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鶏口となるも牛後となるなかれ


 Bランク相当の実力を持っていても、出生や素行によってDランクやEランクでくすぶっている者は珍しくない。

 しかしそれよりもはるかに多いのは、当然ながら低ランク相当の実力しかない者たちである。


「あの、隊長……どうしましょうか」

「うるせえ、少し黙ってろ」


 Dランクのハンターパーティーである鶏口隊は、まさに文字通りのDランクパーティーである。

 その実力はDランクのモンスターなら倒せるという程度で、Cランクのモンスターが現れれば逃げ出してしまうこともしばしばだった。

 死にたくないという姿勢は正しいが、その結果彼らの評価はとても低い。


 自分たちの命を最優先に動くハンター、しかもDランク相当。

 護衛などを任せられるわけがないし、他の仕事も断られることが多かった。

 他のDランクハンターならば仕事がなくて苦しむということもないが、彼らはどんどん困窮していった。


「ここに来るために、残ってたカネを全部使いきっちまったんですぜ?」

「明日食うもんさえない……どうするんですかい」

「うるせえ! 黙ってろって言ってるだろうが!」


 幸か不幸か、鶏口隊内部の結束は固い。

 報酬や評価のために部下を死なせる隊長も多い中で、鶏口隊の隊長であるギューゴは部下と一緒に逃げていたからだ。

 だがしかし、部下に優しくとも仕事がいい加減なら、それは決して褒められることではない。


(畜生……どうすりゃいいんだ……!)


 溺れる者は藁をもつかむ。

 減っていく仕事とカネという現実から目を背けようとしていたギューゴは、飛び級でBランクハンターになれるという噂にすがって、シュバルツバルトの前線基地に訪れていた。

 そして試験を受けるために、ジョーと共に森に入った……わけではない。


(あんな強そうな連中が、瀕死で帰ってきた……俺らが入ったら、絶対に死んじまう! どうしてこうなっちまったんだ!)


 鶏口隊の面々は、森に入る前に引き下がった。

 幸か不幸か、彼らと一緒に試験を受けようとしていた面々は、鶏口隊と同様のDランク。

 しかし素行が悪い故のDランクであり、その実力はBランクに達していた。

 実力があるにもかかわらず低ランクでくすぶっているハンターからすれば、実力がない同ランクのハンターは激しく嫌悪の対象である。

 露骨に嫌がられ、追いやられ、棄権するように脅迫された。


 鶏口隊の面々は、全員一致で試験を棄権。

 翌日にでも試験があるだろうと、安易な逃げに走った。

 そのあとに、自分たちを棄権させたハンターたちが満身創痍で戻ってきたので、結果的に彼らは救われた。


 しかしこうなると、鶏口隊は詰んでしまった。

 楽に稼げる仕事、簡単にBランクになれると思っていたのに、実際には尋常ではない実力が要求される。

 それに自信がない彼らは、もはや試験を受けようという気概さえ失っていた。


(かといって、このまま帰っても……借金さえできねえ……そもそも、この前線基地から別の街に行くことだって……)


 しかしこの前線基地についた時点で、彼らの所持金は限りなくゼロに近かった。

 ここから出て近くの街に行くにも、相応の路銀が必要になる。

 隊長であるギューゴは、いよいよ進退窮していた。


「……お前ら、いい考えが浮かんだぞ」


 そこで彼が選んだのは、この前線基地にとどまるという判断だった。


「この前線基地には、いくつかのパーティーがいる。そのパーティーに入って、路銀を貯めようじゃねえか」

「隊長……ってことは、鶏口隊は解散ってことですかい?」

「何言ってやがるんだ、パーティーは解散しねえよ。要は下手に出て雑用をして、小銭を貯めたり、適当なもんを拝借して、とんずらここうって話さ」

「……まあ、他にはどうしようもないですしねえ」

「まあそういうこった。この前線基地にはBランクのパーティーしかいないんだ、予備の武器を一つでもかすめられれば、ここまでの路銀を払ってもおつりがくるだろうぜ」


 既に討伐任務に就いているパーティーの傘下に入る。

 よくある話であるし、このまま途方に暮れているよりはまともな判断であった。


「ですがねえ、そう簡単に傘下に入れてもらえますかね?」

「相手はBランクのパーティーですぜ?」

「なあに、心配するな。Bランクっていっても、この前線基地にいるBランクパーティーは、育ちの悪い奴らでもなれるんだぜ? なら取り入るなんて簡単だろう」

「流石! 確かに他所のBランクよりは簡単そうですね!」

「いやあBランクって言えば、それこそ騎士団からもお声のかかるような人を想像してたんで……」


 鶏口隊の面々は、全員が読み書きや計算のできる、学のある男たちだった。

 もちろんそれだけでランクが上がるわけではないが、学がないことがどれだけ損になるのかよく知っている。

 学がないということは、簡単なこともわからないということ。簡単に騙されて、損をしたことにも気づかない。

 それを知っているからこそ、彼らはあっさりとギューゴに乗っていた。


「どうやら一灯隊ってのがあるらしい。孤児出身者だけで構成されている、簡単に騙されそうなやつらだ」

「抜かりがないですねえ、隊長!」

「くっくっく……お前らも、賢く振舞えよ。相手を煽てて調子に乗らせるんだからな」




 結論から先に言えば、鶏口隊は大いに歓迎された。


「お前ら、さあ飲んで騒げ! 今日は新入りの歓迎会だ!」


 隊長や副隊長が席を外しているということもあって、その代理を務めているヂャンが歓迎の音頭をとる。

 支給されている隊舎では、十人ほどのハンターたちが大いに酒を呑んでいた。


(やりましたね、隊長)

(ああ、思ったよりもちょろかったな)


 狐太郎へ普段出されている夕食と変わらない、大量の肉と酒。

 しかしそれらは、Dランクのハンターからすればとんでもないごちそうである。

 この前線基地へ来るまでろくな食事をしてこなかった鶏口隊は、久しぶりのまともな食事に大満足だった。


「いやあ、鶏口隊だっけか? 助かったぜ、ベテランのハンターが加入してくれてよ。今兄者達が留守にしてるんで、人手が足りなくて大変だったんだ」

「そうですか、そうですか! いやあこっちも、まともに飯が食えなくて大変だったんです!」

「なあに、一灯隊に入ればそんなことはなくなるさ! まあ、景気よく食べてくれや!」


 隊長の代理を務めているというヂャンは、顔こそ幼さが残っているが筋骨隆々たる偉丈夫だった。

 弱いわけがないその姿には圧倒されるが、ギューゴは内心で舌を出していた。


(まったく、バカはバカだな。どれだけ強くても、その使い方ってもんがわかってない)


 改めてギューゴは、一灯隊の面々を見る。

 若い者が多く、顔や体には傷ばかりである。

 楽しそうに笑って酒を呑んでいるが、その人生が陽気なものではなかったと簡単にわかる。


(見るからに苦労してますって感じだな、まったく……救いようがないねえ)


 だからこそ、ギューゴは彼らを見下していた。

 鶏口隊は、一灯隊に対して特に何かをしたわけではない。

 参加を希望したところ、あっさりと迎え入れてくれたのだ。

 困っている、助けてほしい、仲間にしてほしい。

 そう頼んだだけで、こうして歓迎会まで開いてくれていた。


(これだけ強いのに、あっさりと俺たちに騙されるんだからな。まったく『ご苦労』なこった)


 偽りなく笑っている鶏口隊だが、心の中では一灯隊をあざけっていた。

 感謝など一切なく、彼らをどう利用するかしか考えていない。


(俺がちょいと難しい本を読んで見せたり、少し難しい計算をして見せれば、それだけで大喜びするだろう。そのまま会計を任せてくれるかもしれないな……笑いが止まらねえぜ)


 彼らにとって、頭がいいとはそういうことだった。


(ちょっと頭の足りない連中に声をかければ、こうやってタダ酒にありつける。危険なことをするとか苦労をするなんて、ばかばかしい話だぜまったく) 


 頭がいいから、危険を避けて少ない労力で、多くの成果を得られる。

 それが極まれば、何もせずに他人の成果を搾取できる。

 であれば己たちこそ、賢く生きている素晴らしい人間に他ならない。


「かああ! 美味い!」

「いい飲みっぷりだ、気持ちがいいねえ!」


 他人がおごってくれる酒は、何よりもうまい。

 どれだけ飲んでも、財布の中身を気にしなくていいのだから。


「さあ、じゃんじゃんやってくれ!」

「いやあ、すみませんね! ヂャンさん!」

「アンタの方が年上なんだ、さん付けなんてしなくていいって!」

「おう、それじゃあ遠慮せず飲ませてもらうぜ、ヂャン!」


 久しぶりに、思うがままに、飲み食いができる。

 生きるか死ぬかと言う岐路で、これにたどり着くことができる。

 これが賢くなくて何だというのか。


(出会ったばかりの俺たちに、これだけ景気よくおごってくれる連中だ。適当な理由を付ければ、何もしなくても置いてくれるだろう。まったく馬鹿はどうしようもないなあ)


 嫌なことなど、他人に押し付ければいい。

 つまらないことなど、他人がすればいい。

 面倒なことなど、他人のやることである。


 自分のやれる範囲でできる仕事をして、危なくなれば逃げればいい。

 ただそれだけのことなのに、誰もそれがわかっていない。

 誰もが苦労をしろと言って、誰もが責任を持てと言って、誰もが一生懸命になれといって、誰もが命を賭けろと言っている。

 世の中は全く持って、バカばかりである。そんなことをして、怪我をしたり死んだりすれば、何にもならないではないか。


 人生とは楽しむためにあり、やりたいことをやればいい。

 それで損をするのは、まさにバカのすることである。


(俺はこれからも、頭がいい生き方をして見せるぜ!)


 今までもこのやり方で生きてきた。

 これからもずっと大丈夫。

 そう信じているギューゴと、それに賛同している鶏口隊は、思い通りになっている現状に満足していた。

 今彼らが味わっているのはただのタダ酒ではない、勝利の美酒だった。


 だからこそ、気づかなかった。

 途中から一灯隊が酒を飲んでいないことを、鶏口隊をどういう目で見ているのかを。

 自分たちが、どれだけの酒を飲んでいるのかを。




「あはははは!」




 鶏口隊が酔いつぶれた後、一灯隊は夜の狩りに出かけた。

 前線基地を出るときには大量の荷物を持っていたのだが、戻ってくるときには何も持っていなかった。

 不審に思った門番が、何をもっていったのかと聞く。

 すると何食わぬ顔で、一灯隊は答えたのだ。



「あれは、モンスターをおびき寄せる餌だ」


 その後、鶏口隊は行方不明となり、消息を絶っている。


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― 新着の感想 ―
うわぁ、これはまた…ゾクッとしましたね。中々、ブラックで面白いですねぇ…
[気になる点] 門番が聞いたのは出て行く時ではなく、戻ってきた時ですよね。 であれば「これは」ではなく「あれは」でしょう。
[一言] おうおう……。 エサでございますか……。まぁ生き物は飯食ってる時が一番の隙になるといいますしね。 そしてパーティーが消えた程度じゃ問題にならない前線基地のヤバさよ……。
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