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言わぬが花

 森を出ると、そこは前線基地だった。

 少なくとも森の中よりは多少安全ということになっている、危険地帯の中の比較的安全地帯である。

 一行の家がある街でもあり、彼らの帰る場所だった。

 ただし、飯はまずい。


「結局帰りは何とも遭遇しなかったな~~つまんない。ねえねえご主人様、仕事の報告が終わったら、森の外を散歩しようよ~~! 私の背中に乗って、ぴゅーんとさ!」

(絶対落ちる、落馬する)


 散歩と言う名の乗馬、あるいは乗竜を提案するアカネ。

 しかし狐太郎は既に見えているオチに対して、全面的に警戒していた。


 彼女が人間を背負って走れるだけの力があることは確実なのだが、体型的にも性格的にも人間を背中に乗せて走ることに向いていない。

 馬具に相当するような固定用のなにかがあったとしても、確実に狐太郎を落っことしていくだろう。

 しかも、そのことに気付かずに。


「ねえアカネ。確かこの後は、美味しい食事について相談をするんじゃなかったの? ついてこなくてもいいのかしら」

「あ、ああ~~、そ、そうだった……」

「ご主人様がいないと、その話は進められないと思うわよ」


 同じ想像に至っているらしいクツロは、アカネをたしなめていた。

 実に気遣いのできる大鬼である。


「……それじゃあ、ご飯の相談を先にしよっか。散歩はいつでもできるしね」

(永遠にしたくないんだが……)


 とりあえず、運動不足の解消よりも、食欲の方が勝ったらしい。

 実際、クツロ以外の全員が、食欲に問題を抱えていた。

 このままだと、食料があるのに餓死しかねない。


(流石の魔王も、飯がまずいという理由で俺たちが追い詰められているとは思うまい……)


 緊張感に欠けるようで、切実な状況。

 そんな一行が前線基地の門に向かっていると、上がっていく扉から出てくる男たちがいた。


「ああ、君たちか。初めての狩りは無事終了したようだね」

「はい、ジョーさん。なんとかなりました」


 ジョー・ホースと、彼に引率されている討伐隊志望者たちだった。

 当たり前だが、昨日とはメンツが変わっている。人数は十人ほどで、全員が同じマークを革鎧につけていた。

 見た限り、同じパーティーに所属しているようである。


「やたらデカい虎と、たくさんの狼に囲まれまして……」

「ああ、タイラントタイガーとデスジャッカルだね」

「分かるんですか?」

「私もここに来て長いからね……と、すまない。彼らを試験しなければならないんだ、これで失礼するよ」


 シュバルツバルトなる森に入る道は、一つではない。

 どれもがまっすぐ一本の道になっているそうなのだが、ルートそのものは五つある。

 ジョーと試験を受ける面々は、狐太郎が入った道とは、また別のルートに入っていこうとする。

 だが……。


「なんだ、あんなボンクラでも、この街ではBランクになれるのか」


 すれ違いざまに、結構なことを聞こえるように言っていた。


「見栄えがいいだけのモンスターを連れてるってことは、よっぽど生身の女と縁がないらしいな」

「どうせ金持ちのパパにでも買ってもらった、絶対服従の奴隷だろうぜ」

「よっぽど男として自信がないから、あんな風なモンスターに持ち上げられているんだろうぜ」

「ははは! まったくだ!」


 中々痛いところを的確に突いていた。


(なんて的確な分析能力なんだ……)


 ホワイトなる少年にも言われていたことなので、周囲からすればよほど分かりやすいのだろう。


(これからもずっと言われるんだろうなあ……)


 一切解消の見込みがない周囲からの視線。 

 それを想うと、中々切なくなってしまう。


「ふんだ、関係ないくせに、ひどいこと言って!」

「相手にしても仕方ないわ。アカネ、さっさと基地に入りましょう」

「クツロの言う通り、関わるだけ損というものだ」


 アカネは露骨に怒っており、クツロやコゴエはそれを諫めつつも怒りを隠しきれていなかった。

 ただ、その一方で……。


「タイラントタイガーなんかよりも、ああいう人たちと戦いたかったわ」


 ある種好意的な視線を送っていたのは、今回戦ったササゲだった。



「お疲れ様です、成果を確認させていただきますね」


 役場に戻ると、やはりとても好意的な対応をされた。

 お役所仕事以前に、自分たちの命がかかっているので当然だった。

 なにせ嫌われたら、最悪助けてもらえないかもしれないし。


「タイラントタイガーが一頭と、デスジャッカルが多数……ああ、デスジャッカルは不要です。これCランクですから」

「Cランク? あの、えっと……タイラントライガーのランクは……?」

「もちろんBです」


 てっきりAランクかと思っていたが、実際にはマンイートヒヒと同等らしい。

 いまいち基準がわからない話である。


「報酬は後程お渡ししますね」

「あの、一応お伺いするんですが……私たちが嘘をついている、とかは思わないんですか?」

「Bランクのタイラントタイガーは一頭分だけなんですから、盛り様がないと思うんですけども……」

「別の場所からタイラントタイガーの尻尾を持ってきたとか……」

「大赤字だと思いますが……」

「偽物だとか……」

「私たちは年中Bランクの死体を見ていますからね、見分けに関しては誰よりも優れています。私たちの目をごまかせる贋作は、やはり大赤字ですよ」

 

 どうにもすんなり話が進み過ぎていて、腑に落ちない狐太郎。

 はいどうぞと尻尾を置いて、ああはいはいと数を確認して終了である。

 商用利用する気が一切ないこともあって、ただ鑑定しておしまいになっていた。


「いや~~それにしても、タイラントタイガーをあっさり狩れるなんて、凄いですよ!」

「や、やっぱりそうなんですか? マンイートヒヒとかよりも、大分強かったのでびっくりしましたが……」

「マンイートヒヒは強さとしてみると、Bランクの中ではそんなに強くないです。タイラントタイガーは、Bランクの中では真ん中ぐらいですね」


 流石はこの前線基地の役場に勤めているだけはある。

 きっちりと知識はあり、説明ができていた。


「ただマンイートヒヒはものすごく群れをつくりますし、かなり積極的に人里を襲うので脅威度は高めです。タイラントタイガーはCランクのモンスターを従えてはいるんですが、同じ種類では群れをつくりませんし、積極的に人里を襲わないこともあって脅威度は低めです」

「じゃあ、倒してもそんなにお金になりません、とか……」

「シュバルツバルトの場合はそうではないんですよ。タイラントタイガーの縄張りがなくなりますから、その分人里が襲われることはなくなりますからね」


 心底から嬉しそうに、とても喜ばしい顔で、もってきた尻尾を見ている。


「いや~~狐太郎さんたちが来てよかったですよ! 本当に安心できます!」

「そ、そうですか……」


 なお狐太郎は、これから現れうるAランクのモンスターに恐々としていた。

 今のところは何とかなっているが、Bランクでしかないタイラントタイガーでさえ鎧袖一触とはいかなかった。

 もっと強いのがごろごろ出てきたら、この四体で身を守り切れるのかわからない。


(盾役か斥候がいればな~~、いやそもそも俺がいらないんだが……)


 何度嘆いても、状況は改善しない。

 狐太郎は真面目に業務を確認することにしていた。


「それで、今後はどれぐらいの頻度で狩りをすればいいんですか?」

「そうですね……基本的には、討伐隊の皆様にお任せしています。一月に一度しか狩りをしないパーティーもいらっしゃいますし、逆に毎日狩りを行っているパーティーもあります」


 出来高払いの職場であるらしく、なんともあいまいな返事だった。

 毎月安定した給料をもらっていたサラリーマンとしては、逆に困る返答である。

 そんな自由はいらない、という奴だった。


「なにせここは前線基地。ただ暮らしているだけでも、この前線基地を防衛するという役割をこなしているわけです。この前線基地を長期間無断で離れることがない限り、私たちが咎めるということはありません」

「……この前線基地を離れてもいいんですか?」

「そりゃあそうですよ。私たちは違いますけど、貴方達ハンターを拘束できるわけがありませんし、牢屋と言うわけじゃないんですから。今でも、一つのパーティーが近くの街に出向いています。あと半月ほどで帰ってくる予定ですね」


 物凄く幸せが逃げていきそうなため息が吐き出される。

 Bランクのハンターにはある程度の自由があるが、役場の人間にはないらしい。


(そうか……じゃあある程度お金がたまったら、近くの街に行ってレストランとかに入ればいいのか。あれば、だけれども)

「あ、でも。狐太郎さんにはあまりお勧めしません」

「な、なぜ……」

「いくら魔物使いに飼われているとはいえ、モンスターが街の中に入るのは嫌われますからね。どうしてもというのなら、狐太郎さんおひとりという形になると思いますが」

(そりゃそうだ!)


 この前線基地だからこそ四体はほぼ野放しでも許されている。

 しかしたくさんの人々が暮らす街ならば、モンスターが檻に入らず歩いているなど許されまい。


「……あの、ご主人様?」

「大丈夫だ、俺一人でどっかに行かないから」


 不安そうにしているアカネへ、なんとか笑いかける。

 実際のところ、守ってもらえる保証もないのに、治安が定かではない土地で大金を持ち歩くなど正気ではない。

 おそらくFランクのモンスターにも劣るであろう狐太郎にとっては、シュバルツバルトも異国の街も大差がなかった。


「何処かに行くときは、みんな一緒だよ」

「ですよね!」


 元気を取り戻したアカネは、とても嬉しそうに笑っている。

 他の三体も口には出さないが、嬉しそうに笑っていた。


「では少しお伺いしたいんですが……食事についてなんですけども」

「……やはりお気に召しませんか」

「え、ええ……」

「狐太郎さんはモンスターも含めて身なりがよろしいので、前線基地の料理が口に合わないかもしれないと思っていたんです……」


 どうやらこの街の食事は、この世界基準で言ってもよくないらしい。

 前向きに考えていいのか、後ろ向きに考えていいのかわからなかった。


「ただ、今の前線基地に、ちゃんとした食事をご提供できる場所はありません。アッカ様が引退なさるまでは、専属でシェフの方もいらしていたんです」

「アッカ様……引退したという、Aランクの」

「ええ……正直、引退を撤回して、ずっと前線基地にいて欲しかったんですが……」

(正直すぎる……)

「自分だけ、貴族の家に婿入り……! 酷いです、私たちもついでに何とかして欲しかった……!」

(あからさますぎる……)


 質問しただけなのに、愚痴を聞く羽目になっていた。

 どうやら相当鬱屈したものを抱えていたらしい。


「とにかく、Aランクのハンターが在籍していない以上、この前線基地は非常に危険です。どれだけ高額の報酬を約束しても、まともな料理人はここまで来ないでしょう」

「命は大事ですからね……」

「なので現在在籍している討伐隊の方がAランクになるか、あるいは外からAランクのハンターがいらっしゃるまでは、今のお食事で我慢してください」


 どうやら現状では、今以上の食事は望めないらしい。

 クツロ以外の全員が、とても分かりやすくがっくり来ていた。


「Aランクの人が来たら、シェフとか料理人の方も来てくれるんですね? こんな危ない場所でも」

「ええ、なにせAランクですからね。そりゃあもう凄いですよ」


 どうやらAランクのハンターとは、周囲から物凄く信頼されているらしい。

 そのハンターが一人いるだけで、どんな危険地帯でも安心できる、守護神のような力をもっているようだ。


(その人がいるときに来ればよかったな……)


 その守護神が不在の、超危険地帯。

 どれだけ報酬が良くても、飯がまずいことも加わって、地獄のようなことになっていた。


「では報酬をご用意しますので、少々お待ちください。ちゃんと現金でお渡ししますので」

「そうですか……ではお願いします」


 報酬がどの程度の価値があるのかわからず、しかも使う当てがない現状である。

 なので何一つ心が湧きたたないのだが、それでも受け取らないわけにはいかないので待つことにした。


(危険地帯だからまずいメシしか食えないけども、危険地帯だからこいつらと一緒に行動できる……ままならないもんだ)


 長椅子にこしかけてため息をついていると、隣にどっしりとアカネが座り込んでいた。

 その表情は、とてもにこやかである。とてもではないが、当分まずいメシばっかり食うことになった顔ではない。


「どうしたんだよ、アカネ」

「だって~~! ご主人様、私たちのこと置いて行かないでしょう?」


 どうやら捨てられるかもしれない、置いて行かれるかもしれないと、本気で危惧していたらしい。


「私たち、ずっと一緒だよね! ね、ご主人様!」


 子犬のようになついてくる火竜。

 怖いような頼もしいような、恐ろしいようなである。


(……なんて、なんて純粋な瞳だ)


 とてもではないが、耐えられる好意の重さではない。

 寄せられてくるのは全幅の信頼であり、まさにラスボス戦を乗り越えた信頼だった。


(こいつらを捨てるとか……むしろ俺が捨てられたら困るぐらいなのに……)


 その心中がわかるだけに、温度差が著しい。

 熱ければ熱いほど、逆に冷えてしまう。


「ああ……そんな恥ずかしいこと言うなよ、照れるだろ」

「いいじゃん、いいじゃん! 照れちゃえ照れちゃえ!」

(照れるっていうか、騙しているみたいで気分が悪いんだけども……)


 他の三体からも温かい目で見られている。

 この空気にも慣れなければならないのだろうか、そう思っていると……。


「おい、ふざけんじゃねえぞ!」


 なんとも荒っぽい、血気に狂った男の声が聞こえてきた。

 聞こえてきたどころではない、痛いほどに鼓膜を震えさせていた。


「あ、ああ?!」


 何事かと思って周囲を見ると、そこには血まみれになったハンターがいた。

 出血しているだけではなく、明らかに肉がえぐれている。どう考えてもすぐに病院へ行くべきなのだが、自分の足でしっかりと立って、大きな声で文句を言っていた。

 それも一人二人ではない、十人近くの怪我をしている大男が全員怒っている。


(すげえ元気だ……脳内麻薬でも分泌しているのか?)


 役場の受付をしている女性へ、すさまじい怒声を浴びせている。

 見るからに、なにがしかのトラブルが生じているようだった。


「こっちは死ぬ思いで帰ってきたっていうのに、なんも渡さないで帰れたぁどういう了見だ!」

「ですから、今回は依頼ではなく、討伐隊への入隊試験です。不合格の場合は保証をしないと、試験の用紙にもきちんと書いているでしょう?」

「その通りだ。一旦落ち着いて、まずは治療をしようじゃないか。治療費ぐらいは持っているだろう?」


 先ほど狐太郎と入れ違いに、シュバルツバルトへ入っていった男たち。

 引率を担当していたジョーは、なんとか彼らをなだめようとしているが、それでも止まる気配がない。


「そういう問題じゃねえ! いいか、俺達は確かに森に入った! 森の中にいたタイラントタイガーを倒したんだぞ!」

(あれを人間が倒したのか?!)


 先ほど自分たちが戦ったばかりの相手と、彼らは遭遇してしまったらしい。

 もちろん別の個体であることは確実なのだが、それでもあれだけの強さをもったモンスターを人力で倒したことは驚愕である。


「マンイートヒヒみたいな雑魚じゃねえ、大物だ! だってのに不合格で、その上タダで帰れだと?!」


 はたから聞いていると、怒っている不合格者たちの方が正しいようである。

 死ぬ思いをしたのに、モンスターを何とか倒したのに、不合格と言われた挙句何も渡されずに帰されるのだから。

 まさに骨折り損のくたびれ儲けである。しかも、わりと比喩になっていない、直喩である。


「合否の判定をしたのは私だ、文句は私に言えば良いだろう。とりあえず、ここから出ようじゃないか!」


 そんな彼らを、ジョーは必死で止めていた。


「ここでもめるのはまずい、それぐらいわかっているだろう?」

「知るか!」


 だがしかし、まるで聞く耳を持たなかった。


「俺達が字を読めないからってバカにしてるんだろう! とにかくさっさと、俺達を合格にして、Bランクにして、報酬をよこせ! 当たり前の話だろうが!」


 理屈から言えば、ジョー達の方が正しいのだろう。

 だがしかし、難癖をつけている側も必死であり、心情も共感できてしまう。

 なので狐太郎も、不合格者へ嫌悪を抱けなかった。

 

(荒くれ者相手の受付ってのも、大変だなあ……)


 その一方で、受付をしている女性にも同情する。

 おそらくではあるが、割と頻繁に起こることなのだろう。猛烈なクレーム対応も、彼女にとって仕事の内なのだ。

 果たしてどう治めるのだろうか、固唾を呑んで見守っていると……。


「失礼ですが、アナタは……Dランクのパーティー、東風隊のバージですね?」

「Dランクだからなんだ! 馬鹿にしているのか?! 俺たちはタイラントタイガーだって倒したんだぞ!」

「ああ、はいはい、わかりました」


 冷淡な受付嬢は、とても横柄な態度をとっていた。

 それを見たジョーは、何かを諦めた顔になっている。


「東風隊は、降格。Eランクからやり直してください」

「……は?」

「聞こえませんでしたか? 貴方達は、今からEランクです」

「ふ、ふざけんな!」


 昇格を狙っていたはずが、突然の降格である。

 開いた口が塞がらないとは、まさにこのことであろう。


(ちょっと……え、ええ?!)


 日本での常識的なクレーム処理と違い過ぎる対応に、狐太郎も驚きを隠せない。


「いいですか? よく聞いてくださいね? 貴方達は、今からEランクです。今後はDランクと名乗ったら詐欺罪に当たりますので、今後はちゃあんとEランクと名乗ってくださいね?」


 荒くれ者を相手に、彼女は露骨に見下した対応をしていた。


「はい、ジョー様、お願いしてもよろしいですね?」

「ああ……流石に弁解の余地はない」

「ふざけんな、ババア!」


 受付をしている女性は、控えめに言って『二十年前は美少女だった』であろう女性である。

 少なくともババアと呼ばれる年齢ではない。


「Fランクで」

「いや、ちょっと、それはないだろう?」


 ひきつった笑みを浮かべる女性は、二階級降格を言い渡していた。

 流石にそれには、ジョーも異論を申し立てる。


「何か?」

「侮辱されたことは腹立たしいだろうが、だからと言って一気にFというのは……」

「私は、職務において、許されている権利を行使しているだけですよ? 国家に仕える役人への暴言を吐くハンターなんて、最下級がお似合いだとは思いませんか?」


 明らかに私怨で最下級への降格を決めている女性だが、それを止めることはジョーにもできないようだった。


(そんなぽんぽんFランクにしちゃっていいのか?!)


 この世界においてハンターのランクが、どの程度意味を持つのか未だにわかっていない狐太郎。

 だがしかし、そのランクを一気に二つも落とすというのは、中々尋常ではないと分かってしまう。


「て、てめえ、ぶっ殺すぞ!」

「ああ、はいはい。ジョー様、お願いしますね?」

「……はあ、白眉隊!」


 ジョーが呼び出すと、役場の後方から武装している騎士が現れた。

 東風隊を名乗る面々もかなりの豪傑がそろっているが、それよりも頭一つ大きい全身甲冑の白眉隊。

 東風隊が負傷していることもあって、戦力差は明らかだった。


「彼らを門の外まで連れていけ」

「承知しました!」

(……あれ、もしかして白眉隊って、門番をしていた人と同じなのか?)


 非常に今更なことに気付く狐太郎。

 ジョーを含めて白眉隊の着ている鎧は、門番を務めていた男と同じだった。


「ご主人様、お気づきになりましたか。どうやら白眉隊とやらは、この基地の役場で大きな役割を担っているようです」


 そのことに、コゴエも気付いているようだった。

 よく考えてみれば、白眉隊も民間のハンターである。にもかかわらず、その隊長と言うだけの男が、試験官を任されているのはおかしかった。


「ち、畜生、放しやがれ!」

「ふざけんな! あんなガキでも合格なのに、俺達が不合格とはどういうことだ!」

「はっきり言え! くだらねえ賄賂でも受け取ったんだろう?!」


「いいからついて来い。抵抗は無駄だ!」

「怪我をしているのだ、無理をするとあとに響くぞ!」

「今回はあきらめろ、命があるだけありがたく思え!」


 白眉隊の面々は、なんとも煮え切らない顔をしていた。

 役割ではあるので受付嬢に反抗はしないのだが、あまり乗り気ではないらしい。

 なので役場から追い出すことにも時間がかかっていたのだが、それは結果として東風隊をより傷つけるものになっていた。


「タイラントタイガーなんかを倒すのに、そんなぼろぼろになっている人なんて、この基地にはいらないんですよ」


 おそらく、狐太郎と大差ない強さであろう彼女は、自分よりもはるかに強い東風隊を侮辱していた。


「そこの狐太郎様が、あの森で何を狩ってきたと思いますか? 貴方達が必死になって倒した、タイラントタイガーですよ。同じモンスターを倒したのに、この余裕ですよ? 力の差がわかりませんか?」


 優位な立場であることを、最大限に生かしていた。

 そのうえで、全力であざけっている。


「故郷に帰って自慢したらいいじゃないですか、タイラントタイガーを倒したって。きっと自慢になりますよ、この基地の外でならね。この基地ではごろごろ倒されている、雑魚モンスターだっていうのに……。このシュバルツバルトで、Bランクのモンスターが大物なわけないじゃないですか」


 とても、楽しそうだった。


(この人……絶対性格が悪い……文句を言ってきた人をどう馬鹿にするのか、ずっと考えているタイプだ……!)


 まさに、見るからに、性格が悪かった。


「ほらほら、仕事の邪魔しないでくださいよ、Fランクパーティーさん! 貴方達は、ここにいちゃいけないんですから!」


 白眉隊の面々も、物凄く引いている。

 受付をしている女性のひどい言い草を聞いて、眉間にしわをよせている。


「ふざけやがって! ぶっ殺してやる!」

「おい、てめえら、放しやがれ!」

「ババアが、てめえ覚えてろよ! モンスターの餌にしてやるからな!」


 外に引きずられていく東風隊。

 その彼らの暴言は、おそらく脅しではなく本気だろう。

 白眉隊に拘束されていなければ、今この場で彼女は殺されていたに違いない。


「あっはっはっはっは!」


 もちろん殺人は悪いことなのだが、殺されても仕方がないようなことをしている、そんな顔をしていた。


「……あの、よくわからないんですけど、Fランクに降格ってありなんですか?」


 狐太郎は自分と同じ表情をしているジョーへ質問していた。


「……アリだ。はっきり言って、彼女の判断は国家の許していることなんだよ」


 許されているからと言って、周りがどう思うかは別である。

 少なくとも彼は、釈然としていない顔をしていた。


「ホワイト君が昨日言っていたので、君もさわりぐらいは知っているだろう。仮にBランクの魔物を倒せても、Bランクのハンターになれるわけではない」


 この世界における常識を、ジョーはとても丁寧に話し始めてくれた。


「昔はとても単純だったそうだ。モンスターをAからFの六段階に分けて、各ランクのモンスターを倒せればそれだけで相応のハンターランクが与えられていたらしい」


 Aランクのモンスターを倒せれば、Aランクのハンター。

 Fランクのモンスターしか倒せないなら、Fランクのハンター。

 なるほど、とても分かりやすい指標である。


「ただ、当時も問題があったそうだ。なにせモンスターが六種類しかいないわけでもないし、同じ種類のモンスターでも強さにばらつきがある。特定のモンスターと戦うことを専門としていて、他のモンスターはからっきし、というケースさえあったそうだ」

「なるほど……」


 言われてみれば当然である。

 ジョーも狐太郎も同じ人間だが、月とすっぽんである。

 赤ん坊のマンイートヒヒとか、老いぼれたタイラントタイガーとかなら、普通よりも大幅に弱いということも考えられる。


「ただそれよりもずっと問題になっていたのは、雇う側からの苦情だった。Bランクのハンターなのだからさぞ凄いのだろうと思って雇うと……」

「雇うと」

「雇い主を相手に暴行や恐喝をしたり、ひどいときには山賊の手引きをしたこともあったらしい。そこまで行かなくても、報酬のことでごねることは頻発していたそうだ」


 確かに、先ほどの東風隊も同じことをしていた。

 字が読めないことを盾にして、契約をいい加減なままに自分に都合のいい話へもっていく、というのは確かに褒められたことではない。


「一応、ハンターのランク付けは国家公認だからね。雇い主である隊商や行商人、貴族たちから国家へ苦情が寄せられた。そこで現在の形になったわけだ」


 昨日不合格になったホワイトは、面倒な仕事をしないとランクが上がらないと文句を言っていた。

 彼が間違ったことを憶えていたわけではなく、ただの事実であったらしい。


「CランクになるにはCランクのモンスターを倒せるだけでは足りず、地道に仕事をこなして信頼を勝ち取らなければならない。さらにBランクになるには、それらに加えて出自がしっかりとしていなければならない。そのためBランクのモンスターを倒せるのに、それ以下のランクになっているハンターはとても多いんだ」

「じゃあ、どこで生まれたのかもはっきりしていない人は、どう頑張ってもCランクにしかなれないと……」

「そのとおりだ。とはいってもね、Cランクになるまでには大抵仲良くなった雇用主の一人や二人はいるものだよ。特定の商家と専属契約を結べば、もうランクなんて関係ない。しっかりと定期的な報酬がもらえるというものさ」


 真面目にコツコツ頑張っていれば、どんなハンターも評価されて定期収入を得られる。

 逆に雇う側にしても、ランクの高いハンターはそれだけで信頼できるのだから、雇う時に悩んだり困ったりすることがない。

 そこまで悪いシステムだとは思えなかった。


「とはいえだ、Bランクの魔物を倒せるのにFランクやEランクになっているハンターもたくさんいるということだよ。そして商人たちも、わざわざそういうハンターを雇うことはない。仮に雇うことがあっても、実力相応ではなく足下を見るのさ」

「どれだけ強くても、同じランクの人と同じ報酬しかもらえないと」

「実力に自信がある者からすれば納得できないだろうが、実力よりも重要なことはたくさんあるんだよ」


 はあ、とため息をつくジョー。

 その悪くないシステムも、悪用しようと思えば悪用できるのだ。


「だからこそ、さっきの彼女が東風隊のランクを下げたことも、常識に外れているわけじゃない。彼らは試験の合否にケチをつけるどころか、試験に参加しただけなのに報酬までもらおうとしたからね、降格の理由には十分だよ。彼らが後で抗議をしても、あいにくだが庇うことはできないな」


 彼女は明らかに、最初から降格させる目的で挑発をしていた。

 東風隊は暴力に訴えようとしていたが、彼女は権力にものを言わせたのである。

 はっきり言って、どっちもどっちだった。


「そんな彼らがここに来たのは、シュバルツバルトの討伐隊に合格すれば、今言ったすべてをすっ飛ばしてBランクのハンターになれるからだ。実際君も、何の身元証明もせずにBランクのハンターになれただろう?」

「そ、そうですね……」

「Bランクになれればもらえる仕事も増え報酬も高くなり、嫉妬や羨望の対象になる。だからこそ、この前線基地に来る腕自慢は多い。ここでは純粋に、モンスターを狩れる実力だけが評価されるからね。ただしその水準は、通常のBランクよりもはるかに高いというだけで」


 ハンターの多くが羨む、Bランクと言う階級。

 それを特になんの感慨もなく手に入れた狐太郎は、なんとも言えない気分になってしまっていた。


「……ただね、許可されているからと言って、妄りに強権を発動させていれば当然恨みを買う。周囲からの印象も悪くなるから、降格の乱発はやめた方がいいとは思っているんだよ。私にそれを口出しする権利はないのだがね」

「俺は、Bランクを自慢するのをやめておきます……」

「そうしたほうがいい。嫉妬や羨望は、暴力に直結しかねないからね」



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 別に料理人居なくても、調味料や塩すら仕入れられないの? というか、最低でも塩分は取らなきゃ死ぬっしょ
[良い点] この、なんというか、ただ強いだけのやつは"現実"(まぁ異世界だけど)の社会じゃ通用しない。みたいな流れに先生節を感じる。 めっちゃ頷ける。
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