勝てば官軍負ければ賊軍
さて、一旦レデイス賊は捕縛された。
その時点で、一灯隊の仕事は完結している。
相手がAランク相当の集団なら話は別だが、一旦武装を奪ってしまえばデット技が使えなくなる関係上、そこまでの脅威ではない。
一度拘束してしまえば、カセイでも十分対応できる。この世界の人間は相応に屈強だが、だからこそ拘束具の類もそれに準拠している。
Aランクを拘束する鎖はないが、Bランク程度までなら十分抑え込める。
つまりいつでも殺せるということだった。
煮るなり焼くなり、ご自由にという状況である。
人数がさほど多くないこともあって、最上の勝利と言ってもいいだろう。
その戦果を挙げた一灯隊自身がどう思っているかはともかく、結果として大公やその周辺は誰も困っていない。
「では、父の判断に任せるということですね?」
「ええ、よろしくお願いします」
レデイス賊の身柄を引き渡したリゥイは、リァンに対して何もかもをゆだねていた。
ハンターとしてはリァンの上司にあたる彼だが、流石に勘違いはしていない。
今回の件は、もう自分の手を離れるべきだと決めていた。
「わかりました。減刑などをお願いしても構いませんが……それもなさりませんか」
「いいえ、そんなことはしません」
苦渋の決断をしたリゥイは、既に彼女たちのことを諦めていた。
これから先何が起こったとしても、彼女たちがどんな罰を受けたとしても、それは彼女たちの行動の結果でしかない。
「……よろしいのですか」
「当然です」
リゥイがお願いをすれば、多少は刑が軽くなるかもしれない。
実質的な被害が一灯隊にとどまっている現状では、彼の嘆願にはそれなりの意味があるだろう。
だがそれを、彼は断っていた。
「……俺は彼女たちの心情を察することなく戦い、それを後悔しました。ですが……ただ、それだけです」
ジョーが言っていたように、一灯隊に問題があったとすればキョウショウ族から彼女たちの素性を聞かなかったことだけである。
そしてそれすら、一灯隊以外にとって大して意味があるわけではない。
「彼女たちは罰を受けるべきだ」
コゴエがレデイス賊を評したように、遊ぶ金欲しさで成人男性が窃盗を働くのと、食うに困った痩せた女の子が盗みをするのは、全く違うことである。
それを捕らえた者にとって、心情の差はとても大きい。
だがそれでも、罪は罪である。
情状酌量の余地はあるとしても、罪自体は同じであるはずだ。
「貴方と同じ、孤児だと知った上ですか」
「そうです。だからこそ俺は、厳粛さを求めています」
リゥイはBランクハンターの隊長である。
それこそ大公が娘を預けるほどに、信頼を得ている男である。
ある意味では、この前線基地で最も大公と志を同じくしていると言っていい。
その彼だからこそ、かわいそうだから、という理由で信条を曲げるわけにはいかなかった。
「……俺はハンターになる前もハンターになった後も、いろいろと周囲から言われていました。孤児は卑しいだの、孤児は泥棒をするだの、孤児は人を騙すだの……。俺はそれをしませんでしたが、それをしている孤児が多いことも知っています」
食うに困った子供が、適当なパン屋からパンを盗んだとする。
そのパン屋が『まあ子供のすることだ』だの『孤児だから仕方ない』だのと妥協をすれば、その孤児は『あのパン屋からはパンが盗める』と覚えてしまう。しかもそれが、一人二人ではなく周辺の孤児にいきわたりかねない。
そのパン屋がどうなるのかなど、語るまでもないだろう。
これは極端な例ではなく、実際に起こること、何度も起こったことだ。
孤児であることは、免罪符ではない。
孤児だからと言って、恵まれない生まれだからと言って、悪は悪であり罪は罪である。
なぜならば、それによって泣くものがいるからだ。
「孤児がやろうが貴族がやろうが、罪に対する罰は同じであるべきです。彼女たちの行動は、間違いなく罪だ。それで被害を被った者にとっては、加害者の事情なんて大したものではない。今回の件で、俺達は被害者ではない。カセイの民、あるいは前線基地の一般職員こそが被害者です。未遂で終わったからと言って、なあなあで済ませるべきではない」
「それが、貴方の答えですか」
「ええ、そうです。彼女たちの意志を尊重すればこそ、結果にも責任を取ってもらいます」
尊厳と権利は、常に表裏一体である。
彼女たちが自分の意志で行動したからこそ、きちんと対応をするべきだとリゥイは思う。
「それに……それを貴方がおっしゃいますか、リァン様」
「……」
ましてや、自分の幼馴染を自らの手で処断した公女に向かって、『あの子は俺と同じ孤児なので無罪放免にしてください』などと、言えるわけがない。
彼女は自ら規範を示したのだ。その彼女へ、法を曲げることなどお願いできるわけがない。
「失礼しました。とにかく俺は、大公様に判断をゆだねます。ただ……どうなるでしょうか。やはり全員処刑ですか?」
「処刑とは、人間に対して行う場合です。亜人はこの国ではモンスター同然の扱い……物扱いです。処分ということになるでしょう」
「そうですか」
リゥイは決して、リァンの言葉に腹を立てなかった。
仮に人間が亜人のところに行って罪を犯せば、『亜人扱い』されることはないだろう。それこそ害獣同然に始末されるはずだ。
彼女たちの扱いもそれと同じことである、異邦の地で罪を犯すとはそういうことなのだから。
「ただ……あの時とは状況が違います。全く同じになる、とは思えません」
「具体的にお願いします。俺には学がないので……」
「あの時の沙汰は、雑に言えば責任者を殺して家を潰し、他の関係者は仕事を首にして放り出す、というものです。ですがそれは、関係者がそれで大人しく引き下がると分かっていたからです。貴方こそわかっているでしょう、今回レデイスの頭目が処刑、処分されれば……その部下を追放して丸く収まると思いますか?」
「なりませんね」
レデイスのカシラを殺して、その構成員を国外に追放したとする。
絶対に間違いなく、この国を恨んで報復するだろう。
では全員まとめて処分するのか、それもできるがそうともかぎらない。
「加えて言えば、彼女たちは反省の色があります。知っての通り彼女たちにはまだ戦う力がありましたが、潔く降伏をしました。訂正しろと言っても自説を曲げなかったゴミとは、同じ扱いなどできません」
「……そうですね」
レデイスのほとんどが降参してくれたおかげで、結果的に被害は抑えられた。
攻め込んでおいて慈悲を乞うのは厚かましいが、最後まで抵抗されても被害が大きくなるばかりである。
彼女たちが怒って暴れれば一灯隊は壊滅したし、そのまま前線基地にも被害が出たし、最悪の場合カセイへ殴り込みをかけていたかもしれない。
降参した外敵には温情を与えても文句は少ない。少なくとも、権力者にケンカを売った身内よりは、相対的にマシである。
レデイス賊は己の外敵に殴り掛かっただけだが、ケイやランリは味方の背中を刺したのである。
どちらがまともなのか、考えるまでもないことだ。
「とはいえ、ショウエンさんやコチョウさんのように前線基地においてハンター扱いにする、ということは絶対にないです。彼女たちの目的がクツロさんだというのなら、同じ場所に置けるわけがない。どこか別の場所で幽閉するか、あるいは強制労働をさせるでしょう」
「……そのあとは?」
「彼女たち次第です」
「……なら、十分です」
※
太い鎖で手足を縛られている、若く美しい顔をした女傑。
その表情は鬼気迫るものがあり、だからこそ凄絶な美しさが際立っていた。
その彼女と向き合うのは、大公ジューガー。
一灯隊をあわや壊滅に追い込んだという慮外の女戦士に対して、厳しい目をしている。
「レデイス賊のカシラ……名前はそう、木の下のトーキローチだったか」
「部下に、私の名前を聞いたか……ニンゲン!」
ジューガーに憎悪の視線を向ける彼女は、決して拘束されていることに怒っているわけではない。
「ニンゲンが、私の名を呼び、私の顔を見るな!」
決して、羞恥ではない。
彼女は人間を憎むからこそ、人間にしか見えない自分の顔を憎んでいる。
自分を人間だと思っている相手と話をすることは、彼女にとって屈辱だった。
「敗戦の将がよくも……つくづく自分の立場を理解していないと見えるな」
「なにぃ?!」
「勢いだけは立派だな」
彼は彼女の表情を見て、ある男のことを思い出していた。
他でもない、一灯隊のリゥイである。
カセイを治めるジューガーに対して、以前の彼は敵意さえ向けていた。
それも昔のことであるが、当時の時点でジューガーはちっとも怒っていなかった。
もちろん今も、彼女に対して『そんなこと』で怒っているわけではない。
「私がお前を、お前の部下を、どうとでもできる立場だということを理解したうえで、それか?」
「……私の部下に何かしてみろ! 殺す!」
「できるものなら、やってみろ」
太く大きい鎖が、大きくきしむ。
耳障りな高い音が、何度も何度も反響する。
それがどれだけ続いたのか、ジューガーは気長に待っていた。
結局彼女が息切れしただけで、現状に何の変化もない。
「理解したか? 私はお前をいつでも殺せるが、お前は私を殺すことができない。そのうえで、考えて行動するのだな」
「……」
その視線に力は残っているが、それでも現実になんの変化もない。
思うだけで事が成せるなら、誰も苦労はしていない。
「私の部下は、どうしている」
「全員無事だ。ある意味では、お前の判断によるものだ」
「……証明できるか」
「後で何人か目の前に連れてきてやろう。もちろん拘束したままだが、話ぐらいはさせてやる」
死んでいることを証明するのは大変だが、生きているのなら生きていることを証明するのは簡単だ。
そしてジューガーは、それを惜しむほど暇ではない。
「……すべての責任は私にある。部下は全員、私の命令に従っただけだ。私をどうしても構わない、彼女たちは解放してくれ」
「……下らん」
大公は、怒りを深めていた。
「お前の言うとおりにしたとして、お前の部下たちはそのあとどうするのだ? まさか故郷に帰って、そのまま幸せに過ごせると思っているのか? 私よりも、お前の方が詳しいのではないか」
「……」
「トーキローチ。お前はもっともらしいことを言っているが、全体を見ればちっとも一貫性がない。お前は行き当たりばったりで、何も考えていないに等しい」
良薬は口に苦い。
彼女の人生に、その良薬は一度もなかったのだろう。
「お前はまず、亜人の祭で無礼を働いた。まあ、それは全員への決意表明だろう。若さで許されることではないが、まあいい。そのあとピンインに人里を通らないように案内をさせた、これは大変結構だ」
「……」
「一灯隊に会って、事情を説明し、戦闘に入った。事情を素直に説明したのも、どうせばれているからだと分かっていたからだろう。だが戦力が拮抗していると見るや、一騎打ちを申し出たそうだな?」
「……そうだ、断られたがな」
「そこから先は、メッキがはがれたようにぼろが出た。お前一人がデット技を使って、一灯隊を一掃しようとした。なぜだ?」
「仲間を守るためだ、それに……あの大戦体は、一度使うと当分再使用できない。王を討つためにも、戦力は温存したかった」
「愚策だな。単純にあと一人でもデット技を使わせていれば、それだけで一灯隊を壊滅させられ、さらにお前自身もここまで消耗しなかっただろう」
「ふん……」
「いいか、良く聞け。お前はあの時、中途半端な判断をしたのだ。一灯隊を壊滅させた足でそのまま前線基地に向かうには、デット技を使わずに一灯隊を倒すしかなかった。それができない時点で、お前達は退くべきだった。仮に一灯隊を壊滅させるなら、前線基地へ向かうことは一旦諦めるべきだった」
「終わった後でなら、なんとでも言える」
「終わった後だからこそ、検証できるのだ」
彼女の人格は、概ね理解できる。
彼女の人生は、概ね想像できる。
彼女の意志も理念も、決して偽物ではない。
レデイスのカシラ、トーキローチには人間を憎むに足る理由がある。
彼女が人間を憎み自分の顔を憎み、亜人の王を目指すこともそれなりに理解できる。
だが彼女は、それでもやはり失敗をしたのだ。
彼女一人で失敗したのではない、部下を巻き込んで失敗したのだ。
「お前は、自分に何が足りなかったのかわかっているのか?」
「力だ……私に力があれば、こんなことには……こんなことにはならなかった!」
「ならば、一灯隊に苦戦した時点で退くべきだった。一騎打ちを断られた時点で、退くべきだった」
「人間相手に、退くべきだと?! 人間相手に傅く情けない王をそのまま放置して?!」
「弱いお前が悪いのだ。お前に力が足りないのだから、逃げるしかあるまい」
「ぐ……」
「いいか……お前は、人間を憎み、人間に従うクツロ君を憎んだ。それはいい、憎みたければ憎めばいい」
ジューガーは想像する。
この国の大王である兄が、非力な猿の下僕になっている姿を。
それはもう腹が立つだろう、殺したくなるだろう。
だからまあ、怒ること自体には問題はないのだ。そりゃあ怒る。狐太郎だって苦笑いしながら認めるだろう。
だが怒るのはいいが、やり方が間違っているのだ。
「いいか、お前に欠けているものがある。それは優先順位だ」
目の前のトーキローチと、昔のリゥイは似ている。
そして今のリゥイにあって、今のトーキローチと昔のリゥイにないもの。
それは、優先順位だった。
「ニンゲンが憎い、亜人の王になりたい、部下を守りたい。お前の行動は、その三つから成り立っている」
「そうだ」
「それは結構だ、お前の部下もそう思っている。それ自体には一貫性がある」
「だからなんだ!」
「問題なのは、順番がないことだ」
「全部選ぶとも! 何ひとつ妥協しない!」
「では今、憎い人間である私に何をする? 唾でも吐いてみるか? その場合、お前の部下がどうなるか知らんが」
「……!」
「お前は自分の命そのものには、さほど価値を感じていない。少なくとも部下に危ない橋を渡らせること、危険なことをさせるよりは、自分がやるべきだと思っている」
「それが、王だ!」
「そうかもしれん。だが、お前は自分が死んだ後のことを考えているか? お前が力尽きた後、お前の部下は何をしたと思う?」
目の前の強敵を、自分が倒す。
それは良いのだが、彼女はそれで力尽きてしまった。
「お前の命が大事だからと、降参をしたそうだ」
「……」
「何がしたかったのだ、お前達は」
レデイスのカシラは、全力で戦って敵を倒した。
そのあと残ったレデイス賊は、あっさり降参した。
終わってみれば、何が何だかわからない。
「お前は自分が倒れた後どうするのか、部下にちゃんと説明していたのか?」
「……」
「自分が倒れたら一灯隊を拘束して人質にしろとか、自分を連れて撤退しろとか、副官が遺志を継いでクツロ君に挑めとか……言ってないだろう。だからこのざまだ、想像しうる限り最悪の状況だ」
トーキローチは、視線をそらした。
「ニンゲンに掴まって、生殺与奪権を握られた。もはやお前たちは、逃げることもかなわない」
だが、ジューガーはそれを許さない。
「お前は、お前たちは、何がしたかったのだ」
「私たちは……尊厳が欲しかった。誰にも馬鹿にされない、尊敬される者になりたかった」
かつて、リゥイも同じことを言った。
信じていた人に裏切られた彼は、失意の中でそう言っていた。
「私は、そのためなら命も惜しまない覚悟だった」
「それを、お前たちは、共有していなかったのだ」
「……」
「お前の目には、一灯隊は奇異に映っただろう。部下が死のうが隊長が死のうが、犠牲を惜しまず命を捨てて戦う姿が理解できなかっただろう」
今のトーキローチは、耳をふさぐこともできない。
「だがな、彼らはきっちりと全員が、意思を統一している。お前とは違う、組織としての意志を持っていた。お前が奇異に思ったのは、単にお前の程度が低かったからだ」
トーキローチが、部下のために命をかけたこと。
レデイス賊の構成員が、トーキローチのために降参したこと。
それらは信頼関係のたまもの、美しい絆の証明に思えるだろう。
だがそれは、やはり組織として間違っているのだ。
「はっきり聞く。お前、自分が倒れた後、部下が何をすると思っていたのだ?」
「……」
「リゥイ達に勝ち誇ったそうだが、そのあとどうなると思ったのだ?」
「……」
「余力を使い切った後、お前が死んだ後、部下たちはどうすればよかったのだ?」
「……」
「ニンゲン憎しで、判断を誤ったな。この大バカ者が」
組織の過ちの責任は、やはりトップにある。
「お前のせいで、お前の部下は故郷にいたときよりも、惨めでひどい目にあう。そして無様に死ぬのだ」
「……そんなことは……させない!」
「ならば、優先順位をつけておけ」
大公は、彼女から背を向けた。
「お前には今後罰を与える。その罰の中で、尊厳が奪われて嫌な思いをする中で……ニンゲンを憎むこと、亜人の王になりたいこと、部下を守りたいこと。それらの順番を決めておけ」
ゆっくりと、遠ざかる。
「何を犠牲にしても果たしたい、一番大事なこと。それ一つ叶えることさえ、どれだけ力があっても難しいのだからな」
人間を憎んでもいい、誰かを嫌っていてもいい。そんなことは、大して重要ではないのだから。
相手を好きにならなくても、同じ目的のためでなくても、轡を並べて戦うことはできる。
それはリゥイが、とっくに証明していることだった。




