猫も杓子も
伝説の宝、それはとても性質が悪いものだ。
仮に、黄金の塊があったとする。これが真に黄金ではなく、似たような光沢をもつ別の金属だったとしても、黄金の価値を知る者は奪い合うだろう。
だが逆に、黄金の価値を知らなければ、綺麗だと思う程度だ。
発達した文明ならば、黄金には美術的な価値や商業的な価値以外の、実用性もある。だがしかし、黄金の価値を知らなければ、ただの光って重くてやや柔らかい金属でしかない。
何かの役に立つことがないのだから、黄金が他の何かと交換できるものだとは思わないだろう。
同様に、美術的な宝物の価値は非常に変則的だ。
物の価値とは究極的には『欲しがっている人間』が決めるものなのだが、美術品は流行りやら何やらで異常に変わりやすい。
今まで自国の人間は欲しがらなかったのに、よその国の人間が妙に欲しがるので価格が上がった、ということさえある。
つまり美術品とは。
ある意味では、『知識』そのもの。
食べる為でも戦うためでも、風雨を凌ぐためでもないものであるからこそ、知っているか知らないかがとても大きい。
さて、伝説の宝、竜の宝珠。この宝は、この国に有ったことがある。
かつて遠方の地ドラゴンズランドにて製造されたものであるとされ、大変に大きく大変に美しかったことから、至上の宝とされていた。
古の時代に婚約の証として美しい姫に贈られたこともあり、求婚の際に贈る品としては極上とされている。
しかし、悲しいかな。
美しいとはいえ、ただの宝。特別頑丈でもなかったため、戦火の中で遺失したとされている。
誰もが知っていて、しかし誰も持っていない。しかも、竜が直接贈っている。
宝の価値を究極の域に高めるには、過分なほどだった。
竜の宝珠に、特に機能はない。
しかし、誰もが欲しがっている。
誰もが欲しがっているからこそ、どんな願いでも叶うだろう。
※
「はぁ……」
玉手箱が贈られてからおよそ一週間が経過した。
突貫工事で玉手箱を納めるための建物が作られ、その中に玉手箱と、その中身が並べられている。それこそ、美術館のようになっていた。
それぞれが恭しい台に乗せられて、誰でも見やすいようになっている。手を伸ばせば届きそうな距離を、見学者が歩けるようにもしている。
そう、この建物は突貫工事の美術館でもあった。
もちろん前線基地に建設されているので、普通に考えれば誰も来ないだろう。
如何にカセイが近いとはいえ、ここは危険地帯。わざわざ美術品を鑑賞しに来る物好きがいるはずもないのだ。
「はい、どうぞお入りください! 十名様、ご来場です!」
「同時に入るのは十名様までです! 高額納税者のお方、貴族様は別枠で五名までお入りできます!」
「はい、押さないでくださいね! 中に砂時計がありますので、それが落ち切ったら外に出てください。再入場には応じませんので、どうかご理解を」
そう思っていたのに、バカみたいに人が来ている。
普段だったら金を受け取っても来たがらない場所に、大量の客が訪れている。
流石に数万人の来場者とはいかないが、数百人は並んでいた。
もちろん前線基地の中に列があるので、この前線基地は史上まれにみる人口密度に達している。
「なんか懐かしいわねえ、こうやってごった返している人を見るのは」
「この世界、というよりこの前線基地では人口が少ないからな。それにこうした富裕層、純粋な客を見るのは久方ぶりだ」
ササゲの言うことを、コゴエが肯定する。
それなりに大きな部屋の中には、たった十五人しかいない。
だが、誰もが『客』だった。熱心ではあるが命の危機を感じておらず、他人にはばかることなく好きにやっている。
誰もが富裕層であり、高額の納税をしていると察しはつく。つまり彼らは、狐太郎のスポンサーだった。
今回の美術館建設は、つまるところ『ガス抜き』である。
なにせ先日の竜は、クラウドラインと呼ばれるほど大きい。それが地表に頭を下ろしてから去っていったのだ、カセイでは竜が何かを残したと大騒ぎである。
リァンを通じて報告を受けた大公は、どうせ客が殺到するのだからとして、整理しつつガス抜きに使おうとしたのである。
高額納税者、とくに貴族にだけ『無料』で開放された今回の美術館。
先のことはわからないが、当分の間は希望者が見学できるようにしている。
「ねえねえ、私たちここで待ってないといけないの? もうずっとなんだけど……」
「貴女はいないとまずいでしょう。我慢しなさい、大公様が今回の件も合わせてお酒やお肉をご用意してくれているんだから」
「クツロは行儀がいいのか悪いのかわからないよね……」
なお、狐太郎たちはその宝物の脇に座っている。
一応狐太郎たちの所有物である、というアピールをしているのだ。
もちろん、誰も狐太郎たちを見ていない。もしも彼らが戦士なら、あるいは狐太郎たちに興味を持っていただろう。
だがしかし、彼らの目当ては宝物である。誰もが知っていて、しかし見たことがない宝の数々。
それを目に焼き付けて、周囲に自慢しようと必死なのだ。もしかしたら、誰もが見に来ているので、自分も見に来ないと話題に乗り遅れるとでも思っているのかもしれない。
(まあ、ある意味では平和ではある)
看板を持って道に立つ仕事があるが、それを思い出していた。
少々窮屈だが、それはそれとして命がけではない。
自分たちが凝視されているのならともかく、宝が凝視されているだけなので楽と言えば楽だった。
実際、無駄話をしても誰も怒らない。
(それにしても……この世界も普通に社会があるんだなあ……)
狐太郎はこの世界に来て早々に前線基地で生活を始めたので、この世界に対してあまりにも無知である。
だからこそ、日常のようで催しもののような光景を見るのは、これが初めてだった。
(この人たちからお金をもらって、この人たちを守ってるんだよなあ……)
まったく実感がわかない。
この人たちが恐怖に怯えているとは思えないし、自分たちに感謝しているとも思えない。
というか、狐太郎を含めたこの基地で働くハンターたちのことを、意識してもいないだろう。
(まあ、こんなもんだな。感謝されても困るし)
とはいえ、そんなことで一々怒るほど狐太郎も子供ではない。
自分だってパンを食べるとき、パンを作ってくれた人に感謝することはあっても、小麦を育てている農家や流通させている人に想いを馳せることはない。
大公が言っていたように、彼らが怯えていないことこそが、狐太郎が仕事をこなしている証拠だった。
しいて言えば、周囲から褒めてもらえないからこそ、大公もリァンも過剰なほど討伐隊を称賛するのだろう。
「その、失礼ですが。貴方が狐太郎様ですか?」
「はい、そうですが」
そんなことを想っていたら、いきなり話しかけられた。
みたところ、商人のようである。
「ご本人様で?」
「ええ、そうですが」
「失礼しました。小柄とは聞いていたのですが……」
「いえいえ、実際小柄ですし」
「……その、お伺いしたいのですが」
その顔は、まさに商人だった。
「一番小さいもので構いません、あの宝石サンゴを売っていただけないでしょうか?」
「……え?」
「いえいえ、もちろん、そう思われても不思議ではありません! ですが、私も真剣なのです!」
どんどんぐいぐい、狐太郎に詰めていく。
「どうか、どうかお譲りください! 私の家の蔵を、いいえ、家そのものだってかまいません! お売りください! この通り!」
いきなりひれ伏して、売ってくれるように乞う商人。
その姿勢は、まさに命がけだった。
「どうか……どうか!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ……」
「そうだ、その通りだ!」
おそらく、貴族の身分に当たるであろう男が、その商人を蹴飛ばした。
「これはすべてで一そろいなのだ、欠ければ価値を著しく損なうぞ! そんなこともわからないのか!」
「お、お許しを……」
「ふぅ……で、どうだろうかAランクハンターよ」
「え?」
「いくらとはいわん、何なら相応しい?」
その貴族も、完全に目が真剣だった。
クツロ達四体が目に入っておらず、ぐいぐい詰めていく。
「土地か? 城か? 女か? 男か? モンスターか?」
「え?」
「何となら、これを交換してくれるのだ! 金ではなく、物々交換だ! なんでも用意するぞ、私に譲ってくれ!」
それこそ、殺してでも手に入れようとしていた。
「この宝が欲しいのだ、女房も子供も差し出していい!」
(いらねえよ!)
彼の妻や子供がどれだけ可愛かったり綺麗だったとしても、物々交換で玉手箱とトレードする気はない。
というか、そんなのを寄越されても困る。玉手箱より困る。
「ず、ずるいですぞ! 貴族様! 最初に交渉を始めたのは私で……」
「やかましい! これが金で買えるか! 対等なものを、いいや天秤が釣り合うまで物を重ねるだけだ! これほどの宝、身を潰してでも手に入れる価値がある!」
「それは私も同じことです!」
言い争いを始めた、商人と貴族。
関わってはいけないと思った狐太郎は、四体と一緒に離れていく。
周囲を見れば、宝を見ていた客たち全員が、同じような目で狐太郎を見ている。
「……ちょっとトイレ」
慌てて逃げ出す狐太郎。
簡易美術館から飛び出すと、そこには大量の出待ちがいた。
「来たぞ! Aランクハンターだ!」
「玉手箱の持ち主だ!」
そこからは、一種の地獄であった。
あるいは、餓鬼道だったのかもしれない。
「ひ、ひぃいいいい!」
「ま、待ってください!」
「お下がりを」
「ご主人様は、これからトイレですので」
「そうそう、漏れちゃうから!」
宝の実物を見た誰もが、狐太郎へ交渉を仕掛ける。
その姿を見て、まだ宝を見ていない連中も慌てて駆けてくる。
「Aランクハンター様!」
「Aランクハンター様!」
「狐太郎様!」
「売ってください! なんでも用意しますから!」
「交換してください、全財産をささげます!」
「半分でいいので!」
「貸してください!」
「是非寄付を!」
今更ながら、有名人であった。これも一種の税金かもしれない。
(な、なんで問題が解決してないのに、どんどん増えていくんだ!)
誰もが欲しがる宝。それを持っている本人は、ただただ迷惑であった。
短くてすみません




