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三美神の鎮魂歌  作者: 冷泉伽夜
EP.2 神のいるこの場所で
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悪魔憑き 2




 皐月もシスターから目を離そうとしない。シスターの狂気から、目を離してはいけない。一方で、シスターである彼女がほんとうにこのような惨劇を生み出したのか、まだ信じられない自分もいた。


 シスターは女性に視線を移す。


「さあ、こちらにいらっしゃい」


 女性はがくがくと震えていた。その姿を、シスターは穏やかに見つめている。


「あなたにとりついた悪魔をなんとかできるのは、私だけなのですよ? ちょっと我慢して大人しくしていればすぐにすみますから。……いうことを聞いて、ちょうだいね」


「いや! いや! やだよぉ……おうちにかえして……」


 シスターは笑みを浮かべたまま、一歩、近づく。女性は必死に首を振りながら、後ずさりした。


 ぐちゃりと、手で何かを踏む。真っ赤にれた自身の手を見た瞬間、悲鳴を上げた。


「うわああああああああ、ああああああああ、あ、いやああああああああああああああ………助けて……助けて……」


 女性の悲鳴は部屋中に反響する。シスターは諭すように、強い口調で言い放った。


「落ち着いて。大丈夫。あなたはその子たちとは違う。私はそう信じていますからね。あなたが信仰の心をしっかり持っていたら大丈夫。ぜ~んぶ、悪魔のせいなのですよ。あなたにとりついて悪さをする、悪魔のせい」


 シスターとは思えぬほどの暴論。異常だ。悪寒がするほど気味が悪い。そのくせ声は穏やかで、柔らかい笑みを浮かべたままだ。


「あなたの部屋にいやらしい下着が置いてあったのも、男を誘惑するような服や香水が置いてあったのも、必要ない化粧品をわざわざ集めていたのも、汚い言葉遣いがなおらないのも……すべて悪魔に誘惑され、とりつかれたせいなんですよ。あなたはなにも、悪くないの」


 皐月は悟る。優しい顔をしたこのシスターは、話が通じる相手ではないのだと。


「だあいじょうぶ。ちょっと我慢して、ちょっとお勉強したら、すぐに終わるから。だからほら……おいで。すぐに悪魔をはらってあげるから、ね?」


「いや! いや! かえして! おうちにかえして! もう、ここにいたくない……」


 女性の拒絶を、シスターはただ、ほほ笑んで見つめていた。その瞳は、狂気じみた闇に染まっている。


「い、いやだああああああああああ! 」


 女性は立ち上がり、シスターに背を向けて駆けていく。そちらにあるのは、危険なわなばかりだ。


「だからダメだって! そっちは危ない! 」


 皐月の声もむなしく、女性は止まらない。足がトラばさみの中を踏み込み、がしゅっと肉をむ音が響いた。


「ぎゃああああああああ」


 女性はそのまましゃがみ、なんとかトラばさみをひらこうとしている。


「ああ……あああ……」


 涙と鼻水で、顔がぐちゃぐちゃだ。トラばさみは開かない。


 それでもなお逃げようと、上半身の力を振り絞り、奥へはっていく。


「お願い! 止まって! 出口はそっちじゃないから!」


 皐月が駆けだそうとしたとき、再びハサミが閉じる音が響く。


「いぎゃああああああああああああ! 」


 女性の手に食らいついたトラばさみが、指を数本切り落とした。


「あああああああああああああ……ああああああああ」


 あまりの痛みに声を張り上げるだけ張り上げ、体をぶるぶると震わせる。女性はそれ以上動こうとしない。


「いやだ……いやだ……死にたくない……助けて」


「大丈夫。安心して。すぐに助けてあげます」


 シスターの声が、穏やかに放たれる。


「今、あなたの中の悪魔は苦しんでいます。もう少しで、引きはがすことができるはずです。だってここは、とても神聖な場所なのですから」


 シスターはランタンを寝台に置き、女性のもとへ一歩踏み出した。反射的に、皐月は銃を構える。シスターを女性に近づかせるわけにはいかないと、体が勝手に動いた。


 しかしシスターは、驚くこともおびえることもしない。ただ、哀愁を帯びた瞳で皐月を見つめる。


「なんて恐ろしい。どうして男性って、人を平気で傷つけようとなさるのかしら。私は、お互いに平和でいられることを望んでいるのに」


 シスターは皐月を諭すように続ける。


「どうして私を撃とうとするのですか? 私はまだ、何もしていません。彼女を救おうとしているのですよ?」


「そうかな? この部屋と彼女のおびえ方で、あんたがヤバいヤツにしか思えないんだけど」


「まあ、なんと。それだけで私を敵視するなんて、悲しいことです」


 シスターは眉尻を下げた。


「それに、撃っても当たりませんよ? あなたに私は、殺せないんです」


「……どうして?」


「だって、わたしには神のご加護があるんですもの。……まあ、とにかく、見ていらして」


 シスターは女性に近づき、服の影に隠れていた手をかかげた。その手には、黒く長い棒が握られている。


 男性警官が持っていたであろう、警棒だ。女性の震える背中に、容赦なく振り下ろした。


「この! 汚らわしい悪魔め! 」


「ぐっ……!」


 体を打ち付ける痛々しい音が、何度も続く。


「やめて! 痛い! やだぁああああ」


「出ていけ! 出ていけ! この体からでていけぇえええええええ」


 女性の体を一心不乱にたたく、その顔こそ悪魔のようだった。少なくとも皐月にはそう見えた。


「やめろ! それ以上したら撃つからな!」


 シスターの動きがぴたりと止まった。しかし皐月に体を向けようとはしない。疲れ切ったように肩で息をしている。


「なにが悪魔だよ……! あんたが相手にしてるのは人間だろ! そんなこともわからなくなってんの?」


 銃を向ける皐月の手は、かすかに震えている。銃を人に向けるのは、これが初めてだった。


「大丈夫ですよ。悪いものを出しているだけなのですから」


 先ほどとは違い、その声は優しいシスターそのものだ。


「痛みや、汚れた血とともに、とりついた悪魔を外に出しているんです。悪魔をはらえるのは、この私だけ。これもすべて、彼女のためにしていることなのです」


「殺人鬼の言い訳にしては滑稽だな」


 皐月の言葉に、シスターはゆっくりと顔を向ける。感情のない、無機質な顔だ。その瞳はどす黒く、皐月への怒りに満ちていた。


 皐月は負けじとシスターを見つめ返す。


「あ、もしかして、殺人鬼って言葉が地雷だった? でも事実じゃん」


 さらに悪くなる空気の中、銃を握りなおし、狙いを定める。


「あんた、さっき俺が撃っても当たらないって言ったな。でも俺は、あんたを撃って、絶対にここを出る!」


 皐月の強い声が響き渡る。


 今さら、背を向けて逃げるわけにはいかない。

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