獅子の子落とし
踏んだり蹴ったりだった狐太郎が、数日休んでいる間もモンスターの襲撃はあった。
それでもまったく、これっぽっちも支障なく、モンスターの討伐は行われていた。
狐太郎が寝ていても、彼のモンスターたちは律義に働くので、むしろ楽だった程である。
とはいえ狐太郎も律義なので、数日後に復帰するとそのまま基地の守備に就いていた。
その顔には、やけくそ感が漂っている。もうどうにでもなれ、という感じだった。
「さて! 君たちがこの前線基地に来てから、既に半月ほどが経過している! 新しい人員を補充するかどうかは各隊の隊長にゆだねられているが、だとしても本道ではない! 本来ならば試験を受け、己たちだけでこの前線基地で討伐隊に参加できる実力を示さなければならない!」
そして現在、前線基地の城壁の外では、現在の討伐隊全員が集まっている。
白眉隊の隊長、ジョー・ホースが新人たちへ講義をしていた。
「通常ならば、新人の教育もまた隊長たちの裁量。この前線基地で生活すること自体が既に試練であるが、今回は特に新人が多い!」
狐太郎の護衛を募集して試験を行った結果、なぜか他の隊に新人が参入するという珍現象が発生した。
各々が事情を抱えているものの、各隊の隊長がひいき目を抜きにして『この基地でやっていける』と認めた実力者ばかりである。
だがしかし、試験を経ずに裏口で討伐隊に参加したようなものである。
狐太郎でさえ一応は『自分がそろえた戦力』で試験に合格したのに、彼らは自分だけではやっていけないことを認めたうえで他の隊に滑り込んだのだ。
これを常習化させれば、この前線基地の質は一気に下がるだろう。
「よって本日の防衛戦は、新しく参入したハンターだけで行わせてもらう! もちろんAランクモンスターが現れた場合はその限りではないが、それ以外のBランクやCランクは各隊の新人だけで対処してもらう!」
厳しいことを言っているジョーだが、何気に彼の引き入れたマースー家の竜騎士たちが一番数が多い。
その点も含めて、彼は強く戒めているのだろう。
「討伐隊の参加試験同様に、君たちが危機に瀕しても我々は助けない! Bランクの上位が現れようとも、君たちが全滅するか基地に被害が出るまでは戦わない! これは安易な方法でBランクハンターになった、君たちへの試練だと思って欲しい!」
そして、当の竜騎士たちも顔を引き締めている。
ジョーの言葉は厳しいが、だからこそ正規兵だったものには慣れ親しんだものだろう。
「ごほん……一灯隊に入隊した、公女リァン様も参加していただいている。明言しておくが、彼女もまた新人でありBランクハンター。一灯隊の隊員同様の扱いであり、決して必要以上の対応をしないように!」
物凄くムキムキで、巨大な長柄の戦斧を担いでいる公女リァン。
体格を見るだけでは信じられないが、この場では一番弱いであろう戦士だった。
その彼女自身が、特別扱いを嫌がっている。もちろん、周りの新人全員が迷惑に思っていた。
「それから……それから、Aランクハンター虎威狐太郎殿の護衛としてこの基地に務めているルゥ家当主、ブゥ・ルゥ殿だが……彼はハンターではないので、本来参加義務はない。だが当人の希望により、本日の試験に参加している」
死んだ顔をしている、希望もない表情のブゥ。
彼は自主的に参加を表明したが、もちろん喜んで参加したわけではない。
彼の従者であるセキトが『公女様が参加するのに貴方が参加しないとまずいんじゃないですか?』というアドバイスをしたので、不承不承参加したのだ。
そんな彼は、皮肉にも狐太郎と顔が一致している。
「我らはBランクハンター! 大公様より、カセイの守りを任された討伐隊! その一員であることを忘れずに、全力で臨んで欲しい!」
先日の人事で、正式に貴族へ復帰したジョー。
正規軍としての武装が何時にもまして輝かしい彼は、まさに城主としての威厳を持っていた。
もちろん、名義的な城主は狐太郎なのだが。
(もう彼がAランクハンターでいいような気がする……)
その狐太郎自身、ジョーが陣頭に立ち説明をしていることに安堵を覚えていた。
彼がいなかったら、自分がこの手のことを企画して主導しなければならない。
いくら何でも、荷が重すぎることだった。
「では、各隊の隊長は、新人たちへ激励の一言を!」
「では! この一灯隊隊長、リゥイが!」
何時ものようにハキハキとしゃべるリゥイが、ジョーに続く形で新人たちに激励を行う。
なおその表情は、どう見ても激励を送るものではない。物凄い怖い顔をして、リァン以外をにらんでいた。
おそらく彼は、リァンのことは信頼しているのだろう。自分の隊に入れたことを含めて、全面的に信じているのだろう。
だがしかし、他の隊員は違う。特にブゥや麒麟たちへ、敵意さえ向けていた。
「我々討伐隊は! カセイを守るために存在している! 私たち討伐隊への給金は、カセイの民の血税によって賄われている! つまりお前たちは! カセイを死んでも守らなければならない!」
凄い物騒なことを、力いっぱい宣言するリゥイ。
彼の後ろ姿を見ている狐太郎でさえ、ドン引きである。
彼に向かっているブゥは、さらにドン引きである。
「その上で! この基地も守らなければならない! 先日の襲撃では、この基地に多くの被害が出たが……その修繕もまた、市民の血税によるものだ! 壊れたものを直すにも、多大な資金が必要とされる! 今回戦力が増強されたのだから、基地の修理費が大幅に削減されるのも当然である!」
カセイにある孤児院の育ちで、血税を納めている側だった彼は、当然のように厳しいことを言っていた。
もちろん、本気である。一灯隊の隊員も、それに全面的に従っていた。なおリァンもまた、同じように頷いている。
「既に従事している俺達がいるんだから、手抜きしても大丈夫だろうだとか! 金だけもらって適当に遊んでやろうだとか! そんなことを思っている奴はモンスターの餌にしてやる!」
(最後で本音が漏れたな……)
拡声器も使っていないのに、物凄く響く声だった。
多分、狐太郎やブゥに向けたものであろう。それが伝わってきたので、ブゥも狐太郎も青ざめていた。
相互理解とは、かくも悲しいものである。
「奮戦しろ! 以上!」
「じゃあ、次は私が……」
熱く語ったリゥイに続いて、穏やかな顔をしているシャインが前に出た。
そして、申し訳なさそうにコチョウを見ている。
望んでここに来たわけではない、しかしここに来ざるを得なかった隊員を憐れむ。
そのうえで、私情を殺して全員へ激励を送った。
「蛍雪隊の隊長、シャインです。私は他の隊の新人さん達のことはよく存じていませんが、各隊の隊長のことはよく知っています。誰もが責任感を持って仕事に臨んでいる、信頼のできる人たちです」
Aランクの竜でさえ、近づくことも嫌がるシュバルツバルト。
そこで討伐隊を務めている隊長たち、彼らは全員がBランクに足る器だった。
「彼らの信頼を裏切らぬように、実力を発揮してください。私からは、それだけです」
とても穏やかな激励だったのだが、マースー家の竜騎士たちとコチョウにはものすごくダメージがデカかった。
彼らはその信頼を裏切った側なので、どうしても素直に受け止められなかったのである。
「ちょっと失敗しちゃったかしら……」
「はっはっは! いいじゃねえかよ、シャイン! 気にすんなって、ここで信頼を一から作り直せって言いたかったんだろ?」
「そうだけど……」
「まあいいじゃねえか、しょぼくれるべき奴がしょぼくれているってだけの話だしな!」
快活に笑うガイセイは、シャインに代わって前に出る。
「まあ激励って言うか忠告だが……ここに居る新人たちは、どいつもこいつもハンターじゃねえ。ここにきてハンターになった奴らばっかりだ。強いんだろうが、モンスター退治の専門家じゃあねえ」
そしてやはりというか、意外にもまともな忠告だった。
「モンスターはな……命乞いをしても聞かねえし、憐れんで助けてもくれねえ。優しくとどめをさすなんてこともせずに、生きたまま食ってくる。それが、普通のモンスターだ」
にやにや笑っているが、決して誇張ではないし、怖がらせようとしているわけでもない。
「ここじゃあ弱い奴も強い奴も食われて死ぬ、相手がバカみたいに多いからな。じゃあどうすればいいか? 超強くなれ! 今よりも強くなれ! それができると証明しろ! ここはそういう場所なんだからな」
豪傑の言葉に、全員が震える。
抜山隊隊長にして、アッカの後継者とみなされている男。
彼の言葉は、恐怖と勇気を同時に起こさせるものだった。
「んじゃあ最後は、ここのカシラである狐太郎から頼むぜ」
「え」
「え、じゃねえよ~~お前がAランクハンターなんだから、ほらほら~~びしっと言ってやれよ~~」
しかしこの豪傑、不真面目である。
彼は一転して、狐太郎にパワーハラスメントを仕掛けた。
「え、ええっと……」
社会人ではあるが、社長でも政治家もでもない狐太郎。
彼は自分に視線が集中する状況に、慣れていなかった。
そもそも他の隊長たちが言うべきことを言っていたので、特に哲学もない彼は言えることがない。
「えっと」
ちらり、と後ろにいる四体を見た。
やはりというか、狐太郎が何か言うべきと思っている。
「はぁ……」
改めて、横を見る。
そこには抜山隊、蛍雪隊、一灯隊、白眉隊の隊員がいる。
前を見る。
そこには、麒麟、コチョウ、リァン、ショウエンたちがいる。
名義上は、全員が彼の配下である。
「え~~Aランクハンターの虎威狐太郎です。言うべきことは特にないですが……私が、自分で何をするべきなのかは知っています」
Aランクの竜たちが近づかないこの基地で暮らしていく、同僚たちに宣言した。
「Bランク以下は倒してください」
弱いようで、強い言葉だった。
「Aランクは、俺達が何とかします」
Aランクモンスター。
その脅威を知らないものは、この基地にいない。
麒麟たちでさえ、ガイセイと戦ってその恐ろしさを体感している。
彼の背後に控えている、四体の魔王。
彼女たちを従える狐太郎こそ、まさに虎の威を借りる狐なのだろう。
だがしかし、『虎』たちは全員が彼に従っている。その威は、決して偽物ではない。
「えっと、以上です」
この場の全員が束になっても及ばない、Aランクモンスター。
その一点だけは気にしなくていいと言い切る彼に対して、安堵を覚える者もいた。
どんな形であれ、庇護者に悪感情は抱けない。
前線基地の最前線に立つ新人たちは、居住まいを正して狐太郎に敬意を示していた。
「ありがとう、狐太郎君。では、モンスターの襲撃があるまで、ここで待機!」
白眉隊のジョーが、最後に〆た。
モンスターの襲撃が、今日確実にあるとは限らない。
しかし彼は直感的に悟っていた。
今日、程なくして、モンスターの群れが襲撃をしてくると。
※
狐太郎を含めて、各隊の隊員は今回観戦側である。
新人ハンターが全滅して、モンスターが自分たちに向かってきたとしても、それでも普通に迎撃できるだけの自信がある。
それも、他の隊が全員そろっているのだ。はっきり言って、普段よりもずっと楽な仕事である。
流石に酒を飲む者はいないが、肉やら水やらを持ちこんでいる者は多い。
主に、抜山隊であるが。
「はぁ……大丈夫かしら」
割と余裕そうな他の隊と違って、シャインや蛍雪隊はやや危ぶんでいた。
炎の精霊使い、コチョウ・ガオ。彼女を一人で送り込んだことを、正直に言って悔やんでいるようである。
「あの子は以前、Bランクモンスターを撃破しているわ。でも……ここは数が多い。従軍経験もなく、大量のモンスターを相手にやり切れるかしら……」
本来であれば、断りたいところだった。
蛍雪隊はもともと、スロット使いである彼女の補佐として集められた面々である。
隊員の質が最も低く、今回の試験を越えられる者はほぼいないだろう。
だがそれでもシャインがいればどうにでもなるのだが、今回の趣旨に反している。
「そんなに心配なら、断ればよかったんじゃ?」
「アカネちゃん……そういうわけにもいかないのよ。ここには、リァン様がいらっしゃるわ。あの人が自ら参加しているのに、コチョウちゃんを下げるわけにはいかない……」
戦闘能力の意味でも、リァンこそが一番場違いだった。
如何に体を鍛えているとはいえ、攻撃的な属性を宿していない彼女では殲滅力に限界がある。
その彼女でさえ、一灯隊から一人で参戦している。であれば、火の精霊使いであるコチョウを参加させないわけにはいかない。
「心配だわ……」
「それには及ばないかと」
危ぶむ彼女を、コゴエが勇気づけた。
「彼女は一人ではありません」
「……そうだったわね」
シャインは憂いを振り払って、コチョウを見る。
あえてこの基地に来た、彼女を信じる。
ジョーやショウエンは、家族を養うためにここで戦うしかなかった。
しかし彼女は、別に家族を養う必要はない。彼女はただ、精霊使いの名誉を取り戻すために、ここに来ている。
勇敢さと強さを示し、弟が貶めた精霊使いの地位を取り戻すためにいる。
それができる自信が、彼女にはあるのだ。
「私も、彼女を、彼女の精霊を信じるわ」
※
千尋獅子子は、改めて周囲を見た。
後方で待機している古株たちもさることながら、共に戦う同期たちもまた多い。
その多くが、自分よりも強い。
その事実に、彼女は安堵を覚えた。
改めて、改めて……最初に会った元抜山隊の隊員に感謝する。
ここに三人で来ていれば、流石にどうにもならなかっただろう。
彼の評価は適正で、自分たちだけでは生きていけなかったのだ。
今自分たちは、ただの新人の一部としてここに居る。それが悔しくもある。
古株に交じっている、Aランクハンター狐太郎が羨ましいとも思う。
だがしかし、死ぬよりはましだ。命を懸けてまで、挑戦をしたいとは思わない。
死ぬのが嫌で、ここにいる。それはガイセイの言うところの、プロフェッショナルではないだろう。
さきほど一灯隊の隊長が言っていたような、モンスターの餌にされるような人間なのだろう。
(一灯隊に入りたいと言わなくてよかったわ……)
自分たちの意識は、高いつもりで低かった。そのことを、彼女は今更理解する。
そのうえで……無駄ではなかったとも思う。
自分たちは強くなりたいと思って、強くなったのだ。だからこそ、ここで働けている。
それを理解して、安堵して……緊張した。
「来たわ!」
斥候に長じた彼女のキョウツウ技、先制封じ。
ただ単に相手の奇襲を防ぐ、先制攻撃をされないだけの地味な技。
それがこの状況では、この上なく有効だった。
「みんな、注意して! モンスターが来たわ! 大軍よ!」
直接的な戦闘能力に乏しい彼女は、ここが自分の働き場所だと理解していた。
ここで何もできなければ、自分は有用性を示せない。だからこそ、全力でことに臨む。
「いい、よく聞いて! 私がモンスターたちの出鼻を挫くわ! そこをみんなで叩いてちょうだい!」
ここに居るのは、新人類ではない。
自分たちの部下でも仲間でもない、ただの同期でありただの同僚。
それを知っているからこそ、あえて彼女は嘆願する。
「蝶花、麒麟……最初だけは、私にまかせてちょうだい」
「うん……大丈夫よ」
「信じてます、頼みました」
「ええ」
残った最後の仲間に了解を得ると、彼女は術を使う。
「転職武装、忍者!」
彼女の私服が変形し、瞬時に動きやすいくノ一装束になる。
妨害や索敵、回避に優れた職業。すなわち、忍者である。
「ショクギョウ技! 芳香分身の術!」
その彼女が術を使えば、前方に複数の『獅子子』が現れる。
どれもが奇怪な、情欲をそそられる姿をしていた。どう見ても戦うことに向いていない、『さあ食べてください』と言わんばかりの無防備な分身である。
それらが、しゃなりしゃなりと、優雅に前へ進んでいく。
森のすぐ前まで、なんの陣形を取ることもなくただ進み……。
森の中から現れた、大量のデスジャッカル。
それらが我先にと、その分身に食いついていく。
それは、さながら餌に群がるピラニアだろう。
あまりにも多くのデスジャッカルが群がりすぎて、分身が見えなくなるほどだった。
しかしその分身が食われたところで、獅子子は痛くもかゆくもない。
それどころか、大量のモンスターが釣れただけで、彼女の役割は終わっている。
「今よ!」
新人たちも、あるいは古株たちも、先陣を切った彼女の技に感心していた。
見るからにただの囮だったのだが、この地のモンスターには途方もなく有効だったのである。
接近に気付いたことと言い、とても強力な斥候なのだと理解する。
(ああいう護衛が欲しかったなあ……)
狐太郎がそう思ったことは、ある意味当然だった。
「転職武装、楽士!」
新人たちの攻撃が始まる前に、蝶花がその姿を変える。
大きめの弦楽器を手にした彼女は、踊りながらそれを弾き鳴らす。
「ショクギョウ技、侵略すること火の如く!」
攻勢を告げる戦場の音楽。
それは麒麟や獅子子だけではなく、他の隊の隊員さえ鼓舞していった。
この世界において『強化属性』とされる技を、彼女は全体に波及させる。
「転職武装、勇者!」
その強化に戸惑う中で、麒麟が勇者へと転じる。
彼にとって、獅子子も蝶花も、これぐらいできて当たり前だ。
「キョウツウ技、ホワイトファイア!」
だからこそ、自分もまたできて当然のことをする。
ササゲが好んで使う炎の魔法攻撃で、いまだに囮へ群がっているデスジャッカルたちを一息に呑み込んだ。
「おおお……」
相手は所詮、Cランクの群れ。
だからこそ、一掃されたこと自体には誰も驚いていない。
だがしかし、その火力には瞠目する。
この場では最も強いであろうブゥでさえ、その白い炎には危機感を覚えた。
「僕は……抜山隊隊員、原石麒麟! 皆が茫然としているのなら、僕たち三人で全部蹴散らすぞ!」
宣言する彼の前に、白い炎を突き破ってタイラントタイガーが現れる。
手勢が全滅したからか、積極的に麒麟へ襲い掛かる。
「ショクギョウ技、シールドガード!」
それを、麒麟は左手の盾一つであしらう。
吹き飛ぶことこそないものの、襲い掛かったはずのタイラントタイガーは大きくのけぞった。
「ショクギョウ技、勇気の輝き!」
麒麟は、あえて一段力を溜める。
仰け反っている隙を有効に使って、一撃で倒そうとする。
「ショクギョウ技、クリティカルスラッシュ!」
既に、蝶花が強化を施している。
それに加えて相手の体勢は乱れ、その腹を晒していた。
そこへ、渾身の一撃を振りぬく。
「ふぅ……」
それはタイラントタイガーの腹部を深々と切り裂き、内臓を切断し、零れ落ちさせていた。
「ショクギョウ技、影縫いの術!」
それで絶命するほど、タイラントタイガーは貧弱ではない。
致命傷を受けてなお、気を抜いた麒麟へ襲い掛かる。
だがしかし、その体が一瞬だけ止まった。
油断していた麒麟に、一撃を当てられたかもしれないタイラントタイガー最後の一撃。
それは、空振りするどころか停止したのである。
「キョウツウ技、ファストナックル!」
その停止が終わる前に、麒麟は即座に打撃を加えた。
それは絶命の一撃となって、今度こそタイラントタイガーを停止させる。
「駄目よ、麒麟! 相手は野生の獣、止まるまで油断しては駄目!」
「……ああ、ごめん」
「何を笑っているの!」
「いつもの獅子子に戻った気がしてさ」
才能がある故に、油断しやすい麒麟。
それを諫めることが、彼女の役割だった。
それがこの世界でも、普通に行われた。それが嬉しかったのである。
「……今はそれどころじゃないわ、気を引き締めて! まだまだ来るわ!」
直後である。
彼女が忠告したように、タイラントタイガーの群れが襲い掛かってきた。
この世界の常識を知る者なら、到底あり得ない光景。
幾度かタイラントタイガーを撃退した狐太郎をして、タイラントタイガーそのものが複数襲い掛かってくるところなど見たことがない。
麒麟をして、一息には倒せないモンスターの群れ。
それが殺到してくる状況の中で、蝶花でも獅子子でもない、女性の声が響いた。
「炎を出して!」
それを聞いて何もしない程、麒麟は無能ではない。
「キョウツウ技、ホワイトファイア!」
襲い掛かってくる虎の群れに、白い炎を見舞う。
蝶花からの強化もあって、ササゲ以上の火力を持つかもしれないはずのそれは、しかしタイラントタイガーを止めるに至らない。
「スピリットギフト! ベクトルクリエイト!」
白く燃え上がったまま、襲い掛かろうとするタイラントタイガーの群れ。
その彼らの炎が、爆発したかのように勢いを増す。
炎の精霊が、白い炎の中で踊っていた。
高熱を極めた白熱の中で、上機嫌に揺らめいている。
ホワイトファイアを強化しつつ操作する。
「フレイムリボン!」
炎が意志を持ったように、ではない。
意志を持った炎が鎖になったかのように、大量のタイラントタイガーをまとめ上げて縛り上げる。
それは炎の鎖の如き技、炎が燃えれば燃えるほどに、威力を増す炎の精霊の技である。
「いい炎ね、私の精霊も気に入っているわ。それに私自身も強化されている……」
タイラントタイガーも、燃えたままではない。
拘束を破ろうと、必死でもがいて逃れようとする。
だがしかし、炎の勢いがそのまま拘束力につながっている。
炎を消し止めない限り、タイラントタイガーは脱出することができない。
「貴方達、やるわね」
灼熱の魔女、コチョウ・ガオ。
炎を身にまとった彼女は一切の劣等感を見せず、対等のように麒麟たちへ話しかけていた。
「蛍雪隊隊員、コチョウ・ガオよ。貴方達だけに戦わせないわ」
燃える魔女は、凛として、矜持を示している。
「これは頼もしい……お願いします」
麒麟もそれに応じる。
そのうえで、前を見た。
炎上しているタイラントタイガーは、もはや抵抗の力を失い灰になろうとしている。
だがしかし、それでもなお敵は多い。
あまりにも、多すぎた。
「タイラントタイガーが群れを成し、さらに軍隊の域にまでなったデスジャッカル……これは、Aランクモンスターがタイラントタイガーを率いているとしか……」
普段よりも更に多いデスジャッカルが、十体以上のタイラントタイガーと共に襲い掛かってくる。
その光景を前にして、リァンは最悪を予想した。
だが、その最悪は想定の範囲内。想定しているAランクが出てくるまでは、自分も引けないのだ。
「お下がりください、リァン様」
そのうえで、多くの竜騎士たちが彼女の前に立つ。
竜たちはいななきながら、デスジャッカルやタイラントタイガーにさえ戦意を燃やす。
「わ、私を守るつもりですか!」
「いいえ、違います」
それに騎乗している、率いているショウエンもまた、もはや罪悪感に浸っている男ではなくなっていた。
「邪魔です」
初見の分身や強化に気を取られ、一番槍を奪われてしまった。
最精鋭たる白眉隊の新入隊員として、ありえざる屈辱である。
それを晴らすには、ただ戦果あるのみ。
「白眉隊所属、竜騎士小隊! 総員……殲滅せよ!」
竜も騎士も、強化されている。そして彼らは、最初から強い。
正規兵の誇りを示すように、全員が魔物の群れへ向かっていった。




