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株を守りて兎を待つ

 さて、今回のカレー騒動の裏側で、何が起きていたのか説明しよう。


 まずそもそも、狐太郎たちや麒麟たちは、香辛料に慣れ親しんでいる。特に希少価値があるとは考えていない。

 その一方で『香辛料が高価だった時代がある』という共通認識もある。

 そしてこれが一番大事なのだが、彼らはこの世界で、買い物をすることがほとんどなかったということ。


 なにが言いたいのか。

 彼らは全員、香辛料の相場も、この国の一般的な年収も知らないのである。


 つまりお店の人が吹っ掛けてきても、ああそういう値段なのかと思い込んでしまうのだ。


「この香辛料、くださいな」

「あいよ~~これぐらいだよ~~」


 そう言って相場の倍の値段をとりあえず吹っ掛けてみる。

 もちろん値切り交渉で、段々と相場に近づけていくのだ。


「はい、全部ください」


 だが蝶花は相場を知らないし、値切りをしたことがないし、そもそも大量の現金をもらっている。なので業者のように買い込むことができたのだ。


「……へ、へえ毎度!」

「これでこのお店にある分は全部かしら」

「え、ええ……」

「残念だわ、次のお店に行きましょう」


 蝶花はスパイスにたくさんの種類があることは知っていたので、行く店行く店で値段がかなり違うことも全然気にしなかった。

 あるぼったくりの店でも、躊躇なく言われた値段で買い物をしたのである。


「香辛料、くださいな」

「あいよ、この小さい袋で(相場の二十倍)だよ」

「あるだけ全部くださいな」

「お、おう……」


 そして彼女の財布は潤沢だったので、街中にある香辛料の店を買い占めても、全然困らなかった。

 むしろ余ったので、最終的には返したほどである。

 しかしそれもこれも、Aランクハンター狐太郎がスポンサーだったからこそ。

 一般的な商人にとっては、濡れ手に粟どころではなかった。一日で一年分儲けた店まであったのである。


 もちろん、香辛料が街から消えても、そこまで困る人はいない。

 生活必需品ではないし、ちょっとしたお薬程度であり、似たような香草や薬草のたぐいはあったので、其方にお客は移っていった。


 問題なのは、得をしたはずの商店であった。

 さて、一日で一年分儲けた店は、一年間お休みをして遊んで暮らすのか。

 そんなわけはない。借金があった店は速攻で返しに行ったが、そうではない店は大急ぎで仕入れに向かったのである。


「うおおおおおお! 護送隊を雇って、香辛料を仕入れに行くぞ!」

「なんだか知らんが、とにかく香辛料がバカみたいな値段で売れる! これは商機到来だ!」

「香辛料をバカみたいに大量に買い込む女がいたらしい! 本当に街から香辛料がなくなってるぞ!」

「マジかよ! じゃあ今買い込めばぼろ儲けだな!」

「急げ、早くしないと商機を逃すぞ!」


 相場の十倍だろうが二十倍だろうが、言い値であるだけ買う馬鹿な金持ちがいる。

 なまじ事実だったので、普段香辛料を取り扱わない商人たちも大慌てで買い付けに行ったのである。

 香辛料がそれなりに高価で希少だったとしても、そこそこ保存が利くということでカセイ周辺の街には在庫があった。

 それをカセイの商人たちは、競うように……というか本気で競いながら買い付けたのである。


「おい、香辛料はあるか! なんでもいい、あるだけ売れ!」

「なに、既に売る相手が決まっている? 五倍出す、全部売れ!」

「ああん? こっちは六倍だ馬鹿野郎!」


 商人にとって、仕入れたものが全部売れるというのは夢のような話であった。

 それがぼったくり価格でもいいのだから、大急ぎで買い込むのは当然である。


「今なら香辛料は五倍、いや六倍の値段で売れるらしいぞ?」

「本当かよ、俺も買おうかな……」

「カセイの商人が、バカみたいに買ってるらしい……吹っ掛けてやれば、大喜びで買うだろうよ」


 そして大都市カセイの商人が買い込むのだから、他の商人たちも必死で買いあさるのだ。

 事実としてカセイの商人が欲しがっているので、仕入れた先、集めた先から売れていく。

 もうこうなると、勢いは増していくばかりだった。


「借金してでも香辛料を買うぞ! 昨日買った香辛料が五倍で売れたんだ、借金の利息なんて目じゃないぜ!」

「よっしゃあ、親戚中から金を集めて買ってやる!」


 もちろん、香辛料の絶対量に変化はない。

 またいきなり増産する、ということも不可能である。

 消費されることも増えることもない物を、誰もが欲しがる。

 そうなれば、どんどん価格は上昇していった。


 とはいえ、なにせ香辛料である。

 さきほども言った様に香辛料が高額なので食べるものがない、という庶民がいるわけではないし、貴族にしてもそこまで高額ならほしくはない。

 商人たちが何か知らんが競り合っている、という程度の認識だった。


「何か知りませんが……商人たちの間では香辛料を売り買いするのが流行っているようで」

「欲の皮が張る下々の者の考えはわかりませんなあ……」


 日々天井知らずに上がっていく香辛料の値段。


 これを経済用語で『インフレーション』と呼ぶ。


 それが一気に下落するのは、当然のことであった。


「……誰も買わない」

「あの姉ちゃんは、どこに行ったんだ……」


 最終的な消費者、商人同士ではない購入するお客。

 つまり甘茶蝶花は、全然買いにに来なかったのである。

 無理もない話であろう、彼女はある意味『買いだめ』をしに来たのであって、何かの店を開くために仕入れをしたわけではない。

 一回で全部の買い物を済ませようとしただけで、定期的に購入するつもりなど全くなかったのである。


 さて、こうなるとカセイには香辛料が集中する、という結果だけが残った。

 二十倍の値段で売るつもりで、十五倍の値段で買いあさった香辛料が、店に山積みになったのである。

 

 蝶花が前線基地でカレーの研究をしている間にも、高額で買い漁られた大量の香辛料が納品されていく。

 しかも、一向に売れない。


「店長! ご指示の通り、香辛料を買い漁ってきました! 十倍の値段です!」

「若旦那、香辛料を集めてきました! ご指示通り、借金をしてでも買ってきました!」

「親父! 言われた通り香辛料を持ってきたぜ! 信用買いって奴さ!」


 さて、ここから投げ売りが行われるのは当然であり……。

 そこから先のことは、あまりにも残酷なので語るのは止めさせてもらう。



「うんうん……この蝶花カレーにパンを浸して食べると美味しいなあ……」


 寄付金を大量に預けた結果、狐太郎の食卓は大幅に改善されていた。

 なにせ一週間に一回はカレーの日ができたのである。

 蝶花カレーはお世辞にも『物凄く美味しい』わけではないが、それでもカレー味の何かを食べているという気分にはしてくれる。

 なによりも自分たちのお給料でほしい物が買えた、という達成感を得られたのだ。

 ある意味では、この世界に来て初めての体験だったのかもしれない。


「ねえねえご主人様、もしかしてカレー粉の材料って、何かの動物の骨とかリンゴとかも使ってるんじゃないのかな。今更だけど」

「本当に今更だからやめてやれ。あの人をこれ以上追い込むな」


 その一方で、異世界で料理を再現することの難しさを、身をもって教えてくれた蝶花には感謝している。

 流石のアカネも『次はラーメン作って』とは言えなかった。

 最初はそのつもりだったらしいが、憔悴した姿を見て諦めたようである。


「そう考えると、私たちが元の世界で何気なく食べていたカレーが、どれだけ凄いのかわかるわね。知的財産という概念が、どれだけ重要なのかよくわかるわ」


 カレーを食べながら、クツロは人間の文化に思いをはせた。

 何のためにあるのかよくわからない概念でも、それが存在しない世界では重要性がわかるのである。


「やはり人間は素晴らしいわね。素晴らしいものを生み出すため、楽しい時間を過ごすために、心血を注いでくれるんだもの」


 ササゲもやはり人間全体を尊く思っていた。

 狐太郎に対して『人間が支配している世界の方が楽しい』と言っていたことは、嘘偽りではないと確認できたのである。


「ご主人様、今回の件で我らは彼女に借りを作った、と思うべきでしょう。何かの機会があれば、お返ししたほうがよろしいかと」


 なおコゴエは、蝶花や抜山隊に借りができたと解釈していた。

 もちろんお金を払った側だが、労力的には釣り合っていなかった。

 少なくとも、この場の五人は皆そう思っている。


「だよなあ……このカレー一杯を作るために、彼女という尊い犠牲が費やされているんだ。俺達が人知れずカセイを守っているように、あの人の人知れぬ努力が俺たちの食卓を豊かに……ちょっとお金を出したぐらいじゃあ、帳尻はあわないな。何か高い果物でも買って、お見舞いに行くか」

「そうだね!」

「そうしましょう」

「それぐらいしてあげましょうね」

「それがよろしいかと」


 どうでもいいことだが、狐太郎たちが渡した現金はAランクモンスター一体分である。

 田舎に小さめの城を建てられるぐらいであった。


 彼らは知らない。

 もちろん蝶花も知らない。


 実はこのカレーを食べている間にも、多くの人々が犠牲になっているという事実を。

 なお、自滅ともいう。





 さて、蝶花が我が身を犠牲にしていた時のことである。

 獅子子もまた、別の行動を起こしていた。


 狐太郎たちにとっては大して重要ではない、しかし彼女にとっては重要なことの確認である。


「あ、あの……僕なんかしましたか?」


 ルゥ家当主、ブゥ・ルゥ。

 彼は自分の下に現れた、真剣な顔の女性にたじろいでしまう。


「……いえ、そういうことではないのですが。私の目が怖いですか?」

「ええ、ちょっと……」

「すみません、きつい目をしているものですから。決して怒っているわけではないのです」

「いやいや、僕もその、怒っているわけじゃあ……! ただその……その厳しい目が、姉に似ていまして」

「そうですか……不愉快にさせて申し訳ありません」


 ブゥは基本的に、性別を問わず、仕事のできる人間が苦手である。

 もちろんまるで無能な人間が好きというわけではないのだが、平たく言えば『仕事の能率が悪いと怒り出す』人間が苦手なのである。

 修行をまじめにやれとか、毎日基本的なことを繰り返せだとか、そんな当たり前のことしか言ってくれない。

 相手の正当性は認めるのだが、だからこそ自分がダメ人間なのだと自覚してしまう。

 ブゥは義務を果たす程度には真面目なのだが、面倒なことへ真摯に立ち向かえるほどではない。

 正直に言えば、大抵のことに対して『この程度でいいだろう』と思っているのだが、兄や姉はそれを許してくれなかったのだ。

 だからこそこの基地でも屈指の強さを得ているのだが、当人にしてみれば嫌なだけである。

 

 そういう話を周囲にしても『強者故の傲慢』だとか『天才の悩み』だと言われるのはわかっているので、できるだけ言わないようにしている。


 その彼からすれば、やはり獅子子は怖かった。

 実力どうこうではなく、人間的に苦手なのである。


「実はお伺いしたいことがあるのです。貴方ではなく、貴方の従者であるセキトに」

「セキトに?」

「はい」


 獅子子はこの基地に来た当日、ガイセイから基本的なルールを聞いていた。

 その中には『他のハンターに対して詮索をしない』というルールもある。

 だがしかし、セキトもブゥも、ハンターではない。加えて言えば、聞く内容も『他のハンターへの詮索』とは言い切れないことだった。


「おやおや、私に御用とは……?」


 ブゥの影に潜んでいた悪魔セキトが、ゆるりと顔を出す。

 執事風の服、を着ているように見える彼は、実際には闇のエナジーを服のようにしているだけである。

 麻痺しがちだがBランク上位、というとんでもないモンスターである彼は、興味深げに彼女へ笑いかけた。


「この世界における『魔王』について、聞きたいことがあります」


 例えば、である。

 皇帝ペンギンというペンギンがいる。

 当然ながらそういう名前を人間がつけているだけで、皇帝として役職に就いているわけではないし、他の平民ペンギンやら貴族ペンギンを従えているわけではない。


 この世界にもタイラントタイガーなる虎がいるのだが、デスジャッカルを率いているものの暴君らしい圧政をしいているからではあるまい。

 近衛兵を意味するインペリアルタイガーが上位種として存在している時点で、ただそういう名前を付けられただけ、ということがわかるだろう。


 よって、人間がアカネのことを竜王と呼ぶことも、そこまで大したことではない。

 単に凄い強い竜がいるのだから、これは竜王と呼んでもいいだろう、という程度の話である。


 しかし、当のモンスターたちがアカネたちを『王』だと認識していること。

 これは少しおかしな話である。


「大悪魔セキト。貴方は人間に仕える一方で、多くの悪魔を従えていますね? 身内を率いつつ人間に従っている、ということでしょう。それは良いのですが……魔王とは呼ばれていませんね」

「ええ、もちろん。名乗ってもいませんよ」

「では……ササゲのことを魔王と呼び敬っていることはどうですか。これは単にササゲが強いから、ではないでしょう?」


 ササゲやアカネたちは、一応『魔王戴冠』と言って変身しているが、周りに対して偉ぶることはそんなにない。

 アクセルドラゴンたちがアカネを慕っているのも、強者への媚ともとれるだろう。

 だが問題なのは、人語を理解するモンスターまで、彼女たちを王だと呼んでいることである。


 それはつまり、モンスターたちの中に『王の定義』が存在しているということだ。


「ふむ」

「先日現れた雲を縫う糸……Aランクの竜は、明らかにアカネを自分たちの長だと認識していました。しかも他の三体がいるところを見て『そろって』とまで言っていました。私たちの世界、故郷でも魔王は四体。偶然とは思えません」


 クラウドラインは、アカネたちを見てこう言った。『冠を頂く王がそろって人に仕えているとは』と。

 魔王ササゲ、鬼王クツロ、竜王アカネ、氷王コゴエ。

 この四体こそが魔王であり、他には一体たりともこの時代には存在しない。 

 それを獅子子たちや狐太郎が知っていることは不思議ではない。

 だがクラウドラインが知っていることは、些か以上におかしいのだ。


 この世界においても、魔王は四体が基本だということである。


「……先に言っておきますが、私もそれなりには知っています。しかし情けないことに、そこまで詳しいわけではない。そのうえで……大したことではないとだけ言っておきます」

「?」


 どうやらセキトは知っているらしいが、ブゥは知らないらしい。

 むしろ獅子子がここまで焦っている理由さえ、見当もついていない。


「はるか古の昔、モンスターの国が存在したそうです。つまり人間たちの国に人間の王がいるように、モンスターの王もいたのです」

「え、そうなの?」

「とんでもなく昔のことで、私でさえも詳しくは知りません。はっきり言って、神話の類だと思っていました。あのササゲ様に拝謁が叶うまでは」


 王とは、国を治める者である。

 モンスターたちの頂点に魔王がいるのであれば、ただ強いだけではなく『モンスターの国を治める者』であるはずだ。

 そして比喩誇張抜きに、モンスターの国が存在し、そこを統べるモンスターがいたからこそ、魔王という概念はあったのである。


「伝承に曰く、魔王とは不滅の命と膨大な力を授ける冠を頂き、四つの国を治める四体の王であったと。モンスターを率いていないという点を除けば、まさにササゲ様たちこそ魔王に他なりますまい」

「……ええ、私たちの世界でも同じようなものです」


 魔王の力とは、セキトの語った通り。

 人間が殺しても封印されるだけで、何時かは復活する。

 強大な力を一時的に発揮することができ、魔王にしか使えないタイカン技をも放てると。

 そのうえで魔王は最大で四体。長く封印されていた魔王は冠を統一していたが、現在は正しく四体に分配されている。

 やはり、定義はあっているのだ。


 だがしかし、彼女たち四体は、本来この世界の住人ではない。

 ならばこの世界にも魔王が存在しているか、或いは封印されているはずだった。

 そうでなければ……。


(私たちの世界の魔王は、もともとこの世界からやってきたということになる)


 かつてモンスターの国が存在した一方で、現在は存在していない。

 もちろんクラウドラインとやらは竜が統べる地で長老をやっていて、そこでは人間も傘下にいるらしいが、だとしても国と呼べる規模ではないらしい。

 そうでなければ、ブゥが驚くわけがない。


「今はモンスターの国がないのですね? では一体、なぜ滅びたのですか?」

「……身内の恥をさらすようですが、失敗をしたからです」

「……?」

「当然ですが、魔王の冠とは自然に生まれたものではありません。一種の儀式によって成立した、モンスターの力を爆発的に増大させる『呪術』と言っていいでしょう」


 魔王とは特定の個体や種族ではなく、冠を得た個体すべてをさす言葉である。

 当然ながらその冠は、どこかの誰かが作ったものである。作ったということは、何か目的があったということだ。


「ねえセキト。その呪術って、誰が何のために作ったの?」

「申し訳ありません、ご主人様。誰が作ったのかまでは、伝承に残っていないのです。ただ、何のために作ったのかだけははっきりしています」

「……魔王を作った目的?」

「もちろん、国をつくるためです」


 言われてみれば、当たり前のことである。

 冠がなんのためにあるのかと言えば、王の権威を示すためであり、究極的に言えば国を良く治めるための小道具である。

 これはすさまじい力を秘めた魔王の冠でも同じであり、モンスターの国を治めるために生み出されたのだろう。

 何一つ、疑問の余地はない。


「それじゃあこの世界の誰かが、モンスターの国をつくるために魔王の冠を作ったと?」

「ええ、そのとおりです。とにかく強大なものでなければ、モンスターを従えることはできませんので」


 獅子子にとって魔王とは、遥か古の時代に封印され、狐太郎たちが倒したとされる存在である。

 言ってしまえば、いて当たり前の存在であり、その起源に関して疑問を持つこともなかった。

 同様に、そうした起源についてはまったく知られていないのである。


「あのさ、セキト。魔王って強いんだよね? っていうか、実際強いし」

「ええ」

「じゃあ強いモンスターを作ること自体は成功したんだよね? 何が失敗なの?」

「国の維持が、です」


 モンスターの国をつくるために、強大なモンスターを生み出して王に据えようとした。

 強大なモンスターを生み出すことには成功したが、モンスターの国を維持することには失敗したのだ。


「ご主人様も当主ならよくわかるでしょうが、上に立つ者とは強いだけでは務まりません。そして国家とは、王が一人いればどうにかなるものでもない。それよりもさらに、民というものが重要なのですよ」


 セキトは、劣等感の宿る目をした。

 それは獅子子やブゥが良く知る、人間を羨むモンスターの目である。


「魔王の冠を作った者は、モンスターの国を作ろうとした。それはモンスターの幸福を願ってのことでしょうが、それ以上に人間へ対抗するためでしょう。人間という生物の持つ最大の強み、最大級の縄張りと群れ。それをまねようとして……失敗したのです」


 群れをつくる、縄張りを維持する。そのどちらも、王が強いだけではどうにもならないのだ。


「貴方がたもご存知の通り、人間とは愚かな生き物です。長命なるモンスターの中には、人間をとことん見下す者も多い。悪魔の中にも、少なからずおります。ですが……やはりもっとも繁栄しているのは人間です。私も長く人間に仕えてきましたが……だからこそ、人間という種族の偉大さを思い知ります」


 人間とモンスターでは、種族としての差がある。

 それはどうあがいても、超えられない壁なのだと嘆く。


「モンスターが王になって国を治める……それも人間ではなく、モンスターを民として。それは途方もなく無茶なことだと、私だからこそ思うのです」

「それはわかりますが……」


 獅子子こそ、人間に従属を誓うことでモンスターが繁栄した世界の住人である。

 彼女からすれば、セキトの嘆きはよく見るものだ。

 問題なのは、そこから先である。


「その魔王は、今どこで何を?」

「この前線基地で働いておいでですが」

「あ、ああ~~。そうではなく、モンスターの国が滅びた後、魔王はどうしたのですか?」

「ああ、神話の終わりの段についてですね?」


 セキトの返答は、獅子子の不安を肯定するものだった。


「失政した四体の魔王は、己に従わぬモンスターたちに苛立ち、いずこかへ消えたと。側近を連れて新天地を目指し、理想郷を作ろうとしたのだと、言い伝えられています」

(やっぱり!)


 魔王はこの世界で生まれ、獅子子たちの世界へやってきたのだ。

 どの程度代替わりをしたのかはわからないが、その後で封印され、ササゲたちが引き継ぎ、この世界へ戻ってきたのである。

 そう考えれば、多くのことに説明がつくのだ。


「とはいえ、今更モンスターの国なんてだれも望んでませんがね」


 ササゲを魔王と認めている大悪魔は、魔王制度の根本を否定していた。


「この間のクラウドラインも、精々寺社仏閣へお参りに来た程度だったでしょう? もしもモンスターの国を復活させる気なら、無理にでも連れて行こうとしたはずですよ」


 魔王という存在を、知っている者はいるのだろう。

 だが今更、魔王に従いたいだとか、魔王の国で暮らしたいというものはいないのだ。

 むしろ後からいきなりやってきた強いだけの相手に、従いたいわけもない。


「陛下がたが慕われているのは、結局無理に従えようとしていないからですよ。クラウドラインも言っていましたが、自分たちの代表である強者が危険地帯で戦っている、というのは恰好がつきますし、その程度の距離でいて欲しいんです。たまにあいさつし合う程度の距離感を望んでいるんですよ」

「真面目なんだか、不真面目なんだか……」


 セキトが言っていることはわかる。

 アカネたち魔王を担ぎ上げて、国家を建設しようとする輩はいない、という話だ。

 それはもちろんありがたいことだが、獅子子の懸念はそこにない。


(この世界と元の世界は、思ったよりも近いのかもしれない……!)


 この世界よりも、圧倒的に文明の進んだ元の世界。

 その技術をもってすれば、この世界へ安定した道を作ることができるかもしれない。

 もともと自分たちは、ワープの失敗という形でここについたのだ。ありえないとは、言い切れない。


(……もしも元の世界とこの世界が繋がったら、私たちはどうすればいいのかしら)


 一応の安寧を得た獅子子は、元の世界との交流を快く思えなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >さて、ここから投げ売りが行われるのは当然であり……。 >そこから先のことは、あまりにも残酷なので語るのは止めさせてもらう。  馬鹿が淘汰されるだけで、前線基地でのハンターの末路をみれば…
[一言] 更新お疲れ様です。 目的でも聞いておけばこんなことにはならなかったのに…
[一言]  誰も嘘を吐いていない、騙してもいない、人から奪ってもいない、加害者になっていないのに被害者だけが山盛りにいるこの状況。皮肉だなぁ……  強いて言うのなら最初に蝶花を騙して二十倍ふっかけたの…
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