崇高な聖域をあなたに 2
ロッジの中は、しっかりと掃除が行き届き、奇麗な内装をしている。本来であれば別荘として、家族や友人たちと過ごすべき場所なのだろう。スーツ姿の男たちが移動して回るのは、実に違和感のある光景だった。
四人は奥の部屋に案内される。廊下やほかの部屋にはすべての電気が付けられているというのに、この部屋だけは一切つけられていなかった。
顔を上げるほどの高い位置にある窓から、外の光が差し込んでいる。室内は薄暗いものの、視界は悪くない。
哲と皐月は部屋の中央で立っておくよう男に指示される。秋一と凛子はドアのそばにひかえた。
壁際にはスーツ姿の屈強な男性が何人も並び、哲と皐月の動きに目を光らせている。皐月は緊張しているからか、顔をこわばらせていた。
二人の目の前には、白い大きなパーテーションが置かれている。四人を案内した男性が向こう側に入っていった。すぐにパーテーションの横に出て、姿勢よく待機する。
パーテーションの向こう側から、若い女性の声が放たれた。
「遠路はるばるご苦労さまでした。ここまでは悪路だったでしょう? 」
品の良さを感じさせる、穏やかな口調だった。その話し方だけで、どこかのご令嬢であることはすぐにわかる。
哲が落ち着いた低い声で、返事をした。
「我々をここまで呼び出した理由を、おうかがいしても? 」
パーテーションの向こうで、ため息をつく音がした。
「……ご息女はいらしてないのですか? 」
パーテーションの隣にひかえていたあの男性が、渋い顔で何度もうなずく。
「そう……。残念ですね」
「どうしても、瑠璃の助けが必要でしょうか? 」
哲の語気が強かったからか、パーテーションの向こうで、息をのむ音がした。
「……気を損ねてしまったのなら謝ります」
その声は、先ほどよりも固かった。
「ただ、こういうのは、女性のほうが理解できると思ったので、同性で年齢も近いご息女にと思ったまでです。決して変な動機で指名したわけではないのです」
周りにいる男たちからの視線が、鋭くなる。
目の前にいるご令嬢の正体だが、哲の予想は半分外れて、半分当たっていた。ご令嬢は、哲より立場が上でも、哲が言い返すことのできる人物だ。
てっきり、哲ですら口答えできない人物なのではないかと警戒していたが、杞憂だった。
「こちらこそ、委縮させるつもりはございませんでした。とんだ無礼をお許しください」
哲は軽く頭を下げる。おそらく向こうには見えていないのだろうが。
「無礼だなんて……これは私のわがままです。三美神の皆さまもご息女もお忙しいでしょうから、仕方ありません」
「それで? ご用件はなんでしょう? 」
哲にとって、余計なあいさつも前置きも必要ない。それを理解しているのかいないのか、ご令嬢は堂々と声を発した。
「その前に、確認しておきたいのですが。ここまではるばる来てくださったんですもの。依頼を確実に受けてくださる、ということでよろしいのでしょうか」
「それはこちらで判断することです」
きっぱりと言い返すと、部屋の空気が瞬時に凍った。本来、一般人であれば反論することも許されない相手だ。哲は部屋の空気なんてお構いなしに、話を続けた。
「用件も聞かず依頼を受けろ、なんて、いくらなんでも横暴すぎるのではありませんか? 例えどれだけ地位の高い方であろうと、我々は内容を聞かずに依頼を受けることはございませんので、あしからず」
ご令嬢も哲の反応が想定外だったようで、返事をするのに時間を要した。
「……西園寺さまの言い分はよくわかりました。私の甘い考えをおわびしましょう。ではまず、私の話を聞いていただけますか?」
「もちろん」
言葉を選ぶようにへりくだったご令嬢に、哲はうなずいた。
「実は……個人的にお願いしたいことがあるんです」
声色が、ぐっと引き締まったものになる。
「私の通っている大学で、妙なことが起こっているようで……」
「妙な事、ですか?」
「ええ」
ご令嬢の厳かな声は、一人一人に行きわたるほどに響く。
「始まりは、大学に入学して、すぐのことでした。同級生たちに、あるものがはやり始めたんです。……化粧品なんですけど、男性にはわかりますか? リップグロスって」
哲は振り向いて、扉の横にひかえる凛子を見る。凛子は深くうなずいていた。




