できるのは、そこにいることだけ 2
「言ったでしょ。無理に理解しようとしなくていいって」
咀嚼する瑠莉の顔から笑みが消え、もとの表情に戻る。
「皐月がこの仕事が嫌だってことはわかってる。わたしもちょっと調子に乗ったところはあるけど、理解できないなら何も言わないで」
突き放すような声色だった。この話はこれでおしまい、と無理やりシャッターを閉められる。
皐月は自分の皿に視線を落とし、ぎこちなく返した。
「俺は、瑠璃ちゃんがやりたいことなら、なんでもやってほしい……。でも、処刑の仕事だけは……」
瑠璃の眉間にしわが寄る。
わかっている。これ以上は瑠璃を怒らせる。
それでも皐月は、どうしても伝えておきたかった。
「だって、処刑人って、ただでさえいろんなことを言われて指をさされるんだよ? 瑠璃ちゃんがどんなに平気でも、俺は嫌だ」
御三家の人間は、常に批判や偏見にさらされながら生きている。その苦痛は、皐月も嫌というほど味わってきた。
「それだけじゃないよ。瑠璃ちゃんが死んでしまう可能性だってあるよね? 殺人鬼を殺すって、やり返されるリスクが絶対にある。俺は、瑠璃ちゃんに、苦しい思いはしてほしくない……」
瑠璃の表情は、一切変わらなかった。ただ静かに、もくもくと、ご飯を食べ進めていく。
皐月の言葉は、何も響いていない。その事実に、皐月は泣きそうになったがこらえた。
「瑠璃ちゃんは、怖くないの? どうして、三美神と一緒に行動するのが平気なの? 瑠璃ちゃんが、死ぬ可能性を考えないの? 瑠璃ちゃんは、どうして」
――俺の気持ちを理解してくれないの。
皐月は言葉を飲み込んだ。これでは瑠璃に見返りを求めているようなものだ。
こんなに思っているのだから俺の言うことを聞け、と。それこそ、瑠璃が一番嫌がる行為だというのに。
「……俺は怖いよ。瑠璃ちゃんがいなくなるかもしれないって考えたら。……誰かが助かるんだとしても、瑠璃ちゃんがケガをしたりいなくなったりするのは嫌。瑠璃ちゃんが死ぬくらいなら、他の誰かが死ぬことなんてどうでもいいよ」
短く息をついた瑠璃に、体が震える。瑠璃の反応に一喜一憂するくらいには、瑠璃が好きだった。
「ごめん。こんな考え方が最低だってことも、わかってるんだ。でもおれは、瑠璃ちゃんと一緒に、普通に、平穏に、暮らせればそれでいい……」
顔を伏せる皐月に、瑠璃は堂々と言い返す。
「わたしは、普通に、平穏に暮らしたいとは思ってない」
言葉尻に含まれだ意思の強さに、皐月は顔を上げることができなかった。瑠璃は、皐月の想像以上に強い。
「皐月はなにも間違ってない。殺人鬼の処刑なんて、いくら万民のためとはいえ人殺しと一緒よ。味方は少ないし敵は多い。皐月が私を心配する気持ちも、わかる」
「じゃあ」
「でも、わたしは皐月みたいに、社会に溶け込んで生きたいとも思わない。……御三家に生まれた以上、仕事をしてもしなくても、指をさされるのは一緒よ。だったら私は、万民に恐れられながら生きるほうを取る」
皐月はゆっくりと顔を上げ、瑠璃と目を合わせた。
父親似の力強い二重の目には、ふつふつと燃える野心が映っている。
「社会も環境も人間も裏切る。でも権威と金と自己への投資は裏切らない。ようは、手にモノをたくさん持っているやつのほうが、この世界では有利なの。使えるものは使う。皐月に何を言われようと、今持っているものを手放すつもりはないわ」
それは、皐月がめったに聞くことのない、瑠璃の本心だった。
瑠璃は、決して正義や平和のためには動いていない。西園寺家の人間として、生きていくためだけに動いている。
「……強いね、瑠璃ちゃんは。ほんとに」
皐月は瑠璃がいてくれれば、どんな扱いをされても耐えられる。でも瑠璃は違う。普通の世界で生きることが最適解だとは思わないし、皐月の存在が世界のすべてだとは考えない。
家と職務から逃げ出した皐月とはまったく違う。強い意志を持って行動する瑠璃を止めたところで、決して聞き入れてはくれない。
「わかったよ。もう、瑠璃ちゃんが嫌がるようなことは、言わない」
自分とは違う瑠璃だからこそ強く惹かれたのだ。決して手放したくないと思うくらいに。
瑠璃が離れていくくらいなら、皐月は何度だって折れることができた。
「でも、ムチャはしないで。俺が瑠璃ちゃんのことどう思ってるか、わかるでしょ? 仕事の邪魔しないでちゃんと待ってるから、ちゃんと、帰ってきて」
瑠璃は返事をしなかった。皐月もそれ以上、深追いはしない。する資格がない。
銃ひとつ、使いたがらない皐月には。瑠璃を守るどころか守られるしかない皐月には。
瑠璃にどんなことがあろうと、大人しく帰りを待つことしかできないのだ。
食器とフォークが当たる音だけが、むなしく続いていく――。




