表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三美神の鎮魂歌  作者: 冷泉伽夜
EP.2 神のいるこの場所で
21/162

慈愛と無償と盲目の愛 1




 皐月の前にはチキンカツ定食が置かれている。はしっこの一切れを箸で持ち上げたまま、皐月は固まっていた。


 眉間にしわが寄り、全身にはどんよりと影が差している。


「今日はまたどうした?」


 真冬が隣から声をかける。皐月の視線が、真冬に向いた。


 今日も真冬は派手な格好で、明るく笑っている。チラチラと見てはひそひそと話す、他のテーブルの学生たちとは大違いだ。


「ごめん。大丈夫だよ、なんでもないから」


 持ち上げていたカツに口をつける。


「そう? ……まあ。言いたくなかったら言わなくてもいいんだけどさ」


 真冬の前にも、皐月と同じチキンカツ定食が置かれていた。騒がしい食堂のすみで、二人は静かに食べ進める。


「もお~、一緒に食べようって言ってるじゃん。さみしいでしょ? 声かけてよ~」


 千恵美たちが合流し、皐月たちの周りはすぐに騒がしくなる。一瞬で、どこのテーブルにも負けないほどにぎやかになった。


 いつものように千恵美が皐月の隣に座り、他の学生同士の会話がひっきりなしに続いていく。適当にころころと変わる話題に、皐月があえて口をはさむことはない。


 皐月は今、それどころではなかった。瑠璃に気持ちをぶつけたあのときのことを、ずっと引きずっている。


 どうすれば瑠璃にもっと心を開いてもらえるのか、どうすれば瑠璃に自分の気持ちがちゃんと伝わるのか、どうすれば言い負かされず話し合えるのか――。


 皐月の中で、答えは出てこない。


「そういえば坂本、最近は早めに来てるよね? 遅刻怒られたのめっちゃひきずってんじゃん」


「いや~、あれ以来早起きして一本早いバスに乗るようにしたからさ~」


 皐月の隣で、千恵美がぽややんと笑う。


「あ、そうそう、今日もね、スーザンの前で三美神を見たよ」


 その一言に、学生たちはここぞとばかりに盛り上がる。


「やっぱなんか事件起こってんだよ~」


「やばいよね。ずっと張り込んでるってことなんじゃないの?」


 三美神の話題に、皐月はチキンカツを食べながら聞き流す。なにか聞かれたとしてものらりくらりとかわせばいい。皐月が三美神とかかわりがないことは事実なのだから。


「それとね、奇麗な女の子も一緒だった」


 千恵美が無自覚に皐月を刺した。ただでさえ瑠璃のことに悩んでいた皐月に、追い打ちをかける。


「すごく派手な子で~、身長が高くって~、芸能人みたいだった」


「あー、それってあれじゃない? 西園寺のお嬢様じゃない? 黒髪で、エレガント~って感じの……」


「服装はギャルっぽかったけど、まあ、黒髪だったかな」


「なんかぁ、西園寺の後継者になるかもしれないって言われてるんだよね」


 皐月は顔を伏せ、食事の手をとめる。


 そんな皐月に気づいたからか、御三家の情報に詳しい真冬が話を広げるそぶりは見せない。


 女子の会話に反応した男子が、皐月に声をかけた。


「百合園はさ、そのお嬢様と会ったことあんの? 」


 周囲の視線が、皐月に集中する。皐月は必死に、ぎこちない笑みを浮かべた。


「あ……まあ、そうだね。同い年だし、親戚みたいなものだから、昔から交流はあるよ」


 一緒に住んでいる、とは口が裂けても言えない。好奇の目で、踏み込んだところまで質問されるに決まっている。


「めっちゃ美人? スタイル良い? 今彼氏とかいんの? 」


 食い気味に聞く男子に、女子がつっこんだ。


「もう~、何きいてんの? バカじゃないの? 困らせんなよ~」


「だって、芸能人レベルなんだろ? 気になるじゃん」


「だとしても、あんたが付き合えるような相手じゃないからね?」


 皐月は笑みを浮かべつつ、瑠璃の話は一切しない。瑠璃の名前を面白い話題の一つとして、取り上げてほしくなかった。


「まあ、でもさ~」


 皐月の隣で、千恵美がのんびりとした声を出す。


「大変そうだよね~。三美神と一緒に活動してるなら、当然、殺人鬼を処刑することだって、あるんでしょ? 」


「あ~、確かに」


 女子も男子もうんうんとうなずく。


「美人だけど、浮気したら絶対殺されるよな。付き合ったら絶対男を尻に敷くタイプだろ」


「ってかその前に付き合えないから!」


 学生たちの下卑た笑い声が、皐月の耳に突き刺さってくる。


「百合園くんと違って、うちらみたいな庶民のこと下に見てるんじゃない?」


 皐月は、彼らと理解しあうことはできないのだと、痛いほど思い知らされた。


「三美神の仕事一緒にしてるぐらいだからな。どうせ変わりもんだろ。並みの男じゃ付き合えないよな」


「普通に暮らすより、処刑の仕事のほうが好きなんだろうね」


 平静を保とうにも、嫌悪で手が震えた。自分はよくても、瑠璃が悪く言われるのは不愉快だ。皐月の眉間に、しわが寄る。


「そんな人じゃな……」


「ああいう人だもん、大学にいたら絶対に浮くよね」


 否定の言葉も、あっさりと遮られる。


 皐月は瑠璃のことをすべて知っているわけではない。とはいえ、少なくとも彼らよりは彼女のことを知っている。彼女のことを知らないやつらに、好き勝手言われるのは耐えられない。彼女がけなされるような言葉は、聞きたくない。


「実際会ったら怖くて近づけないって」


「なんか、無駄にプライドだけが高そう」


「男はべらせてそうだよね」


 実際は派手な顔立ちなのに落ち着いていて、ミステリアスに本心を隠すような女性だ。


 その内側は、真面目で頑固で、意志が強くて、父親への反抗期が長引いていて――。


「え~、いいじゃん! 女王様タイプ! 骨抜きにされてみて~」


「やめろよ変態!」


 人を簡単には信用しないし、そのくせ誰も理解できないような野心があって――。


「気に入らないことがあったらすぐ銃とかナイフ向けそうじゃない?こっわ」


「普通に拷問しそう。大昔にそういう女王様いたよね?」


 本当は、死ぬことを恐れないくらいに、弱い。


「絶対に仲良くなれないタイプだよね! 自己中心って言うか~」


 仕事を取って普通の社会に放り込めば、死ぬことを簡単に選べる女性だ。こんな世界で何も持たずに生きていくくらいなら、命を捨てるのも惜しくない。


 千恵美の甘ったるい声が、毒々しく耳に入ってくる。


「でもさ、あれくらい美人だし、西園寺家の娘だもん。三美神もヒイキしたくなるよね」


「三美神のだれかとそういう関係とか?」


「あはは! ちょっと~! それはないでしょ!」


 瞬間、その場の空気が凍り付いた。千恵美が皐月を見て、びくりと震える。


 皐月は流れるような目で、千恵美を見据えていた。嫌悪と反感に満ちあふれ、下手をすれば今にも切りかかろうとする衝動を感じさせる。


 皐月は湧き上がる怒りを抑え込むように、ため息をついた。


「……どうしたの? 続けなよ。()()()()()の話」


 平常心を保とうとすればするほど、声のとげとげしさはおさえられない。


「瑠璃ちゃんと、三美神が、なに?」


 皐月の頭の中では、数多くの罵詈雑言ばりぞうごんが渦巻いていた。一度口にしてしまうと止まらなくなるような気がして、必死に抑え込む。


 その場は静まり返り、誰も声を発そうとはしない。この状況で瑠璃の話題を続けられる猛者は、さすがにいなかった。


 皐月はそのまま、もくもくと定食を食べ進める。周りもぎこちなく、食べ進めていた。徐々に、ちらほらと違う話題が噴出し、瑠璃の話はキレイに流れていく。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ