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三美神の鎮魂歌  作者: 冷泉伽夜
EP.2 神のいるこの場所で
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神に寛容を求めるなかれ 1




「ほんとなんなんだ、あの対応は。十三人も学生がいなくなってるのに」


 健一の声が小さく響く。大学を囲う塀に沿って、歩道を歩いていた。


 ベージュ色の漆喰が塗られた塀はずいぶんと高く、中をのぞくことはできない。塀の色に対し、健一の赤毛と黒いスリーピーススーツが、やけに目立っている。


 健一のボヤキはまだ続いていた。


「自分たちは悪くない、被害者ですっていうあの態度……。まさかほんとうに天罰だと思ってるわけじゃないよな? そんな非科学的なものがあってたまるか」


 となりで歩く和也の顔に、笑みが浮かぶ。


「ありえるかもよ、それも。この学校に、ほんとうに神様がいらっしゃるんならね」


 表情に似合わず、トゲを感じさせる声だ。


 生ぬるい風が、二人の肌をなで上げる。車道をはさんだ向こう側で、並ぶ木々がざわめいた。その後ろに見えるのがグラウンドで、さらに奥が住宅地だ。


 和也は周囲を見渡し、少し乱れた髪を手ぐしで戻す。


「大学はともかく、このへんって治安が悪いわけでもないよね」


「ああ。いかにも平和で静かな住宅街、って感じなんだよな」


 大学だけが異質だった。外の世界と遮断するように建てられている、この大学だけが。


 歩道を進む和也は、進んでも進んでも変わり映えのない塀を見つめる。


「門はあそこだけ? あのアーチ型の」


「ああ。しかも朝礼拝の前と、すべての授業が終わったあとにしか開かない。例外は、外部の講師が出入りするときだけだ。カギは門を開ける守衛しか持ってない」


「ふうん、不便だね。ていうか、警察も警察じゃない? 女性警官が捜査に加わってたら中を調べさせてくれるんじゃないの?」


 和也の不満げな声に、健一は苦笑する。


「それがな。失踪者が出始めたころ、実際に女性刑事が中に入ったんだってさ。シスターと事務員の監視付きで」

 

 とたんに和也の顔がゆがむ。


「えぇ……?」


 もちろん中に入ったからといって好き勝手調べられるわけではない。事務員の案内があって当然ではある。そのうえで現場の状況確認や学生の聞き込みくらいをすることだってあるだろう。


 しかし、この大学がタダで刑事の付き添いと案内をするとも思えない。


「入ったところで立ち入り禁止の場所もあるし、勝手なことをするとねちっこく怒られるらしいし。あげくの果てに礼拝は強制参加。そんなんで手がかりがつかめるわけがないよな」


 和也はあきれたため息を返した。


「やっぱり、僕はここが好きじゃないな」


「俺も」


 二人は足を進め、大学の裏側へどんどん近づいていく。


 大学の象徴でもある礼拝堂は、塀で隠れることはない。二人が進むにつれ巨体が迫り、今では見上げっぱなしで首を痛めるほどだ。裏側とはいえ、重厚で荘厳な雰囲気を、これでもかと漂わせている。


「……あ、ねえ、これって出入口?」


 立ち止まった和也が前方を指さす。塀の中に、小ぶりなドアが取り付けられていた。二人の身長では、かがまなければ中に入れないほどの低さだ。


「ああ、これか。寮生と住み込みのシスターが奉仕活動で必要なときに使うらしいよ。下校の時間以降は正門が閉められるから」


「奉仕活動って?」


「朝は炊き出し、夕方は子ども食堂。病院とか福祉施設への訪問とか、いろいろ。炊き出し以外は寮生も参加してるらしい」


「ふうん。そこはしっかりやってるんだね」


 健一が塀の上、礼拝堂の右側を指さした。そこでは、礼拝堂とは違う建物が上の階だけ見えている。


「あれが女子寮だ。シスターも一緒に寝泊まりして、寮母みたいなことをしてる。で、寮生は毎朝毎晩礼拝があって、行き来しやすいよう礼拝堂とは渡り廊下でつながってるんだって」


 和也は女子寮に顔を向け、目を凝らす。女子寮の窓は防犯の意図もあってすりガラスだ。人影が見える程度で、中がどうなっているかはわからない。


「ってことは、ここの寮生ってほんとうに宗教漬けなんだね。とんでもない物好きだ」


 和也はほほ笑みながら毒を吐く。


「僕だったら耐えられない。発狂して、全員殺して逃げるかも」


「……和也」


「冗談だよ」


 和也は健一を一瞥いちべつし、軽い足取りで先に進んでいく。


「はやく、十三人のうちの誰かが見つかってくれないかな。死体の一つでも見つかれば、好きにできるのに」


 健一は聞かなかったふりをして後を追った。



          †




 荘厳な鐘の音が、大学内に響き渡る。一日の授業が終わった合図だ。


 健一と和也が大学の周辺を確認しているそのとき、哲は警官と一緒に正門のわきに立っていた。


 管理室から守衛が出て、重厚な南京錠を開ける。アーチ型の柵門を、体重をかけながら全開にしていった。


 やがて、敷地の奥にある教室棟から、少しずつ学生が歩いてくる。門から出た学生のほとんどは哲に背を向け、先にある屋根付きのバス停に向かっていた。


 哲の存在に慣れたからか、あえて見ないようにしているのか、学生たちが哲に顔を向けることはない。


「珍しいのでは? 」


 哲はとなりにいた警官に顔を向ける。


 丸顔で、丸い目をした警官は、人懐っこい笑みを浮かべていた。


「西園寺様は、かなりお美しい方ですから。ここまで露骨に女性から無視されることもないのではと思いまして」


 完璧すぎるほど整った顔は、なんの表情も見せない。パキっとした強い目で見下ろす哲に、警官は頭を下げる。


「すみません。軽口が過ぎました」


「……いや。確かにそのとおりだと思ってな」


 意外にも落ち着いた声色に、警官が安心したように息をつく。


「まだいたのですか! この悪魔が!」


 野太い男性の声が辺りに響く。いつの間に来ていたのか、礼服を着た神父がアーチ門の向こう側にたたずんでいた。


 見下すような目を哲に向け、声を張り上げる。


「ここは神聖な神の領域ですよ! 人を地獄に落とす悪魔が近寄っていい場所ではないんです!」


 顔のあざとばんそうこうが悪目立ちしていた。今朝、保護者から殴られていた神父だということは一目でわかる。


「ふん。化け物風情が。なあにが三美神だ。じぶんたちのことをいいように言いやがって」


 ただただ無表情で見返す哲の前に、警官が出る。神父に対し、深々と頭を下げた。


「不快な思いをさせて申し訳ございません。三美神は我々がお願いして、来ていただいたんです。失踪者のご家族の希望でもあります」


 神父は小ばかにするため息を返した。


「野蛮なやつらは野蛮な人殺しに頼るしかないんでしょうな」


 頭を下げている警官は、こらえるように唇を噛み締めた。感情を抑えつつ、冷静な声を出す。


「大学の敷地には入りません。我々とともにここいらを見張っていただくだけですから……」


「警察も落ちたものですね。人殺し以外に何もできないようなヤカラを頼るしかないとは」


 神父の目は、聖職者にはふさわしくないほどの軽蔑に満ちている。さらに続けようと口を開くが、冷ややかで圧のある声がさえぎった。


「捜査に協力はなさらないのに、口は出されるのですね」


 警官は顔を上げ、振り返る。


「聖職者がそんなにもすごいお立場にあるとは知りませんでした」


 表情は変わらない。声を荒らげているわけでもない。


 それでも相手が委縮するほどの脅威がにじんでいる。


「今朝がた助けに入らなかったことを根に持っていらっしゃるのでしたら、どうぞお許しください。我々は死者が出なければ動かないもので。……まあ、神に仕えるほど清くて正しい神父様のことですから、この程度で根に持つとも思いませんが」


 神父は小さく歯ぎしりをする。


「ふん……何を言うかと思えば悪魔の戯言ですか。聞く価値もありませんな」

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