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驚き桃の木山椒の木

「年上と、年下……?」


 ホワイトは、その質問に一瞬悩んだ。もちろん、どちらが好みかで迷ったわけではない。その質問をされたこと自体に、一種の戸惑いがあったからだ。

 完全に専門外である一灯隊の隊員でも知っていることだが、悪魔などの一部のモンスターには『話を聞いても返答はしない』ということが鉄則となっている。

 もちろん年下か年上のどちらが好きかを答えても、特に問題が起きるとは思えない。

 だがしかし、なぜそんなことを聞くのか。


「……どうしたんだい? ああ、もしかして今の僕が好みとか?」

「お前さっきの話聞いてたか?」

「そ、そうだったね……一般的にも個人的にも、モンスターは恋愛対象じゃなかったね……じゃあ恋愛抜きで答えてくれ」

「なんでだ」

「それは、僕が合わせるからさ」


 誇らしげに、彼女は答える。

 と同時に、服を含めた全身が輝いて、一気に縮んでいった。


「どう?! かわいいでしょ!」


 にっこりと笑う、幼い女の子。

 モンスターは中性的な少女から、元気いっぱいの童女に変身したのだ。

 それを見たホワイトは……。


「ふ~~ん」

「ええ?! かわいくないの?!」

「いや、かわいいもなにも……」


 一部の人語を解するモンスターは、人間に似た姿へ変身するという。

 つまり目の前の童女も、変身によって今の姿になったのだろう。

 よって、ホワイトは目の前のモンスターが、見た目を好きに変えられるのだと認識していた。

 悲しいことに、概ね間違っていない。


「ああ、変身が得意なんだな、としか……」

「ひ、ひどい! これはこれで、アタシの本当の姿なんだよ!」


 本当の姿が複数ある時点で、それは本当ではない。

 もうさっきの姿も偽りにしか思えなかった。


「だからなんだ……見た目としゃべり方が変わっただけだろ」

「他にも一杯変わってるもん! コユウ技が切り替わるんだもん!」

「……は?」

「だ~か~ら~! アタシはこの姿の時しか使えないコユウ技があるの!」

「じゃあお前、吸収技が使えなくなったのか?」

「そう言ってるじゃん!」


 意味が分からなかった。

 姿が変わること自体はわかるが、なぜそれで能力まで変わってしまうのか。


「アタシには三つの姿があって! その姿ごとにコユウ技が違うの! この姿の時は、アルティメットドレインは使えないの!」

「本当か?」

「あいだ! なんで叩くの!」

「本当みたいだな……」


 実際に殴ってみると、普通にダメージが通った。

 先ほど聞いた弱点の件も本当なら、今の彼女の申告も本当なのだろう。


「むむ…この恰好じゃダメみたい……」


 そして、再び発光して姿を変える。

 今度は豊満な姿の妙齢の女性に代わっていた。


「今度はどうかしら? さっきよりはいいと思うんだけど……」


 姿が変わるごとに、性格や口調、能力まで変質する。

 これは確かに、普通では考えられない。


「……つまり何か、お前が『僕』の弱点を教えたのは、他の姿もあるからなのか」

「ええ、そうなのよ。隠す気はなかったのよ、この通り」


 不信感を抱きかけるが、よく考えればその通りだった。

 黙っていればばれないはずの変身を、自分から積極的に明かしている。

 むしろ順番を追って、混乱しないように説明していた。


「ごめんなさいね、驚かせちゃったかしら……」

「驚きはしたけども……」


 もう何が何だかわからない。

 もう呆れてしまって、うんざりさえしていた。


「……明日にでも森を出るつもりだったが、予定変更だ」


 それでも、彼は優秀なハンターである。

 理解できないことを、そのまま報告することはできない。


「しばらく俺はここで狩りを続けるから、お前もそれに付き合え。いいな?」

「ええ、構わないわ。一人じゃないんですもの」


 何もかも受け入れて笑う女性。

 その姿に、ホワイトはより一層の不気味さを感じるのであった。



 どうやら自分の名前も知らぬモンスターだが、その性能に関してだけはきっちりと把握しているらしい。

 その一点だけ把握していることが、良いのか悪いのかもわからない。しかし言えることがあるとすれば、彼女自身も困惑しているということだろう。

 もちろん、ホワイト自身も困惑している。

 しかしそのモンスターの性能だけではなく、彼女の言動にも驚きを隠せなかった。


「うふふふ……焼けたわよ、おさかなさん。こんな簡単な料理しか作れなくて、ごめんなさいね?」

「……いや、いい」

「内臓を取って血を抜いて、洗って火を通しただけだけど、たぶん美味しいと思うわ」


 ホワイトの仮拠点は、Bランク下位のモンスターから奪った穴倉に、葉がついたままの広葉樹の枝をまとめて、即席の蓋にした場所だった。

 当然ながら獣臭く、お世辞にも寝やすくはない。仮に狐太郎が生活すれば、数日で体調不良を起こすだろう。

 だがテントのような『高級品』、あるいは『遊戯用』の品など、持ち運ぶだけ手間である。

 サバイバルの知識と専用の道具がいくつかあれば、あとは現地で調達すればそれで十分だった。

 これも、ハンター養成校で習ったことである。


 また、食料にも問題はない。

 彼自身が倒したモンスターの中に、食用のモンスターもいる。

 そうでなくても、一人で生活するだけなら、近くの川で魚を取ることもできた。


 今彼女がホワイトに食べさせようとしている魚も、彼がとってきたものである。

 もちろん調理は彼女がしているのだが、やろうと思えば彼でもできた。


 よって、感謝ということはない。

 少し手間は省けたが、食い扶持が増えた分損をしたようなものだった。


 問題なのは、距離だった。

 見た目は豊満な女性である彼女は、肩と肩がぶつかる距離で座っている。

 そしてそのまま、彼女はぐいぐい彼へ体重をかけていた。


(……なんだコイツ)


 言い方は悪いが、まるで恋人のような距離感だった。

 そしてそれは物理的な距離だけではなく、彼女の行動に潜む心理的な要素にも言える。


 自分の手で魚を調理して、直接食べさせようとしている。

 しかも彼女の顔も、やたらと近い。


「どう、いい匂いでしょう?」

(なんだコイツ)


 もちろん、ある程度は理解できる。

 彼女にとって、ホワイトは恩人だった。

 このレッドマウンテンで孤独にさまよっていたところで遭遇し、上手くすれば人里まで案内してくれるかもしれない。

 現時点ではここにとどまるつもりのようだが、だからこそ仲良くして気が変わらないようにするのも当然だ。

 心理的には恩人で、利益的にも嫌われたくない。その気持ち自体はわかるのだが、この距離は明らかに間違っている。


 如何に男女とはいえ、恩人に媚を売るのと恋人に甘えるのでは、まったく話が違う。

 熱愛中の恋人に接するかのように、初対面の恩人へ媚を売るだろうか。

 はっきり言って、気持ち悪い。


(人恋しいってレベルじゃねえだろ、コレ)


 見た目もあいまって、結婚をしたがっているようですらある。

 いくら窮地で出会えたからといって、いきなりここまでやるだろうか。

 仮に彼女がホワイトに一目ぼれのような状況になったとしても、もう少し段階を踏むはずだった。


「どうしたの?」

「自分で食べるからいい」

「そ、そう……」


 悲し気な女性だが、ホワイトにしてみればとんでもなく不気味である。

 もちろん彼女が『商売女』なら、高額の報酬によってこうふるまうこともあるだろう。

 だがそれは労働であって、無償の奉仕ではない。


 もしかしたら彼女の中では普通かもしれなかったが、彼としては普通ではない。


 少なくとも。


 ここまで好かれる理由がない。


 だからこそ、理解不能で、意味不明だった。

 特に好かれるようなこともしていない、むしろ嫌われるようなことをしているのに、なんで恋人のように接してくるのか。


 まさかとは思うが、無条件の愛なのだろうか。

 よく知りもしないホワイトに対して、無条件で愛を与えたくなっているのだろうか。

 だとしたら、相当におぞましい。


(人懐っこいってことか? 犬と思えばおかしくはないか? いや……犬でももうちょっと警戒するぞ。やっぱり何か目的があって製造されたと思ったほうがよっぽど自然だ)


 一種、哀れだった。

 ホワイトはかなり邪険にしているが、それでも全力で愛そうとしてくる。

 もしもうだつの上がらない、穴さえあればどうでもいいと思う輩と出会っていれば、彼女は色々なものを奪われていただろう。

 悲しいことに、彼女はそれでも喜んでしまうのだ。途方もなく都合がよく、だからこそ歪だった。


(やっぱりこいつは、俺の手に余る。作れるってことは、他にもいるかもしれない……いや、いると考えるべきだ。コイツが大量に生産されるんなら……いや、一体いるだけでも厄介だ!)


 とりあえず、彼女のことをもっと知らなければならない。

 報告をするためにも、ホワイトは魚を食べながら質問をする。


「なあお前、覚えていることはないか?」

「あら!」


 話しかけてもらっただけでも嬉しいらしく、女性は花が咲くように満面の笑みを浮かべた。

 それさえも、やはりおかしいことだった。


「あらあら、ちょっとまってね……ごめんなさい、思い出そうとしても、思い出せなくて……知っていることは、もう全部話したんだけど……」

「モンスターと戦って負けて、逃げ出したと言ってたよな?」

「……ええ! ええ、そう。怖くて逃げてきたの……戦ったけど勝てなくて……強かったわ」


 どうやら思い出したくないことだったらしい。

 いや、あるいは。

 彼女には誰かを愛するという使命感と、強いモンスターと戦って負けたという記憶しかなかったのかもしれない。

 ますますもって、哀れな存在だった。


「勝てなかった……お前が?」

「ええ、全部の姿を使って戦ったんだけど……勝てなかった、殺されちゃうところだったわ」


 怯えている彼女だが、ホワイトとしてはそれ自体が驚きだった。

 既に三つの形態と、その能力や弱点を聞いている。その上で、彼女が負けたというのが信じられない。


「お前に勝てるモンスター……やっぱりAランクか」


 もしかしたら、Aランクモンスターと戦って勝てるか確かめたかったのかもしれない。

 性能試験の最中、敗走してここに逃げ延びたのなら、そこまで不思議ではなかった。


「お前が三つの形態を全部使って勝てなかったモンスター……Aランク……思いつかないな」

「……ああ、一体じゃなかったわ。確か四体で……人間を守るように戦っていたと思う」

「なんだと?!」

「きゃあ!」


 その言葉は、流石に聞き逃せなかった。

 その条件が該当する人物を、彼は一人だけ知っている。

 むしろ、それが何人もいるとは思いたくなかった。


「そいつの名前は?! まさか、虎威狐太郎とかいうんじゃないだろうな!」

「ち、違うわ! そんな名前じゃなかった! 同じような名前だけど、違ったわ!」


 剣幕に押されては、流石に喜べない。

 彼女は必死になって、思い出したくもない相手を思い出そうとする。


「確か……確か……! そうよ、確か!」


 彼女はしばらく時間をかけると、なんとか明確に思い出していた。


「馬太郎だったわ!」

「……馬太郎?」

「そう、馬太郎! なんか、そんな名前を聞いた気がする!」


 馬太郎と狐太郎、なるほど少し似ている。

 もしかしたら、同郷なのかもしれない。


(ってことは、アイツと同じように強いモンスターを従えているだけの奴が、たくさんいるってことか?)


 それはそれで、底の知れない話、あってはならないことである。

 もちろん狐太郎たちからすれば、この世界の住人の方がおかしいのだが。


「一応聞くけど、お前と戦ったモンスターは、亜人とか悪魔とか、精霊とか竜じゃなかったか?」

「違うわ、全然違う。全部変だったわ」

「……お前が……変っていうか?」

「わ、私は変じゃないもの! 普通よ、普通! そう思うでしょ?」

「かなり変だと思うが……」


 しかしこのモンスター、記憶がないと言っている割には、会話が成立している。

 聴くところによると発生したばかりの悪魔も、その時点で人並みの知恵や知識を得ているという。

 だとしたら彼女が知識や知恵、言語を得ていることも不思議ではあるまい。


「アレに比べたら普通だもの!」


 その彼女が、おかしいというモンスター。

 果たしてどんなモンスターなのだろうか。

塞翁馬太郎


インテリジェンスカードキー

ウェポンキャリアーミミック

ハイブリットエンジンジーニー

シーアネモネラミアオクトパス

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― 新着の感想 ―
[良い点] >もう何が何だかわからない。 >もう呆れてしまって、うんざりさえしていた。  狐君そういうのに、イチイチ全部付き合って対応してるんですよ? 偉大だと思わないか? [一言] 狐、猫、馬………
[良い点] ホワイトくん、不気味がって憐れみすら抱きかけてること。人間ができてて、ちゃんとしてるなと思う。 今回全体的に『納得』を叩きつけてくるよなと。好き! [一言] 器物系モンスターか。そりゃ変だ…
[一言] 塞翁馬太郎「たぶんこれが一番早いと思います」
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