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短気は損気

 正義とは、報いであるという。

 そうかもしれない。


 良き行いをする者、義務を果たす者に安寧を。

 悪しき行いをする者、義務を果たさない者に罰を。

 一つの共同体の中において、正義とはそういうものである。


 では共同体同士でぶつかり合えばどうなるか。

 考えるまでもなく、相手を悪と断じて討ち滅ぼし、打ち倒す。


 そう、一灯隊は、正義で動いている。


 秩序に則って動く白眉隊や、義務や義理を果たすために動く蛍雪隊、金銭と特権のために戦う抜山隊とも違う。

 彼らは正義で動いている。


 悪をそそのかす者を許さない、なぜなら正義だから。

 堕落して流れ着いたものを許さない、なぜなら正義だから。

 民衆を脅かす者を許さない、なぜなら正義だから。


 正義とは、寛容の対極である。

 少なくとも一灯隊は、そうだと考えている。


 彼らは悪を憎んでいる。

 憎んでいるからこそ、積極的に悪を討つ。

 そして悲しいことに、彼らは最強ではない。

 だが、最強ではないとしても、正義を成す。

 彼らの心に、命を惜しむ考えはない。



「あ、姐さん! そりゃあ無茶だ! 姐さん一人に任せられねえ!」

「そうです、それにそれは王を討つための……!」

「黙れ! これは命令だ! 全員いったん下がれ、巻き込まれたいのか! 私に仲間を殺させる気か!」


「兄貴、あいつら何かをするつもりだぞ! その前に止めねえと!」

「いや、待て! まさか……一灯隊も下がるべきだ!」

「グァン?! わかった! 全員、いったん下がれ!」


 今更ではあるが、レデイス賊は全員骨で武装している。

 獣の骨格を武器として使用すること自体は、この世界でもそこまで珍しくない。

 もっと言えば、モンスターの骨を武器として使用することも、そこまで異常ではない。


 モンスターが大きいならば、その骨もまた大きい。であれば骨を鈍器として利用するのは当たり前だろう。

 だがしかし、蛮族だとか亜人ならともかく、一定の水準に達した文明では骨格を用いた武器が使われることはなくなる。


 一番当たり前の理由としては、骨だと加工がほとんどできないということだ。

 少し想像すればわかることだが、基本的に骨とは中身が全部ぎっしりとした骨というわけではない。

 鳥の骨など最たる例だが、外側が硬くとも中身はスカスカだったりする。これが、加工では厄介になる。

 なにせ鉄や石なら削ることができるのだが、骨の場合は削ると頑丈な外側がなくなってしまう。削れば削るほど、どんどん脆くなっていくのだ。

 だからこそそのままの形で使う他ないのだが、当然ながら加工できる素材の方が使い勝手がいい。

 であれば加工しなくていい、という特性はさほど意味を持たなくなる。


 そして、これが一番大きい理由であろう。

 モンスターの骨格や皮に、未変換のエナジーを注ぎ続けるとどうなるのか。

 それはある意味、ギフト使いとは真逆の状態になる。


「一灯隊……お前たちは強い。だが私も、何の障害もなく、順調に王位を奪えるとは思っていない!」


 レデイスのカシラが、その体を膨れ上がらせる。

 全身につけていた骨格や皮と同化し、歪な生物として巨大化する。


「行くぞ……お前たちに敬意を表し、王を討つ力を見せてやる!」

「やはり……デット使いか!」


 エフェクト、クリエイト、エンチャント、スロット。

 どれもが己のエナジーを、自らの素質に合わせて変化させ運用する技術である。


 それとは違って、悪魔や精霊からエナジーを受け取り、強大な力を精密に操作する技術。

 それがギフト使いだとされている。


 そしてデット使い。

 これはモンスターの骨格や皮などの死体に自らのエナジーを注ぎ込み、仮想の生命体として疑似的に同化する技術である。


「グァン、どういうことだ?! デット使いなんて、聞いたことがないぞ!」

「自分のエナジーを大量に消費して、一時的にモンスターへ変身する技術だ! とにかく……とにかく! さっきまでと同じだと思うな!」

「ってことはだ……!」


 レデイス賊のカシラは、リゥイとほぼ互角だった。

 そのリゥイは、単独でBランク中位のモンスターを討伐できる腕前である。

 その彼と互角だった彼女が、もったいぶりつつも発揮した奥の手。

 それがまさか、Bランクの中位にとどまるわけがない。


「Bランクの……上位!」


 レデイス賊のトップ一人と、一灯隊全員。

 だがしかし、戦況は一気に変化する。


「大戦体! 豪骨闘牛士!」


 あるいは、死者の妄執か。あるいは、生者の傲慢か。

 先ほどまで被っていた骨格そのものが巨大化し、骨と皮で作られた歪な標本が立ち上がる。

 四本の足で立つその姿は、まさに骨がむき出しになった巨大な牛そのもの。

 この場の全員を見下ろす巨体を見せた彼女は、王者の誇りにかけて咆哮する。


「行くぞ、一灯隊! 蹂躙の意味を教えてやる!」

「ぐ……!」


 走り出す、巨体。

 それは一瞬で最大まで加速し、進路上の一灯隊を蹴散らしていく。

 それは常からBランクを相手にしている彼らをして、瞠目する強さだった。


「Bランク上位、牛型のモンスターか……!」

「グァン兄貴! なにか弱点とか無いのか!」

「制御が難しく、戦い方が大味になることだ! 優れた才能を持ち、かつ十分な修練を積まないと危険だと聞く!」

「なるほどな! 既に修練を積んだ者にとって、弱点はないのか!」


 一瞬で走り去り、再度襲い掛かってくる。

 一撃離脱を繰り返す巨大な猛牛は、もはや嵐のようだった。

 リゥイ、グァン、ヂャンの三人は何とか回避できている。他の隊員も、散開して対応しようとする。

 ようは単純突撃、固まっていなければ相手も狙いを定めにくい。しかしそれでも、じわじわと数が削られていく。

 先ほどまでレデイス賊と対等に戦っていた、一灯隊の隊員があっさりと倒れていく。


「兄貴! 言っても相手は亜人だ! 勝てないわけがねえ!」

「その通りだ……! 一灯隊、集まれ! 迎え撃つぞ!」

「いつもと同じだ、まずは動きを止める!」


 しかしそれでも一灯隊の士気は落ちない。

 もとよりAランクのモンスターさえ足止めする彼らである、少々巨大化しただけの亜人に引き下がるわけがない。


「まとまるとは愚かだな! このまま踏みつぶしてやろう!」


 一か所に一灯隊がまとまったなら、巨大化した彼女はそれを狙うだけ。

 猪突猛進を地で行く彼女は、一度にまとめて潰そうとする。

 もちろん罠があるのだとは分かっている。だがそれを潰せなければ、どのみち王になることはできない。


「行くぜ……コネクトクリエイト、グラビティチェーン!」


 大地から現れた、ヂャンによる拘束の鎖。

 それが四本の巨大な骨をからめとろうとするが、加速している巨体は雑草でも散らすように引きちぎる。


「ストップクリエイト! スタッカートプレイ!」


 しかしそんなことはわかっている。

 一瞬動きを止め、一瞬速度が落ちた。その瞬間を狙って、グァンが停止属性の斬撃を当てる。

 それは一瞬の停止と再始動を繰り返し、相手の動きを乱す技であった。


「ウェーブエフェクト! ハードロックビート!」


 その乱れを突いて、リゥイが巨大な牛の背に取りつく。

 手にしている巨大な矛を突き刺し、全身を揺さぶりにかかった。


「こ、この程度……!」

「さすがに、多少は効くか! やはりAランクには達していないな!」


 リゥイのエフェクト技を受けて、巨大な牝牛は苦痛を露わにする。

 もちろんそれだけで巨体が粉砕されるわけではないのだが、それでもダメージが蓄積していった。


「だが……Bランクの上位ではあるようだ……!」


 歯がゆい思いをするリゥイ。

 今確実に不死の骨格を痛めつけているのだが、どうしても脳裏によぎるのは己の無力さだった。

 このままでは、勝てないかもしれない。もっと言えば、以前と違って救援も望めない。

 一灯隊単独で、この化物を倒し、さらに残った配下さえ倒さなければならない。

 できるか、否か。


「一灯隊! 俺に続け!」


 そんなことは、雑念だった。

 元より勝ち目の有無など些細なこと、彼女たちが強ければ強いほど、前線基地へ通すわけにはいかなくなる。

 前線基地を守ることがカセイを守ることにつながり、さらにカセイを守ることがトウエンを守ることにつながる。

 戦わない理由など、どこを探しても見つかることはないのだ。


「兄貴に続け~~!」

「おおおおおおお!」


 リゥイが誰よりも率先して前に出る。その姿を見て、男たちは魂を震わせる。

 だからこそ、誰もが後に続く。


「こいつら……本当に命が惜しくないと見える!」

 

 巨大化した己にしがみつき、その武器を突き立ててくる一灯隊。

 その姿を見て、彼女は戦慄した。


「命知らずを! 部下と戦わせられん!」


 全身にしがみつき、攻撃してくる人間たち。

 それに対して彼女は、文字通りのたうち回って応戦する。

 巨大な肉体による重量を活かして、虫を潰すように人間を潰し、ふるい落とそうとする。


「貴様ら全員! ここで私が殺してやる!」

「やれるものなら、やってみろ!」


 王たらんとする彼女と、正義たらんとする男たち。

 その戦いを見つめるのは、レデイス賊とピンイン、そしてリァンだった。


「こ、公女様……!」

「なんですか」

「……下がらないんですか」

「貴女は下がって構いません」

「そうですかい……!」


 その戦いは、やはり泥臭いものだった。

 本来であれば、大量にいるわけでもない一灯隊が、全員潰されて終わりである。

 だが一灯隊は単純に強く、周囲もなだらかな丘である。

 巨体を活かして転がりまわっても、そこまで威力が出るわけではない。

 もちろん狐太郎ならあっさり死ぬが、Bランクハンターがその程度で死ぬわけもない。

 硬い岩肌に衝突したのならともかく、柔らかな丘陵地帯では気絶もしなかった。


 さながら原始人のような狩猟は、ただの殺し合いの本質。

 一方的な攻撃で鮮やかに終わることはなく、奇策が劣勢をひっくり返すこともない。

 自分が傷つくこともいとわず、全力で攻撃するのみだった。


 一人、また一人と一灯隊が脱落していく。

 巨大な骨の牛も、その体を少しずつ縮めていく。

 そしてようやく動きが終わった時には、リゥイとグァン、ヂャンだけが立っていた。

 巨大化していた彼女もまた、元通り顔の見えない骨を被った女に戻っている。

 ただし、その双方の疲弊ぶりは、言うまでもない。


「……私の、勝ちだ!」


 もはや立つことも辛いであろう彼女は、そのうえで勝ち誇った。


「愚かな命知らず共……お前たちは全滅した。私は部下を守り切った……私の勝ちだ!」


 自らを捨てて勝ちを得たという彼女に、グァンもヂャンも言葉がない。

 確かに彼女を倒すことはできただろう、だがまだほぼ無傷のレデイス賊が残っている。

 しかも彼女たち全員が、骨によって武装しているのだ。あるいは、全員がBランク上位の姿になってしまうかもしれない。

 そうなれば、今の前線基地では多くの傷を負うかもしれなかった。


「私の……勝ちだ!」


 たった一人で一灯隊を壊滅に追い込んだ彼女は、まさに勝ち誇る。

 しかしその体は、どんどん震えていく。


「私の……」


 どさりと倒れて、身に着けていたすべての骨が外れた。

 無理もないだろう、精根を使い果たしたに違いない。

 もはや勝ち誇ることだけが、彼女の最後の力だったのだ。


「殺す」


 その見事な姿を見ても、リゥイはまったく動じなかった。

 一切変更はない、彼女を殺す気だった。


「せめて、こいつだけでも殺す!」


 この女が統率者である以上、殺せば意味は大きい。

 そして彼女を生かせば、より大きな力を得て戻ってきかねない。

 なによりも、生かしておく理由が、一つも見つからなかったのだ。


「……死ね!」


 リゥイは、元より軍人ではない。

 彼にとって、敵とは敬意を表する相手ではない。

 殺さなければ殺される、おぞましき怪物だった。

 その彼が倒れている敵へ、手心を加えるはずもない。


「あ、姐さん!」

「姐さ~~ん!」


 その彼女を、レデイス賊が助けようと走る。

 しかしどうあがいても、リゥイの方が速く、近かった。

 先に攻撃するのは、リゥイの方であった。


「う……」

「?!」


 しかし、骨の仮面が外れた彼女の顔を見て、リゥイは動きを止めてしまう。

 それは人間の主観では醜悪とされる亜人の女ではなく……。


「に、人間?!」


 重ねて言うが、リゥイはハンターである。

 彼にとって、人語を解するモンスターは敵だが、人間は敵ではない。


 亜人を率いていたものが、人間だった。

 先ほどまで総出で殺そうとしていた相手は、ただの人間だった。

 その事実に、彼は振り下ろす先を見失う。


「おい、どういうことだ……こいつは、亜人の王になりたいんじゃなかったのか! こいつは、人間が嫌いな亜人じゃなかったのか!」


 リゥイの問いに、万全なはずのレデイスは力なく答えた。


「姐さんは……確かにニンゲンさ。でも……アタシらのカシラだよ」

「だから、なんで、人間が亜人に交じってるんだ!」

「……姐さんは、捨て子さ。人間に捨てられて、亜人が拾った子なんだよ」

「!!」


 悪に染まらぬために、悪を憎んだリゥイ。

 人間に捨てられたがゆえに、人間を憎んだ女。

 それを知った彼は、いよいよ戦意を失う。


「……こいつが、人間……捨て子」

「さっきのアレは、姐さんでもキツイんだ! 意識を失うってことは、とっくに限界を超えちまってるんだよ! だから、このままだと死んじまう! アタシらに助けさせてくれ!」


 己の部下を、命がけで守ろうとしたように。

 部下たちもまた、命がけで彼女を守ろうとする。


「頼む! アタシらの負けでいいから! 降参するから! 姐さんを死なせたくないんだ!」


 リゥイにとって悲しいほどに。

 あらゆるものが、彼女を殺すべきではないということになっていた。

 彼女を救えば、丸く収まる。そういうふうになってしまった。

 いいや、もっと言えば。



『人間が嫌いか……なるほど、それならクツロ君を狙う気持ちもわかる。自分達の同類が、人間に従っていれば不愉快にもなるだろう。しかしなぜ、人間を嫌う? なにか理由があるんだろう』

『へえ、その通りです。何を隠そう、あのレデイス賊のカシラは……』

『どうでもいいことだ!』



 自分が、話を聞かなかっただけなのだ。



『おい、キョウショウ族。一つ確認をしておくぞ。そのレデイス賊、殺しても構わないか』

『へえ、厄介者ですから』



 殺す理由がなくなった以上に、憎む理由がないことを彼は知ってしまったのだ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 仮に戦えて倒せたとしても、本人は魔王になれないと知った時の反応が楽しみw
[一言] 更新お疲れ様です。 孤児で構成されてる一灯隊だとこれはキツいですね…心情的に
[一言] いや、殺す理由はあるんじゃないか。
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