シスターとは思えないほど、冷たくておぞましい目をしている。
「言ったはずでしょう? わたしに銃は、当たらないって。それなのに無理して撃ったから、こんな目に」
正義はシスターで、皐月が悪者のような言い方だ。シスターの言葉は、皐月の罪悪感を刺激する。
「なにも知らない、邪な悪魔どもめ……つつましく過ごす学生を、たぶらかすだけの存在のくせして……いっちょ前に邪魔ばかりして」
皐月は銃をシスターに向けたまま、撃鉄を起こす。今度こそは、当てなければならない。
「しょせんお前も、ああなる運命なんだ。警察官のように、私に退治される運命……」
皐月の脳裏に、あの男性警官の姿が浮かぶ。顔の原型がなくなるほどに殴られ、リボルバーの弾をすべて打ち込まれたあの姿が。
あそこまでする必要が、どこにあったというのか。
皐月はシスターをにらみつけ、声を張り上げた。
「関係ない人まで殺しといてよくもそんなこと……。あの人は、本物の警察官なんだよ! あんたにも、あんたの言う学生にも、危害を加えるようなことはしてないはずだ! わざわざ殺す必要はなかった! あんな、ふうに、殺す必要なんて……」
「話が通じない方ですね。清い学生たちにとっては、男が大学周りをうろうろしてることこそ悪影響なんですよ。それなのにあの男、あなたと同じように私の話を信じず、私のやり方を否定して……。最後の最後まで、私が間違っているかのような顔で。……やっぱり男は悪魔なんだわ」
一歩、シスターが近づいてくる。皐月はただ、まっすぐに銃口を向けるだけだ。
「おまえもあの男と一緒だ! 迷える子羊を殺したのもおまえが撃ったから! わたしの気が散るようなことをしたから! これ以上学生をたぶらかされてたまるか! そうなるまえに、私がこの手で、成敗してやる! 」
皐月は銃を向けたまま後ろに下がる。かかとがトラばさみにあたり、思わず下を見た。
そのすきに、シスターは走る。棚に置かれた大ぶりのナイフを手に取り、皐月に向けた。
「この悪魔が! おまえも金づちで顔をめちゃくちゃにしてやる! 銃に残してる弾を片っ端に打ち込んでやる! 二度とこの場所に来れないようになぁ!」
よだれをまき散らすシスターは、実に醜い。皐月は負けじと狙いを定める。
銃の腕が良くないことは、すでに悟られている。シスターはじりじりと、近づいてきていた。
大股で一歩近づいたシスターを、撃った。ベールが跳ねる。
シスターは驚きつつも、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「ほらね、やっぱり私には当たらない! 」
銃を前にして腕を広げるシスターに、皐月は恐怖を感じた。銃を握る手が、また震えだす。
目をつぶり、再び引き金を引く。むなしく壁を鳴らすだけだ。パニックになる皐月の手は狙いを定めてくれない。呼吸は完全に乱れている。
「ほら、何度も言ってるでしょう! 私には神のご加護がある! 私は神の試練に耐え抜いてきた真の聖者だから! 私の信仰心の強さはご加護が与えられるほどのものなのです! 」
皐月は発砲を繰り返す。幅のあるスカートに当たり、もう一発は肩に命中した。
肩から血が吹き出ようと、シスターは笑っている。
「あは……あははは……ほら、やっぱり神は私を守ってくださっている。おまえのような悪魔から、守ってくださっている。やはり私が正しいのだ。間違っていなかったのだ。悪魔を祓おうと必死になる私を、神が導いてくださっている! 私は絶対に、悪魔に殺されたりしない!」
シスターが皐月の目の前でナイフをふりあげた。その瞬間、皐月の脳裏に、瑠璃の姿が浮かぶ。仕事の話をして、勝気に笑っていた瑠璃の姿が。
誰も皐月を助けてはくれない。だが、こんなところで死ぬわけにもいかない。皐月は必ず、ここを出て瑠璃に会わなければならないのだ。
皐月は再び銃口を向けた。狙うはシスターの額だ。もう迷いはない。
引き金にかけた指を力ませたそのとき、シスターの視線が皐月からそれた。




