急いては事を仕損じる
「ねえねえ、私の話はもういいでしょう? 本当にもう、あとはこの森をさまよっていただけなのよ……私、貴方の話が聞きたいわ」
「俺の、話か」
確かに話の流れでは、聞かれそうなことだった。
加えて今のホワイトは、ただのDランクハンターである。
何かの守秘義務を背負っているわけではないし、その義務を負う予定もない。
ここに居る理由も、とくに大したものではなかった。
であれば、変に隠すことはできなかった。
ここで適当にはぐらかせば、それは自分が恥を隠したがっているということになる。
それはかえって、彼のプライドが許せないことだった。
「……俺はそこそこの自作農の出で、まあ家はそれなりに裕福だった。でも家を継げないことはわかってたんで、ハンターの養成校に通ってハンターに成ろうとしたんだ」
「あら……夢に向かって頑張ったのね」
「そうだ……どうやら俺にはとんでもなく才能があったらしく、そこでは生徒にも教師にも驚かれていたよ」
「そうなの、すごいじゃない!」
まるで飲み屋に来ているようだった。
それもただ高い酒を出すだけではなく、接客の女性がつくタイプの飲み屋である。
その存在を知っている彼は、少々嫌な顔をする。
何が嫌と言えば、こんなにも中身がない称賛でも、嬉しいと言えば嬉しかったからだ。
こんな『凄いね~』と言われるだけでも、男はいい気分になってしまう。
道理でカネを払ってまで、女性を脇に置きたがるわけである。
そんな知りたくもなかった心理を、こんな山奥で知ることになるとは。人生とはよくわからないもんである。
「……」
少し前のホワイトなら、拗ねたように凄くなんかない、と怒っていただろう。
実際のところ、恩師に対して八つ当たりをしていたし。
ただ、今の彼は、それを受け入れる器量もあった。
「そうだな。みんな俺に才能があるって言ってくれたよ」
「きっとお世辞じゃなくて、本気で褒めてくれたのよ。だって、あんな大きな蛙を倒せたんですもの」
はっきり言えば、この会話の流れはどう考えても自慢である。
自分から『学生のころ天才って言われてたんだぜ』と言っておきながら『凄いね~』と言われて、『んなことねえよボケ』とか言おうものなら完全にバカである。
彼女の褒め方も少し雑だが、べつにおかしくはない。これで怒ったらもう難癖だろう。
「……そうだな、そうだ。俺には本当に才能がある。でもまだまだ、実力が足りないんだ。あの蛙を一撃で殺せるぐらいになっても、全然足りない」
「あの蛙、結構強そうに見えたけど……」
「もちろん、強い。Bランクの下位か中位ぐらいだ、弱いわけがない。でも俺は、Aランクハンターに成りたいんだ」
言葉にしてしまえば、なんてことはない。
先日憤慨していた自分がおかしいのであって、筋道は通っていたのだ。
「そうだ……Bランクモンスター一体を倒せるようになったぐらいで、Aランクハンターに成れるわけがない」
「……何か、嫌なことがあったの?」
「そうだな、で、手を放せ」
「ご、ごめんなさい」
自然と、彼女はホワイトの手に自分の手を重ねた。
流石にそれは振り払った。
このままだと、本当に商売女を相手にしているようなもんである。
彼の倫理観から言えば、簡単に肌を合わせてくる相手は尻が軽い駄目な女だった。
「……まあ、嫌なことはあった。俺は少し前に、シュバルツバルトという国一番の危険地帯に行った。そしてそこで討伐隊に参加しようとしたんだが……不合格だった、力不足だった」
今にして思えば、本当にバカだった。
ホワイトは学生時代から、Bランク下位のモンスターを単独で討伐したこともあった。
しかし同じBランクの中でも下位と中位にさえ大きな差があるのだ。
単独で討伐できることなど、文字通りの意味で自慢にならない。
「マンイートヒヒというBランク下位のモンスター一体に手間取っている間に、他の個体が襲い掛かってきて、そのままやられてしまったよ」
「大丈夫だったの?!」
「ああ、大丈夫だった。ちょうど同じ時に試験を受けに来た男……狐太郎っていう男が、モンスターを使って俺を助けてくれたんだ」
合格した後の狐太郎は、ほどなくしてAランクハンターに成った。
つまりあの日の時点で、既にAランクハンターに相応しいだけの力を持っていたのだろう。
もちろん彼自身ではなく、そのモンスターたちがそうだったのだろうが……。
だとしても、彼は水準を満たしていたのだ。場違いに思えたが、場違いではなかったのだ。
自分の目が曇っていた。
「そいつは今、Aランクハンターだ。奴自身は何にもできないけども、そのモンスターがとんでもなく強いらしい。まあ……実際強いんだろうな」
オイルトードを圧倒し、一方的に打ちのめす。
それができる程度には強くなった、実際大変だった。
だがまだまだ先は長い。恩師が言っていたように、ホワイトに才能が有り余っているからこそ、限界を超え続けなければならなかった。
「俺はここで、モンスターを相手に修行をしているんだ。とにかく俺には強さが足りない、だから強くなって強くなって……Aランクハンターに成りたい」
「その狐太郎って人を見返したいの?」
「そうかもしれない」
「絶対Aランクハンターになりたいの?」
「ああ」
言葉自体は、先日のそれと大差はない。
伝説を作る不世出の剣士と名乗っていたが、それの中身はまるで違う。
そう思えるようになれていた。
「……ねえ、あなた! 私にいい考えがあるの! その狐太郎って人みたいに、飼っているモンスターが強ければAランクハンターになれるんでしょう?」
「まあ、そうだな。とはいえ、そんなに強いモンスターを飼いならすことなんて、普通は無理なんだが」
「だったら、私がいるじゃない!」
そう言って、彼女は自分を指さした。
「私があなたのモンスターになるわ! そうなったら、きっとすぐにAランクハンターになれるわよ!」
ニコニコと笑って、名案だと疑っていない。
その彼女の顔には、一切の邪気がない。
ホワイトを幸せにできると、信じて疑っていないのだろう。
「絶対に嫌だ、何があってもそれだけは断る。そうなるぐらいなら死んだほうがましだ」
「え?」
「くだらないことを言うな、お前は俺をバカにしているんだぞ」
もしかしたら、他の誰かなら喜んだかもしれない。
あるいはAランクハンターになることが『手段』であれば、貴族になることや大金持ちになること自体が目的であれば、その言葉に誘惑されていたかもしれない。
もしくは、リァンや大公のような、何かを守るための戦力を欲していたのなら、あるいは頷いていたかもしれない。
だが、ホワイトは違う。
絶対にAランクハンターになる。
その言葉の意味が、決定的にずれていた。
「で、でも、その狐太郎って人はAランクハンターなんでしょう? その人がやっているのなら、ずるじゃないでしょう? その人のことが嫌いなの?」
「正直、好きじゃない。だがそれとこれとは話が別だ」
それこそ、話をして認識をすり合わせる気が起きないほどに、彼は怒っていた。
「いいか、俺は」
怒っているからこそ、嫌悪を込めて言い切る。
「お前を利用する気なんてない」
善意ではなく嫌悪をもって、彼女を道具扱いしなかった。
それが尊厳に触れたが故だとは分からずとも、自分が彼を怒らせたことを彼女は理解した。
「ご、ごめんなさい……」
「わかればいい。いいか、もう二度というなよ」
ホワイトも、面倒になって会話を打ち切った。
やはりというべきか、彼女は大分女性的な考え方をしているらしい。
もしも彼女がモンスターではなく、どこかの国のお姫様であったとしても、同じようなことをホワイトに言っていたかもしれない。
国王におねだりして、Aランクハンターにしてもらう。
まあ、ありえないとは言い切れない。
「もう寝る」
「そ、そう……ごめんなさい」
もっと言えば、ホワイト自身弁えてはいるのだ。
合理的だとか論理的だとか、そういう面で言えば正しいのだから。
恩人の夢をかなえるために、協力をしたいと思っただけなのだろうから。
だが、さっきの言葉とは違う。学校の成績が良かったと話して、凄いねと言われて怒らなかったこととは違う。
Aランクのハンターになりたいと言って、なら私がAランクハンターにしてあげると言われて、怒らないわけにはいかないのだ。
「じゃあ、おやすみなさい。私も寝るわ」
彼女もそれに従うことにした。
なぜ怒っているのかはわからないが、彼が寝たがっているのなら自分も寝るべきだと思ったのだ。
「……」
「……」
たいまつの火が消されて、狭い穴倉の中は暗くなる。
「おい、待て」
「あ、あらどうしたの?」
「お前なんで、俺の体に抱き着いてくるんだ?」
「男の人って、こういうの好きなんでしょう?」
「お前……お前……!」
もう我慢できなかった。
性的な意味ではなく暴力的な意味で興奮したホワイトは、怒りの余り彼女に襲い掛かった。
「お前俺のことバカにしてるだろ! 俺のこと猿かなんかだと思ってるだろ! とりあえずお色気でアピールすれば機嫌が直ると思ってるだろ! いいや、思ってなかったとしても、そう思われても当然だからな! 勘違いだったとしても、勘違いさせるようなことをしたお前が悪いんだからな!」
「え、え? ちょ、ちょっとやめて!」
なんだかわからないけども、怒らせてしまった。
寝ようとしているので、お詫びの意味を込めて抱き着いた。
あまりにも、思慮に欠けすぎている振る舞いだった。
これは男女を逆にすると、完全に案件であった。
「表に出ろ!」
今更だが、ホワイトの身体能力は相当である。
だからこそ、彼女のことをぶん投げることができた。
「きゃあ!」
「きゃあじゃねえ!」
なぜ彼女がこんなにも、ずれた方向に献身的で積極的なのか。
まともなメンタリティを持つ彼には、ちっとも理解できなかった。
「お前マジでぶっ殺すからな! 殺されたくなかったら寄るんじゃねえ!」
一つ言えることがあるとすれば、彼女には合意を得るという考えが決定的に抜けているということだろう。
※
翌朝のことである。
最初に出会った時のような中性的な美少女に戻った彼女は、仕切り直そうとしていた。
「僕はまだ赤ん坊同然で、君の心の機微に疎い。親切の押し付けで君を不愉快にしてしまった。それはよくわかったよ」
「無駄に語彙が豊富だな、お前。頭がいいふりしてるんじゃねえよ」
「うっ……す、すまない、本当に、悪いと思っているんだ……ごめんなさい」
「はぁ……」
謝罪を引き出したホワイトは、本当にうんざりしていた。
彼女の危険性、脆弱性などを知っていなければ、適当な理屈をつけて逃げているところだった。
そうでなくても、このままではかっとしてやっちゃいそうである。
「俺はな、お前の躾なんてしている暇がねえんだよ」
「それはわかった! ああ、わかったとも。だから本当に、君が喜ぶことをしようと思うんだ!」
「具体的に言え」
「君はBランクのモンスター以外とは戦いたくないんだろう? それなら、Cランク以下は僕が引き受けるよ!」
意外にもまともな提案だった。
(確かに、それなら修行の邪魔にはならないな。それにこいつが実際に戦うところを見たほうが、後で報告もしやすいし。それに俺はモンスターを納品するわけじゃない、こいつがどう殺そうがどうでもいいしな)
加えて、事前の提案である。
なるほど、それなりに学習したようである。
「よし、いいぞ」
「ふふふ……ありがとう、今度こそ役に立ってみせるよ」
(別に役に立たなくてもいいんだが……)
かくて、二人はとりあえず移動することにした。
どのみち樹皮の採集を行わねばならず、それには新しい場所へ移動する必要がある。
幸いBランクモンスターが出現するような地域には、他のハンターは入ってこない。
加えて樹皮を食べるモンスターもいないため、どこに行っても殆ど問題がなかった。
「ふっふっふ!」
まるでデートでもしているかのように、スキップをしている彼女。
その顔は、とても幸せそうだった。
「君に会うまでは、この代わり映えのない風景にうんざりしていたんだけど……今は全然そんなことがないよ。とても新鮮な気持ちだ!」
「そうか」
なお、ホワイトは幸せではなかった。
もう彼女が幸せそうというだけで、逆にイライラするほどである。
「世界が輝いて見えるよ!」
「目の錯覚だ」
同じ景色を見ているのに、こうも受け取りかたは違うものだ。
やはり両者の間には、まるで埋まらない溝がある。
「ふっふっふ……!」
「おい、待て」
「え、どうかしたのかい?」
「どうかしたのかじゃない、あそこを見ろ」
「……うわっ?!」
一目見て、明らかにおかしいと分かる『樹木』があった。
広葉樹ばかりの山に、とんでもなく歪な大樹がある。
しかし良くみれば、それが巨大なハチの巣だと気づいた。
「キングコブラバチの巣だ」
「凄い名前だね……ゴロがいいというか、名前で大体わかるというか……」
「察しの通り、危険なモンスターだ。一匹一匹の大きさや強さはそれほどでもないが、集団で襲い掛かってくる上に致死性の毒をもっている。普段は樹液を集めるが、大型のモンスターも襲う雑食性の蜂だ」
見た目、というか一部だけ見れば、一般的なハチの巣と大差はない。
加えてハチの巣の穴の大きさを見るに、そこまで大きな蜂でもないのだろう。蜂としては大きいだろうが、それでもせいぜい掌に収まる大きさである。
「じゃあBランクかい?」
「そんなわけあるか、Dランクのモンスターだ。一匹一匹は弱い分、道具や罠でどうにかなる。そういうのは致死性の毒を持っていてもDランクに分類されるんだよ」
致死性の毒は確かに厄介ではある。
しかし所詮は小型モンスター、それも巣をつくるタイプである。
それ故に手順さえ守れば攻略も用意であり、なによりも『実入り』が大きい。
「……! ねえもしかして、あのハチの巣にはハチミツがあるのかな?」
「量も質もいいから、結構高値で売れるぞ」
「そうかい……それなら、僕がやろう」
「……別に避けて通ってもいいんだが、確かに駆除していいのならそれはそれでいいな」
やや白けているホワイトは下がり、上機嫌になっている彼女を遠くから見ていた。
その姿は、どうみても軽挙妄動である。
ほとんど装備もなく、巨大なハチの巣にスキップで近づいているのだから、完全に危機察知能力のない娘にしか見えない。
(……そう、倒せるかどうかだ。どれだけ凶暴でも、力や毒があっても……殺すのが簡単なら、ランクは低い。その理屈で言えば、こいつだってAランクになりえるかもしれない)
ごく一部の例外を除けば、『僕』を名乗っているときの彼女を倒せるモンスターはまずいない。
そのうえで、残る二つの形態も無茶に無茶を重ねたような、ぶっ壊れた能力を持っている。
もちろん能力を把握して対策を練れば、倒せないわけではない。だが当人が語らなければ、探ることだって難しかったはずだ。
(こいつは……無敵に思えるほどの、倒しにくさの塊だ……!)
彼女が近づくことで、巣の蜂は興奮して飛び出してきた。
その大きさこそ、やはり小型である。しかしその数たるや、巣の大きさ相応、膨大なものだった。
その数を前にして、彼女は倒し方を思案する。
「アタシだと巣穴を壊してしまうし、僕のままだと時間がかかりそうだな……ここは私で行こう。それならすぐ終わる」
体が輝き、成長した女性の姿に変わる。
その表情は、尋常ならざる量の蜂に囲まれたそれではない。
ただ自分が、恩人の役に立てることを喜んでいた。
その彼女に、膨大な蜂が殺到していく。
日本ミツバチがオオスズメバチに対して集団で襲い掛かり、球体になるように。
彼女に隙間なく群がり、その華奢な全身を毒針と顎で殺そうとした。
その中の、最初の一匹。
大きな顎で、彼女の体に噛みつく。
大量に刺されば命に係わる毒針がささり、毒液が注入される。
「コユウ技、アルティメットレゾナンス」
直後だった。
すべてのキングコブラバチが、全く同時に地面に落ちる。
全ての個体が毒に侵されたかのように、小刻みに痙攣している。
否、すべての個体が、実際に毒に侵されたのである。
「いたたた……少し噛まれちゃったわ……毒も入っちゃったし……少し痒いわね」
コユウ技、アルティメットレゾナンス。『私』の形態では常時発動している、極めて不均一で不公平な能力である。
その効果は二つ。
一つは、敵が自身や仲間に行った回復や強化などが自分にも適用されること。
もう一つは、敵が『私』に対して弱体化や状態異常を施したとき、それを相手全体に返すことである。
しかもその両方が、増幅して行われるのだ。
猛毒の蜂が彼女に毒を打ち込めば、その瞬間にすべての蜂が同等以上の毒を受けてしまう。
(ハンター相手にはあんまり意味がないが……低級なモンスター相手だと無茶苦茶すぎる)
河豚は自分の毒で死なないというが、キングコブラバチと言えども自分の毒液が全身に回っていれば、流石に耐えられるものではない。
一匹一匹が小さいため、毒液の致死量も少なくて済むのだ。まさに、自爆と言っていい。
とはいえ、それを咎めることはとても心苦しいのだが。
(……化物だ、こいつは)
あらかじめ能力の性質を知らされていたからこそ、彼は状況を把握していた。
だがもしも知らなければ、即死技が発動したとしか思えなかっただろう。
だがしかし、知っていたからなんだと言うのか。
味方を強化すれば、それ以上に『私』が強化される。
かといって『私』を弱らせれば、それ以上に味方が弱る。
それどころか、味方や自分を回復させても、『私』まで治ってしまうのだ。
基本スペックでゴリ押す以外に、勝ち方が思いつかない。
(馬太郎……こいつを倒した奴は、一体どうやったっていうんだ?!)




