彼女のためにできる最善策 1
真っ暗な車道を一台のバスが走る。他の車は通っていない。対向車線ともすれ違うことはない。
バス停に停まったバスから降りたのは、皐月だ。
バスはそそくさと逃げるように走り去っていく。いよいよ真っ暗で、音ひとつ聞こえない。
空に広がるのは、月明りも星もない闇だ。街灯も周辺には見当たらない。周囲になにがあるのかもよくわからない。
目が慣れ始めたころ、ようやく皐月は歩き出す。横断歩道を渡れば、その先は聖スーザン女学院大学だ。
閉ざされた正門の前まで歩き、立ち止まる。大学の象徴ともいえる礼拝堂が、奥のほうでぼんやりとたたずんでいた。暗闇の中、その姿は得体のしれない怪物のようにも見える。とにかくまがまがしい。
暗いので当然だが、あたりを見渡しても三美神と瑠璃の姿は見つけられない。なんともいえない孤独感と恐怖で、体が震える。
「……なるほど。変なウワサがたつのも納得。いかにも出そう」
皐月は礼拝堂を見すえた。腕を組み、口元に握りこぶしを当てる。自らが神隠しに合っているのではないかと錯覚するほど、あたりは静寂に包まれていた。
「うめき声に、悪魔に、呪いか…………。上等だよ。来るなら来ればいい。三美神が強制的に調べるための犠牲は、瑠璃ちゃんじゃなくてもいいんだから」
皐月はアーチ状の柵門に手を伸ばし、ぎゅっと握る。
「こんな勝手なことしたら、三美神も瑠璃ちゃんも、怒るんだろうな。特に西園寺様は……」
カギがかけられた重たい門は、皐月の力だけではびくともしない。
門の上を見る。皐月であれば、がんばってのり越えることは可能だ。
「いや……」
ここは大学のメインとなる門だ。監視カメラかブザーがついている可能性は高い。もっと忍び込めそうな場所を探したほうがいい。
皐月は塀に沿って、歩道を歩くことにした。
「別に事件なんて興味ない。瑠璃ちゃんがいなかったら、どうでもいい」
頭の中で、手に入れた情報を整理していく。
消えた学生は二カ月で十名以上。中に入るはずがない警察官も行方不明になった。誰一人、いまだに見つかっていない。
にもかかわらず、大学は捜査にも保護者の要請にも非協力的で、通常通り授業を進めている。
とにかく異様だ。
「寮生はどういう気持ちで過ごしてるんだろ」
口元にこぶしを添え、ぶつぶつと声を出す。言葉に出すことで脳をさらに働かせた。
「不安じゃないのかな? 外から入れないってことは、中からも出られないってことなのに……。逃げられない環境で、次は自分かもって、怖くならないのかな?」
曲がり角となる場所で、名ばかりの街灯が地面を照らしている。下の一点を照らすだけで、周囲が見渡せるほど視界をよくしているわけではない。角を曲がれば、次の角の街灯が遠目に見えるだけだ。
皐月はゆっくりと足を進めていく。
「もし、俺が女で、ここの学生だったなら、どうしてたかな」
もとから有名なスーザンの閉鎖性と、ミミから聞いた話を照らし合わせてみる。
事件に対する大学の振る舞いと、学生の画一的な格好と態度。第三者が介入できない大学は、独自の世界を作り上げ、独自のルールで縛られている。その中身を、外部の者が知るすべはない。
「卒業はしなきゃいけないから大人しくしておくんだろうな。余計なことをして責められたくないし。あの環境の中で他の人と違うことをするのは悪目立ちする。学校から出られない立場でそれはリスクが……ん?」
皐月の頭の中に、ミミからもらった瑠璃の写真が浮かび上がる。同時に、失踪した学生の、最後の足取りがつかめていないという、瑠璃から聞いた情報も。
「……いや、おかしいよ。やっぱり、おかしい。だって、わからないはずないんだもん。同じような格好の中で、少しでも派手な部分があれば、目立ってしょうがないはずだろ。少人数制の大学ならなおさら。それなのに、失踪した学生の最後を誰一人つかめないって、そんなことある?」
皐月は自嘲気味な笑みを浮かべる。
「みんな、かかわりたくないんだ、この件に。目立つようなことをしたら、今度は自分が消えるかもしれない。閉鎖された環境の中では、神隠しや天罰を信じざるを得ない。学校をかばってるんじゃなくて、自分を守ってるのかも」
次の角となる街灯にどんどん近づいていく。
「罰を受けるようなことはしたくないし、目を付けられるようなことは言いたくない。目をつけられると……待って。誰に目を付けられるんだ? 学生にとって目を付けられたらやばい相手ってことは……。いや、さすがに早計か? でも、みんなに合わせることこそが安全策ってことを、わかってやってるってことは……」
皐月は立ちどまり、振り返る。
先ほど曲がった場所の街灯が、遠くで地面を照らすだけだ。物音ひとつしない。
皐月は背中に下がるリュックの尻をなでる。指先でごつごつとした硬いものを感じ取った。中身はスマホと財布、小型の懐中電灯、それから、和也からもらった拳銃だ。




