モンスターパラダイス2 最高のパートナー OP
かつて、モンスターと人間は争っていた。
熾烈な戦いの末に勇者たちは魔王を倒し、永遠に近い封印をすることに成功する。
それによって多くのモンスターが人間に降り、そうではないモンスターは駆除されていった。
これ以降の歴史は、人類が世界の覇者になったという意味を込めて『勝利歴』と呼ぶ。
勝利歴2000年ごろ、人類間の大規模な戦争が勃発した。
魔王無き世界では、剣も魔法も不要。世界の覇者となった人類は文明を発展させ、個人の資質に寄らない世界を作っていた。
しかしそれによって、人類の肉体は加速度的に弱体化していった。肉体的にも魔力的にも、急速に衰えていったのである。
そのさなかで、人類同士の大戦争が勃発する。
剣と魔法だけではなく、高度な化学兵器や軍用モンスターが入り混じった大戦争は、人々の心から倫理観を奪い、非人道的な兵器が生み出されていった。
皮肉にもそれによって多くの技術が発展し、人類は失った以上の強大な力を得たのである。
しかし苛烈な戦争は国家や国土に大きな傷を刻み、結果として緩やかに戦争は終わっていった。
勝利歴2000年から始まった戦争は、勝利歴3000年になってようやく完全に終結したのである。
そして最後の戦争が終結したことをもって、勝利歴も終わりを迎えた。それ以降の歴史は、戒めを込めて『戦後歴』と呼ぶ。
戦後歴2000年ごろ。
戦後を迎えた人類は、その数を結果的に減らしていた。
彼らは多くの子をなすことをやめ、人口の増加は一定を保つようになったのである。
人類のほとんどは高度な文明による『都市』で生活し、多くのモンスターは都市の外で『自治区』を与えられ、互いに尊重し合いながら生活を営んでいた。
そして、人間たちは一部のモンスターを自らの家族として扱い、家に招いて共に暮らすようになっていった。
彼らには多くの権利が認められ、法の秩序の下に種を問わず公平に扱われるようになったのである。
その時代に、魔王が五千年ぶりに復活した。
人間の家畜やペット同然に扱われている臣民を救う。その大義の下に、世界を勝利歴以前に戻そうとしたのだ。
だが、一人の青年とそれに従う四体のモンスターによって、魔王は討ち取られた。
彼らは魔王と刺し違える形で行方が分からなくなってしまったが、人類とモンスターの共存を守ったことを称えられて『英雄』と呼ばれるようになる。
それから、数年後。
錬金術師による秘密結社『シルバームーン』と、後に二人目の英雄と呼ばれる『塞翁馬太郎』による熾烈な戦いが行われようとしていた。
※
塞翁馬太郎は、運のない男だった。
何かをやろうとすれば、大抵始める前に終わってしまう。
誰かに恋をしてみれば、告白する前に他の誰かと付き合い始めてしまう。
新しいゲームを買おうとすれば、あっさりと売り切れてしまう。
しかも悪いことに、好きになった女性は後々になって『とんでもない女だった』という噂が流れる。
加えて買おうと思っていたゲームも、発売直後に投げ売りされて中古店で買い取りを拒否されていた。
有名な企業に就職しようとすれば、書類選考に落とされる。しかも、その会社は膨大な不渡りを出して倒産した。
どこかに旅行へ向かおうとすれば、目覚まし時計の充電が切れていて必ず飛行機に遅れる。しかも、その旅行先で大嵐が起きるなどして、帰ることが難しくなっていた。
これを『いやあ、運がいいなあ』と思えるほど、馬太郎は能天気ではない。
何をやろうとしても運のない男だと自虐して、しかしそれでも何かしたいという願いを捨てきれずにいた。
そんな彼に、運命の転機が訪れる。有名なモンスタースポーツの運営会社に応募した『最新スポーツの鑑賞券』が当選したのだ。
目覚まし時計は充電がばっちりで、時間が遅れていることも早いこともない。
バスに乗り遅れることもなく、電車も定刻通りで、時間通りに『ワープ駅』へたどり着く。
他の幸運な当選者と共に、意気揚々とワープポイントから『スポーツ施設』へ移動するのだが……。
「おかしいですね、貴方は当選していないはずです」
「ええっ?!」
受付兼案内役を担当している機械種のモンスターゴーレムが、馬太郎の持っていた鑑賞券を見て首をかしげていた。
もちろんこれは、人間に対して『疑問を抱いている』を、アピールするための動作である。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! ほら、当選ナンバー100! ちょうど百人目ですって!」
「そのはずなのですが、我々が読み込んだところ、『補欠当選者101』となっているのです」
「ええ~~!」
施設に到着した後で、とんでもないことを言い出した。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! これは御社から送られてきたチケットなんですよ?! これを偽造したって言うんですか?!」
「いいえ、そうは思われません。こちらのチケットは、当選者の方が辞退したときに繰り上がりで送られるはずの、当社の正式なチケットです」
「だったら問題ないじゃないか!」
「ですが、辞退したお方はいらっしゃいません。よってこれは、無効のはずです」
「そ、そんな……!」
周囲の当選者たちは、笑っていたり憐れんでいた。
そして他のゴーレムたちに先導されて、奥へと歩いていく。
「もうしわけございませんが、お客様と認めることはできません。どうかお帰りください、クレームはこちらまで」
「こ、こんなことだろうと思ったんだ……」
自分にこんな幸運が舞い降りるわけがない。
がっくりきた馬太郎は、諦めて帰ることにする。
「じゃあ、ワープポイントから帰りますね?」
「……」
「……?」
「……」
接客していたゴーレムが、突如フリーズする。
まるで想定外の事態になった、と言わんばかりだった。
「あの?」
見た目が屈強なゴーレムが、接客をすることは珍しくない。
むしろよくあることなので、馬太郎はそのゴーレムを不思議に思わなかった。
だがフリーズをするのは、明らかに普通ではない。
「11111111100010101010111000」
ゴーレムの体から、異音が流れた。
そして突如として、馬太郎につかみかかったのである。
「え、ちょっと、ちょっと、ええ?! は、離してくださいよ!」
そのゴーレムは、無造作に馬太郎を抱えると、そのまま無言で歩き始めたのである。
「ちょ、え? な、何をするんですか?! あの、ゴーレムさん?!」
おかしなことだった。
かりに馬太郎が犯罪者だったとしても、もう少し会話をするはずだった。
馬太郎が何をして、それに対してどのような罪が生じて、それによってどのような罰を受けることになるのか説明してくれるはずなのである。
にもかかわらず、ゴーレムは無言だった。明らかに、普通ではない。
「ちょっと、俺が何をしたって言うんですか?! これ、クレームじゃ済みませんよ?! あとで罰を受けますよ?!」
「……不審物を発見」
「は?」
「実験区画で不審物を発見しました、廃棄区画に移動します」
「えええええ?!」
ありえないことに、極めて機械的な報告が出てきた。
こんなこと、普通のゴーレムではありえない。少なくとも、接客用のゴーレムが、こんなただの自動機械同然のしゃべり方をするわけがない。
「保安区画、居住区画、教育区画、飼育区画を経由して、廃棄区画で一旦保管します」
「ちょ、え?! 今、なんていいました?!」
明らかに、論理的矛盾をきたしている。
誰か人間に対して現在の行動を説明しているようなのに、抱えている馬太郎を人間だと認識していない。
「は? え、な、な?!」
二足歩行のゴーレムによって、ぐいぐいと施設の奥へと連れられて行く馬太郎。
そして彼は、ついに最奥であろう廃棄区画にたどり着いた。
「一時保管します」
「うぎゃ!」
小さい赤色ランプによって照らされる、薄暗い大きな部屋。
そこには大量のスクラップが山積みにされており、まさにゴミ捨て場と言わんばかりの状況になっている。
入ってきた道は電子錠で施錠されており、しかもそのドアは極めて強固そうだった。
「ちょっと待ってください! 開けて、開けてください!」
どんどんと叩いても、開くことはなかった。
さてどうしたものかと思って周囲を見ると、大きな部屋の中に小さな小屋が立っている。
大きな工場の中にある、機械を操作するための小屋、と考えれば不自然でもないだろう。
「……そうだ、あそこに連絡用の内線があるかも! いや、誰かいるかもしれないし!」
幸い、その小屋にカギはかかっていなかった。
その代わりというべきか、中に人気はない。
ただでさえ暗い廃棄区画の中で、さらに暗くなっていた。
「……明かりのスイッチは……あったあった……ん?」
入り口のすぐそばにあったスイッチを動かしても、小屋の照明はつかない。
その代わり、今まで見えなかった何かの画面が点灯した。
そして、その画面の明かりによって、室内がわずかに照らされる。
そこには、乾燥した死体が転がっていた。
「ひぃい?! に、人間の死体?!」
異臭さえしないほど、死んでから時間の経過した死体。
研究者然とした服を着ているが、性別はわからない。
「な、なんでこんなところに死体が……!」
『ああ、それは私の死体だよ』
さきほど点灯した画面には、一人の女性が映っていた。
『さて……一応お約束だから言っておこうか。これを君が見ているということは、私は死んでいるということだよ』
とてもあっけらかんとした、画面の中の女性。
それが何かの録画なのか、それともどこからか受信しているのか。
どちらなのか、馬太郎にはわからない。
「え、え……!」
『ふむ、リアクションが薄いね。まあ混乱しているんだから無理もない。まあとにかく自己紹介と行こうか、私はディアナ。そこに転がっている死体から、知性を引き継いだ封印知性さ』
「……は?」
封印知性。
それは人間の魂を機械などに封じ込めて、疑似的に人工知能として機能させる技術。
言うまでもなく、禁止された違法行為である。
「そ、え?! 嘘でしょう?!」
『嘘じゃないよ。その死体が本物であるように、私も本物の封印知性さ。そしてもっと言えば、戦後歴以降禁止されてきた学問の使徒、錬金術師でもある』
錬金術。
それはモンスターをより有効に軍事利用するために生み出された、遺伝子操作や機械との融合を含めた学問の体系。
現在では違法研究をまとめて錬金術と呼んでいるが、つまり自己申告で犯罪者だと名乗っているのである。
『殺されると分かった時に備えて、封印知性を作っておいたんだが……まあ愉快じゃないね。君が来るまでここでおとなしくするしかなかったし……それに肉体を失うというのは不快だ。封印知性が廃れた理由もわかるよ』
「あ、あの……ここはモンスタースポーツの新設された試合会場じゃないんですか?!」
『ああ、そういう名目で集められたんだね? ここは試合会場じゃない、我等錬金術師の総本山、秘密結社『シルバームーン』の大実験場さ』
「……つまり、詐欺? 誘拐? 拉致?」
『そうだね』
「ふんぎゃああああ!」
運が悪い、どころではない。
こんなに最悪なことは、馬太郎の人生では最大だった。
「つ、通報しないと!」
『無理だよ、ここそもそも通常空間じゃないもの。君、ここにワープ装置で来ただろう? ここはワープの際に中継する異空間で、そこに建設された施設なのさ。だから仮に壁をぶち破ろうものなら、とんでもなく悲惨なことになるよ』
生理現象から解放された封印知性は、とんでもなく能天気だった。
なにせもう死んでいるのだ、何も怖くないのだろう。
『さて、哀れな被害者君。君はもちろん不運だが、最悪ではない』
「……?」
『シルバームーンが詐欺で拉致監禁をしたのはわかってもらえたと思うけど、まさかスポーツを観戦してもらってアンケートに記入して、そのまま帰すと思うかい?』
「……ま、まさか、俺と一緒に来た人たちに何かするんですか?」
『ご名答、君たちは全員『究極のモンスター』の生贄にするために連れてこられたんだよ』
生贄、というのは最悪である。
ようするに殺す、ということだった。
『百人の命を犠牲としてささげることによって、より強力なモンスターを生み出す。要するに、仕上げの段階に呼び出されたってわけさ』
「そ、そんなデコレーションみたいな言い方を……逃げないと大変なことになっちゃいますよね!」
『もちろん、苦しんで死ぬね』
「い、いやだあああああ! 運は悪いと思ってたけど、こんなことになるなんて……!」
『だから、最悪ではないんだってば。そもそも君をここに連れてきたのも、私のおかげなんだから』
封印知性ディアナは、画面の中で胸をはっていた。
『君も気付いていると思うけど、ここのゴーレムは非合法に生産された『ポンコツ』だ。倫理観や遵法精神をインプットされていない、お決まり通りにしゃべるだけのガラクタだよ。私はそれをちょいとばかりハッキングして、一人だけここまで連れてくるようにしておいたってわけさ』
「えっと、じゃあ助かるんですか?」
『君次第だよ。少なくとも、脱出の手段や手順はある』
暗い中で点灯している画面が、地図に切り替わった。
『この実験施設は非常事態に備えて、ブロックごとに隔離されている。そしてこの空間から正常に脱出するには、君が入ってきたワープポイントを使うしかない』
「だったら、あの時点で助けてくれれば!」
『そうもいかないんだよ。そもそもここは秘密結社の出入り口、その出入りは一番厳重でごまかしようもない。ポンコツをハッキングするのとはわけが違う、仮に試みても絶対に途中で邪魔されて、最悪電源を落とされるね。そして君たちを連れてきた時点で、元のワープポイントとは切り離されている。だからあのゴーレムも『招いていない客を帰したい』という論理と『機密保持のため帰せない』がぶつかり合って、ハッキングしやすくなっていたのさ』
「……」
『説明を続けるよ。とにかくここから脱出したければ、施設を利用してシルバームーンを内部から崩壊させていくしかない。つまり各ブロックごとに武力制圧しながら、ゴールを目指すというわけさ。邪魔する奴は皆殺しってね』
ここまで話を聞けば、流石に馬太郎も状況を理解した。
「まさかアンタ、俺を利用して、自分を殺した組織に復讐を?」
ディアナの死体が転がっていて、記憶を継承している封印知性は組織が拉致してきた生贄に逃げる算段を教えた。
それも極めて暴力的な手段で。
『そうだよ』
「そうだよって!」
『だってほら、いくら秘密結社だからって、裏切ったわけでもないのに普通殺す? ちょっと意見が食い違っただけなのにさ~~』
整理すると。
この秘密結社シルバームーンによって、馬太郎を含めた百人は生贄として集められた。
しかし馬太郎だけは、内部の反乱分子によって反抗の目がある。他の当選者たちが、どうなっているのかなど考えたくもない。
「で、でも俺、先祖返りでも何でもないんだぞ?! まずここから出ることもできない!」
『それぐらいは何とか出来るよ。それに、この廃棄区画には私が製造したモンスターがいる。彼女たちを起こせば、君が戦う必要はない』
「……そ、それを俺がどうにかしろって?」
『廃棄と見せかけて、冬眠状態にしてある。それを解凍するには、生きた人間によるアナログ操作が必要なのさ。まあつまり、封印知性である私にはどうにもならないってわけ』
小屋の外で、何かが淡く光った。
『私は君に戦力と脱出のための計画を与える。君は生きた人間として戦力を運用し、私の復讐を果たす』
廃棄物の中に埋もれていた、三体のモンスターが目覚めようとしている。
『ギブアンドテイク。私たちには、他に選択肢なんてないのさ』
「……!」
馬太郎は、よろよろと暗い部屋を出る。
そして幾分かは明るい廃棄区画の中で、冬眠していたモンスターを見た。
「これは……!」
三体を見て、馬太郎は確信した。
目覚めの時を待っている三体のモンスターは、いずれも明らかに普通ではない。
これは違法研究の成果であり、つまり重犯罪の証拠そのものだった。
「これは、サプライズじゃない……」
『その通り』
小屋の外にも、封印知性の端末となる画面があった。
画面の中のディアナは、自分の作品を誇らしげに紹介する。
『違法改造型有機無機混合種、ウェポンキャリアーミミック。体内に大量の古代兵器を搭載した、生きた武器庫さ。近距離遠距離を問わない大量の兵器は、自分だけではなく仲間にも使わせることができる』
『違法改造型妖精種、ハイブリットエンジンジーニー。ランプの精は知っているだろう? そのジーニーをエンジンとモーターの両方に取りつかせたもので、その動力による性能は極めて高い』
『そして極めつけは違法改造型ラミア種、シーアネモネラミアオクトパス。絶滅種メドゥーサをベースにしたキメラで、頭部からは大量の毒蛇が生えていて、下半身も膨大な蛇の尾によって構成されている。多種多様な状態異常を使える上に、その手数は圧倒的といえるだろう』
『どれもあるモンスターの穴を衝くために製造した、特化型モンスターだ。正直に言ってそれ以外のモンスターを相手どるには少々非効率的かもしれないが、それでも他のモンスターが保管されている『飼育区画』までは持つだろう。君が望むのなら、そこで他のモンスターに変えてもいい』
どれもが、生命の倫理を著しく逸脱している。
勝利歴末期に製造されていた、道徳を度外視した生物兵器に酷似している。
いいや、さらにそれを発展させてしまったものだろう。
自分を助けてくれる戦力ではあるが、救いようがないほど歪な生物だった。
『言っておくが、君たちがここに連れてこられたということは、究極のモンスターは完成間近ということだ。つまり君以外の当選者は程なくして殺されるし、そのモンスターが暴れれば大量の死者が出るだろう。人間だけじゃない、モンスターだってたくさん死んじゃうだろうねえ』
カシャンと音を立てて、一枚のカードキーが出てくる。
『これが今の私の本体だ。これを君が壊せば、それだけで私は死ぬ。だがしかし、このカードキーが無ければ君もここを出ることさえできない』
相変わらず、周囲の画面は話しかけてきていた。
『それじゃあ、始めようか。君は生還の為、私は復讐のため……シルバームーンをぶっ潰そう』




