善意と逃亡
薄暗い路地裏に、女性の悲鳴が響き渡る。
「ああ……やめてくれる? うるさい声、苦手なんだ」
百合園和也はこめかみに指を当て、顔をゆがませた。
白いスリーピーススーツと手袋も、水色のリボンタイも、返り血で真っ赤に染まっている。
辺りには、ガタイのいいチンピラ風情の男たちが倒れていた。誰もが血を流し、うめき声をあげている。死んではいない。
和也の背後で、女性が壁に背を付け腰を抜かしていた。髪にメッシュを入れ、柄物のミニスカートという派手な格好だ。和也が顔を向けると、体を震わせる。
「ひっ……」
和也の顔は、あっさりとしたキレイな顔立ちをしていた。切れ長の目に、細く高い鼻、薄い唇。その顔も、血しぶきに染まっている。握りしめた長いレイピアから、血が滴り落ちていた。
「大丈夫?」
和也の口角は上がり、低く甘い声が響く。
「よかったね、無事で」
ゆったりとした足取りで、近づいた。女性はあいかわらず、和也を見あげて震えている。
「女性が一人でこんなところに入っちゃだめだよ。ここは治安が悪いから。……ほら、立てる?」
女性に手を差し出す。白手袋に包まれた手のひらは、真っ赤に濡れていた。
「いやああああああああああああ! 」
女性は力を振り絞って立ち上がり、必死に走り去っていく。
「え、ちょっと……」
遠くなっていく背中に、和也はぼうぜんと立ち尽くしていた。
女性の行動も当然のことだ。この状況だけを見れば、悪者はどう考えても和也のほうなのだから。
和也はほほ笑み、息をついた。レイピアの剣先を振りまわし、血を落とす。腰の鞘に、ゆっくりとおさめた。
「……まあ、お礼なんて、期待してなかったけど」
倒れている男たちのもとへ戻る。切り付けた腹部を靴先で軽く小突いた。
うめき声を大きく出せるのは、元気な証拠だ。
「大丈夫だよ。殺さないように手加減してあげたんだから。病院行って、医者が治療してくれるまではもつさ」
男たちを見下ろす和也の目は、穏やかだ。そこに罪悪感など存在しない。
「あ、そうだ。こんなことしてる場合じゃなかった」
男たちに背を向けて、歩き出す。
「急がないと……」
百合園和也は、決して敵に回してはならない男だった。
どんなに極悪な犯罪者でも、怖いもの知らずの殺し屋でも、和也にちょっかいを出すのは自殺行為だと知っている。善良な市民にいたっては、百合園という名前にすら震えあがるほどだ。
とはいえ、その全身から漂う雰囲気はどの男性よりも品がよく、穏やかで、高潔だった。




