長生きをした者は多くを知る、旅をした者はそれ以上を知る
プレスクリエイト、ダストグレイブ。
圧縮属性のエナジーが具現化し、悪魔の残滓を呑み込んだ。
球体型のエナジーは、内側に取り込んだものを中心へ押し縮めていく。
一つの建物を呑み込むほどの球体が、悪魔を捕らえて逃がさない。
悪魔だけではなく、その周囲の瓦礫を巻き込んで、一点に集めていく。
まさに、生き埋め。巨大化した悪魔が激突して壊された建物が、弱体化した悪魔を押しつぶす。
悪魔は消えていく、断末魔も残さずに。
何時消えたのか、何時死んだのか、最後に何を思ったのか。
何もわからないまま、誰も知ろうとせず、ただ消す。
「……あら、私のパワーアップが切れちゃったわ~~。多分今死んだのね」
「お前の強化は、共鳴先が死ぬか戦いが終わるまでだったな? まあ逃がしてはいないから、問題はないんだが……」
「それよりも、圧縮属性のクリエイト技も使えるようになったのね~~。凄いわ!」
「ふん……甘やかすな」
「あらあら、ごめんなさい。私ってばついつい、褒める機会さえあればそれを逃さずに……」
戦いは終わった。悪魔は去った。
その事実を真っ先に感じたのは、他でもない呪われていた男たちである。
「がっ……! ぐっ……ふうっ!」
まるで、首を絞められていたが、それをいきなりほどかれたように。
悪魔の壁になっていた男たち、或いはホワイトを狙わされていたハンターたち。
彼らは自立呼吸を取り戻し、ようやくのように嗚咽し崩れていた。
「おっ……おっ……!」
何もかもを他人に制御されるという苦痛。
それから解放された男たちは、苦しみに悶えている。
悪魔が去り呪いが消えても、彼らの苦しみが消えたわけではない。
先ほどからわかり切っていたことだが、彼らはもう限界だったのだ。
その声は、街中から聞こえてくる。
おそらくまだ街の中には、多くの解放された人たちがいるのだろう。
「不味いな、どう考えても人手が足りないぞ」
「そうねえ……それじゃあDランクハンターさんや、避難しているお嬢さんたちを呼んでこようかしら?」
「お前が一人で呼びに行ってどうする。お前さっきと姿ちがうし、そもそもモンスターだろう」
「それもそうねえ……じゃあ二人で呼びに行きましょうよ!」
「俺一人で行く! お前はとりあえず、吸った相手をここに集めておけ!」
さっきは頭を下げてお願いしておいて、今はとんでもなく粗雑な扱いだった。
これにはさすがに、彼女も不満顔である。
「ホワイト……私はもう用済み?」
「むしろここからが本番だろうが! とにかく急げ! せっかく助けたんだ、全員救うぞ!」
「……それもそうね。ごめんなさい、私貴方のことだけ見てたわ」
「お前前から思ってたけど、言うタイミングがおかしいことばっかり言ってるぞ」
「それは貴方も同じだと思うけど」
※
かくて、戦いは本当に終わった。
そこからは別の意味で地獄絵図だった、と言える。
ただでさえ疲れていたDランクハンターや、全く体力のない貴人の女性たちが、ホワイトや彼女と共に倒れていた人たちを助けなければならなかった。
とはいえ、街道を封鎖していたモンスターが去ったことにより近くの街から応援も駆けつける。
モンスターが去った以上ハンターに護送される必要性が減り、多くの人々が救援に現れたのだ。
こうなればもはや『Dランクハンター』達はお役御免である。
貴人を保護していたハンターたちは『絵に描いた餅』が実物になったことに喜び、英雄気取りでいい酒や肉を食べて休んでいた。
避難していた貴人たちも、ある者は助かった親族を抱きしめ、ある者は自分達を逃がしてくれた者たちへ労い、ある者は死出の旅に出向いた者へ手を合わせた。
Bランクの悪魔が現れ、街を占領した。
この事実からすれば、被害は奇跡的に軽微だったと言ってもいいのだろう。
喜びがあり、悲しみがあり、苦しみがあり、達成があり、失敗があった。
語ればキリがないのだが、やはりホワイトのことを語らなければならないだろう。
彼は事がある程度落ち着いた後、街を治める領主に呼ばれていた。
彼もまた被害者であり、ホワイトと悪魔の戦いを実際に目にした一人である。
ホワイトと彼女が悪魔を討ち取るその瞬間を見届けた、生存者の代表だった。
「今回は、本当に助かった。ありがとう、感謝させてくれ」
「いえ……当然のことをしただけです」
領主は未だにまともな食事が手につかず、麦がゆ程度しか口にできなかった。
その彼はベッドの上で寝たまま、ホワイトへ感謝を伝える。心底から、命の恩人へ感謝を伝えたかったのだ。
その一方で、ホワイトはわずかな達成感を得ていた。
(言ってみたかったんだ、コレ)
英雄に憧れた少年ならば、一度はそれを夢見るもの。
助けた相手から感謝されて、当然のことをしただけと謙遜する。
彼は無表情を取り繕ったが、なんとも甘美な一瞬であった。
(あいつに言われるより百倍ぐらい嬉しい)
まだ養成校を卒業して間もない彼は、自分の努力が報われた一瞬に酔いしれる。
「……もしも君がいなかったら、この街は滅びていただろう。君が来てくれて、本当に助かった」
「いえいえ、ハンターとして義務を全うしただけです。頑張ったのは俺だけではなく、他のDランクハンターやCランクハンターも同じです」
言うまでもなく、領主は大真面目で真剣な話をしている。
とても消耗し、声を出すことさえ辛いはずなのに、Dランクハンターの若造をねぎらってくれているのだ。
もしかしたら家族や家財を失っているかもしれない、そんな彼が自分へ誠意を示してくれているのに。
(わ、笑っちまいそうだ……!)
このシチュエーションが、たまらなかった。
無理もあるまい、彼はそもそもこの状況を目指していたのだ。
それこそハンターの養成校に入る前から、多くの落伍者同様の想いを抱えていたのだから。
まさに夢がかなった一瞬である。
これで笑うな、喜ぶな、というのは無理であろう。
とはいえ、当人も社会人。ここで小躍りを始めるほど、無礼ではない。
「聞けば、今回君は仕事を受けずに動いてくれたとか」
「役場も壊滅状態だと聞きました。それで正式な依頼は無理でしょう。それにあの状態で書面を交わすことも、無理だったと思います」
あの即席避難所に、ペンや紙があったとは思えない。
それがない状態で、どう契約をしても意味がなかっただろう。
なによりも、女性たちが正気とは言い難かった。正式に契約を詰めるには、何もかも足りなかったのだ。
「……では今回の君はタダ働きということだ」
「報酬はいただけませんが、お礼という形でいただけました。特に損はしていませんよ」
多くの貴人が悪魔の被害を受けたということで、その親族が多くこの街にやってきていた。
助かったものと喜びを分かち合ったものは、助けてくれた礼ということで。
悪魔の犠牲になったものの親族は、仇を討ってくれた礼という形で。
それぞれがホワイトや他のDランクハンターへ謝礼を渡していた。それもまた、Dランクハンター全員が望んだものだろう。
「……無理を承知で、あえて聞く。君は他の貴人から勧誘を受けたが、すべて断ったと」
「……ええ」
この場合の勧誘とは、貴族が後見人となる形のBランクハンターである。
Bランクハンターになれば、おなじ実力のCランクハンターとは段違いの待遇を受けられる。
野心家のハンターにとって、この上ない話なのだろう。
だがしかし、ホワイトはそれを断っていた。
「君はBランクハンターになりたくないのかね。今の君はDランクハンターであり、失礼だが生まれの関係でこのままではBランクにはなれない。この好機を逃す手は……いや、君ならいくらでもどうとでもなるだろうが……」
ホワイトの実力は本物だ。
彼女なる名前のないモンスターの支援がなくとも、ただ普通に悪魔と打ち合っていた。
しかも彼はまだ発展途上であり、今後ももっと強くなるのだろう。
その彼からすれば、今回の勧誘を蹴っても一切困ることはない。千載一遇とは、結局実力の足りない者が望むことなのだ。
「あえて聞くのだが……どうか私の推薦を受ける形で、Bランクハンターになってくれないか」
「お断りさせていただきます」
未だ己に満足しない彼は、ただ断った。
「俺はまだ弱い、一人ではあの悪魔に勝ち切れたかわからない。もっと強くならないといけませんが、それにはBランクは枷です」
Bランクハンターになれば、必然的に討伐任務を請け負うことになる。加えて推薦をしてくれた貴人へ、それなりの対応をする必要もあった。
はっきり言えば、時間がもったいない。今の彼は、鍛錬する時間を欲していた。
「今回は俺が動かないと誰も助かりませんでした。だから動きましたが……本来は他のBランクハンターにまかせるべきでしたし、そうしたかった。俺は……やるべきではないことをしたんです」
ホワイトは弁えている。
なんだかんだ言って、彼女に言われたことは図星だった。
あれだけ僕を邪険に扱って、自分の手に負えなくなったら頼ってくる。ずいぶんと虫のいい話だと思わないか。
まあ、そんなことを言われた。
実際、そうだと思ってしまう。
「今回の件は、俺が関わるべきではなかった。本当に他のDランクハンターが言うように、あの場で待機して……貴方達を見捨てるべきだった。にもかかわらず俺は勝手に動いた……良くないことです」
少なくとも、今回の一件を独力で解決できるだけの実力が備わらなければ、Bランクハンターは名乗れない。ホワイトは彼女に頼った時点で、身を引くつもりだった。
「実力の足りない奴がBランクになろうとする。その無様さは、身をもって知っています」
この街にいたすべてのハンターが束になっても、現時点のホワイト一人に劣っている。
それでもなお、ホワイトはBランクハンターに相応しくないと判断していたのだ。
「慎重すぎるな、君は……いや、そうでもなければあそこまで強くなろうとはしなかったか」
「それに、俺はBランクハンターになりたいんじゃない。Aランクハンターになりたいんです」
「……ここを出るつもりかね?」
カセイを治める大公とおなじ悩みを、この街の領主は体験していた。
力のある者へ対価を支払えば、その報酬に満足して去ってしまうと。
「ええ、ここでもう少し修行をするつもりでしたが、今回の件で少し窮屈になってしまいました。今回の謝礼があれば当分の旅費には困りませんから、また別の場所で修業をしようかと」
「……心細くなるな」
この世界において、モンスターの襲撃によって半壊する街など珍しくない。
一種の災害のような物であり、魔境から遠くにあっても襲われることはあるのだ。
それを避ける手段はただ一つ、上位のハンターを守備に置くこと。
もちろんこの街にもCランクハンターはいた、貴人が自ら連れていた護衛もいた。
しかしそのすべてが、彼一人に劣っていた。
Dランクハンターと違って、手抜きをしていたわけではない。誰もが普段から真面目で、真剣に努力して、今回も命がけで臨んだのだ。
だが熱意ある天才、英雄になりえる者には才能で劣っていた。
犠牲になった者、職務を全うした者を咎める気はない。
だがやはり、英雄は手元に置きたかった。
「君は、またいつかシュバルツバルトを目指すのかね」
「……ええ、そのつもりです」
高みを目指す者は、高みを目指しているからこそ強い。
高みを目指しているからこそ、安寧に魅力を感じない。
「……引き留めても無駄なようだ」
安心が欲しい、それは定住をする無力なる者の願い。
だからこそ、厚遇の限りと報酬の限りを尽くすのだ。
それを以ってさえ、気高いものは止まらない。
「ここで仕事をさせていただいたことは忘れません。いい経験をさせていただきました」
「……もし、君が不運にもくじけたときは、ここに来てくれたまえ。君がどれだけ腐っていても、私は恩を返すだろう。君はそれだけのことをしてくれたのだから」
「ありがとうございます」
領主を置いて、少年は去っていく。
その顔には、希望に満ちた笑顔が張り付いている。
温かい懐は、すべて旅費に使う。
これで遊ぶつもりは一切ない、一生慎ましく生きる気もない。
もしもそうなら、最初からハンターなど目指さない。
「あらあら、お話は終わったの? とってもいい笑顔だけど、いいお話だったのかしら?」
「……」
「なんで私を見て、そんな嫌そうな顔をしちゃうの?!」
物凄く善良そうな顔をしている彼女を見て、テンションが下がる。
隙あらば堕落させようとしてくる彼女こそ、最大の障害なのではないだろうか。
「お前、ここに残ったらどうだ?」
「酷い!」
「いや、まじめな話なんだが……この街の人なら、お前が得体のしれないモンスターでも受け入れてくれると思うぞ」
「そうだけども! 私まだ、ホワイトから名前をもらってないのよ? 約束を守ってよ~~」
「……そうだったな。もう約束しちまったんだった」
「しちまったって……」
二人は、並んで歩きだす。
お互いに不満がある顔で、文句を言い合うのだ。
「ふ、ふ、普通そんなこと言う? 私だって頑張ったのよ~?」
「知ってるよ。お前がいなかったら、悪魔に勝てても誰も助けられなかった」
「だったら~~もうちょっと態度って物があるんじゃないの~~」
「無条件で甘やかしてくるくせにお前は……」
「ピンチになったら掌を返すくせに……」
「それは悪いと思ってるって……」
歩きながら、ホワイトは地図を広げた。
とても簡単な、羊皮紙の地図だった。
「で、次なんだが……お前、どこか行きたいところはあるか?」
「え? いいの、私が決めても?」
「それぐらいは決めさせてやるよ。どうせモンスターと戦うだけなんだから」
「えっ……モンスターと戦うの?」
「お前自身モンスターだろうに」
「そうだけど……どうせなら、街で暮らしたいわ。せっかく最近はこの街のベッドで寝泊まりできたのに……」
「贅沢なモンスターだな……まあ道中は普通に街で寝泊まりするから大丈夫だ。流石に俺だって、道中無意味に疲れたくないし」
「じゃあお船に乗りたいわ! ねね、河はある?」
「んん……河の近くの魔境で、Bランクの中堅以上がいるところは……」
「それを基準にするのやめて欲しいわ……」
「本当はAランク下位がいるところにしたいんだぞ。だからそこは妥協して、Bランク中堅にしているんだ」
「もう……せっかく優雅なお船の旅をしたいのに」
「だから、それぐらいは大丈夫だ。軍資金はたっぷりあるから、良い船に乗れるぞ」
「本当?」
「ああ、だからどの船に、どの航路に乗るかって話だ」
とある目的で製造された悲しきモンスターは、まだ自分の存在意義を知らない。
彼女がそれを知るのは、もう少し後のことである。
「港に行ってから決めない?」
「それもいいな」
だがきっと、それを知るころには、そんなことはどうでもいいことだと知っているのだ。




