山雨来たらんとして風楼に満つ
公女リァンは、誠実な人間である。
だからこそ友人であっても殺すし、その殺した友人の兄から『弱いので邪魔だ』と言われても堪える。
他意があろうがなかろうが、その言葉は真実だ。
この地にいる以上、公女の地位に意味はない。自分は公女なのだから配慮しろなどとは、彼女は口が裂けても言わないはずだ。
彼女自身が、一番よくわかっているのだ。
自分がどれだけ頑張っても、この基地で前線を張れるほどの実力がつくことはないと。
だがそれでも、諦められなかった。だからこそ今日まで鍛えてきたし、今ここに居るのである。
活躍することはできない、役割もない。だが足手まといにだけはならない。
彼女は涙を切って自分を奮い立たせて、向かってくるモンスターに備える。
タイラントタイガーたちは、麒麟やコチョウ達が抑えている。
多いと言っても十頭程度なら、彼らの許容量を超えることはない。
しかし千に達するかというデスジャッカルたちは、前線を潜り抜けて孤立しているリァンに迫る。
「来なさい!」
戦斧を背負っているリァンは、殺到してくるデスジャッカルたちを迎え撃った。
「えい!」
ビンタ、いや掌底が一体目に当たる。
デスジャッカルの頭蓋骨は、その一撃で粉砕されていた。
「やー!」
二体目に振り下ろされる、鉄槌打ち。
握りこぶしをハンマーのように振り下ろす打撃技が、デスジャッカルの背骨を打ち砕く。
「たー!」
頭に食いついてくる三体目、その上顎と下顎を両手でつかむ。
握りつぶしながら、一気に引き裂く。
「とー!」
四体目のデスジャッカルの背中を掴み、高く掲げてから自分の膝にたたきつける。
真っ二つに引き裂かれたデスジャッカルは、その瞬間に絶命した。
「え~い!」
突き上げるアッパーが、五体目の腹部に着弾する。
それは柔らかい胴体をぶち抜き、背骨を開放骨折させていた。
「むむ!」
しかし、数が多すぎる。
一体を倒している間に、他のデスジャッカルが襲い掛かる。
乙女に襲い掛かる、ジャッカルの群れ。それらは躊躇なく、遠慮なく、公女の肌に牙と爪を突き立てていた。
「こ、この程度で……!」
これは、昆虫を含めた肉食性の動物に言えることだが、原則として最大の武器は顎である。
鎌のような手が特徴的なカマキリも、その鎌で攻撃をするわけではない。両手はあくまでも獲物を固定するためにあり、昆虫の外骨格を引き裂くのはあくまでも顎である。
ジャッカルや虎、ライオンなども同様で、鋭い爪や太くたくましい前足も、相手を固定するためにある。肌を引き裂くことは本意ではなく、本来は相手の体に食い込んで拘束するためにあるのだ。
モンスターであるデスジャッカルもまた、牙と顎が武器である。
体の中で最も硬質な部位である牙を、咬筋力によって突き立てて引きちぎる。
言うまでもなく、この世界の人間にとっても、致命傷となる攻撃だ。
「私は……足手まといにはなりません!」
しかし、相手が悪かった。
公女リァンは幼少のころから、シュバルツバルトの討伐隊に参加することを夢に描いていた。
それを実現するために、過酷な鍛錬を己に課していたのである。
鍛えに鍛えたその五体は、まさに鋼鉄の凶器。
Bランクの下位に当たるマンイートヒヒの一体ならば、素手で仕留めるほどの破壊力を持っていた。
それを防御に発揮すれば、Cランクの牙と咬筋力では文字通り歯が立たない。
喉笛に食いつかれたとしても、鍛錬を積んだ首の筋肉によって防ぐことができていた。
「ううう~~やあああああ!」
自分の体に噛みついているデスジャッカルたちを、振り回して地面にたたきつける。
もちろんジャッカルたちも離れまいと強く噛む。すっぽんのように、決して離れない。
だがしかし、それはなんの意味もない。
彼女の怪力によって他の仲間や地面にぶつかり、瞬く間に絶命していく。
「私は一灯隊の隊員、リァン……Bランクハンターです! たかがCランクモンスターの百や二百、手こずるわけにはいきません!」
無数の噛み跡が刻まれたリアンの体。
だがしかし、それさえもじわじわと治っていく。
治癒属性を持つ彼女は、その力によって自己治癒を継続させることができるのだ。
「いくらでもかかってきなさい!」
彼女の視点では、雲霞の如く視界を埋め尽くす膨大なデスジャッカルの群れ。
しかしそれに立ち向かう彼女の瞳には、不屈の闘志が燃えていた。
「やぁ~~!」
※
「斧、使わないんだな」
中々感想が出てこなかった狐太郎は、リァンの奮戦を見てとりあえずそう言った。
本人は大真面目だし、周りのデスジャッカルも必死なのだが、彼女の振る舞いと声が一致しなかった。
なによりも、当人は必死で努力をして得た『力』を使っているだけなのだが、素手でCランクモンスターを引き裂く姿はどう見てもモンスターである。
しかしそんなことは口が裂けても言えないので、とりあえず当たり障りのないことを口にしていた。
「ご主人様。失礼ながら、片手で殺せる相手に戦斧を使う意味がないのでは?」
「それはそうだけども」
クツロの説明は合理的だったが、この現実を受け入れかねている狐太郎。
これが彼女の才能、能力、魔法ならまだわかるのだ。しかし彼女は、自己鍛錬によってあの力を得たのである。
つまり、完全に自分の筋肉である。Cランクモンスターを素手で引き裂き、噛まれても平気なほどに筋肉を鍛えている公女とはこれ如何に。
(体脂肪率が低そうだなあ……)
もちろん、彼女が真剣であることは筋が通っている。
彼女は自分の父親が治めている領地を守るために、領地を脅かすモンスターと戦っているのだ。
女性の身であることを含めて、大したものだと思う。鍛えあげた馬鹿力によって、力まかせに素手でひねり殺していなければ。
(もう少しなかっただろうか……)
彼女自身にとっても不本意だろうが、狐太郎としても残念である。
この世界に来て見た、どんなハンターよりも荒っぽく暴力的だった。
連続殺人鬼であることを思えば当たり前なのだろうが、洗練された技術とかは獲得していないのだろうか。
どうして腕力に全振りなのだろうか、勝手な理屈だとは思うが残念である。
狐太郎が知る『高貴な女性でパワーキャラ』は、大抵の場合鉄槌などを用いて戦っていた。それも、マジカル的な何かで筋力を補強しており、ムキムキではなかった。
もちろんそんなことを彼女に言っても『私は自己強化できないので』とか言うだろう。実際、できるならしているはずだし。できるとしても、鍛錬したほうが効果はあるだろうし。
とはいえ、それだけを考えている場合ではない。
狐太郎が後方から戦局を俯瞰すれば、明らかに異常なことが起きている。
狐太郎の知るタイラントタイガーは、デスジャッカルを従えて戦うが、全滅するまでは動かなかった。
今の状況は、タイラントタイガーそのものが複数そろって、積極的に戦っている。
そして、各隊の隊員はそれを見ても驚いていなかった。
「狐太郎君、準備を怠らないでくれ。君が察しているように、この状況は普段と少し違う」
その一方で、白眉隊のジョーは狐太郎に準備を要請する。
狐太郎のモンスターに出番があるということは、それすなわちAランクモンスターが現れるということだ。
「タイラントタイガーが複数現れて、積極的に襲い掛かってくる。これは彼らがAランクモンスターに率いられているからだ」
「……やっぱりですか」
「ビッグファーザーと呼ばれる、超大型のタイラントタイガーだ。その種は、タイラントタイガーを最大二十体まで引き連れ、さらにその傘下のデスジャッカルをすべて取り込み……そのうえで、Bランクの上位に位置するインペリアルタイガーを二体ほど従えている」
「頭が痛くなる数ですね……」
「その通りだ」
狐太郎が今まで目撃したAランクモンスターは、基本的に単独で動いていた。
もちろんハードベアーのように番いで動く種もいたし、エイトロールのような何体と数えていいのかわからない物もいた。
だが、大量の軍勢を引き連れる種族、というのは初めてである。
「通常のタイラントタイガーと同様に、ビッグファーザーは群れが全滅するまで動かない。インペリアルタイガーが撃退されたら、臨戦態勢に入ってくれ」
「……わかりました」
「言うまでもないかもしれないが、ビッグファーザーはAランクの中でもかなりの強者だ。気を引き締めてくれ」
(気を引きしめるのは俺じゃないけどな)
忠告はありがたいが、どうしようもない。
狐太郎はただ頷くだけだった。
※
前線の戦いは、当然のようにハンターが優勢だった。
膨大な数を誇るデスジャッカルは、麒麟の魔法で一掃されてしまう。
加えてタイラントタイガーもそう多くないため、コチョウによる炎の精霊で抑えられてしまった。
なによりも、多くの竜騎士たちが雨あられと矢を放っている。
先日技量を見せたケイは、一人前の竜騎士だった。そして、ここに集まっている竜騎士たちは、超一流の竜騎士である。
高機動力、長射程、そして連携。戦場を縦横無尽に駆け回りながら、クリエイト技を叩き込んでいく。
「ピアスクリエイト、スピアレイン!」
中でも、上空から大量の矢を降り注がせるショウエンは圧巻だった。
彼の宿す貫通属性は、硬質属性と異なり防御に劣るが、その攻撃力は斬撃属性さえ超える。
スピアレインは、細い矢を連続で発射する技である。威力こそ高いものの一発一発の命中率はよくなく、正確に狙わなければ当たらない。
にもかかわらず全弾が命中し、のみならず味方に誤射することもない。ワイバーンの背に乗っている彼は、当然ながら常に揺さぶられながら矢を放っている。
それでも常に成功しているのだから、不落の星に相応しい技だろう。
「そろそろか……」
にもかかわらず、彼の顔は固い。
戦場を見下ろせる彼は、敵の数がどんどん減っていく様を見ることができる。
だがそれは、『本命』が出てくることのカウントダウンでもあった。
ショウエンもここに来るにあたって、それなりの予習は済ませている。タイラントタイガーを束ねる、ビッグファーザーの存在は知っていた。
だがしかし、彼にとってビッグファーザーは本命ではない。とても悔しいことに、Aランクモンスターが出てくれば自分たちの出番はなくなるからだ。
問題なのは、その手前。Bランクの上位に位置する、自分たちが倒せるぎりぎりの敵である。
「来たぞ! 総員、一旦間合いを取れ!」
普段のタイラントタイガーがそうしているように、すべての配下が倒れたところでのっそりと虎が現れた。
サイのように分厚い皮膚をもち、その上にうっすらとタイガーパターンの体毛を生やしている、タイラントタイガーより二回り大きい虎。
Bランク上位モンスター、インペリアルタイガーである。
「いいか、相手はBランク上位! 今までのように、牽制の一撃を見舞おうなどとするな! 全力で攻撃をしなければ、あの分厚い皮膚にダメージを与えることはできないぞ!」
Aランクモンスターが相手なら、全力で攻撃をしてもまったくダメージにならない。
だがBランク上位のモンスターならば、全力で攻撃をすれば一応ダメージは通る。
それでも、簡単に倒せる相手ではない。
白眉隊と一灯隊が力を合わせてようやく倒せるほど、と言えばわかりやすいだろう。
だがそんなことは、この世界に来て日が浅い麒麟でもわかることだ。
タイラントタイガーが子猫に見えるほど、明らかに威厳が違う。
「相手は二体だ! 呼吸を合わせて、一斉に攻撃をするぞ! 一方だけに攻撃を偏らせるな!」
上空から、ショウエンは指示を出す。
彼の配下は当たり前のことながら、麒麟たちやコチョウもそれに従う。
一体ずつ各個撃破など狙おうものなら、自由になった一体によって壊滅的な被害を受けるだろう。
この場で最大火力を持つであろう麒麟とコチョウは、それぞれ別の相手を攻撃しようとした。
「ああ、良かった……僕の出番あったよ」
「良かったですねえ」
それらの作戦の一切を破って、巨大な方天戟が片一方を吹き飛ばした。
黒い長柄の攻城兵器は、大抵の攻撃を無効化する相手を一撃で押しのけたのである。
その光景に、ショウエン達全員が固まった。
「いや~~、僕って連携とかしたことなくて……味方の人に当てちゃったらどうしようかと思ってて……このまんまだと何にもできないまま終わっちゃって、怒られちゃうかな~~って」
先ほどまで森の間際で戦っていた面々が、いったん下がっていた。
それを見てから、ようやく動き出した男が一人。
「僕が片方をやっちゃうんで、もう片方を皆さんでお願いしますね」
ブゥ・ルゥ。
Bランク上位の悪魔と契約している、悪魔使いの当主である。
自分の悪魔と同等の虎を前に、彼は単独で片方を受け持つと宣言していた。
その言葉には、安堵さえ滲んでいる。
「やろうか、セキト」
「ええ、やってしまいましょう」
黒い影の手にまとわりつかれているブゥ、その両手両足から鎖が伸びていく。
「デビルギフト、モォノボリューム」
吹き飛んでいた、しかしほとんど傷を負っていなかったインペリアルタイガーに、その鎖が巻き付いていった。
それは相手の動きを拘束するというよりは、自分と相手を繋ぎとめるための鎖であった。
もちろん、繋がれた方のインペリアルタイガーはそれをちぎろうとする。
しかし、全く以ってちぎれる気配がない。
固定されていないほうのインペリアルタイガーは、相方を助けるべくブゥに躍りかかった。
その速度自体は、さほど速くなかった。しかしその重量、その筋力がタイラントタイガーを越えていることは明白。
無防備に立っている彼は、そのまま死ぬかと思われた。
「効かないんだなあ、これが」
当たらなかった、届かなかった。
インペリアルタイガーの巨大な手は、微動だにしていないブゥにかすりもしない。
「今の僕は、鎖でつながっている相手にしか攻撃できないけども、その代わり他からの攻撃は一切無効。それは僕とつながっている相手も同じで……まあ要するに、どっちかが死ぬまで干渉できないってことで」
強制的に一方的に、一騎討ちをさせる技。
卑怯なのか公正なのか、わからない悪魔の詐欺。
それが発動したことを、ブゥは全員に知らせていた。
「残ったほうはお願いしますね。僕もこっちを倒すまでは、狐太郎さんを護衛できませんから」
ブゥの体から、巨大な腕が生えていく。
巨大な鉄球が旋回をはじめ、Bランク上位同士による戦いが幕を開けようとしていた。
たった一人で、インペリアルタイガーを倒せるハンターなど、この前線基地でもガイセイだけ。
その彼と同じことをしようとしているブゥを見て、誰もが確信する。
「……彼も、Aランクたりえる器か」
Bランクモンスターであるワイバーンに騎乗するショウエンをして、嫉妬や羨望を隠せないがそれでも頼もしい。
負担が一気に半分に減ったのだ、こんなありがたい話はない。
「全員、話は聞いたな! 我等は戦力を一方に集中させる! 戸惑っている今が好機、私の号令に合わせて渾身の遠距離攻撃を叩き込め!」
残った力を叩き込む、その段階に達しつつあった。おそらく、ここからの戦いは先ほどをはるかに超える怒涛の戦いになるだろう。
だがしかし、それでもショウエンもブゥも知っている。所詮、Bランク同士の戦いでしかないと。
これだけの大物を相手にしていても、本当の意味での本番を思えば『嵐の前の静けさ』でしかないのだ。




