慈愛と無償と盲目の愛 2
授業開始の時間が近づき、それぞれ食べ終わると席を立つ。皐月と真冬も食べ終わり、まだ食べている学生を残したまま、食器を返却しに向かった。
皐月の表情も態度も明らかに不満げだ。真冬が気軽に声をかけられないほどだった。
食器を返却すると、皐月は片手で顔を覆う。
「あ~……もう……」
ほんとうにイラだたしいのは、自分自身だ。
瑠璃のことが大好きで大事なら、あの場では瑠璃の味方をするべきだった。どれだけ汚い言葉だろうと、もっと文句を言っておくべきだった。
あの場で皐月は、瑠璃よりも自分の体裁を気にしてしまった。周囲の目を気にして、ふんばって、自制してしまった。
これではただの意気地なしだ。泣きたくなるくらいに悔しい。ああいった場でも皐月は、瑠璃を守るようなことができないのだ。
次の授業の教室へ入るまえに、真冬が穏やかに言う。
「先行ってて。俺トイレ」
「……あ、うん」
真冬にも気を遣わせた。あからさまに不機嫌な態度を出すのはよくない。皐月は反省しながら教室に入る。
壁際の席に座り、真冬が待ちながらスマホをいじった。教室にいる学生は多いのに、皐月の周りには誰も近づこうとしない。
食堂で一緒にいた学生たちは、前のほうに集まって何やら盛り上がっている。先ほどのことなど、頭からすっかり消えているようだ。
スマホの画面に視線を落としていた皐月は、二つとなりの席に誰かが座った気配を感じ取った。真冬がもう戻ったのかと、顔を向ける。
「……え?」
皐月の顔はゆがんだ。
「なに? なんの用?」
そこに座っていたのは、スマホを片手に持った小森ミミだ。外国のキャラクターがでかでかとのったオーバーサイズのパーカーに、英文がびっちり書かれた黒いレギンスをはいている。
威圧的な雰囲気で、勝気に笑う。
「連絡先、交換してよ」
「え? 」
「頻繁に連絡するつもりはないから。……はやくして」
「あ……え? ……うん」
言われたとおり、連絡先を交換する。先ほどのこともあったのに、わざわざ交換したがるミミのことが不思議でしょうがない。
「これね? じゃああとで送るわ」
用が済めば、ミミはさっさと席を立って前方に向かう。
「いいなぁ、ミミちゃん。私にも教えてくれると思う?」
千恵美の高い声が、皐月のもとにも届いてきた。
「自分で聞けばいいじゃん? 」
「だぁって。百合園くん、私には塩なんだもん」
ほかの女子がおかしそうに笑う。
「なんか露骨に無視してるよね。調子乗ってんじゃない? 」
「も~、そんなこと言わないよ」
皐月は短く息をついた。再びスマホをいじろうとすると、さっそくメッセージが届く。
『事件についてほんとに何も知らないの? 』
前方にいるミミに、視線を向ける。すでに席に座っており、ただただスマホをいじっていた。皐月は送り返す。
『何の話?』
『スーザンのこと』
皐月は画面を見つめながら考え込む。ミミの姉は記者だ。何か情報を引き出したいのかもしれない。
しかし瑠璃から聞いた話をそうやすやすと教えるわけにはいかなかった。
『知らないよ』
既読がつくと、ミミから画像が送られてくる。
「え、あ……」
思わず上ずった声が出た。あまりの写真に、タップして拡大する。
「うわぁ~わ、わ……いい、すごくいい」
そこに写っていたのは瑠璃だった。スーザンの正門前で腕組みをし、その隣には和也がいる。
写真に写る瑠璃の姿は、皐月の知っている姿ではなかった。一緒に住んでいて髪をまくところは見たことがないし、露出した服もズボンスタイルも好みではないはずだ。皐月がすすめても、そのような服を買おうとはしない。
しかし派手な顔立ちでスタイルもいい瑠璃に、ギャルのような服装が似合わないはずがなかった。
頬を緩めながら眺めていると、痛々しい視線を感じ取る。
ミミのほうに顔を向けると、不快気な表情で皐月を見すえていた。同時に、メッセージが入る。
『きも。ニヤニヤしてる場合じゃないんだけど?』
メッセージは続く。
『どうしてそんな格好してるのか気にならないの?』
皐月の顔から、笑みが消えた。
ミミを見すえ、スマホの画面を下にして机に置く。これ以上のメッセージは必要ない、という意思表示だ。ミミは口をあんぐりと開けていた。
こういったものを送ってくる以上、何か見返りを求められていることは明白だ。皐月がそれに応じるつもりはさらさらない。そもそも百合園家の人間相手に取引を持ち掛けること自体、無謀だ。
再びスマホを手に取ったものの返信はしない。写真のデータを自身のスマホに落とすためだ。瑠璃の写真はありがたく頂戴する。
写真を眺めながらふにゃりとにやけた。メッセージが来ているようだが、気にしない。
「……やっぱり、そういう仲、なの?」
いつのまにか戻ってきた真冬が、二つとなりの席から皐月のスマホをのぞきこむ。
「そ、そんなんじゃ、ないから!」
「ふうん?」
にこにこと画面を見つめる皐月に対し、真冬はそれ以上追及しない。スマホの画像を一緒に見る。
「やっぱりきれいな人だよね。スタイルいいし。……あ、でも。こんな韓流の美人って感じだったっけ。なんかもっと上品な女性だった気が……」
首をかしげる真冬に、皐月が自信満々に返した。
「そうそう。あんまりこういう格好しないんだ。趣味じゃないって嫌がるから」
「……皐月って」
真冬は苦笑する。
「わかりやすいよね」
「なにが?」
「なんか……いや、いいや」
チャイムが響き、教授が入ってきた。皆が席に着き、いつもどおり、静かで退屈な授業が始まる。
皐月は頬づえをつき、ペンを器用に指で回していた。その視線は、前方に座るミミに向けている。
今のところ皐月に害はない。が、もしかすれば彼女の姉が、瑠璃に何かしら危害を加えるかもしれない。
あのような写真を撮れるような姉に、それをダシに皐月と接触を図ろうとする妹。
これ以上危険性を感じたときはどうしてやろうかと、冷静に考え続けていた。




