嘘も方便
レデイス賊を名乗るBランクハンター相当の亜人集団。
彼女たちの要求を聞いて、彼らは笑った。誰もが笑ったのだ。
その理由を察したピンインは、だからこそさらに黙る。
彼女たちが自分の用意した酒や肉に手を付けなかった理由も、それで説明がつくからだ。
(なるほどねえ……まあそういうこともあるか)
この集団には、わかりやすい大義がある。
だからこそまとまっていて、全員が己を鍛えているのだ。
天才とはなんの理由もなく現れるものだが、一流とは何か強烈な理由がなければ成立しない。
そしてそれは、たいていの場合環境に由来する。
「お前が亜人の王になるだと……? できるわけねえだろうが、身の程を弁えろ!」
「やる前から諦めている情けない男が、身の程を弁えるとは笑わせるな」
「ああ? とにかくお前らは恥だ! とっと失せろ!」
「客人の前だぞ!」
さて、どうしたものか。
ピンインは損得勘定をする。
この流れなら、自分に話が来ることは確実。
その話を、どう回すべきなのか。
まず最悪なのは、この場で争いになることだ。
そうなれば、自分はただでは済まない。
もとより非武装であるし、強化属性が使えるとはいえ傘下の者はいない。
もちろん長達は配慮してくれるだろうし、逃げても怒らないし、むしろ下がっていろと言ってくれるだろう。
なにせ彼女たちは、身内の恥だ。長達には、己で解決する義務がある。
とはいえ、ピンインが逃げれば彼女たちは追うだろう。酒の入っている長たちでは、彼女たちを捕まえられるとは思えない。
彼女たちの心境を察するに、ピンインを穏当に捕まえる、ということはありえない。それどころか、無駄に痛めつけられる可能性さえある。
最悪の場合、殺されるだろう。それが起こりえるのなら、避けるべきだ。
さりとて、彼女たちを狐太郎の下へ案内すればどうか。
まず間違いなく、レデイス賊は負ける。確かにレデイス賊は強いだろうが、あの四体の魔王に対抗できるとは思えない。
しかしである、狐太郎へ害意を持つであろう彼女たちを案内するのは、大公の怒りに触れかねない。
なぜそんな連中に、魔王のことを話したのだ。
そう言われる可能性はある。
(とはいえ、それは私に責任があった場合の話だ)
ちゃんと理由があるのなら、釈明どころではない。
むしろ正当性を主張できる。
鬼王になったクツロ曰く。
『キョウショウ族とか言ったわね? 貴方達、よく見ておきなさい』
『大鬼の魔王、鬼王、鬼神クツロの百足退治を見たこと、故郷で一族に自慢なさい』
つまり今回の件は、彼女の言ったとおりにしたまでである。
ピンインは彼女に言われたとおりにしただけなのだから、情報を開示したことに罪はない。
(それにまあ、腕の立つハンターを倒して云々、ってのはよくある話だ。流石にそこまではどうにもならないだろうねえ)
であれば、彼女の判断は決まっていた。
「おい、人間の女! 私たちをそこへ案内しろ」
「断ったらどうなるんだい?」
「案内したくなるまで、痛めつける」
「選択肢はないってか……仕方ないねえ」
不承不承という身振りで、あえて受ける。
その程度には、彼女にも腹芸はできるのだ。
「おい、ピンイン!」
「族長の爺様がたには悪いが……私はアンタらも怖いが魔王様も怖くてねえ」
馬鹿正直に思ったことを口にするような、勘違いした小娘や小僧ではない。
大事なことがちゃんとわかっているからこそ、適当なことだって惜しまないのだ。
「魔王様がおっしゃってたのさ。もしも自分の強さを疑う奴が亜人にいたら、全員まとめて連れて来い。この金棒で叩きのめしてやろうってね」
この場で族長たちに『負けそうだから従うよ』と言えば、族長たちの顔に泥を塗ることになる。
しかしレデイス賊を悪者にすれば、それはそれで角が立つ。
なので鬼の王クツロが大人物ということにして、彼女たちを案内することに正当性を持たせるのだ。
(すまないねえ、鬼王様。勝手なことを言っちまって)
もちろん嘘をついたことは事実なので、そのお詫びは必要なのだろうけども。
彼女の声は全体に通っていた、誰もが魔王の大器に感じ入る。
ほとんどの者は魔王に負けてしまえと思っており、レデイス賊の者はバカにするな勝ってみせると奮い立っている。
特に情報もない相手なので当然だが、彼女の話を完全に信じていた。
まあそもそも、彼女の話を信じないのなら、魔王のことさえ信じないはずである。
ピンインと共に現地へ赴いていた面々は、それが嘘だと知っている。
しかし彼らも空気を読んで黙っていた。
その一方で、長達やレデイス賊のトップは何かを察したようである。
「……」
「……」
ピンインはこの場だけでも丸く治めようとしている。
それを察した両者は、それを受け入れていた。
「明日の朝、ここを発つ。案内しろ、人間の女」
レデイスのトップは、配下を率いて下がる。
その後ろ姿に嘲笑を向ける者はいても、仕掛けようという輩はいない。
彼女たちを倒すのは、魔王の役割だと判断したからだ。
「……悪いな」
「なに、これも忠告を無視した罰みたいなもんさ」
長の一人からの、誰にも聞こえない小さな謝罪。
それを受けるピンインもまた、少しばかり困った顔をしていた。
やはり関わるべきではなかったのだ、あの森には。
※
さて、狐太郎である。
今現在、彼とその仲間たちが何をしているのかと言えば……。
(辛い)
前線基地にある自分の家で、音楽を聴いていた。
もちろん放送設備も蓄音機もないこの世界で、音楽とは文字通りその場で演奏したり歌ったりするものである。
しかし彼らが『あ~暇だから音楽家でも雇うか』と思って連れてきたわけではない。もちろん自分で演奏しているわけでもない。
蝶花なら楽士として演奏できるし、実際抜山隊ではそういうこともたまにやるらしい。
しかし現在彼女は疲れ切っているので、当然ながら演奏をできるコンディションではない。
今彼の家で演奏をしているのは、他でもないダッキである。
狐太郎の財産目当てで婚約を押し付けてきている彼女は、たまにやってきては狐太郎を口説こうとしている。
ある意味真面目なのだが、付き合わされている方はたまったものではない。
なにせ相手は王女である。リァンは軽い調子で殴ったりしているが、狐太郎の場合はそうもいかない。
そしてもっと言えば……彼女のアプローチが、微妙に的外れだった。
今ダッキが『ダッキはイイ女だよ!』アピールとして、教養を示すべく演奏をしている。
その演奏している楽器が、琴だった。バイオリンだとかピアノだとかではなく、琴だったのである。
弾いている曲は、いわゆる練習用の比較的簡単な曲だった。
もちろん一生懸命努力した成果なので、バカにするなどありえない。
(ね、眠い……)
(ね、眠いわ……)
(私こういうのはあんまり好きじゃないわね~~)
(この世界では、こういう音楽が主流なのか)
しかし聞いている側がその曲を知らない。音楽的な教養がないので、聞いていても眠くなる一方だった。
(雅楽っぽい……いや、別にバカにしているわけじゃないんだけども……)
多分ちゃんと弾けているのだろう。
その程度しかわからないので、感動することもない。
もちろん王女が目の前で自分たちのために演奏しているのだから、それは凄いのだろうけども。
しかしコゴエ以外の面々は、必死で眠気に耐えていた。
なまじ音が心地よく、しかもスローテンポなため、子守歌のように眠くなるのである。
(ふぁあああああ……)
(やっべ……眠い……)
(ちくしょう……昨日寝てねえから、余計眠い……)
なお、護衛として付いてきているキンカク、ギンカク、ドッカクの三人は、同様の眠気に耐えていた。
(しかも長い……! あと何分続くんだ、コレ……!)
物凄く真面目に弾いている彼女を前に、いつ終わるかもしれぬ曲を黙って動かずに聞くという苦行。
お色気方面で攻めてこられても困るが、これはこれで困ってしまう。
(生きる世界が違うって、こういうことか……!)
仮にこの場にリァンがいたとしても、今のダッキを殴ることはありえない。
なにせ琴を弾いて自分の知性をアピールしているだけなのだ、とても上品である。
上品なので、下々の者に伝わっていない。むしろ下々の者を苦しめている。
好かれたいと思って、良かれと思って行動しても、民心は離れるばかり。
やはり生まれが違うと、恋愛は難しいのだろう。
「ふぅ……!」
やり切った顔で、演奏を終えるダッキ。
ふんぞり返って、何かを明らかに待っていた。
「ご主人様、ここは拍手では?」
「そ、そうだな!」
コゴエのアドバイスに従って、狐太郎は慌てて拍手する。
多分失敗することなく弾ききったのだろうし、称賛してしかるべきだ。
「凄いです! 流石王女様! とてもお上手でした!」
「うん! 上手だったよ!」
「ダッキ様、お上手でした!」
「ええ、凄かったわ」
「お見事です」
狐太郎が褒めたので、四体も続いてほめる。
もちろん専門用語など一切知らないので、語彙はとても壊滅的だった。
「でしょ! 先生も、お父様も、ダッキを褒めてくれたんだから!」
(まあそうだろうけども……親や先生以外は、褒めてくれないと思うな)
なお彼女は真実を見抜かなかった模様。
この場合の真実を見抜くことに、なんの意義があるというのか。
彼女の今後のためにも、褒めなければなるまい。
努力をした者には、達成感を与えなければならないのだ。
「ご主人様、私が軽はずみなことを言ったせいよ。ごめんなさいね」
「……気にするな」
なお、彼女を嫁にしてはいかがか、という提案をしたササゲが謝ってくる。
それほどに、しんどいことだった。この、思い入れのない相手の演奏を聴くという時間は。
酷い言い方をすれば、彼女は『ちゃんとお稽古をしている女の子』の域を一歩も出ていない。
ちゃんと曲が弾けるのと、他人を感動させてお金をもらえるのとは、全く別の話である。
「じゃあ別の曲を弾いてあげるね!」
しかも、終わりが見えなかった。
なんの見返りも求めない演奏なのに、何の感動も生まれない。
やはり音楽で世界が一つになるというのは、幻想にすぎないのだろう。
「あの……ダッキ様、やめましょうぜ」
「そうそう、もううんざり……じゃなかった、皆さん緊張して疲れちまってます」
「ほらほら、お茶でも飲みましょうや」
うんざりしていたのは狐太郎たちだけではない。
武骨な武人の三人も、流石に嫌気がさしていた。
(ダッキの演奏で、みんなの心が一つに……!)
やはり音楽は世界を一つにするのかもしれない。
狐太郎たちは、再び音楽の可能性を信じ始めていた。
「……わかった」
どうやら彼女も少し疲れていたらしい。
お客さんの前で演奏をするのは彼女をして緊張するらしく、切り上げようという提案にあっさりと乗っていた。
こうなれば一安心である。
もちろん彼女の相手をするのは楽しくないが、ずっと黙って演奏を聴くよりは楽だった。
演奏を聞いた後に心が楽になるのだから、これもまた音楽によるリラックス効果なのかもしれない。
「えっとね」
「?」
「お茶はね、まだちょっと早いから、教わってないの。だからダッキは悪くないの」
ダッキの侍女たちは、とても手慣れた手つきでお茶を用意していく。
それはもう見惚れるような手際で、まさに王族に仕える者としてふさわしいものだった。
そんな彼女たちにまかせていることを、ダッキは彼女なりに恥じているようである。
どうやら一人前の淑女なら、彼女たちに頼ってはいけないらしい。
淑女の道は、かくも険しいのだ。
「じゃあ、淹れられるようになったら、おねがいするよ」
「うん!」
なお、無難な返答をすると、好感度がわずかに上がる模様。
とても迷惑である。
(そのうちどうにかなってくれないだろうか)
未来に可能性を見出すことも、正直限界を感じる狐太郎。
やはり希望はないのかもしれない。
とはいえ、お茶は美味しい。
紅茶のようではあるのだが、茶葉以外に何かがたくさん入っているような気もする。
正直あまり味わったことのない味だが、それでも美味であることは伝わってきた。
(このブレンド茶も、たくさんの人が苦労をしたんだろうなあ……)
なお、先日の経験も相まって、狐太郎たちはこのお茶の調合をした人へ思いをはせてしまう模様。
「Aランクハンター様は、流石に育ちがいいですねえ。俺らにゃあ、これは色がついた水みたいなもんなんですがね」
「だよなあ、酒と違ってほろりもしねえし」
「ぬるめの茶よりは、冷えた水の方がいいですがね」
「まったく……この味がわからないなんて、お子様ね! Aランクハンターを見習ったら? 竜も亜人も悪魔も精霊も喜んで飲んでるじゃない!」
そんな風に感動している姿さえ、彼女にとっては好印象であるらしい。
どんどんドツボにはまっていく。
(かといって彼らの真似をするのも悪い気がする……!)
子供から嫌われるというのは、わざとやろうとすると難しいのかもしれない。
少なくとも良心の呵責が著しかった。
むしろ好かれないほうが難しいのではないか、狐太郎は葛藤する。
(今更ながら、ハーレム主人公が八方美人をする理由が分かった……! わかったところでどうすればいいのかわからん!)
苦虫を噛み潰したような顔の狐太郎をみて、ダッキは笑った。
彼女はまだ子供なので、なんでも都合のいいように解釈してしまう。
「ねえねえ、狐太郎様~~。私、武勇伝が聞きたいわ~~。ねえ、良いでしょ~~?」
(話題に困ったと思われたのか? もっと根本的なことで困っているんだが……)
しかし話をしないわけにもいかない。
なんだかんだ言って、彼女はここまでそれなりの距離を旅してきたのだ。
これを無下に扱うほど、彼のハートは強くない。
「そうですね……」
思わず考えこむ狐太郎。
しかし武勇伝を語れと言われても、語れることはほとんどない。
なにせそもそも、武勇なんてないのだし。
「ああ、そうそうそういえば! クラウドラインについて話しましょうか」
「ええっ?! あの玉手箱を持ってきてくれた竜のこと? 聴きたい!」
空を悠々と泳ぐ巨大な竜、クラウドライン。
わかりやすく、意外性もなく、偉大な竜としてふるまっていたあのドラゴン。
まあエイトロールを怖がっていたが、それはそれ。とにかくあの竜の話なら、それなりにはできそうである。
もちろん、目撃者としてだが。
(ねえねえ、ご主人様。あのお爺ちゃんの前に来た、盛って帰ってった子のことは言わないでね、恥ずかしいから!)
(ああ、わかってるよ)
アカネは十体の竜についてはいうなと、態々釘をさしてくる。
竜王である彼女としては、竜の恥を語ってほしくないらしい。
(確かにアレは恥ずかしいもんな……!)
痴話げんかをしたり求愛行動を始めたり、最後には雨降って地固まるの調子だった十頭の若き竜。
その話は、幼いダッキには早いだろう。まあ、青年であるショウエンをして、見て楽しいとは思わないようだったが。
「クラウドラインは、竜王であるアカネに挨拶に来たんですよ。その時自己紹介で、いろいろしゃべってましたね」
「どんなこと言ってた?」
「自分は人間から応竜とか青龍とか天津川とか呼ばれているけど、クラウドラインという呼び名が気に入っていると。人間が自分たちを見上げて、みやびやかに例えているところが気に入っているとか」
「へえ……そっか、おしゃれなんだね。人の前に来てそんなことを言うなんて」
「ええ。結構よくしゃべってましたね、かなり饒舌でした」
まあ人間である狐太郎をして、『地を這う虫けら』とか『猿』とか蔑んだ呼ばれ方をするよりは、『考える葦』と言われたほうが相対的には嬉しい気もするので、彼の気持ちはわかる。
「ねえねえ、クラウドラインは天候を自在に操る力を持つって噂だけど、あれって本当だった?」
「て、天候?」
ふと思い返すと、確かにクラウドラインの周囲には雷雲がうごめいていた。
彼の体を包むように、雷光の走る暗雲が浮いていたような気がする。
「たしかに、あの竜の周りには雲がありましたね……」
あまりにもマッチし過ぎていて気にならなかったが、確かに普通ではありえないことだった。
確かに天候を操作していると言っても、過言ではないのかもしれない。
「失礼ながら……よろしいですか」
その話に、コゴエが割り込んできた。
「彼の周囲にいた雷雲ですが……アレは上位の精霊でした。Bランク相当の精霊が、大量に彼を包んでいたのです。おそらく、彼に飼われているのでしょう」
「……そうだったのか?」
「はい。精霊使いであるコチョウも、気づいていたはず。おそらくあの個体に限ったことではなく、多くのクラウドラインに共通する特徴なのでしょう」
暗雲を自在に操るかと思われていたクラウドラインだが、実際には大量の精霊を飼いならしている精霊使いだという。
驚きの事実であるが、彼の権威が落ちるわけではない。
(Bランクの精霊を大量に飼っている……それでもエイトロールが怖いのか)
なお、エイトロールの脅威は増している模様。
「Bランクの精霊をたくさん飼っている、Aランクの竜か~~とっても強いんだよね?」
ダッキは、少し悪戯っぽく笑った。
「そのクラウドラインよりも、アカネの方が強いんだよね?」
「ええ、まあ」
「じゃあさ、ここで一番強いっていうガイセイと、アカネ。どっちが強いの?」
次期Aランクハンター候補と、Aランクモンスターのアカネ。
果たしてどちらが強いのか、困らせるような質問である。
「さあ? 正直戦いたくないけどな~~」
なお、アカネ本人はちっとも困っていない模様。
相手が同じような戦闘スタイルなら張り合ったかもしれないが、明らかに別種なので競う気もないらしい。
実際レックスプラズマが当たればそれまでだろうし、外れたら逆の結果になるだろう。
その程度のことなので、比べる意味がないと思われる。
「だけど、クツロとガイセイのどっちが強いかは、あさって分かるよ」
「え、なんで?」
「あさって戦うから」
ここ最近、前線基地全体の戦力は増している。
それ自体は良いことなのだが、やはり一人一人の負担は減ってしまっている。
それは腕が落ちることを意味しており、あまりいいこととは言えない。
くわえてガイセイは未だに発展途上、強大な敵ととことん戦う機会を求めていた。
そのため、比較的似た戦い方をするクツロと、実戦形式の試合をすることになっているのである。
大鬼クツロと、抜山隊隊長ガイセイ。
この前線基地でも最高峰の体格を誇る両者が、真っ向から激突するのである。
「ダッキ、あした帰るんだけど?!」
ダッキは見れないのである。




