最後のお恵み 1
「まったく、これだから男って……」
地下に、若いシスターの冷めた声が響く。
「そうやってすぐ私を悪者にしようとする。わたしはただ、悪魔がとりついた子たちを助けてあげたいだけなのに」
しっかりと銃を向ける皐月が、真剣に返した。
「なにいってんの? 俺にはあんたのほうこそ悪魔に見えるけど? シスターはシスターでも、全員が高潔ではないってことがよぉくわかったよ」
「戯言を。あなたのような下賎なものには、何を言ってもわからないのでしょうね」
シスターはほほ笑む。その顔は穏やかで、この状況でさえなければ清らかと評してもよかった。
「学生を守ることが、私の使命なのです。悪魔祓いをできるこの私だけが、彼女たちを救い出せるのです」
先ほどからシスターの言っていることが、皐月には理解できない。たった一ミリも。
「何が悪魔祓いだよ! あんたのやってることはただの拷問だろ。……あんたはただの、殺人鬼だよ! 言ったって自覚できないだろうけどな! おかしいのは明らかにあんたなんだよ!」
シスターの顔から笑みが消える。
「あなたたちのような野蛮な悪魔と一緒にしないで。私は、人を殺しているわけではないのだから」
「この状況で殺してない? よく断言できたね?」
思わず笑ってしまう。
「考えてもみろよ。仮に、拷問まがいなことをして悪魔を祓ったとしても、切り落とされた体も折れた骨も、もとには戻らないだろ。死ねば元も子もない。あんたがやってることは、暴行と殺人でしかないんだ……! 」
シスターはこの期に及んで、ふきだした。
「ふふ、あなたは本当に、何も知らないのですね」
はじめは控えめな笑いだったのが、どんどん大きくなる。やがて、こらえきれないとばかりに大口を開けて笑い、その口元に手を当てた。
「あはは! ほんとうにおかしい! ここまで無知だったとは! いいですか? 悪魔が体からいなくなれば、神のご加護で肉体はキレイに戻るのです! 」
「……はぁ? 」
皐月は開いた口がふさがらなかった。シスターの言っていることがなにも理解できない。理解しようとすればするほど、頭が痛くなってくる。
「今の体は悪魔がのっとった体であって、本人の体ではありませんから! いくら傷つけようと構わないのです」
皐月の想像するシスターの言動とは、あまりにもかけ離れていた。誰の体だろうと、傷つけて良いわけがないのに。
「あんたの言うとおりなら、もっとおかしいだろ。悪魔をはらえるのはあんただけなんだろ? 悪魔をはらえたら体は元通りなんだろ? じゃあ、なんでここには死体しかないんだよ!」
論理的な反論をぶつけているはずなのに。シスターの小ばかにする笑い声は続いている。
「ここまで死人を出しておきながら、まだ悪魔のせいにするわけ! あんたには、そもそも、悪魔祓いの能力なんてない! 失踪した学生が、一人もきれいな姿で戻ってきていないのが何よりの証明だろ!」
シスターが、自身の考えを、改めることはない。笑い声はやみ、静かに、冷静に言ってのける。
「体が元に戻らないのは、彼女たち自身の信仰心が足りなかったから。心の奥底まで、悪魔がとりついてしまっていたからですよ」
シスターの顔から、完全に表情が消えた。徐々に、背筋が凍るほどの狂気がにじんでいく。
「私が、殺すわけ、ないではありませんか。神の声を聴く喜びを知るこの私が。神の声を聴かせるべく奔走する私が。ほんとうは私だってこんなことはしたくない。でも、この世に悪魔がいる限り、やめることはできないのです」
女性のうめき声が響き渡る。シスターの足元で、いまだにもだえていた。シスターは女性に視線を落とし、警棒を放り捨てる。
「さあ、見ていなさい」
女性に体を向け、うつろな目を上に向き、胸の前で手を組んだ。自身に言い聞かせるように、抑揚のない声を出す。
「悪魔は、いる。そして私は、悪魔をはらうことができる。邪悪を消し去る力がある。だって私は、神の意志を理解し、ご加護をいただいたのだから」
「う、うう、いたいよぉ、いたいぃい……」
泣きながらしゃくりあげる女性のうめき声の中。シスターはぶつぶつと続けていた。
「みなが神を信じ、奉仕を続ければ、悪魔に魅入られることはない。ほんとうなら、わたしが武器を持つ必要もない。そう。すべて、悪魔が悪い」
シスターは手を下ろし、女性の背後から前方へと足を進める。
「う、う……もう許して……お願い、病院につれてって……」
泣きじゃくる女性を、穏やかな笑みで見下ろした。
「さあ、悪魔よ……でていきなさい。もうこのものを苦しめるのはおやめなさい」
「う……あ……」
「さあ、神に救いを求めなさい。神の言うとおりに生きなさい。決して汚れることなく、高潔に、つつましやかで自身を大事にする生き方をなさい」
シスターはもう一度、胸元で手を組んだ。
「さあ、祈るのです、一緒に」
「う……う……やだ……帰して……帰してよ……」
「やだ? 」
女性は何かを感じ取ったようで、声をあらげた。
「します! します! 神の言うとおりに生きます! みんなと同じような格好で、ちゃんと先生たちの言うこともききますから! だからお願い! 家に帰してください! お願いしますぅ……!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を床にふせる。
「よろしい。では、まず手を組みなさい」
「あ……あ……」
トラばさみに噛まれたままの、指をなくした手にもう片ほうの手を合わせ、なんとか組み合わせる。その姿を、シスターは冷めた目で見据えていた。
「指が復活していないということは、まだあなたに信仰心が芽生えていないということですね?」
「違います違います! 違いますぅうううう……!」
女性は必死に首を振り、涙と鼻水をまきちらす。シスターは短く息をついた。
「しかたありませんね。それでは、神に祈りを捧げなさい。それができて初めて、悪魔は去ったと言えるでしょう。聖書の十六ページ十七節、十三ページの十四節を唱えなさい」
「……え……? 」
女性は目をぱちくりとして、シスターを見上げる。シスターは柔らかくほほ笑んでいた。
「わからないのですか? 」
「あ……あ……」
女性の顔が恐怖でゆがんでいくのに比例して、シスターの眉尻が悲し気に下がる。
「やはりあなたは、神への信仰が乏しいようです。悪魔もまだ、根付いているようですし」
シスターは辺りを見渡した。壁際に落ちているものに目を止める。拾いに向かい、戻ってきた。
「や、やめて……」
シスターの手に握られているのは、金づちだ。
「しかたありません。やはりこの方法をとるしかないようです」
「ごめんなさいごめんなさい! ちゃんとやりますから! 教えてくださればちゃんと唱えますから!」
女性の懇願もむなしく、シスターは金づちを振り上げた。




