粗忽千万
ガイセイもクツロも、この前線基地で屈指の戦力である。
この二人が当分戦えなくなるというのは、当然ながら大問題だった。
しかし現在、前線基地には戦力が充実している。
シャインとコチョウ、蝶花とアカネがいればAランクと言えども恐れるに足りない。
加えて一灯隊と白眉隊が完全に健在ならば、BランクやCランクが来てもものの数ではない。
もちろんBランクの上位が来れば怪しいが、ササゲやコゴエ、ガイセイ以外の抜山隊が加われば十分余力がある。最悪の場合、狐太郎の護衛をしているブゥを引っ張り出せばいいだけだ。
加えて復帰にもさほど時間を要するわけではないので、前線基地の面々はこれっぽっちも問題だと思っていなかった。
ガイセイやクツロでなければならない、なんてことはないからだ。
相手がモンスターであるならば。
※
レデイス賊を案内することにしたピンインの行動は、極めて適切だった。
元より彼女の配下には、キョウショウ族の男衆がいる。彼らを使えば、手紙の類を送るなど難しくもない。
彼女は残っていた金を部下に握らせて手紙を渡した。
内容は状況を説明するものであり、前線基地の狐太郎に渡すものであった。
如何にクツロが自分で宣伝しろと言った結果だとしても、何の連絡もなくレデイス賊を案内すればろくなことにならない。
なので彼女は事前に連絡をすることにしたのである。
物凄く物凄く前線基地に行きたくなかったキョウショウ族の男も、場合によっては鬼王が怒るかもしれないということで前線基地へ急いだ。
もとより定期便はあるので、金さえあれば移動は安全である。
加えて、彼は亜人だった。
悪い意味で目立つのだが、だからこそ前線基地でも記憶に残る。
この間試験を受けに来たキョウショウ族だとすぐにわかって、狐太郎たちに連絡がついたのである。
(面倒くさいことになったな……)
前線基地にいる狐太郎は、ガイセイ以外の隊長と共に、キョウショウ族の話を聞いていた。
もちろん手紙も読んだのだが、はっきり言ってただ迷惑なだけである。
仮にクツロが全快していたとしても、関わりたくない相手だった。
普段から多くのモンスターを相手に戦っているのだが、話の通じる相手を殺して楽しいわけがない。
(レデイス賊が亜人だったとしても……まあクツロみたいなんだろうし、殺しちゃったらすげえ嫌だな……)
目の前でケイやランリが死んだことを思い出す。
ついでにその殺人犯がこの前線基地にいることも思い出す。
陰鬱な気分になってしまう。
「あ、あの……? もしかして、その、怒ってますか?」
「いや、怒ってはいないです」
「そ、そうですか……そりゃあよかった」
狐太郎が難しい顔をしていたので、手紙を持ってきたキョウショウ族はとても慄いていた。
なにせ魔王のご主人様である。ちょいと命令をすれば、クツロだけではなく悪魔やら雪女やら火竜やら、おっかないモンスターが襲い掛かってくるのだ。
特に非もない相手にけしかけるような真似をすれば、命を惜しまずに戦う三体も嫌な顔をするだろう。そんなことは狐太郎もわかっているので、四体を乱用することはない。
しかしキョウショウ族はそんなことを知る筈もないので、しっかりかしこまっている。
「参ったわね。相手は亜人のはみ出し者、さぞ気性も荒いんでしょう。遠路はるばる前線基地まで来て、怪我をしているから帰れと言われて、はいそうですかと帰るわけもないし。回復するまで待ってくれるとも思えないし」
シャインの懸念はもっともだった。
仮にクツロが健在なら、魔王になって全員叩きのめして終わりである。
だがクツロが弱っている以上は、むしろ大喜びで襲い掛かってくる可能性さえあった。
「彼女の回復が間に合えばそれがいいが……まだ当分は無理だろう。明日か明後日には、ここへ来るかもしれない。到底間に合わないな」
「ああ、いえ、そうでもないんです」
同じ場所から出たキョウショウ族が今ここへ来たのだから、レデイス賊が今日明日に来てもおかしくはない。
そう思っていたジョーへ、キョウショウ族は違うと言った。
「姐さんが言ってたんですがね、あと一週間は余計にかかる筈でさあ」
「なぜ? まさかわざわざ遠回りの道を案内するのか? それではばれたとき大変だろう」
「いえね、レデイス賊の側が、態々遠回りするように言うはずだって話でして。まあ俺もそう思っているわけですが」
狐太郎たちにしてみれば、遠回りしてくれるのは少しばかり嬉しいことである。
しかしこちらの事情を知らないピンインやレデイス賊が、わざわざ遠回りするなど意味が分からない。
前線基地へ来たいのであれば、それこそ大都市カセイへ行ってから、その足でここまで来ればいいだけのこと。
大都市への道なのだから、整備されていて通りやすい。それをわざわざ遠回りするなど、中々おかしなことだった。
「いえね、レデイス賊ってのは人間嫌いなんですよ。なにせ姐さんが持ち込んだ宴の肉やら酒やらを、一切食べない程でして」
「……そりゃあまたずいぶん嫌ってるなあ」
大鬼クツロに近い種であろうレデイス賊が、酒や肉に手を付けないとは想像が難しい。
なにせクツロときたら、初対面のガイセイを警戒しておきながら、肉と酒を驕ると言われた瞬間に掌を返したほどである。
そのクツロに似ているであろう彼女たちが、人間の持ち込んだもの、というだけで食べないのはよほどである。
仮に嫌っていても、それはそれ、むしろ人間から奪ってやった、と調子の良いことも言わないようである。筋の通った嫌いぶりであろう。
「だもんですから、姐さんがなにか考えるまでもなく、わざわざ『人のいない道を教えろ』って言いますよ。まさか道行く人間を、片っ端から殺すわけにはいきませんし」
人間が嫌いなので、人間のよく通る道を嫌がる。
大都市カセイへの道は漏れなく人通りが多いであろうし、それを迂回すればさぞ遠回りだろう。
宿なども利用できないので、さぞ道中は面倒に違いない。
案内するピンインも、とんでもなく大変に違いない。なにせ自分を嫌ってくる相手に対して、一々面倒な道を案内しなければならないのだから。
「人間が嫌いか……なるほど、それならクツロ君を狙う気持ちもわかる。自分達の同類が、人間に従っていれば不愉快にもなるだろう。しかしなぜ、人間を嫌う? なにか理由があるんだろう」
「へえ、その通りです。何を隠そう、あのレデイス賊のカシラは……」
自分たちでレデイス賊などと名乗っている連中である。当然ながら、その面子は有名であった。
そして彼女たちが人間を毛嫌いしている理由も、さほど珍しくもない。
「どうでもいいことだ!」
話を打ち切ったのは、今まで黙っていた一灯隊のリゥイである。
確かに、彼にとってどうでもいいことであろう。
「まったく、面倒くさいことになったものだ! お前のところの鬼が余計なことを言わなければ、こんなことにならなかったんだ!」
「あ、はい……すみません」
ピンインが思っていたように、今回のことはクツロの指示通りに動いた結果である。
であればクツロが悪いといっても、不思議ではない。
主である狐太郎は、この場にいないクツロに代わって謝っていた。
「まあまあ、リゥイ君。君の気持ちはわかるが、起こってしまったことは仕方がないだろう。それに非がある、という程でもない。クツロ君が宣伝するように言わなかったとしても、似たようなことになっていたかもしれないじゃないか」
「それでも、原因は原因でしょう!」
イライラしているリゥイ。
元より言語を解するモンスターを毛嫌いしている彼である、亜人同士の諍いに前線基地が巻き込まれたことも、面白くないだろう。
「亜人同士の王位継承争いなんて、よそでやればいいんです! ここを巻き込む理由なんてない!」
「す、すみません……」
「ふん!」
Bランクハンターの隊長に、ペコペコ頭を下げるAランクハンター。
それを珍妙な目で見ているキョウショウ族だが、他の面々は仕方なさそうに見るばかりである。
この場で正当性があるのは、明らかにリゥイであった。
「とはいえ、まさかクツロと戦わせるわけにはいきません。この件、俺達一灯隊が預かりましょう」
「え、良いんですか?」
「いいも悪いもない! 勘違いするな、お前たちを想ってのことじゃない! 前線基地やカセイを想えばこそだ!」
なんともツンデレめいた発言だが、実際ちっとも照れていない。
むしろ恐縮している狐太郎を、とことん嫌っている顔だった。
「心情から言えば、お前達なんか死んで欲しいぐらいだ!」
(思っても言うなよ……)
「だが! お前たちはこの前線基地の戦力だ! お前たちが抜けたら、カセイが危ないだろうが!」
なんのかんの言って、リゥイの方針は一貫している。
なによりも優先するべきはカセイを守り、孤児院を守ること。
どれほど狐太郎たちが嫌いでも、カセイを守るためなら戦力として迎え入れる。
物凄く文句たらたらだが、行動に影響を与えることはない。
そのあたりの判断を間違えないのは、流石志高きBランクハンターの隊長だろう。
「馬鹿正直に前線基地で迎えることもないだろうが、今動けるのは俺達一灯隊だ。白眉隊や蛍雪隊はこの基地を守るために抜けられないし、ガイセイのいない抜山隊も不安がある。それに俺達には公女様も一緒だ、面倒が起こっても判断を仰げる」
「確かに、そうしてもらえるとありがたいが……」
リゥイの言う通り、弱ったクツロのいる前線基地で迎えるのは、あまり良くないだろう。
この基地にいる一般の職員を思えば、態々害意のある亜人を近づけることだってよくない。
他の隊を動かせば戦力が減ってしまうので、予備隊として一灯隊を動かすのは合理的だった。
「おい、キョウショウ族。一つ確認をしておくぞ」
一灯隊は、ある意味で一番真剣にカセイを想っている。
その隊長は、世にも残酷な顔をしていた。
「そのレデイス賊、殺しても構わないか」
「へえ、厄介者ですから」
「よし、任せておけ」
イライラを隠そうとしても隠せない男は、もうすでに殺意を露わにしていた。
「全員まとめてぶっ殺してやる」




