大山鳴動して鼠一匹
仲間を助けようと試みているインペリアルタイガーへ、ブゥ以外の面々が一斉に猛攻を仕掛ける。
相手が人間ならば非道の極みだが、これは狩猟である。一切の容赦は許されない。
「ピアスクリエイト、ポールスピアー!」
「エレメントギフト、ミノダンス!」
「ショクギョウ技、クリティカルスラッシュ!」
叩き込まれる、大量の攻撃。
竜騎士や精霊使い、勇者による一斉攻撃。
先ほどまで相手をしていた、タイラントタイガーならばとっくに死ぬ猛攻だった。
だがしかしそれが終わっても、インペリアルタイガーは生きていた。
「……手ごたえはあるな」
Bランクの上位モンスターが強いことなどわかり切っている。
未だに闘志を燃やしている、戦闘続行の意志を見せるインペリアルタイガーを前に、誰も戦意喪失することはない。
自分たちの猛攻は、確かに相手へ傷を深く刻んでいた。
致命傷には程遠いが、今の攻撃を当て続ければ倒せると分かる。
一度で倒せないのなら、倒せるまで打ち込めばいい。この場の全員にとって、最強の一撃ではあった。だがタイカン技などと違って、一度しか出せない技ではない。
ブゥが一体を受け持ってくれている以上、倒せなければならない。
これを倒せなければ、ここに居る資格がない。そしてここを出れば、彼らは誇りを失う。
だからこそ、最善を尽くすのだ。
「いいか、有効のようだが勘違いをするな! 私たち全員が攻撃をそろえて、ようやく攻撃を通せると思え! 分散させて当てても意味はないぞ!」
気を引き締めさせるショウエンの言葉に、誰もが従っていた。勝手に手出しをすることなく、ただ次の攻撃へ備えた。
以前の麒麟なら飛び出していたかもしれないが、他でもないガイセイを相手にした経験によって、節度を学んでいた。
もしかしたら、自分一人でも当てれば何とかなるかもしれない。しかしそんな可能性は、検証する必要がない。
要は獅子子や蝶花を守りつつ、目の前の相手を倒せばそれでいい。それが目的であって、それより優先されることがない。
はやる気持ちがないわけではないが、それは二人を危険に晒すほどではない。
「……来る! 大技が来るわ!」
そして、その獅子子が絶叫した。
彼女は一切の余裕を失い、全員へ警告する。
甲高い声は耳障りだったが、だからこそ状況が最悪だと分かってしまう。
「ショクギョウ技、動かざること山の如し!」
蝶花は、弾いていた曲を切り替えた。
攻勢に徹していた曲ではなく、守勢に回る曲にする。
「ショクギョウ技、タワーシールド!」
「ソリッドクリエイト、アイアンウォール!」
それに合わせる形で、麒麟や竜騎士たちが防御態勢に入った。
楽士のショクギョウ技による防御補助によって、彼らの防御技は格段に効果を増していた。
だがしかし、それでもBランク上位の攻撃はありえない域だった。
インペリアルタイガーは、まず気勢を発した。この気勢を発するとは、ただ怒号を上げただけではない。
文字通りの意味で気合が迸り、周囲のあらゆるものを吹き飛ばそうとしてくる。
さながら、竜巻か嵐。
Bランク上位の虎がただ気合を入れるだけで、周囲のものがなぎ倒されていく。
ただ怒気を向けるだけで、立つこともままならぬ災害となっている。
大地さえ揺さぶる気勢の中で、インペリアルタイガーは爪を振るう。
「な?! これはまるで……」
クリエイト技のようだ、といいきることもできない。
インペリアルタイガーの爪から、スラッシュクリエイトのような衝撃波が生じる。
揺さぶる、弾く、どころではない。大地や大気を切り裂き、当然のようにハンターたちさえ切り裂いていく。
「ぐぅう……!」
一発一発が、とても大きい。
腕の一振りで、爪の数だけ斬撃が生まれる。
インペリアルタイガーの巨体故に、その一筋一筋が巨大な建物のようだった。
それらが連続して襲い掛かってくる、その状況に誰もが踏みとどまることしかできない。
「蝶花、大丈夫?!」
「ええ、なんとか……!」
それでも、足並みはそろっている。
陣形は壊乱せず、何とか防御態勢は維持されている。
他でもない蝶花による全体強化によって、ハンター全員の防御性能が上がっているからだ。
しかしその蝶花自身が、攻撃に押されつつあった。
楽士でしかない彼女は、麒麟に守られて尚耐えきれていない。
「貴女の曲が途切れれば、そのまま……! まずい! また何かしてくるわ!」
獅子子の絶叫を、果たして誰が聞けただろうか。
彼女自身は曲を弾き続ける蝶花を抱えて、離脱しようとする。
そして猛攻の中、インペリアルタイガーを見ることのできていた者たちもまた、同様にその場を離れる。
インペリアルタイガーは、一瞬だけ攻撃を収めた。
四本の足をすべて地につけて、高く跳躍する。
「来るぞ!」
インペリアルタイガーの着地は、爆撃だった。
守備陣形の中心に落下したインペリアルタイガーは、クレーターを形成しながら小癪な群れを弾き飛ばしたのである。
「っ……!」
回避できない攻撃を連発し、相手に防御させる。
そして足を止めたところへ、広範囲攻撃を叩き込む。
野生の獣ながら、極めて合理的な狩猟だった。
その衝撃波によって、ハンターたちは地面に倒れる。
さながら、高所から落下したように、全身に衝撃が残り続けている。
そしてそれは、特に蝶花が深刻だった。一瞬でも早く仲間を強化しなければならないのに、体がまともに動かない。
「ひ、弾かないと……!」
後衛補助職、楽士。
仲間全体に効果を及ぼす強化技を得意とし、仲間が多ければ多いほど有効性をます職種。
ほかの補助職に比べて優秀なのは、一つの技、一つの曲によって複数の高い効果が発揮されることだ。
侵略すること火の如くでは、様々な攻撃補助効果を波及させるだけではなく、ポイントの回復さえしてしまう。
息切れすることのない猛攻を与えられる、まさに一気火勢の曲であった。
また同様に、動かざること山の如しでは、単純に防御力を上げるだけではなく、仲間の使う防御技の効果を増幅させつつ、状態異常への耐性を上げながら体力まで回復させる。
相手の猛攻に耐えるという意味では、これ以上はないだろう。
しかしながら、劣っている面もある。
まず単純に、曲を弾いている間しか強化がされないということだ。
他の行動ができないことは当然のことながら、重ねがけも複合もできない。
侵略すること火の如くを使っている間は、動かざること山の如しを使えなくなるし、なにがしかの要因で行動が妨害されれば強化は解除される。
加えて、その技の効果も単品では劇的ではない。
防御力を上げることができても、バリアを張ることや一時的な無敵状態にすることもできない。
動かざること山の如しは、強力な壁役をさらに強化するための技であって、格上を相手に単独で効果が見込めるほどではない。
そして他の補助職同様に、楽士は決して頑丈ではない。もちろん先祖返りなので普通の人間よりは頑丈だが、それでもこの世界の戦士からすれば大差はない。
壁役のいない状況で強力な広範囲攻撃が発動すれば、防御を上げていても耐えきることはできない。
「弾けば、回復できるのに……」
強力な防御職が不在の状況で、脆い後衛を編成したことによる失敗。
そう言い切るのは、あまりにも酷だろう。
「弾かないと……」
そう都合よく、強力な壁役がいるわけもない。であれば、次善の策を取るほかない。
壁がいなければ崩れる、ならば崩れてから立て直すべきだろう。
「ヒーリングエフェクト、スピードヒール!」
体への負担を無視して、急速に自己再生を行うリァン。
蝶花に比べれば格段に頑丈な彼女は、体に残留していた衝撃波から立ち直っていた。
「ヒーリングクリエイト! グランドマザー!」
もしもこの場に狐太郎がいれば、その回復力に耐えられず死んでいただろう。
それほど強力な回復の力が、周囲全体を覆っていく。
持続的な回復どころではない、瞬間的な大回復。
それによって、傷ついていたハンターたちは一瞬で復帰していた。
「皆さん、大丈夫ですか! 重傷者がいれば、直ぐに向かいます!」
熱を持った体を押して、周囲へ叫ぶリァン。
その体からは、大粒の汗が流れていた。筋肉が汗で輝き、より隆起が映えている。
前線で戦闘が可能な回復役。その有用性を、このシュバルツバルトでも示している。
「感謝する、公女様! 全員、一旦距離を取って包囲陣形を取れ! まずは立て直すのだ!」
屈強な体を持つ竜騎士や竜たちをして、強引で雑な全体回復によって体が熱を持っていた。
しかしそんなことを恨むほど馬鹿ではない、あのまま寝ていれば冷たくなるか食われていただろう。
倦怠感のある体のまま、インペリアルタイガーから離れていく。仲間と合流し、隙間だらけの包囲陣形を形成していた。
「蝶花、大丈夫?」
「ええ、あの子のおかげで何とか……少しくらくらするけど、さっきよりは全然ましよ」
「そうか、良かった……」
麒麟や蝶花、獅子子も立ち上がる。
そのうえで、インペリアルタイガーを見上げていた。
「……こちらの動きを待っているわね」
「多分、今ので決める気だったのよ。それなのに立て直したから、次どうするか考えているんだわ」
巨大なインペリアルタイガーを、数十人で包囲しきれるわけもない。
そしてそんな隙間だらけの包囲陣に、インペリアルタイガーが慄くわけもない。
だが獅子子の言うとおり、意外ではあったのだろう。
己に比べれば木っ端であろう竜や人間たちが、自分の攻撃から立ち上がったのだ。
しかも一網打尽にできない、分散している陣形。これでは次の手に悩むのも無理はなかった。
「……作戦が、少し間違っていたね」
麒麟は、この状況をそう断じた。
「確かにあのショウエンという人は、優れた騎士なんだろうね。周りの人や僕らとも、うまく連携を取っている。その指示は的確で、彼自身も勇敢だ。でも……このやり方じゃダメだ」
戦力を分散させつつ距離を取る。
それは体勢を立て直す意味があるのだが、それ以上にショウエン自身も次の手に迷っているのだろう。
全員の攻撃を一時に合わせなければ有効打にならないが、それではどうしても間が開いてしまう。
それは相手の攻撃を許すということであり、それでこのざまだ。
他にいい作戦があるかはわからないが、このままでは勝てないとショウエンも認めるだろう。
「あらあら、文句だけは一丁前ね?」
「そんなに厳しいことを言ったら、かわいそうよ。もう少し柔らかい言い方はないかしら」
「本当のことさ」
麒麟たち三人は、笑っていた。
昔の調子が、本格的に戻ってきたのだ。
もちろん、客観視もできている。
これをショウエンに言えば、要らぬ軋轢が生まれることもわかっている。
要するに、ただの愚痴だった。愚痴だと分かったうえで、身内だけに聞こえるように愚痴を言っただけ。
その程度には、三人も身のほどを弁えている。
「じゃあ策はあるんでしょうね?」
「もちろんさ、僕は勇者だからね。怪物退治はお手の物だよ」
「格好がいいわね、麒麟。どんな作戦か、私に聞かせてくれないかしら?」
余裕で、楽勝で、いともあっさり勝ってみせる。
その上で、周りの人間を邪魔者扱いする。それができればいいのだが、そんなことは無理だ。
三人とも、自分たちの実力は知っている。
「僕ららしくいこう」
劣勢でも、恰好をつける。それはとっても、恰好がいい。
麒麟は不敵に笑い、己を死地に送る。
「僕一人で速攻を仕掛ける。蝶花は疾きこと風の如くを、獅子子は僕の回収を頼むよ」
「……わかったわ」
「そういうことね」
ショウエンが指揮官であることに、三人は異議を唱えない。
しかしショウエンはインペリアルタイガーのことを良くは知らず、加えて三人の能力も把握していない。
だからこそ、麒麟の策に至れない。
「僕は抜山隊隊員、原石麒麟! これより単独で速攻を仕掛ける!」
高らかに、麒麟は宣言した
インペリアルタイガーに知性があるのかわからないが、人語を解することはない。
だからこそ、堂々と作戦を説明していた。
「コチョウさん! 僕の強化を! 他の竜騎士の方々は、その後の追撃をお願いします!」
ショウエンの作戦とは、あまりにもかけ離れたスタンドプレー宣言。
もしも彼がただ口にしただけなら、それを止めようとする者もいただろう。
少なくともコチョウは従わなかったはずである。
「ショクギョウ技、疾きこと風の如く!」
そんな彼らの耳に、蝶花の奏でる曲が入ってきた。それは攻勢の時とも、守勢の時とも違う曲。
この世界における強化属性の技でさえ、速度に重点を置くのか防御に重点を置くのかで調整は可能。
そして蝶花の強化が、曲によって異なることは既に知っていた。
「コチョウ殿、おねがいする!」
「ええ、任せて! スピリットギフト、レッドストーム!」
ショウエンは、コチョウへ要請することで賛同を明示する。
コチョウもそれに従い、ただ麒麟を信じた。麒麟の持つ勇者の剣に、炎の精霊を預ける。
「行くぞ、インペリアルタイガー」
燃え盛る剣を構えた麒麟は、アップテンポの曲に身をゆだねた。
疾きこと風の如く。
その曲の効果は、当然ながら速度の強化である。しかし、ただ速さを上げるだけではない。その最大の特徴は、余計な時間を省略できることにある。
エネルギーをため込んで放つ技や、逆に放った後硬直する技、そして次の一撃を強化する技。それらの行動値を消費させない、それが疾きこと風の如く。
これを、勇者である麒麟に使えばどうなるか。
「火炎魔法剣フィジカルチャージマジカルチャージ勇気の輝き!」
ガイセイに使ったような、ためにため込んだ最大の一撃が一瞬で発動できるということである。
「クリティカルスラッシュ!」
一瞬でインペリアルタイガーの懐に飛び込んで、その最大の一撃を打ち込む。
「速い! だが……!」
ショウエンや竜騎士が瞠目するほどの一撃だった。
だがしかし、インペリアルタイガーには軽い一撃だった。
コチョウの援護もあって高い攻撃力を発揮しているが、それでも怯みもしない。
インペリアルタイガーは、小癪なコバエを払おうと、その腕を動かそうとして……。
「フィジカルチャージマジカルチャージ勇気の輝き!」
一瞬でチャージが完了するということは。
「クリティカルスラッシュ!」
連続の高回転で、最大の一撃を叩き込めるということである。
「フィジカルチャージマジカルチャージ勇気の輝きクリティカルスラッシュ!」
麒麟一人では、最大の一撃を当ててもひるませることができない。浅く傷になるだけで、有効打にならない。
ではどうすればいいか、間断なく最大の一撃を叩き込み続ければいい。
「おおおおおおおお!」
ポイントが回復しない以上、フルチャージで攻撃を続ければすぐに力尽きる。
それでインペリアルタイガーを倒しきれるのか。試せるのかもしれないが、試す価値はないだろう。
「だあああああああ!」
連続で攻撃し続ける麒麟、その技を使っている回数を獅子子は数えていた。
彼女は麒麟の師でもあり、指導者である。だからこそ、彼がどの技を何回使えるのか正確に把握している。
「……今よ!」
出し切れる最後の一撃が始まった時点で、彼女は走った。
力尽きて、もう動けない。麒麟の信頼に応えるべく、蝶花の追い風を受けながら駆ける。
「ショクギョウ技、火遁の術!」
麒麟を掴んで、爆発とともに離脱する。
インペリアルタイガーの前で無防備を晒させまいと、迅速にして丁重に脱出していた。
「スピリットギフト! ベクトルクリエイト!」
それを、コチョウもまた見逃さない。
火炎の剣を幾度も受けたインペリアルタイガーの周囲には、大量の炎が残留している。
コゴエが降り積もった雪を活用できるように、コチョウや炎の精霊は周囲の炎を力に変える。
「フレイムラッピング!」
炎上している空間が、武器となる。
すべての炎を使い切る勢いで、インペリアルタイガーの巨体を火炎で梱包する。
熱や炎を余すことなくインペリアルタイガーに与えるべく、コチョウはベクトルエフェクトで炎を集中させていく。
臨界をこえたのか、それは爆発を起こした。
「……見事」
ショウエンは、そう評価するしかなかった。
爆炎が晴れた後にも、インペリアルタイガーは立っていた。
勇者と精霊使いの猛攻をもってしても、殺すことはできなかったのである。
だがしかし、爆炎を弾き飛ばすことはできていなかった。ただ耐えて、生き残っただけだった。
その体は、満身創痍。
もはや先ほどまでの、堅牢な肉体ではない。
その四本の足も、強大な力など残っていないだろう。
こうなれば、一斉攻撃など不要。
四方八方から絶え間なく、攻撃を叩き込み続ければいいだけである。
「攻撃開始!」
ここまでおぜん立てされれば、竜騎士たちは仕損ずることなどない。
もはや動く力もないインペリアルタイガーに対して、包囲陣はまさに必殺の陣形と化していた。
「ふっ……恰好はついたかな?」
「ええ、とっても恰好がよかったわよ~~私も嬉しいわ」
「そうか……ふふ」
疲れ切っている麒麟は、達成感を味わいながら倒れていた。
そんな彼に蝶花は膝枕をして、ゆっくり撫でている。
「これなら、隊長にも馬鹿にされずに済みそうだ」
「ええ、そうね」
獅子子もそれをねぎらう。
ガイセイの規範がアッカであるように、麒麟たちの規範はガイセイになっていた。
格好をつけて勝ったのなら、それはとても恰好がいい。きっと自慢してくれるはずである。
「お見事でした、麒麟さん! 流石はガイセイさんの見込んだお人ですね!」
「えっと、貴方は一灯隊の……」
「ええ、リァンです。今疲労を取りますね……ヒーリングクリエイト、リラックスウェーブ!」
リァンによる、遅効性の精密な回復技。
それは疲弊していた麒麟の体から、疲労や倦怠感を取り除いていく。
「ショウエンさんも見事な指揮でしたが、貴方の判断も適切でした! Bランク上位を相手に、素晴らしい戦果でしたね」
「ふっ……光栄です」
自分では倒しきれなかった、それは少々残念ではある。
だがしかし、事前に倒しきれないことは想定していた。だからこそ竜騎士に予め依頼しておいた。
もしもコチョウや自分で倒せれば、それはそれで恰好がいい。
だが倒しきれなかったとしても、それはそれで十分だった。
十分だからこそ、何も知らない彼女に褒めてもらえている。
麒麟は自分が正しかったことを、第三者を通じて確認できていた。
「それで……もう一体の方はどうですか?」
「あちらもそろそろ、勝負がつきそうです」
結局、一体を倒すのにほとんど全員の協力が必要だった。
であれば、最初から自分達だけで二体を倒すのは無理だったのだろう。
最初にブゥが一体を受け持ってくれなければ、とうてい倒しきれるものではなかった。
果たして、ブゥとセキトは大丈夫なのか。
そう思っていた時である。
「デビルギフト! インジューニュム!」
あまりにも暗い闇の柱が、大地に影を落としていた。
それは、塔と見間違えるほど巨大な一本の腕だった。
既にぼろぼろになっているインペリアルタイガーを掴んで、高々と掲げている。
「たああああああ!」
原始人が打製石器を作るために、石を石で打っているようだった。
力まかせに、一方的に、地面へインペリアルタイガーを何度も何度もたたきつけていく。
「あああああああ!」
未だに悪魔の鎖が繋がっているのだろう、その腕による余波は周囲に何の影響も及ぼさない。
だがしかし、その破壊力を一身で受けているインペリアルタイガーは、どんどん原形を失っていく。
「うああああああ!」
体の部位がちぎれていく、どんどん肉の塊になっていく。
「……あ、もういいですよ」
「早く言ってよ……」
そして、ついに攻撃が終わった。
ちょうど竜騎士たちが一体にとどめをさしたところで、ブゥもまた戦闘を終えていた。
「ぜっ……ぜっ……ぜっ……」
満身創痍ではないものの、疲労困憊のブゥ。
疲れ切っている彼は、ぼろぼろになりつつリァンに近づいていく。
一人と一体で倒したことを褒めるべきなのだろう、だが疲れ切っている彼はただ休みを求めているようだった。
「り、り、リァン様……」
「ええ、もう結構です。よくやってくれましたね、ブゥ」
「そ、そ、そうですか~~」
崩れ落ちるブゥ。
たった一人でインペリアルタイガーを倒しきった彼は、当然のように気力を使い切っていた。
「ふ……」
もしもガイセイがここに居たら、笑いながら恰好が悪いというのだろう。
だがしかし、それが悪口ではないことを、麒麟たち三人は知っていた。
ともあれ、試験は終わった。
前線基地にとっての本番は、これからであったが。
すべてのBランク、Cランクモンスターが全滅したことによって、森の中からインペリアルタイガーよりもさらに巨大な虎が現れる。
ベヒモスにも劣らぬ巨体、ビッグファーザーである。
そして、その体の中から、肉を食い破って百足が這い出てきた。
この森最強の捕食者エイトロールが、山のように巨大なビッグファーザーを食い殺しながら現れた。




