捕らぬ狸の皮算用
こうして、前線基地では失踪する貴族や商人が相次いだ。
もちろん残された家族は抗議の声を上げるのだが、そもそも前線基地は超がつく危険地帯である。
モンスターの巣穴へ観光に行って、帰ってこなかった。そんなのを相手に、大公も労力を使いたくなかったのだろう。
本来なら、残された家族だけではなく、周囲の多くの人々が反対の声を上げるべきなのだろう。
だがしかし、美術館へ実際に行った者、実物の玉手箱を見てそれを欲しがる人たちを見た者は察していた。
あの宝を手に入れようとして、Aランクハンターに消されたのだと。
実際失踪した貴族や商人は暗い噂があり、そもそも本当にまともな貴族や商人は危険地帯に自ら赴いたこと自体をバカにしていたため、結果的に騒動にはならなかった。
しかも美術館へ来る客は減ってきた。当たり前だ。
むしろ、絶えていないことが驚きである。
「真に、遺憾である!」
難しいことを言うのは、一灯隊の隊長リゥイだった。
各隊の隊長と狐太郎が集まる役場の会議室で、彼は高らかに反対意見を述べていた。
「最近我が隊の隊員へ! 詐欺や恐喝、横領や窃盗を持ち掛けてくる不埒な輩が後を絶たない! まっこと、まことに! 腹立たしい!」
怒っているリゥイは、全力で抗議していた。
なお、抗議するべき相手はこの場にもこの世にもいない模様。
「なんで我が隊の人間ばかりに、そんな共犯を持ち掛けてくるんだ! 意味が分からない! 全員いずこかへ消えたというが、いい気味だ! モンスターの餌になればいい! 死ね!」
(そんなんだからじゃねえかな)
一灯隊の隊員へ犯罪の片棒を担ぐように要請してくる輩の、なんと多いことか。
リゥイは自分達が育ちの悪い輩だと思われないように頑張っているのに、それが世間から認められていないことに憤慨している。
なお、頑張ってはいるが、結果にはつながっていない模様。
「中には、あろうことか公女様に不埒な真似をしようとした悪漢もいたそうだ! 女性の身でハンターをやっているのだから、さぞ複雑な事情があるのだろうとほざいて、援助してやるから協力しろだのとまでのたまったらしい! 中には、おお……おお! 公女様の腰や尻に手を伸ばした輩もいたとか!」
(……失礼だが、趣味が悪いな)
「公女様も一線を越えた相手には容赦をしなかったらしい。具体的には、行方不明になったらしい! まあ当然だがな!」
公女リァンは、思った以上に一灯隊になじんでいた。
そのことを知って、狐太郎は何とも言えない気分になる。
「なんで抜山隊に声がかからないんだ!」
「はっはっは!」
「笑い事じゃないぞ、ガイセイ! なんで一灯隊ばっかりに声がかかるんだ! 一灯隊はお前達以下だと思われているんだぞ!」
非常に失礼なことを言うリゥイ。
抜山隊が一灯隊以下であると認識しているらしい彼は、世間がそう思っていないことに憤慨していた。
「まあまあ、ガイセイに非はないじゃない。ねえ、ジョー様もそう思うでしょう?」
「その通りだ、リゥイ。君たちが頑張っていることは、私たちも知っている。もちろん大公様だって知っている。善良ではない輩にどう思われたところで、気にすることはないだろう」
「そうかもしれませんが……ガイセイ! お前のところにはそういう話は来ていないのか?! 実は隠してないか?!」
抜山隊に共犯の誘いが来ていて欲しいリゥイ。
なお、そう思っている時点で大分劣等感がある模様。
「ん~~ないわけじゃねえな。通ってる酒場の姉ちゃん辺りが見に行きたいって言ったら、連れてきてやってるぜ」
「もっとないのか、もっと! 直接的な犯行計画は!」
「部下連中も聞いてねえなあ」
「クソ! なんてこった!」
悔しがるリゥイ。
狐太郎もジョーもシャインも、そんな姿に何も言えなくなる。
「んっ! とにかく、犯行の教唆がある現状は、あまり良くないだろう。数は減ってきたが、なくなっているわけではないからな。我が隊の隊員も人数が増えたとはいえ、急な任務が増えたことで負担も増している……まあ……いや、なんでもない」
へこんだ顔になるジョー。
その顔には、苦悶がにじんでいる。
(あっ)
それを見て、誰もが察する。
国宝級のお宝を警護し、そこへ入る人間を精査する。
ある意味では、まともな兵士らしい仕事である。
少なくともハンターをやるよりは、よほど正規兵らしいことだった。
なにせ一番簡単確実に盗めるのは、他でもない白眉隊である。
であれば、この仕事は大公が彼らを信用している証なのだ。
つまり、急に増えた仕事の方が、よっぽど正規兵らしいのである。
この状況を喜んでいる者も、少なからずいるのだろう。
「一応言っておくが、大公様も現状を憂いておられる。だが急に対応をするよりは、時間が解決することに任せるおつもりらしい」
「時間が、解決ですか?」
「ああ、時間が解決してくれる」
改めて、ジョーはこの基地の大義を語る。
「この基地は市民からの血税によって維持されている。もちろん一般市民だけではなく、貴族や商人からも支援を頂いている。だからこそ、我等は『善良な納税者』を守る義務がある」
善良な納税者、という言葉は一線だった。
犯行を持ち掛けてくる納税者は善良ではないので、守る義務がないということだ。
「それは大公閣下も同じことだ。高額納税者をないがしろにすれば、必然的に不満が爆発する。今回の件で一般公開に近い状態になっているのも、大喜びでやっているのではない。特に必要もなく公開を禁止にすれば、無用な反乱を招きかねないからだ」
「このお宝を大公様のおひざ元に運ばないのも、それが理由ね。特に理由もなく宝物を大公様の下へお預けすれば、それは実質的に取り上げたのと同じことになる。無償で奪い取ったと思わせないためにも、何かの理由が必要になる」
ジョーの言葉を、シャインが補足する。
結局のところ、周囲の賛同を得ない限り行動はできないのだ。
「そうだ。そして重要なことは、その『理由』に誰もが共感しなければならないということだ。私たち関係者だけが納得しても意味はない、少なくともカセイの人々からは共感を得る必要がある」
つまり一般公開を禁止する理由、前線基地に客を入れてはいけない理由、そして前線基地から宝物を移動させる理由。
それらがそろえば、反感を受けることなく状況を改善できるのだ。
そして、それは時間の問題である。
※
商人も貴族も、馬車に乗り込んで前線基地を目指す。
当然ながら快適な道ではないし、馬車の中は混雑しているのでただ不愉快だった。
それでも馬車に乗り込んでいる者の多くは、善良の一線を越えていない者たちばかりである。
つまり、どうしても宝が欲しいが、違法行為をしない者たちである。
ある意味では、狐太郎にとって一番厄介な相手だった。
(聞けば、最近あそこで姿を消す阿呆が多いとか。バカな話だ、おおかたハンターやら職員やらに犯行へ協力を要請したのだろう。信じられない大間抜けだ、犯罪の片棒を担ぐ相手を、現地調達するなどな)
そのうちの一人、ベテラン商人のヤスガイ。
彼は是が非でも宝を欲しがっていたが、その一方で犯罪に手を染めない節度を持っていた。
(あそこは一種の無法地帯であり危険地帯、単純に人が失踪してもモンスターに食われたと言われれば話が終わる。つまりあそこで犯罪を匂わせれば、そのまま消されておしまいだ)
商人にとって、護送隊を含めたハンターとの信頼関係は重要である。
ハンターは確かに腕っぷし自慢の荒くれ者ぞろいだが、高ランクであればプロ意識が同居している。
犯罪で簡単に金銭を得ようというものが、危険地帯に常駐して仕事をするわけもないのだ。
そんな彼らに対して、犯行を持ち掛けても拒絶されるのは当たり前である。
そもそも、金に困っているわけがないし。
(最悪の場合殺してしまえばいい、それが許される状況ではうかつなことは死を招く。ただ匂わせるだけでも、疑われるだけでも殺される)
結局、常道に勝る物はない。
根気よく続ければ、必ず成果は得られる。
足しげく通って、狐太郎自身に顔を覚えてもらわなければならない。
彼は慌てていなかった。慌てることは、結果を遠ざけると知っているからだ。
しかし、誰もがそう思っているわけではない。
(このままでは不味いな)
多くの競争相手を見て、暗い考えを巡らせる者もいた。
(客が多すぎる。このままでは、私もその他大勢としか認識されず、印象に残してもらえない)
ヤスガイより少し若い商人、タマノエ。
彼は顧客である貴族からなんとしても宝の一部を買うようにと、激しく厳命されていた。
もしもなんの成果も得られなければ、彼は顧客を失ってしまうだろう。
(……程なくして客が減るかと思ったが、一部のバカが減るばかりでまともな客は残っている。それも、結構な数だ)
タマノエは本当の意味での競争相手を数えながら、それを減らす算段を探っていた。
とにかく数を減らさなければ、自分が何をやっても目立つことがない。
(当然だな、私のような立場の者も少なくあるまい。自分の意志ではなく上の人間から命じられていれば、諦めるという選択肢はありえないのだからな)
困難を承知の上で、諦めさせる方法を探るしかない。
そしてそれは、前線基地ではなくカセイでやるべきことだ。
顧客と協力し、脱落者を増やしていく。
そうでもしなければ、収まるところに収まって手が出せなくなる。
(極論を言えば、私が買って顧客に売る必要さえない。このままでは全員が買えないまま、話が終わってしまう。とにかく誰か一人でもいいから買わせて、そこから先に商談を繋げるべきだ)
タマノエが本当に恐れていることは、他の商人や貴族が買うことではない。
むしろ逆で、そうなればAランクハンターよりもくみしやすい相手との商談になるからだ。
一度手に入れて愛でて満足して、他の誰かに売ろうという者も出るだろう。購入することに資金を使い過ぎて、売らないとまずくなる者もでるだろう。
だがこのままでは、勝者不在のまま話が終わってしまう。
(大公閣下がお預かりになってしまえば、私の顧客でさえ口を出すことができなくなる……!)
タマノエは冷静に状況を見ていた。
誰がどう考えたところで、このままずっと前線基地に宝物が置かれ続けるわけがない。
今ここに宝が置かれているのは、移送先や移送手段がまだ決められていないからだと考えている。
至高の宝だからこそ、どういう経緯であれ大公が預かることになる。であれば万が一にも輸送中の事故など許されない。許されないからこそ、慎重を期しているに違いない。
だが正式に決まってしまえば、もう大公に所有権が移る。そうなったら、よほど暴力的に盗むしかないが、そんなことができるわけもない。
(どういう口実になるのかはわからないが、とにかく最終的にはそうなるのだ。そうなる前に、なんとかしなければ……)
正しく焦りながら、彼は残された時間をどう使うのか考えていた。
とはいえ、誰もが前向きであるわけもない。
若い貴族であるモエズは、ただ時間が過ぎることを待っていた。
(兄さんも父さんも無茶苦茶だ……どうやったって、この予算で買えるわけがない……宝石サンゴの破片でもいいから買ってこいとか、現品を買うより難しいのに……宝石を砕いて少し売ってくださいとか、バカなの?)
貴族と言っても、家長の命令には逆らえない。
貴族にとって家長は神であり、次期家長はその後継者であり、それ以外はスペアでしかない。
だからこそ、軽いノリで死地に送り込まれる。
はした金しか渡さない、渡せなかったとしても、それで成果を出さなければ無能としてあつかう。
それが貴族という者である。なお、卑しい生まれも大差ない模様。
(とはいってもな~~流石に逆らったらどうにもならないしな~~禁止してくれないかな~~)
結局のところ、禁止されていないからモエズはここに居る。
もしも前線基地へ不要に向かうことや、美術館の公開が取りやめられれば、流石にモエズも諦めて帰ることができる。
禁止されていることを実行すれば、貴族だからこそ重い罰が下されるからだ。
(何か、大事故でも起きてくれないかな~~。ここは危険地帯らしいし、適当に何人か死んでくれればいいのに……)
彼の心中に共鳴する者も多いだろう。
結局のところ、人が死んでしまえばこんなバカげた催しはすぐに終わる。
危険地帯に宝を置くことまかりならぬとなって、すぐにでも大公が預かる形になるだろう。
そうなれば『大公が配下から献上品を受け取ったのに、返礼をしなかった』という声だけではなく『危険地帯に宝を置くよりは大公様に預かってもらった方がいい』という声も生まれるからだ。
そしてそれは起こって当然のことであり、避けられないことである。
要は時間の問題だった。
前線基地に近づく大量の見物客たちが、大量のモンスターに襲われるのは。




