芸は身を助く
抜山隊隊長、ガイセイ。
彼は他でもないアッカから、息子や弟子のような扱いを受けていた。
当然ながらアッカは強く、その訓練も過酷で、なによりシュバルツバルトにはガイセイよりも強いモンスターがひしめき合っている。
そんなところで安楽な日々があるわけもない、普段自堕落な生活をしているようで、彼は過酷な特訓を受けていたのだ。
狐太郎の護衛、ブゥ・ルゥ。
悪魔使いの家系に生まれた、先天的な才能に恵まれた少年。
その彼へ兄や姉、父は過酷な鍛錬を課した。
悪魔使いとしては上位の資質を秘めているとしても、彼個人は戦闘に興味がない平凡な気性の持ち主である。
同等の悪魔を用いて兄や姉と戦えば、手も足も出なかった。つまり彼にとって日々の特訓は決して容易なものではなく、逃げ出したくなるようなものだった。
この二人は、資質と指導者に恵まれていた。
良くも悪くも才能がある上で、その指導者たちは最初から彼らをAランク相当の実力者に仕立てるつもりだった。
だからこそ、シュバルツバルトでも抜きんでた実力者に成長したのである。
そこで、ホワイト・リョウトウである。
彼は資質を認められつつも、しかしAランクへ育てられるだけの指導者に巡り合わなかった。
簡単に超えられるハードルばかりが設定され、自分よりもはるかに資質の劣るものとだけ比較され、何もかもが順調だと思っていた。
その彼は、本気の全力で、必死の決死で、己の限界を超えるべく戦闘に励んでいた。
そのうちAランクになれるだろうとか、なれればいいだとかではない。
極めて具体的な目標を設定し、過酷な鍛錬を己に課し、そしてそれを越えつつあった。
情熱を得た天才ほど、手に負えないものはない。彼は今、英雄になりつつあった。
※
この世界には、多くの危険地域がある。
その中でもシュバルツバルトは最悪に位置するのだが、そこ以外も安全ではない。
多くのモンスターが生息する魔境にて、ホワイトは鍛錬を積んでいた。
レッドマウンテン。
秋には紅葉で色合いを変えることで有名な、遠くから見る分には無害な観光名所。
高く険しい山々と、その山肌を隠す多種多様な広葉樹の数々。
CランクとBランクのモンスターが大量に生息するそこで、彼はキャンプを張って修行をしていた。
「ふぅ……こんな物でも金になるんだから、よくわからないもんだ」
修行と言っても、ただモンスターを倒しているだけではない。
仙人でも隠者でもない彼は、当然日銭を必要としている。
Dランクハンターである彼は、当然ながらDランクハンターとしての仕事を請け負い、それに従事していた。
広葉樹の樹皮を剥ぎ、それを乾燥させて役場に仕入れる。
Dランクハンターでもできる、ノルマも緩めで、しかもそれなりに実入りのいい仕事だった。
広葉樹の樹皮がなんの役に立つのかと言えば、染料になるのである。
桜の樹皮が桜色の染料になるように、広葉樹の樹皮も鮮やかな赤色の染料になるらしい。
非常に高額というわけではないが、大量に消費されるうえ、加工前や加工後を問わず保管もできるので、常に一定の需要が見込める仕事である。
とはいえ、だからこそ競争も激しい。
地元にいる多くのハンターは縄張り争いをし、猟区を越えて奪い合いをすることもしばしばだった。
だがしかし、ホワイトには無縁な話である。
他のDランクハンターが争っているのは、比較的安全な地帯の樹皮である。
ホワイトにしてみれば、最初から危険なモンスターと戦うつもりなのだから、安全な地帯で仕事をするなど頼まれても嫌だった。
「……こんなところで、養成校で習ったことが役に立つなんてな」
レッドマウンテンの樹皮、染料の生産職。
それは結構有名で、多くの実力派ハンターが修業時代に身を置いたという。
もちろん学校で習ったことであり、テストにも出ていたことだ。
加えてキャンプ地の設置も、学校で習っている。
その地で一番の捕食者の巣をあえて襲い、その体臭が染みついている安全地帯を確保する。
他の小型モンスターが忌避するため、比較的安全なのだという。
「いや、こんなところでもなにも、最初からこういう時のための勉強だったんだけども」
樹皮をはぐための、専用の大型の山刀を見る。
とても薄手でよくしなり、しかも長いので調節も利く。
専用の道具を実習で使った覚えがあり、何度か練習すればすぐに慣れてしまった。
道具の存在や使い方を、既に知っていた。
その点も含めて、養成校のカリキュラムの偉大さを思い知る。
「……勉強しておいてよかったなあ」
なんだかんだ言って、ホワイトは優等生だった。
新人ながらDランクハンターであることは伊達ではなく、狐太郎や麒麟たちとは根本的に順応性が違う。
身元がはっきりしていて、ずるをすることなく勉強をして、学校を卒業していて、正規の手続きでハンターに成っている。
だからこそどこにでも行けて、どこでも仕事ができて、しかも周囲と衝突することがないのだ。
常識があって、信頼もあって、立場も資格もある。
以前の彼は真剣でも必死でもなかったが、それでも無駄になにもせず過ごしていたわけではない。
今の彼を助けているのは、間違いなく過去にまじめに勉強していたホワイト自身だった。
「ふぅ」
剥いだ樹皮を、まとめて縛る。
種類ごとに分けておいた方が、納品する時にも感謝されるのだ。
周囲にある木の枝や葉っぱが混じらないように気を付けて、弦を乾燥させたものでまとめておく。
樹皮は乾燥すると多少小さくなるので、縛るときはきつめだ。
もう慣れてしまったことを、彼は繰り返していた。
樹皮を剥ぐための山刀もしまい、片づけを済ませる。
「さて」
改めて、周囲を見る。
そこには既に、多くのモンスターが包囲網をひいていた。
デスジャッカルと近い姿をしているが、当然ながら同族ではない。
Cランクモンスター、ファイアリカオン。
頭頂部から背面、尾にかけての部位が常に『燃焼』している、シュバルツバルトでは見かけにくい『火属性』のモンスターである。
およそ十頭ほどで群れを形成するこの小型モンスターは、体の一部が燃えていることを除けば際立って脅威となる特徴を持たない。
「……これだけか」
ホワイトは、やや呆れていた。
もちろん、Cランクモンスターは危険である。
特にイヌ科に酷似した群れを成すタイプのモンスターは、強いとか弱いとかではなく狡猾で危険とされる。
ただ足が速いとか力があるとかではなく、集団で狩りをすることや、優れた知性を持つことが脅威なのである。端的に言えば逃げるのが難しい相手であり、同時に相手を確実に殺しに来る敵である。
この地でハンターをやっている者、つまりDランクやそれ以下のハンターは、このファイアリカオンを恐れている。
だからこそこのファイアリカオンの生息する奥地に入ることを嫌がっているのだが、ホワイトにしてみれば温過ぎる相手だ。
温過ぎるということは、倒す意味がないということである。
「ん? あ、いや……そうでもないか」
燃え盛るリカオンたちの、その上。
広葉樹に隠れる個体に、ホワイトは気づいた。
「来てくれたか、Bランク」
その直後、リカオンのうち一体が消えた。
本当に、即座に、消失したとしか思えなかった。
だが、それだけではない。一体、また一体と消えていく。
リカオンたちは慌てふためき、逃げようとするがもう間に合わない。
「オイルトードか」
すべてのファイアリカオンが消失した後、地面にでっぷりとした巨体が下りてくる。
全身から出る特殊な脂によって自分の体臭を消すことができ、かつ高速で伸縮する舌によって遠くのモンスターに気付かれず捕らえる。
一瞬で大量のモンスターを食べるその肉体は、まさに暴飲暴食の証だった。
巨大な蛙の化け物。
前足は小さく、ほとんど意味を成していない。その代わり、後ろ脚はとても大きく太く長い。
胴体の太さ、大きさ、重さに目を奪われて鈍重そうに見えるのだが、その実とても俊敏な捕食者である。
「来てくれて、助かった」
Bランクモンスターの中では、中堅と下位の間に位置するモンスター。
マンイートヒヒさえも捕食する貪欲さを持つ一方で、タイラントタイガーには及ばない程度の強さである。
はっきり言えば、今のホワイトでは勝つことが難しい相手である。
何度も戦って、苦戦を強いられ、そして幸運によって勝つことができただけの相手。
だがしかし、シュバルツバルトにいればどうだろうか。一体だけで、群れを成すこともない蛙の怪物。
これに苦戦しているようでは、到底Aランクなど名乗れない。
「プッシュエフェクト」
静かに対峙する両者は、一歩も動かなかった。
剣や槍が届かない間合いだが、オイルトードにとっては文字通り舌の上に等しい。
軽く、小さく、口を開ける。
唇が動き、極めて滑らかに舌の発射される体勢が整っていた。
そして、舌が伸びる。
赤く、粘着質で、突起物が大量に生えた醜い舌。
それが弾丸の速さで、ホワイトの体に触れた。
「フラッシュアーマー」
しかし、接着は叶わなかった。
オイルトードの舌は確かにホワイトの体に触れたのだが、押出属性のエナジーによって弾かれたのである。
それは偶然ではない。触れた後に気付いて、あわてて弾いたわけでもない。
「ようやく見切れたぞ、お前の舌の動きをな」
ホワイトは、見たのだ。
高速で放たれるオイルトードの舌を目視で認識し、あえて接触させてからエフェクトで弾いたのである。
やろうと思えば、当たる前に弾くこともできた。むしろそちらの方が簡単で、しかも安全だろう。
にもかかわらず、あえて触れてからはじいた。困難で危険なことを、あえてBランクモンスター相手にやったのである。
「もう、お前の舌は当たらない。完全に見切った以上、どうあがいても、どこを狙っても無駄だ。そしてそれは……俺が今後、お前以下の相手に苦戦しないということだ」
オイルトードの舌が持つ瞬発力は、尋常ならざるものがある。だがそれだけではなく、命中精度も著しい。
それこそ高速移動中のグレイモンキーでさえ確実に視認し、気づかれる間もなく口の中に収めて丸呑みにできる。
だからこそ、意味があった。
今のホワイトはオイルトードに負けない瞬発力で、エフェクト技が使えるということである。
それも攻撃ではなく、防御という面で。
「はっはっは……無駄だ!」
オイルトードの舌は、連射性能にも優れている。
先ほどファイアリカオンの群れを『一掃』したように、一瞬で多くの的に当てて引き込むことができるのだ。
その連射力で、オイルトードはホワイトの手足や胴体、頭を狙う。
しかしホワイトは、それを悠々と弾いていた。
「押出属性は硬質属性と違って防御に向かない。なにせ発動時間が短いからな。だが相手の動きを完全に見切ることができれば、それに合わせて発動することができれば、攻撃的な盾にも鎧にもなる!」
いままでのホワイトなら、Bランクモンスターであるオイルトードに勝てれば、それを誇って終わっていただろう。
だが今のホワイトだからこそ、圧倒して勝つことを目標に据えて、それを達成するために計画を立てて実行していた。
圧倒してかつ、そのために何ができるのかを検証し、実行する。危険と隣り合わせだが、それを重ねることで自分を高める。
情熱を得た天才は、もはやオイルトードが食える相手ではなくなっていた。
「何度も何度も弾かれて、お前の舌はもうぼろぼろなんじゃないか? 戦闘する気で来い!」
だがしかし、これでオイルトードの手段は尽きない。
舌による捕食が困難と判断したのなら、次の戦闘に移るだけだった。
「……それも、潰す!」
オイルトードの口から、よだれが溢れた。いいや、全身が汗をかいている。
ただでさえ両生類特有の湿り気を帯びていた体が、さらなる粘性を得ていた。
濡れ鼠どころではない、スライムの域に達した油まみれの体だった。
その粘性は、鎧だった。
膨大な粘液はあらゆる打撃を吸収し、あらゆる刃物の切れ味を消す。
そのうえで相手の動きを封じ、自分の体に接着するのだ。
今のオイルトードは、触れることもできない相手である。
こうなる前に仕留めるほうが、よほど簡単だ。だがそれは、弱者の狩猟である。強者の鍛錬ではない。
「プッシュクリエイト……ビッグハンマー!」
ホワイトは、腰に剣をさしたまま掌底を突き出す。
彼の体から膨大なエナジーが溢れ、巨大な斥力を生み出す。
Dランクハンターでは使える者がいない、ハンター養成校では絶対に教える者がいない、高等技術クリエイト技。
それをいとも簡単に発動させたホワイトは、見上げるほどの巨体を持ったオイルトードを吹き飛ばした。
大量の粘液がまき散らされて、さらに効果範囲の木がへし折られる。
柔軟な肉体を持つオイルトードは、まるでボールのように弾みながら着地した。
まるで、効いていなかった。
「そうだ……来い!」
むしろ、十分な距離ができていた。
オイルトードは、その両足に力を溜める。
発達した両足の筋肉が隆起し、膨張し、飛び出そうとする。
「来い!」
摩擦係数を下げつつ、触れたものを接着する性質を持つ粘液。
それに全身を覆われていれば、当然ながら地面に立つこともできない。
だがオイルトードの足の裏は非常に強い接着力を持ち、加えて自分の油を弾く特性を持っている。
だからこそ、しっかりと地面を捕らえて、反発力を得ることができていた。
そして、その全身を砲丸のように発射する。
その速度自体は、舌に劣るだろう。だが全身の全体重を込めているがゆえに、質量、破壊力は比較にもならなかった。
「プッシュクリエイト……ビッグハンマー!」
それを、ホワイトは真っ向から迎え撃つ。
押し出す力によって、全体重を込めた体当たりに真っ向から衝突する。
小ささを活かして戦うのではなく、相手の巨大さの隙を突くのでもない。
相手の最大の武器を、真っ向から超える。小兵が怪物に、横綱相撲を仕掛けるのだ。
「うおおおおおお!」
単純な、威力の向上。
エフェクト使いからクリエイト使いになるだけではなく、純粋にエナジーを鍛えて出力を上げる。
シュバルツバルトで痛感した、自分の基礎力の不足、力不足。
それを補うために、Bランクモンスターという負荷を超えていく。
「だあああああ!」
全力がぶつかり合う正面衝突に、打ち勝ったのはホワイトだった。
押し合いへし合いに負けて、弾き飛ばされたオイルトードは、またも吹き飛んで地面に落ちる。
しかし、その体に粘液はほとんど残っていなかった。
如何に高い粘度があるといっても、層を成すほどに膨大でも、体の表面からあふれ続けていても、それでも衝撃を受ければ弾ける。
何のことはない、無敵ではない。許容量を超えれば、油ははじけて周囲にまき散らされるだけだ。
「ふぅうう……やったぞ、やってやったぞ!」
自分が強くなっている。
その実感を得て、天才は吠えた。
「どうだ、オイルトード! お前は、俺に勝てない! 俺が強くなったからな!」
勝ち誇るホワイトに対して、当然ながらオイルトードは返事をしない。
力なく地面に倒れているオイルトードは、胃の中の物を吐き出していた。
強力な胃の消化液によって、さきほど捕食されたばかりのファイアリカオンは骨しか残っていない。
じゅうじゅうと酸がまき散らされ、その異臭で天才は顔をゆがめた。
「……まだ息があるか」
オイルトードは吐しゃ物をまき散らしながらも、のそのそと起き上がり逃げようとしている。
その姿を見て、ホワイトは正気に返っていた。
自分は強くなっている、その実感はある。だがタイラントタイガーにも劣るこの蛙を、倒しきれていない。
全身でぶつかってくる相手を弾き飛ばすのは、ある意味で相手の突進力を利用し攻撃力を増やす行為だ。
それでもなお、殺せていない。それはホワイトにとって、自分がまだ弱いことの証明だった。
もしも、あの大鬼や火竜なら、一撃で殺せていたのではないか。そうでなければ、Aランクなどなれまい。
いいやそれ以前にジョーの斬撃なら、一刀両断にできたはず。今のホワイトでは、Bランクのジョーにさえ勝てないのだ。
「そうだ、もっと強くなる!」
その弱気に、ホワイトはもう負けない。
成長の実感も、力不足の実感も、どちらも必要な実感だ。
その両方があるからこそ、人は強くなれるのである。
「俺の伝説は、ここからだ!」
伝説の一歩目で躓いた、それは事実である。
だが伝説の英雄が、一度恥をかいたぐらいで諦めるだろうか。
勝てない相手に出会ったぐらいで、家で腐って老いて死ぬだろうか。
そんなことはない、そのはずだ。一歩目で躓いたのなら、二歩目三歩目を踏み出せばいい。ただそれだけのことであり、まだまだ先はある。
「……ん」
そして、そうして自問自答している間に、オイルトードは最後の抵抗をする。
オイルトードは特殊な粘液を出すことができるのだが、その粘液は可燃性である。
そしてオイルトードの腸内には多くの微生物が活動しており、大気に触れると高熱になるガスを生産する。
つまり、最後っ屁である。
オイルトードは高熱の屁を、ごくわずかに出す。
それは周囲にまき散らされた粘液に引火して、一瞬で燃え広がるのだ。
「……まあいいか」
闘争のためではなく、捕食のためでもない。
ただ逃げるため、追手を撒くための最終手段。
多くの昆虫がそうであるように、格上を驚かせてその隙を突くという弱者の手段。
それを使われて、周囲を炎に囲まれても、ホワイトは何も思わなかった。
もちろんオイルトードも、それなりに価値はある。だがDランクハンターのホワイトが取引できるわけではないし、そもそもどうやって捌けばいいのかも知らない。
倒す気や勝つ気、殺す気はあっても、捕まえる気だけはなかった。逃げるならそれでいいと、あっさり諦めていた。
「それよりも、樹皮だ樹皮。せっかく集めたんだ、燃えたらシャレにならない……」
オイルトードの粘液は簡単に燃焼するのだが、燃焼温度そのものは高くない。
あくまでも相手を驚かせるための炎であり、相手を焼き殺すということはできない。
よって燃焼が拡大し、手に負えなくなるということはない。
だが流石に、樹皮を焦がす程度のことはあり得る。
そうなれば日銭に困るので、普通に困ることだった。
「さて……?」
アルコールランプのように、静かに燃える散乱された粘液。
よって周囲はほぼ無音であるはずが、ぱちぱちという音が聞こえてきた。
これは枝などが燃えているのではない、拍手の音だった。
明らかに誰かが、拍手をしていた。
「素晴らしい、見事なものだね」
それは、女性の声だった。
若く中性的な、しかし女性の声だった。
「最初は助けたほうがいいのかと思ったのだけど、どうやら君は自らを鍛えるために戦っていたようなんでね。悪いとは思ったけど、静かに見守らせてもらったよ」
その女性の影を見て、ホワイトは驚いた。
人間に似た姿をしている彼女自身が、燃えているのだ。
如何に枝も燃やせない低温の炎とはいえ、燃えているのだから熱くないわけがない。
にもかかわらず、彼女は平然としていた。
「な、なんだ、お前は……」
そしてよく見れば、人間ではない。
先日見たササゲにも似た、人間に近い悪魔のようなモンスターだった。
だがしかし、レッドマウンテンにそんなモンスターはいないはずである。
「なんだ、お前……だって?」
警戒を露わにしているホワイトは、彼女を注意深く観察する。
敵意はなさそうだが、それを信じることはできない。
「君、僕を知らないのかい?」
そして、気づいた。
彼女本人が燃えているのではない、彼女の周囲に炎が吸われているのだと。
「そうか、それは残念だ」
大量にまき散らされた粘液によって、周囲は静かに燃えている。
その炎のすべてが、彼女に向かって集まっている。つまり、炎を吸収していた。
「炎を食ってるのか……? 炎の精霊? いや、その割には……!」
エナジーそのものである精霊は、属する力を吸収することができる。
よって炎を吸収するのなら、炎の精霊に他なるまい。そう思うことが、普通だった。
だがしかし、ホワイトは既にコゴエを知っている。
上位の氷の精霊であろうコゴエを、彼は自分の目で見ているのだ。
だからこそ、わかる。目の前の彼女には、明らかに『肉』がある。精霊にはない代謝する肉体が、確かに存在しているのだ。
「やはり、悪魔? いや、だとしても……炎を操るならまだしも、炎を食べる悪魔なんて聞いたことがない……!」
柔らかい体が衝撃を吸収する、というのとはわけが違う。燃えているだけのファイアリカオンを、丸呑みにするのとも全く違う。
炎を全身で吸収する肉体をもったモンスターなど、優等生であるはずの彼は聞いたことがない。
「なんだ、お前は……!」
厚手の服を着た、やや短めの青い髪をした中性的な美少女。
人ならざる者に向かって、ホワイトは叫んだ。
「大変申し訳ないのだけれども」
すべての炎を全身で吸い上げた彼女は、親しみさえ込めて答えていた。
「僕も、自分が誰なのか知らないんだよ」
「は?」
モンスターパラダイス2のラスボスであり、歴代最強にして最悪と恐れられるゲームシステムの否定者。
禁忌とされた錬金術の粋を集めた、『究極』を目指して製造された悲しきモンスター。
「僕のことを知っている人に会えればよかったんだけど……残念」
生まれたての彼女は、幸運にも自分の名前さえ知らなかった。




