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三美神の鎮魂歌  作者: 冷泉伽夜
EP.2 神のいるこの場所で
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お導き




 暗闇の中、ランタンの明かりがぼんやりとあたりを照らしている。和也と瑠璃の姿がちゃんと見えるくらいには明るい。


 和也はいつもどおりの、柔和な笑みを浮かべていた。


「……失礼ながら」


 低く重い声が響く。


「シスターはこんな時間に何を?」


 ランタンを持つのは、三美神が何度も見かけ、瑠璃も直接会話をした、あの年配のシスターだった。


 和也に対して厳かな目を向ける。


「夜回りです。いなくなる子が最近増えておりますし、門限を守らない学生もいるので」


「それは、いつもしておられることなのですか?」


 シスターの視線が、それる。


「……いえ。今日は、警察の見回りがなくなったとうかがいましたものですから」


「それは残念です。もし昨日も夜回りをされていたのなら、ここで見回りをしていた巡査二名と会ったと思うのですが」


 和也は眉尻を下げながら、穏やかに続けた。


「ああ、そういえば今朝は炊き出しに出られていたんでしたね。この時間はすでに寝ていらっしゃいましたか」


 返事をしないシスターは、和也のとなりにいる瑠璃を見つめる。瑠璃が見つめ返していると、渋い表情でため息をついた。


「刑事さん。わたしは言ったはずですよ。その格好で歩くのはおやめなさい、と。悪魔に、狙われないように」


 瑠璃は和也をチラリと見て、真剣に返す。


「ご心配ありがとうございます。ずっとここを張ってたものですから、着替える時間がなかったんです。ご容赦ください」


「では、はやくお戻りになったほうがよろしいでしょう。ここいらには、悪魔がうろついているのですから」


 シスターを見すえる瑠璃は、腕を組んで続けた。


「……私のことが心配ですか?」


「学生たちにも、言っていることです」


 和也と瑠璃がシスターを引き止めていたころ、礼拝堂の裏で茂みに隠れている哲と健一は、行き詰まっていた。健一は哲に顔を寄せ、裏口にいる三人には聞こえないほどの声を出す


「どうする? あの地下に入ってみるか?」


 哲は答えない。ひそかな会話が続いている裏口を見て、女子寮の昇降口に視線を移す。すりガラスの向こうで、オレンジ色の明かりが揺れていた。


「……だめだ」


「ええ? なんで……」


 女子寮のドアが開く。


 ランタンをもって出てきた人物に見つからないよう、二人はさらに身をかがめた。


 足音は静かだ。二人が潜む茂みに、オレンジ色の光がどんどん近づいてくる。


「ほんとうに、いるのですよ。神も、悪魔も」


 光が、ぴたりと止まる。ちょうど、裏口のドアへ続く小道にさしかかったところだった。


 もう少し進んだ場所にある茂みに、哲と健一が潜んでいる。ランタンの明かりが当たることのない死角だが、あまりにも近すぎた。


「あなたがたも、何度も目にしているのではありませんか。人の生き死にに、かかわってきたのなら」


 大きく息を吸う音と同時に、ランタンの光が大きく揺れた。哲たちが隠れる茂みのそばを、急いで通りすぎていく。


 哲は静かに頭を上げ、遠くなる後ろ姿を見すえた。ランタンを持つ人物は、黒くて大きいおばけのような姿をしている。ここに子どもがいれば、泣き叫んで逃げ惑うに違いない。


 ランタンは地面に置かれ、何者かが地下に続くふたをあける。なかなか重いのか、その動作はゆっくりだ。ふたが落ちる音が低く響き渡った。


 何者かはランタンを取って中に入っていく。オレンジ色の明かりが穴の中に消えていった。


 再び訪れた闇と静寂の中、哲はリボルバーを握りなおす。その視線は、裏口のドアに向けられた。




     †




 重いふたが地面につく音は、裏口にいる三人にもかすかに聞こえていた。音が聞こえてから、なんともいえない沈黙が続く。


 瑠璃が困惑した表情で和也を見上げ、和也がきっかけを作る。


「あの、もしよろしければ」


「中に、入りたいのでしょう?」


 シスターは何もかもをあきらめた表情で、ため息をついた。その反応に、和也と瑠璃は顔を見合わせる。


 和也がいつものように笑みを浮かべ、シスターに尋ねる。


「そうしていただけるとこちらも嬉しいですが、よろしいのですか? 我々のようなものが、中に入っても」


「私でなければ、嫌がるでしょうね」


 ドアに近づくシスターは、手前で止まり、和也に顔を向けた。


「安心なさい。私はあなたたちに、何もしませんよ。……私はね」


 シスターは持っていたカギをドアノブの穴にさした。とたんに怪訝けげんな表情を浮かべる。最初から開いていたドアを開けようとしても、鍵穴が回ることはない。


 ため息をつきながらカギを外し、ドアを少し開けた。


「どうぞ」


 シスターは瑠璃を見すえる。


「……三美神の方がいるなら、大丈夫でしょう。絶対とは言えませんけど。……ついていらして」


 先に、中へ入っていく。その瞬間、前方から銃を向けられた。シスターは体を震わせ、ランタンを大きく揺らす。声を出さないまでも、さすがに目を見開き、動揺を隠せていない。


 黒いハンドガンに、シルバーに輝くリボルバー。どちらも、銃口はシスターの額を狙っている。


 開いたドアから、和也が顔をのぞかせた。


「あ―……すみません。実は、先に入らせてもらってて……」


 シスターは銃を向ける二人を、交互に見すえた。胸を押さえながら、深いため息をつく。


 その姿に、哲は銃を下ろした。ジャケットの内に戻し、冷静に声を放つ。


「怖がらせるようなマネをして申し訳ない。こちらも、大学側の人間に見つかるのはリスクでね」


 哲に続き、健一も銃を下ろした。腰のホルスターへと戻す。


 落ち着きを取り戻したシスターが、声を潜めて返した。


「なぜここにいるのか、聞くのも野暮なのでしょうね」


 哲は腕を組み、獲物を見るような目をシスターに向ける。


「我々はこう見えて、武器も持たない相手を脅すようなマネはしたくないものでして。武器を使わずに済むよう、大人しく、協力していただけるとありがたいのですが」


 丁寧な言い方だが、黒々とした瞳にも、堂々とした姿勢にも、逆らいようのない圧がにじんでいる。


 哲を前に、シスターは従うしかなかった。


「これも、神の、おぼしめしなのでしょう。……私はきっと、あなた方を、求めていたのかもしれません」


 シスターは渋い表情を浮かべ、小道を進みだした。哲と健一の間を通り抜け、振り返る。


「みなさんで、一緒にどうぞ。できれば静かにお願いできますか。女子寮の子たちに気づかれるのはまずいので。……私もまだ、誰を信用すべきか、わからないものですから」


 三美神にとって、シスターの姿が妖しいのは言うまでもない。


 しかし今、シスターが三美神に従わざるを得ないように、三美神もまた、シスターに頼らざるを得なかった。




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