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三美神の鎮魂歌  作者: 冷泉伽夜
EP.2 神のいるこの場所で
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悪魔憑き 1




 皐月は異様な場所に立っていた。


 ライトを向けた壁側には棚が設置され、のこぎりやクワなどの農耕道具が目につく。農耕には関係ないチェーンソーやカンナも置いてあった。


 床を照らせば、白いペンキでかかれた魔法陣。アニメや漫画に出てくるような黒魔術をほうふつさせる、円形の図式だ。


「儀式、か……。そういうウワサも、聞いたことあるな」


 魔方陣のちょうど中央に寝台があり、女性が四肢を四隅で縛られている。皐月と一緒に襲われていた女性だ。


 皐月は床に気を付けながら、寝台に近付く。


 口にテープを貼られた女性は動かない。トップスがめくれ、見えている腹には、赤い塗料で大きな十字が書かれていた。胸が上下しているのを見るに、まだ息はあるようだ。


 ベッドに銃を置き、懐中電灯を口にくわえた。四隅に結ばれたロープを外していく。


 すべて外し終えると、皐月は銃と懐中電灯を持ち直し、女性の肩をゆすった。


「ねえ、起きて! 大丈夫? 起きて!」


 女性の顔にライトを当てる。目がゆっくりと開き、しばらくまばたきを繰り返す。皐月の存在に目を見開き、くぐもった悲鳴を上げた。


 逃亡を図ろうとした女性は、勢い余って寝台から落ちた。


「ちょ……大丈夫? 」


 皐月の声掛けに応じることなく、口のテープを外し、周囲を見渡す。


 なぜここにいるのか思い出したのだろう。女性の呼吸が激しくなっていった。


「ああああああああ! だめだめ! いやだ! 逃げなきゃ! 殺される!」


 女性は手足をばたばたと動かしながら後ろに下がる。背中に、寝台の足が当たった。


「ひい! なに! やだ! もう帰らせて! 」


 下に描かれた魔方陣が視界に入り、さらに体をがくがくと震わせる。


「おかしいよ、ここ! なんでなんで! あたしがこんな……」


「落ち着いて! 大丈夫だから!」


 駆け寄った皐月を見て、女性はさらに顔をゆがませる。その視線が、皐月の手に移動した。皐月が握っているのは、銃だ。


「ひぃ! やめて! 殺さないで! 」


「あ、違う。これは……」


 女性は震えながら、頭を抱えだした。


「やだやだやだやだ……もう! なんでよ! なんでぇ! なんで男がここにいるの! もう無理だ! 違う! あたしのせいじゃない! あたしのせいじゃないんだから!」


 とても会話ができる状態ではない。無理やり話しかけたところで、女性はもっと混乱するだけだ。とはいえ、皐月は一刻も早くここから脱出したかった。


 懐中電灯で部屋を隅々まで照らし、観察する。ここに皐月や女性がいるということは、必ず出入りする場所があるということだ。


「……あ」


 部屋の壁に、上へ続く階段を見つけた。大人が二人並んで入れるほどの幅だ。ここからでは階段の奥が暗く、先がどうなっているのかわからない。


「ねえ。ちょっと、あそこに……」


 女性に顔を向けたときだった。女性は立ち上がり、皐月を押しのける。


「え? なに?」


 体格の差もあり、突き飛ばされることはなかった。女性は一人で部屋の奥に向かっていく。


 肉塊だらけの奥のほうに。


「不審者の男が言うことなんて信用できるか! 私は家に帰るの!」


「だめだ! 危ない!」 


 女性が行く先へライトを向けると、悲鳴が響き渡る。


「ぎゃああああああ! なんなのよ! なんなのよ、これえ! 」


 体の一部や血が散らばる光景を前に、女性は腰を抜かす。吐き気をこらえきれず、太ももの間に胃液を落とした。


「うえええぇえええ……やだやだやだやだ。死にたくない。ここから出してよぉ……」


 皐月は女性に近寄る。触れることはせず、穏やかに声をかけた。


「ねえ、落ち着いて。とりあえずここから早く出ないと」


「うるっせえよ! 男のくせに! おまえのせいで! 逃げられたはずなのに! おまえがいたからだ! おまえが、男のせいで……あたしはまた……うわああああああああああああ」


 反響する女性の金切り声に、皐月の中で張りつめていたものが破裂する。


「はあ? もとはといえばそっちがぶつかってきたんだろ! こっちは助けようとしてたのに!」


 無理もない。皐月だってさまざまな感情を抑えながらここまで来たのだ。


 しかし皐月は、これ以上の文句をぐっと我慢した。言い争ったところで、なんの成果も得られない。


「あのさ、混乱するのはわかるけど、こんなところでずっとそのままでいる気? 死にたくなきゃ、立って移動するしかないだろ! あっちに出口がありそうだけどどんすんの? 行くの? 行かないの?」


 女性はそのまま床につっぷして泣きじゃくる。皐月の言葉を聞いてくれない。


 この場所を知っているか。ここはどこなのか。どうしてこの女性がつかまってしまったのか。本当はいろいろ聞き出したいこともある。でもできない。聞き出せる状況ではない。


「この学校、おかしいよ! なんで私がこんなことされなきゃいけないわけ? あいつらに何の権限があってこんなこと……うわああああああああああん、パパあああ、ママああ……」


 部屋中に、女性の泣き声が響き渡っている。皐月は顔をしかめた。


 このまま置いていこうか本気で悩む。なぜなら彼女は、瑠璃ではないのだから。


「きみを襲ったやつがどんなやつかは知らないけど。そいつが戻ってくるのも時間の問題……」


 小さな音が、皐月の耳に入り込む。一定のリズムを刻む硬い音だ。だんだん、大きくなっていく。女性も気づいたのか、泣き声が止まった。


 皐月は階段にライトを向ける。階段の奥から、ランタンを持った黒い何かが姿を見せた。皐月のライトがまぶしいのか、顔を背けて立ち止まる。


 皐月がライトを消すと、代わりに淡いオレンジの光が周囲を照らし始めた。光とともにおりてきたのは、黒い修道服とベールに身を包んだ、年若いシスターだ。


 上品な顔立ちをしたシスターは、皐月と女性を見すえ、笑った。


 ランタンを持つ手とは反対の手に、何かを持っているようだ。うまい具合に修道服の影に隠れ、皐月からはよく見えない。


「いや、いや、助けて。殺さないで……シスター……」


 床に座り込んでいた女性は、シスターに対して手を組み、懇願する。


「違うんです! 私は彼とはなんの関係もなくて! 逃げたことは謝ります。だから……だから……」


 歯を鳴らす音が続き、それ以上の言葉を聞かせなかった。女性の目から、ボロボロと涙があふれ出てくる。


 恐ろしいのは、体の一部がごろごろと転がるこの場所で、シスターの笑みがまったく崩れないことだ。シスターを刺激しないよう、皐月は銃を背中に隠した。


「まあ、なんてこと」


 この場に似つかわしくない、優しい声だ。


「あんなに厳重に縛っていたのに、もう抜け出してしまっただなんて。……今度は、退治するのが難しそうですね」

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