邪なギブアンドテイク 2
ここまではすでに瑠璃から聞いている内容だ。皐月は特に反応を見せず、目を伏せる。
「事件自体はまだ公表されてないんだけど……。すごいよ、あの大学。警察も三美神も手が出せないし。保護者がどれだけ警察に協力してほしいって訴えてもさ。自分たちは関係ないの一点張りなんだって」
ミミは何かを思い出すように、視線を上に向けた。
「……坂本が遅刻したときの話、覚えてる? あのときね、スーザンの正門で、失踪した子たちの保護者が暴動を起こしてたの」
自分で説明しながら思うところがあるのか、ミミは嘲笑する。
「ブチ切れた親が大学の人間を殴ったらしいよ。でもね、その前に、大学側が親をけなしたの。娘がいなくなったのは親にしつけされてない不良だったからとかなんとか。……そりゃ殴るよね」
口元にこぶしをそえながら黙って聞いている皐月に、ミミは真剣な表情に戻る。
「でね。今日、正式に三美神案件になったみたい。それまでは警察に依頼されて、あくまでも協力ってスタンスだったんだけどね」
考え込んだまま何も反応しない皐月に代わり、真冬が口を開いた。
「それは、死体が見つかったってこと?」
「ううん、そうじゃない。……三美神と一緒に捜査してた警察官がね、学生と同じように、消えたの」
スマホを取りだしたミミは、画面を指でなぞり、何かを読み上げるように続けた。
「しばらくは応援を呼んでその警官を探してた……。でも警察に圧力がかかったみたい。捜索が打ち切られちゃったの。大学から、クレームが入ったみたいで」
「な、え? どういうこと? 勝手に中に入って調べてたってこと?」
「ううん。大学の外を探してたの。警察官は外にいたときに消えたから」
「なのに、クレームが入ったの? 大学からのクレームが、警察に通じるの?」
「通じたから捜査を打ち切って三美神案件になったってわけ。あそこってお嬢様大学だから、親に大物がまぎれてたりするの。医者とか弁護士はもちろん、政治家とか市議会議員もいる。そんなのが絡んでちゃ、警察も引くしかないんだろうね」
皐月の眉間に、しわが寄った。
それまで学生が消えていたというのに、外部の警察官まで消える事態となった。どう考えても状況は悪化している。
そのうえで大学が警察に苦情を入れるのは、最善の行動とは言えない。大学側はことの重大さを理解しているのか、理解したうえでその行動をとっているのか。それも皐月にはわからない。
きっと、大学の中になにかある。皐月ですらそう思うのだから、三美神も同じように考えていることだろう。確信はあっても、中を調べてみない限り、何も出てこない。しかし中を調べるすべがない。
「あそこさあ、何がヤバいってそのカルト性だよ。学生に直接話を聞こうにも、みんな合わせたように『なにも知らない』って答えるの。曲がりなりにも一緒に学生生活送ってきた同級生のことなのにね。学校の中でのことは徹底して話さない。……話さないように、言われてるのかもね、神様ってやつに」
ミミの目には軽蔑が浮かぶ。あきれたように鼻を鳴らした。
「そんなに神様とかしきたりとかが大事なのかなぁ。……人の安否よりも」
真冬が真剣な表情で上を向く。何かを思いつき、視線をミミに移した。
「それさぁ、半グレとか、暴力団がかかわってる可能性はないの? 誘拐してどこかに売りつけてるとか」
「それは」
「それはない」
ミミにかぶせて皐月が言う。目を伏せながら、冷静に続けた。
「あの辺は閑静な住宅街。暴力団の事務所も潜伏先もあそこ一帯にはなかったはず。仮に半グレの可能性があるなら、警察の調べですぐに足はつくはずだよ。警察がわざわざ三美神に案件を委託したのは、その片りんすらなかったってこと」
うんうんとうなずくミミに、皐月は視線を向ける。
「で? それと瑠璃ちゃんがどう繋がってくるわけ? あの写真の瑠璃ちゃんと」
皐月は事件の話を、瑠璃のことを考えながら聞いていた。
瑠璃が派手な格好をして現場にでたのには、それなりの意図がある。瑠璃の考えをなんとなく予想づけていたものの、先ほどの話では結論が出なかった。
「そうそう、それよ!」
ミミはおもむろにスマホを操作し、皐月に画面を見せた。そこにうつるのは、派手な格好をした瑠璃の写真だ。
写真を指さしながら続ける。
「これね、行方不明になった子の特徴を全部詰めましたって感じの格好なの。ええっと……」
スマホを操作し、画面を見つめ、読み上げるように続けた。
「髪を染めてたり巻いてたり、露出が多かったり、化粧が濃かったり、ヒールの高い靴を履いてたり、ネイルしてたり……。この条件をどれか一つでも満たしてるような子が失踪してるわけ」
皐月は先ほど目にした写真を思い浮かべる。
ミミの言うとおり、失踪した学生の条件を詰め込んだ姿だ。大学側が失踪した学生を不良と称し、親の教育をけなす理由はここにあった。
今の瑠璃は、聖スーザン女学院大学の周りをうろつくだけで、かなり目立つに違いない。
「……そっか。なるほどね」
ため息をつきながら、背もたれにのしかかる。
「だから小森さんは、瑠璃ちゃんが死ぬかもって考えたんだ?」
先ほどよりは冷静な皐月だったが、ミミは身構えて答える。
「そうよ。死ぬってのは言い過ぎでも、次に失踪するのはこの子だって考えるのが自然でしょ? いなくなる可能性があるのはもう学生だけじゃないんだし」
「三美神がそばにいるのに?」
「三美神ですら中に入れない状況なのよ? 次にこの子が失踪したとしても、三美神は何もできないかもしれないじゃん」
「そんなこと……。いや」
皐月は口をつぐむ。腕を組み、上を向いて考えこんだ。真剣な表情で、周りの空気はどことなく重い。とても話しかけられるような雰囲気ではなかった。
皐月の反応に、ミミは眉尻を下げて真冬を見る。
「あたし、なんか怒らせちゃった?」
「さあ、どうだろ?」
不安げなミミに、皐月は顔を向けた。
「ありがとう、小森さん」
「え?」
「いろいろ教えてくれて。意外と役に立つ情報だった」
「意外とって……」
苦笑するミミに、皐月はひときわ真剣な声を放つ。
「お姉さんにはこう伝えておいて。……三美神をなめてかかったら、死ぬよって」
切れ長の強い目と強い言葉に、ミミは顔はこわばる。
「みんなが思うほど、三美神は優しくない。特に西園寺様とうちの父親は、利用できるものは利用するタチだ。捜査に利用されて、誰かの代わりに命を落とすなんてことが、ないといいね」
これは、皐月なりのお礼だ。ミミが提供した情報への見返りとなる、忠告。
堂々とした言動に、さすがは百合園家だと、ミミは背筋を伸ばした。
強気な笑みを浮かべ、うなずく。
「わかった。ちゃんと伝えておく」




