邪なギブアンドテイク 1
授業が終わり、レポートを提出し終えると、学生たちは次々に教室を出ていく。
足早に教室を出る皐月を、真冬が追った。
「どうしたの? そんな急いで」
「いや、なんか嫌な予感がして」
先をずんずん進む二人の後方から、声が響いた。
「あ! ちょっと! ちょっと待って!」
げんなりとした表情に変わる皐月のもとへ、ミミが必死な顔で駆け寄ってくる。
「このあと、どうせ空き時間でしょ! ちょっと付き合ってよ!」
ミミの声が周囲に響き渡るせいで、そばにいた学生たちがチラチラと視線をよこしていた。ミミは皐月の前で、強気に笑いながら胸を張る。
「あんたが欲しがってる情報をあげる。聞いて損はないから!」
「俺は別に聞きたいと思ってないんだけど」
盛大にため息をついた。正直、話を聞いたところで皐月には関係ない。事件に関わっているわけでもなければ、三美神と一緒に仕事をしているわけでもないのだから。
「聞くだけ聞いてみたら?」
ミミの勢いには真冬も苦笑している。
「聞くだけならタダだし?」
ミミがここまで聞かせようとするからには、タダで済むはずがない。
しかし断ったところでしつこく食い下がってくることは予想できた。
「……わかった。でもとりあえずここじゃなんだし、場所変えてから話そうか」
結局、皐月が流される形で話を聞くことになった。
†
授業開始のチャイムが鳴り響く。空き教室は静かだ。他の学生が入ろうとしても、先客がいるとわかれば去っていく。その先客が皐月だからこそだろう。
皐月が座る席の前で、ミミが向き合うように座る。皐月の隣に座る真冬を、じろりとにらんだ。
「こういうのは守秘義務もあるんだし、二人のほうがいいと思うんだけどね」
「え? いいじゃん。皐月に来るななんて言われてないし」
「空気を読めって言ってんのよ」
「でも、俺がいなかったら皐月に逃げられてると思うよ?」
不満げなミミに、皐月が言う。
「別に俺は大丈夫だよ。聞かれて困るようなことじゃないだろうし」
ミミの話に重要なものがあるとは思えなかった。それより気になるのは、なぜミミがここまでして情報を与えたがるのか、ということだ。必然的に対価を求められることになるのは言うまでもない。
「あっそ。ま、あんたがそう言うならいいんじゃない? じゃあ本題に入るけど、さっき送った写真の人、あんたの彼女でしょ?」
「そうなの?」
真冬は驚きつつ真剣な表情で見つめてくる。が、皐月は冷静に返した。
「違うけど」
「そうじゃなかったら食堂であんなこと言わないでしょ!」
「いや、誰だって身内のことコケにされたらいやな気分になるでしょ。御三家同士のつながりはあるんだし」
実際の関係性を、ミミにわざわざ教えるつもりはない。
ミミは疑いの目で皐月を見つめる。
「わたしが送った写真見て、にやついてたくせに」
「うっ、まあ……それはそうだけど。話って、瑠璃ちゃんに関係あることなの?」
「もちろん、だからあの写真を送ってあげたのよ」
ミミは勝気に笑う。しかし皐月を見つめるその瞳は、いたって真剣だ。
「今回の件、三美神じゃ解決できないかもよ。下手したら、あの子、死ぬかも」
一段と低い声だった。冗談などみじんも感じさせない。
だからこそ皐月の目がつりあがる。なんとも言えない圧が、全身からふつふつとにじみでていた。
皐月の反応に怖気づきながらも、ミミは笑ったまま尋ねる。
「聞く気になった?」
「……死ぬかもっていうのは、お姉さんの情報? それとも小森さんの主観?」
「どっちも」
皐月の眉間が寄る。その眼光は突き刺すような鋭さがあった。
「そう思うだけの根拠は、あるわけ?」
「落ち着いてよ。あんたがそんなに怒るのは、どうして? 事件と三美神のことを詳しく知ってるから? それとも、わたしがただ軽口を言ってると思ってるから?」
皐月は返事をせず、目をそらした。
確かに、皐月には瑠璃から聞いた以上のことはわからない。御三家の人間とはいえ、三美神の行動をいちいち把握しているわけでもなかった。
ミミが皐月以上に情報を持っているのなら、ミミの発言のほうが信ぴょう性は高い。
一度断った手前やりにくいが、ここは素直に話してもらうようお願いするべきか。しかしミミは、皐月が頼むよりも先に話し出す。
「気にしてるんでしょ? 私がなにか、金でもねだるんじゃないかって。それは杞憂ってやつよ」
ミミの顔から笑みが消える。短く息をつき、続けた。
「まあ、確かに。姉から頼まれてはいるよ? 百合園から、何かネタを引っ張り出してくれって。百合園がわたしと同じ学部だってことはもう知ってるから」
「言っとくけど、俺はネタを提供するつもりないから。提供できるものもないし」
「言ったでしょ、杞憂だって。私、姉に協力するつもりはさらさらないの。姉も、別に期待してないと思う」
表情も口調も冷めている。
「姉が記者なのは知ってるでしょ? 週刊誌で凶悪事件の担当をしてるの。三美神番とかそんな大層なものじゃないわけ。三美神がいるところには凶悪事件が潜んでるから追ってるってだけ」
ミミは腕を組み、苦虫を噛み潰すような表情を浮かべた。
「あんたに送った彼女の写真。週刊誌の一面にのせるらしいよ? スーザンの生贄に自ら立候補っていう見出し付きで」
皐月はミミを見すえるだけで返事をしない。ミミが言うようなことは日常茶飯事で、御三家や三美神が気にしてもしょうがないことだからだ。
ただし、瑠璃が変に注目を浴びるという状況は不快でたまらない。それに同調するように、ミミがあざけるような笑みを浮かべた。
「人の生き死にがかかわる事件なのにさ。あいつら、そうやって遊んでるんだよ。人をあおるような記事書いて、楽しんでるんだよ。三美神番とは違って、三美神のことを事件が面白くなるスパイスぐらいにしか思ってないんだよね。私は、あいつらみたいになりたくないし、あいつらに協力したくもないわけ」
皐月と真冬の反応を見て、ミミは気を取り直すように笑った。
「あ~ごめん、話が脱線しちゃったわ。まあ、とにかく! 私は事件の話を百合園に伝えたいってだけで、見返りは求めてないの。わかった?」
皐月はとりあえずうなずき、ミミの話に付き合うことにした。
「西園寺のお嬢様の話をするまえに、スーザンで起こってる事件のことを簡単に説明するね」
皐月たち以外には誰もいない教室だったが、ミミは二人に身を寄せ、念には念をと声を潜める。
「この二カ月で十名以上、スーザンの学生がいなくなってるの。目撃者もいないし、手がかりもない。ある日突然、学校の中で消えるの。神隠しみたいに」




