どうしてもわかりあえない人たち 1
黒髪か、暗い茶髪。化粧は眉毛を描き、薄付きのリップだけ。ブラウスに膝下スカートか、落ち着いた色のワンピース。シューズかローファー、低いヒールのパンプス。
似通った格好の女子大生たちが、大きいアーチ門の中に次々と入っていく。
聖スーザン女学院大学は、都内に住む誰もが一度は耳にするお嬢様大学だ。宗教色が強く、学則も厳しい。見てわかるとおり、髪型や服装もこと細かに指定されている。
郊外に建てられたそこは、学生か近場の住民でなければ寄り付かない。周囲にあるのは、学生が使う広々としたグラウンドと、静かな住宅ばかりだ。
当然、学生たちも物静かで、はしゃぐような声はめったに響かない。が、この日、門を通る女子大生たちは騒めきだっていた。手前で一度立ち止まり、不審なものを見る目を門のわきを向ける。
そこでは、男である西園寺哲がたたずみ、登校中の学生たちを見すえていた。
かっちりとしたグレーのスリーピーススーツに、彫刻のように整う華やかな顔。長身と、二重でくっきりとした凛々しい目が、大人しい女子大生たちをとにかく威圧している。
「……いや、兄さんめっちゃ怖がられてんじゃん」
哲の隣で、九条健一が眉尻を下げた。
「そんなんじゃますます警戒させるだけじゃねえ?」
生まれながらの赤毛に、大きなアーモンドアイ。真っ赤なピアスとクロスタイが、陽気な印象を与えている。しかし、黒いスリーピーススーツと、腰に下げた二丁の拳銃が、ただならぬ雰囲気を漂わせていた。
哲の力強い二重の目が、健一に向く。
「ニコニコしたところでどうなるんだ? それで事件がすぐに解決するわけでもあるまい」
哲の話し方と声は、整った容姿以上の威厳があった。
「そりゃそうだけどさ~。ここの女子大生は、男ってだけで委縮するらしいから、気を付けないと。だから事件の捜査もすすまないんだよな?」
健一の視線は、哲を通り越した場所へ向かう。制服警官がバツの悪い顔を浮かべ、たたずんでいた。
「……申し訳ありません、こんな状況で。時間をずらせばよかったですね」
丸っこい顔に丸っこい目が印象強い警官は、遠慮がちに続ける。
「朝礼拝の前にしか門が開かないもんで、学生はみんなこの時間に来るんです」
「なるほど。この時間を逃せばもう中に入れないわけか」
哲は少し身を乗り出し、アーチ門から中をのぞく。
この正門から、芝生にはさまれた道が続いていた。奥にはレンガ調の建物がいくつか建てられ、その中でも一番大きな建物はここからでもよく見える。三角屋根にステンドグラスがついたそれは、大学を象徴する礼拝堂だ。
哲は、女子大生たちのいぶかしげな視線に気づき、身を引いた。
「宗教系の大学ですからね。男は中に入れないんですよ。なんでも、長い伝統のしきたり、とかで……」
「それなら俺たちに頼っても一緒なんじゃないのか」
「三美神のお力をもってすれば、さすがに大学側も従ってくれると予想したそうですが……」
哲が警官を見すえると、警官の表情は緊張でこわばる。まばたきを繰り返し、言葉を選ぶようにして続けた。
「その……何度も説得してみたんですが、結局、理解してもらえず……」
「そうだろうな、スーザンは、特に」
ふと、健一が思い出したように声を上げる。
「あれ? そういえば和也は? あいつが遅刻するなんて珍しいな」
腕時計を確認した哲が、静かに返した。
「ああ……和也にしては遅い」
「呼んだ?」
背後から、声がした。
振り返ると、和也がほほ笑みながら立っている。その姿に、健一が顔をゆがませた。
「うっわ。なんだそのかっこ」
和也の白いスリーピーススーツは、真っ赤な飛沫に染まっている。顔の返り血をぬぐうことすらしていない。
「……遅かったな」
哲は動じることなく、和也を健一との間に入れる。が、さすがに健一は触れずにいられなかった。
「いやいや、待て待て。説明がいるだろ。なんでそんなことになってんだ? 虐殺事件にでも遭遇したのか?」
「人を助けただけだよ」
和也は平然と答える。
「どう見ても助けたやつの格好じゃねえだろ。殺した、の間違いじゃないのか? 」
「失礼だなぁ。健一くんも僕のこと信用してないわけ? さすがに仕事以外で殺すことはないよ」
にこやかに話す和也だったが、顔にかかる血しぶきが無駄に狂気を感じさせる。
「女性が襲われそうになってるのを助けてあげただけだよ。人を刺したけど殺してはないから」
「おまえの殺してないはいまいち信用できねえんだよ」
返り血の量を考えると、深手を負わせたことは明白だ。
「そんなんだから百合園家は怖いって言われるんだぞ? ほら見てみろ、このビビり具合」
健一は警官を指さす。血まみれの顔を向ける和也に、警官は青い顔で敬礼した。
「それに、女の子のウケも、よくない」
厳格な学則のもとで過ごす女子大生にとって、和也の格好は悪目立ちどころではなかった。女子大生の顔は恐怖心に満ち、ひそひそと話しながら門を通っていく。
しばらくすると、礼拝堂のほうからスーツ姿の女性が走ってきた。門の手前で立ち止まった女性は、和也の姿に悲鳴を上げる。
「ひいぃ! なんですかその格好は! 学生たちに悪影響です! 今すぐお帰りください! 」
和也は哲に顔を向け、判断を仰ぐ。哲はそばにいた警官に尋ねた。
「彼女は? 」
「外部との連絡を担当してる事務の方です」
「これだから男は嫌なんです!」
事務員の金切り声が周辺に響き渡る。
「しかもよりによって三美神だなんて!」
哲たち三人のことを指している。が、あくまでも『三美神』は呼び名に過ぎない。
「この野蛮人どもが! 神を騙る殺人鬼風情が!」
その実態は、無差別殺人鬼や連続殺人鬼を対象とする処刑人だ。国に認められた存在の彼らは、殺人鬼を見つけ次第、その場で手を下す。
文字通り、神のごとく容姿が整い、神のごとく残酷な存在だ。
神聖な神を信じる彼女にとって、三美神は神の名を利用するまがい物でしかない。
「ああ……ほんっとうに嫌。どうせここに来る前もたくさんの人を殺したのでしょう?」
事務員の瞳には、軽蔑が浮かんでいる。両の二の腕をさすりながら吐き捨てた。
「なんておぞましい……。そんな人を中にいれるだなんて、神がお許しになるはずがありません」
さげすむ言葉は、次第に、門を通る学生たちに伝染する。
「確かに……恐ろしいわ」