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三美神の鎮魂歌  作者: 冷泉伽夜
EP.2 神のいるこの場所で
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邪魔者




 街灯の下で、黒フードの不審者は息を切らしている。気絶している皐月の頭へ回り、脇下に手をとおして抱え上げた。


 皐月を運ぼうとするが、不審者は非力だ。腰を上げ切ることができず、引きずるのに精いっぱいだった。


 搬入用の台車に乗せるのにも手間取っている。なんとか乗せて、足や手を蹴り上げながら納まるようにしていた。女性のほうはすでに中へ運び終わっている。


 体重をかけながら台車を押し、礼拝堂の裏側にあるドアへ向かった。


 瑠璃が、ヒールのあるサンダルで、音を立てずに追いかける。


 街灯のある角を曲がる前に、腕をつかまれ引き戻された。背後から、口と腹部を、白手袋で包んだ手が覆う。瑠璃がもがいても離れない。


 和也は瑠璃の動きを封じながら、曲がり角の先をのぞいた。暗くてはっきりとは認識できないものの、裏口のドアにカギを差し込み、回す音が聞こえる。


「……瑠璃ちゃん、落ち着いて」


 ひっそりと、和也は告げる。


「大丈夫。皐月は無事だよ。殺されたりしない」


 瑠璃の動きが、ぴたりと止まった。


 不審者を見る和也の顔は、普段の和也とは程遠いほど殺伐としている。


「僕だって助けに行きたいよ。今すぐにでもぶち殺してやりたい。……でも、今はだめみたい」


 その耳にはめ込まれたイヤホンから、突入の許可は出なかった。和也にとって、哲の指示は絶対だ。そのまま待機という指示が、かろうじて和也の動きを止めている。


 不審者はドアを開け、台車を押しながら入っていく。ドアが閉まると、和也の耳に指示が入った。


 瑠璃を離し、一緒についてくるよう促す。二人は足音をたてないよう裏口に進んだ。すでに哲と健一がドアの前に来ている。しゃがんでドアに耳をあてる健一を、哲が見下ろしていた。


 近づいてきた二人に、哲は声を潜めて尋ねる。


「なんで皐月がここにいる?」


 瑠璃は言葉を詰まらせた。その目が弱弱しく下を向く。


 和也が代わりに答えた。


「このあいだ会ったとき、僕が少し事件の話をしちゃったから。興味を持ったのかも」


 哲は返事をせず、和也と瑠璃を交互に見すえる。居心地の悪い静寂だけが、この場を支配していた。


 ドアに耳を当てる健一が、その向こう側で聞こえる音を拾う。


「……さっきまで台車の音が聞こえてたけど、もう聞こえない」


 耳を離し、哲に顔を向ける。


「どうする?」


「ここを開けて入るしかないだろ」


 健一はうなずき、ドアノブに手をかけた。静かに回すと、扉が開く。


「開いてる……」


「相当焦ってるな。皐月がいたのは向こうにとっても想定外だったらしい」


 瑠璃がひかえめに声を出した。


「じゃあ、中には私が」


「やめとけ」


 とっさに健一が返す。


「その服装じゃ動きにくいだろうし、武器も持ってないんだろ。危険すぎる」


「でも、最初は私が入る予定だったでしょ」


 健一のため息が、話し声よりも響いた。


「さっき、皐月はなんて言ってたんだ? おれたちにはよく聞き取れなかったけど」


 瑠璃の返事はない。返事を待つ気もない健一は、腰に下げている二つの銃のうち、片方を抜き取った。


 ベーシックな形をした黒いハンドガン、GLOCKグロック一八Cだ。


「俺と兄さんで行くわ。ここで大人しくしてろ」


 哲もジャケットの裏から、銀色の重厚なリボルバーを取り出した。健一が持つものより大きさがあり、筒も長めだ。弾倉を外し、弾を確認しながら口を開く。


「おまえもだ、和也。瑠璃と一緒にいろ。おまえもまだ冷静じゃなさそうだからな」


「……わかった」


 穏やかだが、不満がにじむ声だった。


 弾倉を戻す音が響く。


「二人でここを見張って、俺たちが入ったらドアを閉めろ。誰か来たらここには近寄らせるな。いいな?」


 哲がドアノブに手をかける。タイミングを見て、音を立てないようゆっくりと開いていった。健一が銃を構え、先に中へ入っていく。周りを警戒しつつ進んでいく健一に、哲が続いた。


 哲に言われたとおり、和也はドアを静かに閉める。


「ぼくたち、断られちゃったね」


「……ごめんなさい、和也」


 瑠璃の顔はこわばり、和也から視線をそらしていた。


「私なの。私が、教えちゃって」


「大丈夫だよ、瑠璃ちゃん。……皐月も、だてに百合園家じゃないんだから」


 優しく肩をたたく。


「それに、おかげで、僕たちがやりやすくなった」


 瑠璃の強い瞳が、和也に向いた。和也は平然と、笑っている。


「とりあえずは、兄さんに言われたとおり、しばらく待ってようね」




          †




 ドアから入った先は、茂みと木々に挟まれた小道となっていた。小道を抜けた突き当りは礼拝堂の裏側だ。暗闇の中、真っ黒な壁として二人の前に立ちはだかる。


 右側に向かえば女子寮だ。暗がりだがうっすらと確認でき、礼拝堂につながる渡り廊下も見えた。


 反対側に顔を向けるが、そこには何もない。礼拝堂と茂みのあいだで人が通れるほどのスペースが開いており、それが奥まで続いている。


 遠くで、先ほど見かけた台車が放置されているのを見つけた。健一はゆっくりと、音を立てずに向かっていく。


 台車の隣には、地面に四角形の穴がぽっかりと空いていた。この暗闇の中、ほとんどの人間は気づかずに落ちてしまうだろう。人が二人並んで、ぎりぎり入れるほどの大きさだ。


 蝶番でつながったふたが全開になり、地面にぴったりとついている。素材は鉄のようで、頻繁に開け閉めするのは大変そうだ。


 健一は中を見つめる。うっすらと階段が見え、地下に続いているようだった。不審者と皐月はこの中にいる可能性が高い。


 一緒についてきた哲を、チラリと見る。


「どうする? 入るか?」


「いや……」


 暗闇に閉ざされた階段の奥を、哲も見すえていた。


「戻るぞ。……地上に戻ってくる」


 言い終わるまえに、哲はもと来た道を戻っていく。健一は穴を一瞥し、哲の後ろを追った。


 裏口へ続く小道まで戻り、茂みの中に入ってしゃがむ。少し頭を上げ、穴のほうに顔を向けた。


 哲のとなりで、健一は不満げに声をひそめる。


「戻ったけどどうすんだよ? あいつがでてきたところを、こっから撃ち込むのか?」


「いや。もし学校ぐるみの犯行だったら、この場で一人撃ち殺したとしても意味がない。狙撃音に気づかれて警戒を強めるだけだ」


「全員殺せばいいだろ」


「和也みたいなことを言うな。その正当性を現時点では説明できない」


「そんなのあとでどうとでも……」


 地下へ続く穴から、かすかな足音が聞こえてきた。


 二人は頭を下げ、口を閉ざす。存在を茂みと同化させた。呼吸の音すら聞こえさせない。


 穴の中から、オレンジ色の明かりと一緒に、何者かが出てくる。皐月たちを襲った、黒いフードパーカーの不審者だ。きしむ蝶番の音と、重たいふたを閉じる音が響いた。


 台車を押して歩く音と、荒い呼吸音、オレンジ色の明かりが、二人が隠れる場所に近付いてくる。周囲が明るくなったその一瞬で、哲は不審者を指さし、健一に指示を出した。


 台車と不審者が二人の前を通り過ぎると、健一は銃を握りなおし、立ち上がろうと足に力を入れる。


「……どなた?」


 健一は動きを止める。声は、年配の女性のものだった。


 不審者は気づかなかったのか、台車を押しながら離れていく。


「まあ……刑事さん。三美神の方と見回りですか?」


 声が聞こえたのは、裏口のドアからだ。


 そうこうしている間に、不審者は女子寮にたどり着く。台車ごと渡り廊下に乗り上げ、女子寮の扉をカギで開けた。台車とともに、中へ消えていく。


 扉が閉まるころ、健一は申し訳なさげに声を出した。


「すまねえ」


「いや、仕方ない」


 哲の鋭い視線が、敷地の外へ出るドアに向かう。



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