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三美神の鎮魂歌  作者: 冷泉伽夜
EP.2 神のいるこの場所で
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被虐者は高潔な仮面をかぶる 1




 蓋が開いたままになっている地下の入り口へ、オレンジ色の明かりが近づいていく。


 年配のシスターが、階段を照らして見せた。


「……ここだろうとは、思っていました」


 ひっそりと、しかし厳かな声だった。


 シスターの隣で腕組みをした哲が、おさえた声量で尋ねる。


「ここは?」


「なんでしょうね? 私たちは自習室、と言っていました。もう今は、使われていなかったはずなのですが」


 歯切れの悪い言い方に、哲の視線が向いた。


「ここに、学生たちがいる、と?」


「そう、思います。誰一人、出てきてはいませんけれど」


「中に入って確認しようとは思いませんでしたか」


 当然の質問だ。シスターは顔をゆがませ、細長い息をつく。


「私には、入る勇気がありません。ここに勤めている古株は、みんなそうでしょうね」


 ふと、シスターは体を震わせる。来た方向へ顔を向けると、先ほどよりも大きく震わせた。


 瑠璃のとなりに立つ和也が、シスターを見すえて口角を上げている。穏やかな笑みとは噛み合わない威圧的な脅威を、漂わせながら。


「じゃあ、この中に、僕の子どももいるわけですね?」


 シスターの顔に、困惑の色が浮かぶ。


「は? ……え? なんと? いえ、そんなまさか」


「あれ? 先ほど中につれていかれたのをご存じない? 夜回り、なさっていたのに?」


 戸惑いながらまばたきを繰り返すシスター相手に、和也は笑みを崩さない。


 健一がそれ以上はひかえるよう手で制す。が、和也は続けた。


「あなたとよく一緒にいた彼女は、今どちらに?」


 一瞬震えあがったシスターは目を伏せ、沈黙する。健一が思い出したように声を上げた。


「……ああ、あの若いシスターのことか?」


「そう、その人。自分だけは違うって善人ヅラしてた人。彼女だけ、クサかったよね?」


 哲に同意を求めるよう目を向ける。哲は表情を変えず、和也を見つめ返していた。


 和也の視線が、沈黙を続けるシスターに移る。


「わかるんだ、僕たち。変な推理なんてしなくても。人殺し特有の匂いってやつが。職業柄」


 和也にしては珍しく、あざけるような笑みを浮かべた。


「さっき皐月が必死に犯人について話してくれてたけどね。皐月は僕の話だけで、犯人にたどり着いたって感じだった」


 健一がげんなりとした顔で返す。


「おまえなぁ……なんでもかんでもぺらぺら話すなよ。瑠璃のこともそうだけどさぁ」


「だって。まさかあの皐月が現場に来るとは思わなかったし、僕が来いって言ったわけでもないし」


 自分が話した体を貫く和也に、哲が冷ややかな声を放つ。


「でもおまえが皐月に話したせいで、皐月が連れこまれるハメになったわけだ」


 和也の顔から笑みが消え、視線を階段に向ける。その姿に、哲は息をついた。


「まあいい。さっき皐月はなんと?」


 和也の視線が哲に向かう。


「……僕たちに、大学で浮いてる人がいなかったか聞いてたんだよ」


 和也は口元にこぶしを添える。穏やかな笑みを浮かべ、低く甘い声で続けた。


「大学関係者の中で僕たちに友好的だったのは、最初から彼女だけだったよね? いつもあんな感じなのか、僕たちの前だからああだったのか……どちらにしても、目立ってた。でもおかしいよね?」


 視線をシスターに向け、追い打ちをかけるように語気を強める。


「これだけ閉鎖的な場で、閉鎖的な考えで、独裁的な学校なら、不満があっても従わざるを得ないのが普通でしょ? 形だけでも取り繕わなきゃ、自分が一気にたたかれることになる。あなただってそう。なのにどうして彼女だけは、正義ヅラできたんだろう?」


 シスターは顔を伏せたまま、眉間にしわを寄せていた。ランタンを握る手が、強くなる。


「あの子は、いつもあのような振る舞いをしていますよ。典型的な聖職者というか……正義感と慈愛にあふれているというか……。この大学で、ひと際目立っていたのも、事実です」


 決して、三美神に顔を向けようとはしない。ぎこちなく、言葉を選ぶように続けていく。


「もし、あの子がかかわっていたとして。あなたがたは彼女を、処刑……なさるのですか?」


 シスターの言葉に、否定する者はいなかった。三美神はそのために事件を捜査し、そのために犯人の前へ姿を現すのだ。悪人を見逃すことは、ない。


「……シスター。あなたも、ほんとうはわかっていらっしゃるのでしょう?」


 シスターを見下ろす哲の目は、いつもどおりに力強く、圧がある。シスターは叱られる子どものように、ただ顔を伏せることしかできない。


「彼女がすでに、多くの過ちを犯していることを。それこそ、聖書の教えに反する行為をしているのだと。だからこそ、我々をここまで案内したのでしょう?」


 小刻みに震える手で、シスターは口を覆う。哲の言葉は容赦なく続いた。


「彼女は、罪を犯すことを選んだ。学生たちを、殺すことを、選んだ」


 シスターの喉が、ひゅっと鳴った。どこかそうだと思っていた。しかし信じたくなかった。それでも突きつけられた現実に、動揺を隠せない。


 片手で顔を覆い、こらえていた気持ちをすべて吐き出すようにため息をついた。


「それこそ、神へのこの上ない裏切りであり、冒涜ぼうとく、なのではありませんか?」


 あまりにも無情で冷徹な声に、叩きのめされる。


「殺された学生を、次は自分だと脅える学生を、そしてあなた方を。我々以外に救えるとお思いで?」


 無言で耐えていたシスターは、顔から手を離す。目を伏せたまま、すべてを諦めたような声で、返した。


「神は、悲しんでいらっしゃるでしょうね、彼女のことを。……これもまた、神の思し召し、なのでしょう」


 三美神による処刑を。一緒にいた彼女の罪と死を。シスターは受け入れざるを得ないのだ。


 哲の視線が、瑠璃に向く。


「おまえが行け。銃は俺のを貸してやる」


 ジャケットの内側からリボルバーを取り出し、差し出した。


「最初からおまえが行く予定だったからな」


 瑠璃が手を伸ばしたそのとき。


「いけません!」


 荒々しい声と同時に、シスターは駆け出す。瑠璃の手をつかみ、声を張り上げた。


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