知らぬ神より馴染みの鬼 2
哲がそれ以上質問をすることはなかった。こぶしを口元に添え、考え込んでいる。
哲と女性警官を見すえていた若いシスターは、年配のシスターに促され、立ち上がった。女性警官に対し、悲し気に声をかける。
「ごめんなさい、もう行かなければ……。礼拝の準備があるんです」
「あ……お気になさらず。むしろお手をわずらわせてしまって……」
「いえ、いいのです。お体を大事になさってくださいね」
若いシスターが柔らかくほほ笑んでいる一方、年配のシスターは邪険にするような目を哲と和也に向けていた。ゆっくりと背をむけて、その場をあとにする。
若いシスターは年配のシスターを気にしながらも、哲と和也に頭を下げた。
「度重なる無礼を、どうぞお許しください。うちの学院は少し特殊なもので」
頭を上げたシスターは、慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。化粧っけのない顔だが、穏やかで品を感じさせる。
「はやく、学生たちが以前のように安心して過ごせるようになればよいのですが」
「シスター・クリスティナ! 何をしているのです!」
年配シスターの、威厳のある声が響く。若いシスターは再び頭を下げ、年配シスターのもとへ駆けていった。
二人の後ろ姿を見すえた和也が、肩をすくめる。
「におうね。すごくにおう」
†
シスター二人は裏口のドアに向かって進んでいく。この時間に正門は開かないため、わざわざ裏へ回らなければならない。
その背中に、女性の声が放たれた。
「すみません。ちょっとよろしいですか?」
振り向いたシスターたちは固まる。特に年配のシスターは、渋い顔で相手を見すえていた。
警官と話をしていた健一も、女性警官のもとにいた哲と和也も、事態に気づく。健一が目を見開き、声を上げた。
「げぇ……! 何してんだあいつは! 」
シスターに話しかけたその女性は、とにかく目立っていた。
ゆるくウェーブした長い黒髪に、揺れる大ぶりのイヤリング。肩をがっつり出したトップスに、むちっとした太ももを強調させるジーンズ。そのうえ、ピンヒールのミュールサンダルときている。
「聖スーザン女学院大学の、シスターでいらっしゃいますよね?」
真っ赤な唇に、はっきりとした二重の目は、華やかで色っぽい。派手に着飾った瑠璃はほほ笑み、いつものように落ち着いた声を出す。
「私、警視庁のものですが」
ショルダーバッグから警察手帳を取り出し、さっと見せてすぐに戻す。じっくりと見せられないのは、早急に用意した借り物だからだ。
「シスターのお二人が外に出られる機会なんて、めったにないことですし。せっかくですから、今、事件についてお話を聞かせていただけませんか?」
年配のシスターが不快げにため息をついた。
「今から礼拝の準備があるのですが」
「それならどちらかおひとりで結構です。それとも、あなたがたのおっしゃる神は、シスターが警察に協力することをお許しにならないような御方なのですか?」
落ち着いた口調だがわかりやすい嫌みだ。年配シスターの眉間にしわが寄る。若いシスターに顔を向け、先に行くように促した。
「先にお行きなさい。私もすぐに向かいます」
若いシスターはうなずいた。瑠璃の姿が気になるのかチラチラと見つつ、指示どおりに先を急ぐ。
姿が見えなくなったのを確認し、年配のシスターは口を開いた。
「警察の方にしてはずいぶんとお若くて、派手な方ですこと」
「大変失礼いたしました。こんな時間にいきなり呼び出されて、制服に着替える余裕がありませんでしたから」
見た目こそ風変りだったが、振る舞いと言葉選びは洗練されている。
しかしシスターにとっては見た目が第一。瑠璃の全身を、頭からつま先までなめるように見まわしている。瑠璃と目を合わせ、突き放すような声で言った。
「それで? 私に話したいこととは何でしょう? 先に言っておきますが私たちは炊き出しから駆け付けただけで」
「シスターも、怖いでしょうね」
落ち着いた瑠璃の声に、シスターの体がぴくりと動いた。
「学生だけでなく警察官も失踪してしまったんですもの。もう誰がいなくなってもおかしくないと、思いませんか?」
瑠璃の顔に浮かぶ笑みは、悪魔もひれ伏すほどに妖しく、美しい。
「もしかしたら、今度は、職員やあなたがたの誰か、かも……」
「戯言を。神のご加護がある限り、我々が消えることなどありえませんよ」
「なるほど。消えた学生は、やはり神のご加護がなかったと? だとするとここにおわす神様は、ずいぶんと、学生に不寛容なのですね?」
シスターはため息をつき、相手にならないとばかりに背を向ける。しかし振り向いて、軽蔑がこもる声で告げた。
「ここで捜査を続けたいなら、その格好でうろつくのはお控えなさい」
「学生たちに、悪影響だからですか?」
上品に笑う瑠璃に対し、シスターはにこりともしない。
「あなたのような、若くて派手な女性は目を付けられやすい。悪魔は、あなたが思っている以上に凶悪ですから」
「へえ……」
瑠璃は髪を耳にかけ、後ろにはらう。
「ここは神がいらっしゃる神聖な場所なのでしょう? ……それなのに悪魔がいて、悪魔のほうが強大、だと?」
シスターは表情も変えず、返事もしない。
「あら、すみません。私ったら失礼なことを。決して神を『悪魔より弱い存在だ』と侮辱したわけでは」
「忠告はしましたよ」
瑠璃を尻目に、シスターは歩き出した。その後ろ姿を、瑠璃は笑みが消えた顔で見つめる。
「おまえなぁ」
瑠璃は振り返った。健一があきれた表情で瑠璃を見下ろしている。




