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三美神の鎮魂歌  作者: 冷泉伽夜
EP.2 神のいるこの場所で
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どうしてもわかりあえない人たち 1




 黒髪か、暗い茶髪。化粧は眉毛を描き、薄付きのリップだけ。ブラウスに膝下スカートか、落ち着いた色のワンピース。シューズかローファー、低いヒールのパンプス。


 似通った格好の女子大生たちが、大きいアーチ門の中に次々と入っていく。


 聖スーザン女学院大学は、都内に住む誰もが一度は耳にするお嬢様大学だ。宗教色が強く、学則も厳しい。見てわかるとおり、髪型や服装もこと細かに指定されている。


 郊外に建てられたそこは、学生か近場の住民でなければ寄り付かない。周囲にあるのは、学生が使う広々としたグラウンドと、静かな住宅ばかりだ。


 当然、学生たちも物静かで、はしゃぐような声はめったに響かない。が、この日、門を通る女子大生たちは騒めきだっていた。手前で一度立ち止まり、不審なものを見る目を門のわきを向ける。


 そこでは、男である西園寺(さいおんじ)(てつ)がたたずみ、登校中の学生たちを見すえていた。


 かっちりとしたグレーのスリーピーススーツに、彫刻のように整う華やかな顔。長身と、二重でくっきりとした凛々しい目が、大人しい女子大生たちをとにかく威圧している。


「……いや、兄さんめっちゃ怖がられてんじゃん」


 哲の隣で、九条くじょう健一けんいちが眉尻を下げた。


「そんなんじゃますます警戒させるだけじゃねえ?」


 生まれながらの赤毛に、大きなアーモンドアイ。真っ赤なピアスとクロスタイが、陽気な印象を与えている。しかし、黒いスリーピーススーツと、腰に下げた二丁の拳銃が、ただならぬ雰囲気を漂わせていた。


 哲の力強い二重の目が、健一に向く。


「ニコニコしたところでどうなるんだ? それで事件がすぐに解決するわけでもあるまい」


 哲の話し方と声は、整った容姿以上の威厳があった。


「そりゃそうだけどさ~。ここの女子大生は、男ってだけで委縮するらしいから、気を付けないと。だから事件の捜査もすすまないんだよな?」


 健一の視線は、哲を通り越した場所へ向かう。制服警官がバツの悪い顔を浮かべ、たたずんでいた。


「……申し訳ありません、こんな状況で。時間をずらせばよかったですね」


 丸っこい顔に丸っこい目が印象強い警官は、遠慮がちに続ける。


「朝礼拝の前にしか門が開かないもんで、学生はみんなこの時間に来るんです」


「なるほど。この時間を逃せばもう中に入れないわけか」


 哲は少し身を乗り出し、アーチ門から中をのぞく。


 この正門から、芝生にはさまれた道が続いていた。奥にはレンガ調の建物がいくつか建てられ、その中でも一番大きな建物はここからでもよく見える。三角屋根にステンドグラスがついたそれは、大学を象徴する礼拝堂だ。


 哲は、女子大生たちのいぶかしげな視線に気づき、身を引いた。


「宗教系の大学ですからね。男は中に入れないんですよ。なんでも、長い伝統のしきたり、とかで……」


「それなら俺たちに頼っても一緒なんじゃないのか」


「三美神のお力をもってすれば、さすがに大学側も従ってくれると予想したそうですが……」


 哲が警官を見すえると、警官の表情は緊張でこわばる。まばたきを繰り返し、言葉を選ぶようにして続けた。


「その……何度も説得してみたんですが、結局、理解してもらえず……」


「そうだろうな、スーザンは、特に」


 ふと、健一が思い出したように声を上げる。


「あれ? そういえば和也は? あいつが遅刻するなんて珍しいな」


 腕時計を確認した哲が、静かに返した。


「ああ……和也にしては遅い」


「呼んだ?」


 背後から、声がした。


 振り返ると、和也がほほ笑みながら立っている。その姿に、健一が顔をゆがませた。


「うっわ。なんだそのかっこ」 


 和也の白いスリーピーススーツは、真っ赤な飛沫ひまつに染まっている。顔の返り血をぬぐうことすらしていない。


「……遅かったな」


 哲は動じることなく、和也を健一との間に入れる。が、さすがに健一は触れずにいられなかった。


「いやいや、待て待て。説明がいるだろ。なんでそんなことになってんだ? 虐殺事件にでも遭遇したのか?」


「人を助けただけだよ」


 和也は平然と答える。


「どう見ても助けたやつの格好じゃねえだろ。殺した、の間違いじゃないのか? 」


「失礼だなぁ。健一くんも僕のこと信用してないわけ? さすがに仕事以外で殺すことはないよ」


 にこやかに話す和也だったが、顔にかかる血しぶきが無駄に狂気を感じさせる。


「女性が襲われそうになってるのを助けてあげただけだよ。人を刺したけど殺してはないから」


「おまえの殺してないはいまいち信用できねえんだよ」


 返り血の量を考えると、深手を負わせたことは明白だ。


「そんなんだから百合園家は怖いって言われるんだぞ? ほら見てみろ、このビビり具合」


 健一は警官を指さす。血まみれの顔を向ける和也に、警官は青い顔で敬礼した。


「それに、女の子のウケも、よくない」


 厳格な学則のもとで過ごす女子大生にとって、和也の格好は悪目立ちどころではなかった。女子大生の顔は恐怖心に満ち、ひそひそと話しながら門を通っていく。


 しばらくすると、礼拝堂のほうからスーツ姿の女性が走ってきた。門の手前で立ち止まった女性は、和也の姿に悲鳴を上げる。


「ひいぃ! なんですかその格好は! 学生たちに悪影響です! 今すぐお帰りください! 」


 和也は哲に顔を向け、判断を仰ぐ。哲はそばにいた警官に尋ねた。


「彼女は? 」


「外部との連絡を担当してる事務の方です」


「これだから男は嫌なんです!」


 事務員の金切り声が周辺に響き渡る。


「しかもよりによって三美神だなんて!」


 哲たち三人のことを指している。が、あくまでも『三美神』は呼び名に過ぎない。


「この野蛮人どもが! 神をかたる殺人鬼風情が!」


 その実態は、無差別殺人鬼や連続殺人鬼を対象とする処刑人だ。国に認められた存在の彼らは、殺人鬼を見つけ次第、その場で手を下す。


 文字通り、神のごとく容姿が整い、神のごとく残酷な存在だ。


 神聖な神を信じる彼女にとって、三美神は神の名を利用するまがい物でしかない。


「ああ……ほんっとうに嫌。どうせここに来る前もたくさんの人を殺したのでしょう?」


 事務員の瞳には、軽蔑が浮かんでいる。両の二の腕をさすりながら吐き捨てた。


「なんておぞましい……。そんな人を中にいれるだなんて、神がお許しになるはずがありません」


 さげすむ言葉は、次第に、門を通る学生たちに伝染する。


「確かに……恐ろしいわ」

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