知らぬ神より馴染みの鬼 1
早朝の聖スーザン女学院大学。空はうっすらと明るくなってきたものの、大学の周辺は静かでひと気がない。
正門前の路肩に駐車したパトカーから、二人の制服警官が降りる。正門に近付き、辺りを見渡した。閉ざされた正門の周辺には誰もいない。二人は顔を見合わせ、首をかしげた。
一人が無線機を取り出し、連絡を入れる。
「スーザンから本部」
ノイズ混じりの返事が返ってきた。
「どうぞ」
「五時五十四分、スーザン正門前到着。交代予定の巡査二名の姿が確認できず。事件に関連しているものとみて周囲の捜索を開始。どうぞ」
「……了解」
警官たちは捜索を始める。とりあえず敷地を囲う塀に沿って歩道を進んだ。正門から歩き続け、角を曲がったときだ。
「おい。あれ……」
ずっと先のほうで、地面に伏している何かが見える。
急いで駆け寄ってみると、それは制服を着た女性警官だった。倒れたまま、ぴくりとも動かない。発見した警官はすぐさま無線機を引っ張り出し、緊迫した声を張り上げる。
「至急、至急! スーザンから本部、応援願う! 交代予定の巡査一名を、スーザンの敷地外で倒れているところを発見。意識なし、外傷なし。もう一名は確認できず! どうぞ!」
聖スーザン女学院大学の周辺が、サイレンによって騒がしくなる。まだ学生の登校も始まっていない中、スーザンの正門前は警官の往来でせわしない。
塀に隔てられた敷地の中は異様に静かで、世界から切り離されているかのようだった。
「……で、発見して応援を呼んだわけです」
連絡を受けた三美神もすぐにかけつけ、発見した警官から事情をきく。
「幸い、気を失っていただけのようで、もう目を覚ましてはいるのですが……」
警官は正門横にある管理室を手で示した。管理室の前で、女性警官が腰を下ろし、うなじをさすっている。
その隣で、若いシスターが膝をつき、水筒の水を女性警官に与えていた。二人のそばでは年配のシスターがたたずみ、どっしりとした威厳を漂わせながら彼女たちを見下ろしている。三美神が昨日見かけたシスターたちだった。
「念のため救急車の手配をしました。もうじきに来るとのことです」
健一が腕を組んで尋ねる。
「発見されるまで、誰も通報しなかったのか? 」
「このあたりは夜になると人通りがありません。気付かれずに放置されていてもおかしくないでしょう」
「もう一人の行方について手がかりは?」
「いいえ、なにも」
行方不明となった巡査は、前日まで三美神と話をしていた男性警官だ。丸顔と、丸っこい目が特徴的な、あの男だった。
和也は、この状況でもなお、穏やかにほほ笑む。
「せめて一部でも見つかれば、僕たちも動きようがあるんだけどね」
健一がやめろと小突く。
警官は恐怖心をこらえるように顔を固まらせ、和也に目を向けた。
「その、実は、巡査のホルスターから銃が抜き取られておりまして。巡査が見つかった場所で、塀についた血痕を確認できています。銃と一緒に消えている以上、消えた巡査の身に最悪な状況が起きた可能性は、否定できないのではないかと……」
「血痕だけ、か。じゃあ厳しいね」
とはいえ、状況は明らかに変わった。消える人間の立場や特徴が変化している。今後も学外の人間が消えていく可能性が高い。大学周辺をうろついている三美神も、例外ではないということだ。
「僕たちも消されちゃうのかな?」
愉快にほほ笑む和也の視線が、先ほどから発言のない哲に向く。哲は女性警官とシスターたちをまっすぐに見すえていた。
「なにか気になってるの?」
和也の言葉に、哲の視線が向いた。
「ああ。……シスターが、どうしてここにいるのか理解できなくてな」
あれだけ閉鎖的な大学なのに、二人もシスターが学外に出ているのは不自然だ。本来ならその姿こそが、シスターのあるべき姿なのかもしれないが。
警官が哲の疑問に答える。
「私が巡査を発見して応援を呼んだあと、あのお二人が近付いてきまして、一緒に巡査を見てくださってたんです」
「シスターがわざわざ外へ出てきたのか? 」
「いえ、そうではなく。早朝の炊き出しからの帰りだったようです。炊き出しから戻ったところ、私の声が聞こえたのでかけつけた、と」
「……なるほど。巡査と少し、話をしても?」
「ええ。どうぞ。まだ本人も混乱しているとは思いますが」
言い終わる前に、哲は足を進める。そのあとを和也が追った。
女性警官が気付いて立ち上がろうとするが、哲は手で制す。顔を向けたシスターたちを無視して、警官に話しかけた。
「しゃべれるか?」
「はい、大丈夫です」
女性警官は座ったまま哲を見上げ、バツの悪い顔で敬礼した。
「何があった?」
「二人で、いつものように周辺を見回っているときに、背後から急に襲われ……」
女性警官は必死に思い出すように上を向き、冷静に言葉を出していく。
「最初に私が首筋にスタンガンをあてられて……そのときはまだ意識がありました。でも体中がしびれて動けなくて……。もう一人が取り押さえようとしたみたいですが、金づちのようなもので頭を殴られていました。私が見たのはそれだけで、そのあとは……もう一度私もスタンガンを食らって……」
「気絶してしまった、と」
「はい……」
うなじをさする女性警官は、眉尻を下げる。
「時間は?」
「昨日の二十三時頃だったかと」
「犯人の顔は? 」
「申し訳ありません。暗かったですし、犯人も黒い服を着ていたようでしたので……なにも、わからないんです……」
哲の隣にひかえていた和也は、年配のシスターに視線を向けた。
シスターは冷淡な顔つきで哲を見つめている。何か言いたげな不満のある視線に、哲が気づかないはずはない。
しかし哲は相手にすることなく、警官にばかり話を振る。
「巡査がいる場所に心当たりは?」
警官は顔をゆがめ、声を絞り出した。
「申し訳ありません。今思い出せるのがこのくらいで、見当もつきません」
「……そうか」




