牛追いとヘラクレス
読者様の十割が忘れている、あのキャラクターの再登場です。
ハンター養成校。
それは優秀なハンターを育成し社会へ送り出すための国家機関である。
この学校を卒業することができた者は、ただそれだけでEランク。優秀な成績を収めた者は、Dランクのハンターとして仕事を受けることができるようになる。
言うまでもなく有料だが、ここでまじめに勉強して訓練を受ければ、いっぱしのハンターとして幸先のいいスタートを切ることができるだろう。
教える内容は、武器術やエフェクトなどの実技は当然のこととして、筆記試験なども充実している。
戦闘技術に関しては少々問題があっても工夫で補えるため審査は甘いのだが、筆記試験に関してはシビアで、卒業できない者も多い。
座学に関しては、いわゆる社会の常識だとか、契約書の見方だとか、字の読み書きや加減乗除などの基本的なところも抑えている。
というかこの世界では一般的に識字率が低いので、こうした職業訓練校でも教えなければならない。
言うまでもなく糞がつくほど面白くなく、しかも無駄にひっかけ問題が多いので、途中で投げ出してFランクからハンターを始める者も多い。
しかしさらに言うまでもなく、社会の大人たちはもっとズルいので、座学で脱落した落ちこぼれから容赦なく合法的に搾取していく。
これを狐太郎が知れば、人間は変わらないんだなあ、と思うに違いない。
とはいえ、実技の戦闘技術も教えている。
非力なものは罠の設置方法なども教わるのだが、エフェクト技などを覚えて直接戦う者も多い。
ともあれはっきり言えることは、この学校でちゃんと勉強してちゃんと訓練を受けて、ちゃんと卒業できればハンターとして生活ができるということだ。
ハンターとして、社会人として、必要なことをきちんと学べるハンター養成校。
何気にジョー・ホースもここの卒業生である。もちろん彼は彼で元々勉強や戦闘訓練を受けていたのだが、まじめな彼は一応ここで勉強をしてからシュバルツバルトに臨んだのである。
さて。
ここを卒業したのち、そのままシュバルツバルトの試験に臨んだ者がもう一人いる。
ホワイト・リョウトウ。
ある意味、狐太郎たちの同期生であった。
「……お久しぶりです、シュウジ先生」
「君かね、ホワイト君」
そのホワイトは、母校の恩師を訪ねていた。
シュバルツバルトで世界の広さを痛感し、力不足を思い知った彼は、不合格になって一か月後にここへ来たのである。
シュウジと呼ばれた男性は、引退したハンターではあるのだが、教職として指導を行っているだけに肉体は壮健だった。
その彼は、小ばかにしたような顔だった。どう見ても、傷心の生徒を労わっているようには見えない。
「ジョー君は試験官だから内容を教えてはくれなかったが、風のうわさで君が伝説を作ったと聞いたよ。なんでも、マンイートヒヒに食い殺されかけたらしいじゃないか」
「……」
「傑作だね、君なら問題なく倒せたはずなのに」
「……多かったので」
「はっはっは!」
「何がおかしいんですか」
ホワイトは、静かに威圧する。
シュウジは現役を退いて久しく、ホワイト相手に戦えば負けるだろう。
そのうえで馬鹿にしてくる相手に、ホワイトは暴力さえ匂わせた。
「君が死んでいれば、残念に思ったとも。だが生きている、生きているのなら笑い話だ」
ハンターは命がけの仕事である。
危険なモンスターを狩る関係上、殺されることは決して珍しくない。
むしろ、円満に引退することの方が稀だろう。
その理屈で言えば、五体満足で生きているだけでも儲けものだった。
「……先生、貴方は俺にAランクハンターになれるだけの才能があるとおっしゃいましたね」
「ああ、言ったとも。今でもそう思っている」
「ではなぜ、俺はあの森で通用しなかったんですか?」
泣き言であり、不満だった。
苛立つがゆえに、素直な心中を明かす。
「君が弱いからさ」
「そうです! 俺は弱かった! なんで才能がある俺が、この学校を首席で卒業した俺が! あの森でBランクになることもできなかったんですか!」
つまりは、怒っていた。
恥をかいたことを、目の前の男のせいにしようとしたのだ。
「俺は真面目に、この学校で勉強しました。訓練だって全部一発合格、なのにあの森では雑魚同然! おかしいじゃないですか!」
「何が?」
「俺が努力をしていないのならわかりますよ! この学校を卒業していないのなら納得しますよ! この学校がモグリなら諦めますよ! でも、ここは国立だ! その学校を卒業した俺が、どうして弱いんですか!」
シュウジは、笑っていた。
心底から愉快そうに、羞恥で表を歩けなくなった男を笑った。
「くっくっく……」
「何がおかしいんですか!」
「君、Dランクハンターじゃないか」
とてもシンプルに、ホワイトを論破する。
「この学校も、私も、君をDランクハンターと認定した。で、Dランクハンターの君は、BランクハンターやAランクハンターしかいない森に挑んで負けた。それでなんで、私たちが悪いんだ?」
淡々と、事実を並べて論破する。
「私だって一応は止めたじゃないか。もっと経験を積んでからでも遅くはないと、まだ早いと言ったじゃないか。その忠告を無視してつっこんで、私たちのせいにされてもねえ?」
事実を聞いても、ホワイトは怒るだけだ。
そんな言葉が聞きたいわけではない、自分が悪いわけにはいかないのだから。
「話題をそらさないでください! 私には才能があって、この学校できちんと真面目に課題をこなして、ちゃんと卒業しました! その私に、十分な実力が備わっていないことが、まずおかしいんじゃないですか!」
このハンター養成校を首席で卒業したのなら、もう十分な実力がついていてしかるべきだ。
少なくとも彼はそう思っていた。
「ぷふ」
それを、シュウジは鼻で笑う。
「君はバカだねえ~~」
「なんですって!」
「この学校で出す課題を真面目にクリアしたぐらいで、Aランクハンターになれるだけの実力が備わるわけがないじゃないか」
とても、浅はかな話だった。
「言っちゃあなんだがね、この学校の基本コンセプトは一人前のハンターを育てることだ。はっきり言って、将来的にCランクハンターに成れれば御の字、その程度なんだよ」
「そ、そんないい加減でいいんですか!」
「当たり前だろう。BランクやAランクになれるだけの実力を備えさせようと思ったら、それこそもっときつい課題を大量に出すさ。まあ……卒業できる生徒がほとんどいないだろうけどね」
養成校とは、当然ながら広く門を開け、最低限度の実力を付けさせてから送り出す学校である。
国家の最精鋭であるAランク相当の実力者を育てるなど、最初から考えていない。
「君が真面目にこなした課題はね、全部できればDランクとして認めてあげる、という程度の物だよ? なんでそれをこなしたぐらいで、あの森に入れるだけの実力が備わると思ったんだい?」
「課題が悪いってことですか!」
「違うよ、君が悪いのさ」
DランクやEランクのハンターを送り出してきた男は、冷徹に現実を突きつける。
「才能のある生徒は、往々にして課題を軽んじて、適当に済ませてしまうことが多い。だが君は真面目に取り組み、すべてを制覇していた。それも、余裕綽々でね」
「ええ、そうです! 俺には才能があったうえで、まじめに課題をこなしたんです! 全部余裕でしたよ!」
「ああそうだ、余裕だっただろう? 才能がある君にとって、他の多くの生徒に合わせた課題をクリアするのはね」
まさに才能が違った。
彼は一般の生徒が苦労する課題を、あっさりと乗り越えることができたのだ。
「君は、それを誇りに思っていた。余裕をもってノルマを達成できることを、課されたことをこなせることを、恰好がいいと思っていた」
「それの何がいけないんですか!」
「甘えるなよ、ホワイト。そんなんでAランクハンターに成れるわけないだろう」
シュウジは、心底から彼を軽蔑していた。
「君と同じぐらい才能のある人間が、必死になって努力して、限界を超え続けてようやくなれるのがAランクハンターだ。君みたいに世の中を舐めている、ノルマをこなしていればそれでいいと思っている怠け者が、なれるわけないだろう」
「俺が、怠け者?」
「君は、自分の限界を知っているかい? 自分よりも強い敵と遭遇し、それを乗り越えたことがあるかい? 鍛錬とはね、余裕でクリアできるなら意味がないんだよ。常に限界ぎりぎりを攻め続け、強くなるごとにより負荷を増やさなければならない」
例えば、筋肉トレーニング。
10kgの重さを持ち上げるのがやっとという人間は、その重さを負荷として鍛錬を積む必要がある。当然ながら、いきなり100kgという重さに挑むことはできない。
だが100kgの重さを最初から持ち上げられる人間は、それに甘んじている限り向上しない。
110kg、120kgとさらに負荷を増やしていかなければならない。常に負荷を更新していかなければ、強くなれないのだ。
その理屈で言えば、常に余裕で課題を越えてきた彼は、全く強くなっていないということである。
「鍛錬とは、常に過酷でなければならない。課題が温過ぎる、緩すぎると思ったのなら、自分で更なる課題を己に課すべきだったのだよ。それをしていない時点で、君の程度は知れていたさ」
他の人が苦労していることを簡単に達成できたのなら、苦労するレベルまで自分を追い詰めなければならない。
達成することに意味はなく、限界を超えることに意味があるのだから。
「君の考えている真面目なんて、そんなものだよ」
「だったら、だったらなんで教えてくれなかったんですか!」
「教えたじゃないか?」
「俺には伝わっていませんでした! なんでもっと強く、真剣に教えてくれなかったんですか!」
「ぷふ」
ますます、笑いが止まらなかった。
「私も君と同じだからさ」
「どういうことですか!」
「私もね、余裕をもってこなすことが格好いいと思っているのだよ」
学校にはカリキュラムがある。
教えるべき教科があり、修了するべき課題がある。
それを生徒がクリアできるように、教師はサポートするのだ。
「私は自分に課せられたノルマを達成した、すべての生徒が卒業できたのがその証拠だ。それとも何かね、君は私に必死になれというのかね? なんでそんなことしなきゃいけないんだい」
「貴方は教師でしょうが!」
「だから、そのノルマは達成したのだよ。なんでそこから先のことを、私がやらないといけないんだ?」
「教師なら、そうするべきでしょうが!」
「課題をこなしている生徒を、一々全力で叱れと? なんで?」
「だから、俺のために、生徒のために……!」
「君は無茶苦茶だなあ。自分は必死で頑張ることが格好悪いと思っているくせに、他人には頑張れというんだねえ」
ホワイトは、反論しようとする。
だが、何も言えない。
「はっきり言うが、私は君の先生だが君だけの先生ではない。君の同期には、必死になって頑張っても課題がクリアできない生徒が多くいた。そちらに時間を割いて、何が悪いのかね? むしろそうするべきじゃないのかね?」
何か言いたいのに、何も言えないのだ。
「君は、君自身のために頑張らない。しかし他人には、自分のために頑張れという。そういうのを、怠け者というのだよ」
彼の心は、それを受け入れてしまったのだ。
「世間では、Cランクの中にもBランク相当の実力者がいるという。実際のところ、Bランクのモンスターを倒せるだけの実力者もいるだろう。だがね、Bランク相当とBランクには、明確な差があるのだよ」
教師は嘲るのをやめ、静かに説く。
「それはね、信頼を背負う覚悟だよ。君が思っていたように、本気や全力を出さなくてもいいと思っているのなら、Cランクハンターに甘んじればいい。日々のノルマをこなすだけ、与えられた仕事をこなしていくだけなら、Cランクハンターでもいいのだ。それだって立派なことだし、契約している相手も満足してくれるだろう」
教師の目線で、Bランクとそれ以下を語る。
「世の中の連中は、生まれが悪ければBランクハンターにはなれないと諦める。だが貴族から名義を借りることができれば、どんな生まれでもBランクハンターになれる。君が挑戦したシュバルツバルトも、ある意味では同じだからね」
目の前のDランクでしかない主席卒業生に、Bランクの過酷さを語る。
「だが、貴族から名義を借りることは簡単じゃない。世の中に腐るほどいるハンターの中から、抜きんでたものがあると貴族に認めさせなければならない。貴族と信頼関係を結び、自分の家名を貸せると認めてもらわなければならない」
何もかもが簡単に行くと思っていた、自分の可能性を信じていた男を説教する。
「いつかBランクハンターになれればいい、なんて考えでは駄目だ。明確に目標を設定し、計画を立て、抜きんでた成果を積み上げていかなければならない。才能がある上で、必死にならなければならない。勝ち取った信頼を、維持する努力をしなければならない。それができるかできないかが、本当の意味でBランクとそれ以下を隔てている」
訓練校の課題をこなしたのだから、学校を首席で卒業できたのだから、何とかなるだろうと思ってしまった。
それはホワイトの失敗である。
「その上であるAランクハンターに成ることは、輪をかけて難しい。才能があったとしても、必死で目指さなければ至れないからだ。今までの君には必死になる理由がなかった。だから私も、必死になれとは言わなかった」
「……」
「何があったのかね? てっきりもう折れて腐って、諦めたのかと思ったが。ここにきて恨み言を言ったということは、必死になる理由ができたのかね」
「……シュバルツバルトで、新しいAランクハンターが決まりました。俺と一緒に試験を受けた、貧弱で何もできない魔物使いです」
四体ものAランクモンスターを従えた魔物使い、虎威狐太郎。
彼がAランクハンターに成ったと知って、ホワイトは再び動き出したのだ。
「憎くて、殺したいのかな」
「いえ……このままじゃ終われないんです」
あの日、自分は助けられた。
それどころか、抱えて連れ帰ってもらった。
情けないままだった。
「俺も、Aランクハンターになれるんです。なれるんなら、ならないといけない。そうじゃないと、いけないんです!」
「……そうか」
Aランクハンターを目指すことは、決して幸福ではない。
少なくとも、Aランクハンターに成った狐太郎はちっとも幸福ではない。
誰もがAランクハンターを目指さなくてもいい、そんなに志を高く持つ必要はない。
ホワイトに才能が有っても、必死で頑張ることは辛いことで、限界に挑戦し続けることは命がけだ。
だが挑戦の充実は、安易な幸福を吹き飛ばす。それも知っていることだった。
「強くなりたいのなら、自分で目標を決めるしかない。君の才能に限界がないからこそ、その目標も限界がないだろう。過酷な環境に身を置き、簡単に倒せない敵だけと戦い、自分を追い込むのだ」
挫折という経験を味わった生徒を、教師はいばらの道に進ませる。
それは学校の中ではできない、危険を伴う困難な道だった。
「そして……技術的な面について」
「クリエイト技の習得ですね?」
「いや、その上の上を目指しなさい」
だが、困難な道を歩くだけでは駄目だった。
刺激の溢れる、充実した道を進むだけでは大成しない。
もちろんそれだけで成長する者もいるだろうが、彼はそうではないのだ。
「クリエイトとエンチャントを経て、スロット使いを目指しなさい」
「そ、それは……」
「クリエイトはともかく、エンチャントはひたすら面倒で君には向いていないだろう。だがそれを経なければ、最上位であるスロット使いにはなれない。もちろんまずはクリエイト使いを目指すべきだが、それを避けてはAランクにはなれないと思いたまえ」
「……はい」
人生は重き荷を背負いていくが如し。
必死になる理由を見つけた者は、苦難や面倒、屈辱からも逃げることはない。
わき目もふらずに全力で、前に進むだけだった。




