納得のいくエンディング
虎の威を借る狐太郎。
最終章、最終回。
清木リネンは自分が殺されると聞いて、初めて取り乱していた。
文面化すれば、彼が命を狙われるなんて当たり前なのだ。
『私は投票で敗北したんだぞ! 私は市民に裏切られたんだぞ!? 市民に復讐して何が悪い!』
『彼と彼の父を洗脳して、妹や弟、母親を殺させたぐらいで、なんで反撃されるんだ!』
などとほざく方が理不尽だ。そんなことが分からないなんて、彼は生来の異常者だったのか。それは確実に否である。
当時の視点からすれば、戦う相手もいないのに市民が勝手に『大量破壊兵器を満載した巨大戦艦を作ろうぜ』とか言い出したのだ。
反対意見を表明するのは普通だし、国民投票によって賛成多数になったことに絶望してもおかしくはない。
これはありえざる仮定の話だが、仮にアルフ・アーの接近やラストメッセンジャーの来訪が早ければ……。
つまり『宇宙怪獣が攻めてくるから宇宙戦艦を大量に作ろうぜ』という目的があれば話は違っただろう。
さすがにその場合は『それなら作ってもいいけど、宇宙怪獣を倒した後は解体しようぜ』という穏やかな方向に舵を切っていたはずだ。
そういう意味において、彼はとんでもなく運がない。
だが彼は異常になってしまった。これは問題である。
製造するか否かという選挙で負けただけなのに、彼の中では途方もない被害者意識が芽生えてしまっていた。
神になるということは、別次元の存在になるということ。
あるいはそうなったと思い込むことである。
もっと簡単に言えば、一方的に暴力を振るう側だと思うことだ。
一方的に暴力を振るっていい対象を見つけた時、人はあっさりと神になったと思い込む。
この、一方的に暴力を振るっていい相手、というのは単純な力の差ではない。暴力を振るっても正当性が保たれる相手、という意味もある。
自分は被害者なのだから、加害者への暴力は正当な報復である。などという思い込みも含めて、人は神になれる。
だがそれは……『絶望などというものは、しょせん一時の感情、個人の所感に過ぎない』ということだ。
肥大化した被害者意識は、世の中を理不尽にとらえてしまう。
だからこそ彼は自分こそが理不尽の権化だと気付かぬまま、理不尽だと嘆いて死ぬのだ。
※
この時代の楽園の住人は、冒涜教団が配信していた冒涜行為の動画を見させられている。
狸太郎がやらされていたことも、しっかりと把握している。なんなら狸太郎自身が妹や弟を殺しているシーンも、探せば見つけられるかもしれない。
それを計画し指示していた教主や実行していた冒涜教団へのヘイトはすさまじいものがあり、同時に狸太郎や牛太郎たちへの申し訳なさも甚だしかった。
だからこそ、そうした面々で構成されている冥王軍は迷うことなく彼に協力した。
もうその時点で、彼らは職を辞する覚悟を決めていたのである。
『……次だ。次は清木リネンのところだな。そこで終わりだ』
『お供しますよ、ご主人様』
『ああ、お前がいれば大丈夫だ。ありがとう』
『いえいえ、私にとっても冒涜教団は敵でしたから』
『だが……清木リネンは関係ないだろう?』
『お忘れですか? 私も祀も、楽園でいろいろとやらかしています。あそこで捕まっても構いませんよ』
『……そうか』
二代目教主が死んだ後も、ライブ配信は続いていた。
やられたことをやり返していた狸太郎は、虚脱した顔を英雄やラスボスたちへ向ける。
『ここまでありがとうございました……行ってきます』
深く頭を下げた彼は、画面の外に出ていく。
そのしばらく後で、配信は終了していた。
冥王軍の有志たちや新生国際宇宙局のスタッフたちは、奇妙なことに冒涜教団の本殿でそれを見ていたのである。
三つの戦艦はそれぞれ修理が必要であるため、とりあえず移動したのだが……。
彼らの表情は、拷問を見た後とは思えないほど晴れ晴れとしていた。
「二代目教主の言っていたことは正しい。私たちは彼を止めなければならなかった」
警察官などで構成されている有志たちは、二代目教主の発言の正当性は認めていた。
戦闘中に死んだのならともかく、逮捕できたのなら全員を楽園に送って裁判にかけるべきであった。
まして楽園ですでに裁判を受け、刑務所に入っている清木リネンを殺しに行くなど……絶対に止めなければならなかった。
いくら非番だったとしても、別の世界だったとしても、警察官がやっていいことではない。
「帰ったら辞職だな」
「ああ、退職しよう。次はどんな仕事に就こうかな」
だがそんなことはどうでもいい。
有志たちもまた、八番目の事件の時に警察官として壊れていたのだ。
警察官に正義感は必要かもしれないが、正義感で動くことは許されない。
正義感で動けば冤罪などが発生する可能性もあるし、法的手続きの不備によってかえって犯罪者に利する行為を起こしかねない。
正義感で動かない方が社会の為になる、人々の安全につながる。
彼らはそう信じていた。
だが八番目の事件の時は、そうした信仰が打ち砕かれていた。
無辜の民が非人道的な扱いを受け、冒涜的に殺されていく状況を世界の人々と一緒に見続けた。
助けることはおろか、助けようとすることすらできなかった。
マクロな視点からすればそれでよかったのだろう。特例など作らない方がいいに決まっている。
それで納得できるほど彼らは機械的にはなれなかった。
「欲を言えば……彼の復讐対象に、私たちが入っていないことが不満だな」
なんで誰も助けに来てくれなかったんだ。
あの言葉が胸に突き刺さる。それは有志たち自身が自分に向かって叫んでいたことだ。
狸太郎が助けてくれなかったことを不満に思って、楽園全体を復讐対象にしてもそこまでおかしくはない。
さすがにその場合は協力できないが、無能な警察への復讐……ぐらいなら、自分の身を差し出しても惜しくなかった。
だが彼はあくまでも冒涜教団だけをターゲットにした。
おそらくだが、乗り合わせていた警備員たちが必死に抵抗したからだろう。
彼らは身をもって、狸太郎の中に最後の一線を引いたのだ。
「我々はこれでよいのですが……貴方たちはどうですか?」
有志たちは新生国際宇宙局のスタッフに声をかける。
彼らに止めるべきという立場はないが、止められる状況にあったことを理由に文句をつけてくる輩もいるだろう。
「最悪解体してもいいかな、と」
新生国際宇宙局のスタッフたちは、全員が穏やかなものだった。
自分達から積極的に辞職する気はないが、抗議の声によって最悪の事態が発生しても許容する構えである。
「以前の国際宇宙局は、六人目の英雄……兎太郎殿を救えませんでした。その責任を取って解体されましたし、それを受け入れてはいました。その心中は無念だったでしょう。ですが私たちは彼を救うことはできたのです。同じ解体されるにしても、心情はまったく違いますよ。そういう意味では、貴方たちと一緒です」
「……一緒ではありませんよ。貴方たちは救うべき人を全員救えた。ですが私たちは……たったの六人です。それ以外の全員を……狸太郎君に背負わせてしまった」
彼は父親を殺したとは言ったが、実際には零落者を全員殺していた。
自身も収容されていた零落者の保管施設を純血の守護者で破壊したのである。
「今の私たちはこの決着にある程度満足していますがそれも欺瞞に過ぎないとわかっている。いえ……そもそも満足感を抱くことすら罪深いのでしょうね……」
これ以上どうしようもできない。
やはり警察官たちは無力感をぬぐい切れず、映像の途切れた画面を見つめていた。
※
十人目の英雄後先雁太郎とその仲間たち。
諸英雄やラスボスの中で唯一『何があっても名前を明かせない事情をもった英雄』である彼らは、狸太郎とスザクが旅立ち映像が途切れた段階でシュバルツバルトへ向かった。
すさまじい戦いによってシュバルツバルトの広大な森のほとんどが燃え尽きていたが、そこにたどり着いた彼らが見たものに驚愕する。
諸英雄とラスボスたちが揃って、焼けついた地面に座っているのである。
「ど、どうしたんですか!? みなさん!?」
「見ればわかるでしょ、戦いに疲れたのよ」
代表して発言したのは、狸太郎と同様に際限なく再生する体を持っているはずのローレライであった。
すっかり体形を崩している彼女は、明後日の方向を見つめながらボヤく。
「噂には聞いていたけど、何よこの森。頭おかしいんじゃないの? ねえ天帝様、この近所にデカい街があって、しかもそこを守るために討伐隊が配備されていたって本当?」
「俺たちの最初の職場です」
「パワープレイで解決するところも含めて、人間は愚かね」
中央へ到達するまでの間に、激戦に次ぐ激戦があった。
進めば進む程、戦っても戦っても、とにかく強力なモンスターが湧き続ける。
全員が一時のテンションに任せて、アドレナリンによって押し切って到達していたが、スザクや狸太郎を見送ると同時に糸が切れていた。
強敵とのラストバトルならぬ、ラストダンジョンの強行突破によって、全員の精魂が尽き果てていたのだ。
「先代の魔王様が、なぜ葬の宝をおつくりなさったのかわかるな……単に必要だったからだな」
「パパ……あの時バカにしてごめんね」
「持ち逃げして申し訳ありません魔王様」
それぞれの英雄ラスボスたちは、仲間と背中合わせになり、支え合いながら座り込んでいた。
これはもう、スポーツ漫画の試合後の光景である。喜ぶとかうんぬんよりも疲れていた。
「ご、ご安心ください! 俺たちが警備しますので!」
「うんうん! 頑張ります!」
「……あのさ、この人たちがここまで疲れる敵と戦うの? 私たちだけで?」
「ヤバない?」
「……どうしよっか」
自分達でこの重要人物たちを守らなければならない。
四大殺人鬼はプレッシャーに負けそうになっていた。
一方で、狐太郎は……。
(送り出せた……)
狸太郎の力になることができた、目的を達成させることができたことに安堵していた。
(君は悲劇の英雄になるために生まれてきたのか? 君の家族は君を悲劇の英雄にするために生まれてきたのか? その通りだよ)
彼は悲劇の英雄になるために生まれてきた。まず悲劇の英雄にするという前提があり、それに合わせて体質や性格がデザインされたのだろう。
彼の家族は彼の悲劇を彩るために生まれた。あるいは、彼らには名前や画像すら存在していないかもしれない。
(俺たちが君を望んだんだ。俺たちが望むからクリエイターは悲劇の英雄を生むんだ。君だけじゃない、多くの人が『悲劇の英雄』になるために生まれてきたんだ。本当に、申し訳なく思うよ)
そして自分は、そんな彼の力になるために生まれ、戦歴を設定されたのかもしれない。それぐらい自分は彼にとって都合が良すぎる存在だった。
それでもいいと心の底から思えている。彼のための人生だったとしても、それは辛く苦しいことばかりではなかったからだ。
(あ、死ぬ)
だからだろう。彼の中にあった一本の糸が切れる感覚があった。
(俺もみんなと一緒に回復ポッドに入るべきだったか? 選択肢をミスったかもな……トゥルーエンドってやつか)
四体の仲間と背中合わせに座り込んでいる狐太郎は、猛烈に瞼が重くなっていくことを感じていた。
果たしてこれは眠いだけなのだろうか?
それとも死ぬのか?
死ぬとしても蘇生が間に合わないのか?
唐突に思えるが、気が抜けて死ぬのは普通だろう。
今までの負担を思えば、よく持ったと褒めてやりたくなる。
(このまま死んだら、最期の言葉は『俺たちの最初の職場です』か。俺らしいようなそうでもないような。さて、目を覚ますことがあるのなら、次に見るのはどんな光景だろう)
案外普通に目を覚ますかもしれない。
治療が間に合ってみんなに生還を喜ばれるかもしれない。
地獄に落ちて閻魔の裁きを受けるかもしれない。
神様から『間違えて殺した』と言われるかもしれない。
あるいは、もうおぼろげな、汚い自室に戻って、ゲームの画面を見ているだけかもしれない。
(もう一度やり直す、以外ならなんでもいいさ。どうとでもなれ)
瞼が閉じ切ってすらいないのに、狐太郎の眼は光をとらえていなかった。
「……すまんがアカネ……少し動いてくれ。お前の体温が熱い」
「私、疲れてるんだけど。コゴエが動いてよ~~」
「そうね……正直に言って、私もコゴエが冷たいわ。アカネが熱いのは我慢できるけど……」
「三体とも、うるさい。黙って寝なさいよ。ご主人様が起きちゃうでしょ?」
それでも、いつものように、四体の声が聞こえてくる。
アカネがいて、ササゲがいて、クツロがいて、コゴエがいた。
この森のすぐそばに出現した時から、この森で冒険が終わるまで、ずっと一緒だった。
声だけではなく背中にかかる体重や温度などが、四体の存在を感じさせる。
(起きたらお前たちが傍にいるんだろうな)
願望を確信のように思いながら狐太郎は意識を手放す。
もうここから先はどうなっても大丈夫。
重荷から解放されて微笑む彼は、安らかで穏やかだった。
背中合わせのまま、四体が文句を言い合い、狐太郎は目を閉じて笑っている。
彼らだけではない。
英雄やラスボスたちは、一人ではなく仲間と一緒だった。
全員が疲れた顔をしている。文句を言っている者もいる。寝ている者もいる。
それでも、多種多様なモンスターと人間が集まり力を合わせて苦楽を越えた……。
楽園の光景であった。
ここまで長くお付き合いくださりありがとうございました。
最終章も長く続けようと思えばできたかもしれませんが、それでは冗長になりすぎてしまうと思い、できるだけまとめさせていただきました。
説明過多な物語でしたので、最後やそれ以降は読者様の望む物を描いていただければと思います。
重ねて……この作品を最後まで読んでくださり、感想をくださり、いいねをくださり、誤字脱字をチェックして下さり……。
ありがとうございました。
書きたいものを書き、たくさんの方に面白いと言っていただけて、作者は幸せでした。
本日にコミカライズの最終話も更新されますので、そちらの方も是非宜しくお願いします。