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天命

本作のコミカライズがDMM様にて発売中です! どうかよろしくお願いします!

 楽園世界の法律は、瘴気世界に及ばない。

 楽園世界製の巨大兵器内ならばその限りではないが、少なくとも無許可で製造された小型船の中では違う。

 この中で何をしたとしても、楽園の法で裁かれることはない。


 だが楽園の住人に見られていれば、それは抑止力になり得る。

 出頭すると言った者に残虐な行為をすれば、それはデジタルタトゥーになるからだ。


 罪の有無とは関係なく社会正義が牙をむくだろう。

 英雄になりたいと思っている者でなくとも社会で生きる者ならば、それをためらうはずだ。

 そうでなくとも、周囲が止めるべきだ。


 刑事ドラマの刑事のように、加害者になってしまった被害者を抑え込み『これ以上やってはいけない』と止めるべきだろう。


 しかし、悲しいかな。少なくともここは刑事ドラマの撮影現場ではないのだ。


『おい、おい! わかっているんだろうな! こ、ここは、今、ライブ配信中なんだぞ!? 楽園の者の前で何をするつもりだ!?』

『お前たちが放送したことをするつもりだ』

『……そ、そんなことをしていいと思っているのか!?』

『別に。この後警察に捕まってもいいと思っている』

『警察につかまれば、全部許されると思っているのか!?』

『別に。許されなくてもいいと思っているし、死刑になっていいとも思っている』


 二代目教主の思惑とは裏腹に、視聴者すら冷ややかだった。

 これから非道の限りを尽くすであろう狸太郎に、哀れみの眼すら向けている。

 二代目教主に対しては、哀れみすら向けていない。


『お、お、おかしいだろ!? なんでこうなる!? こんなはずじゃない、こんなはずじゃない! こんなの考えていなかった!』


 彼は脳内で何度もシミュレーションを重ねたのだろう。

 その都度相手を負かし、悠々と勝ち逃げをしたのだろう。

 自分にとって都合の悪いことを言わず、自分の思った通りの反応をする人形遊びだった。


 それに意味があるのかといえば、ない。


 あるときは見下して冷笑し、あるときは愉悦に浮かれてもだえていた。

 彼がやっていたことはそれだけなのだから。


『お前を、釘付けにする』


 暴力が始まった。

 太い釘を人体に突き刺し、床に縫い留めていた。

 金づちで何度も何度もたたきつけ、釘だけではなく人体すらも潰していく。

 想像通りの絶叫が画面から伝わってきた。


『あ、ま、まって、まってくれ! 私は確かに、奴らに命令を出した! だ、だが、だからなんだ!? 実行したのは別の奴だろう!?』

『そいつらも全員殺した、こんな、ふうに、なああああああ!』

『あ、ああああ! まて、じゃあもういいじゃないか! こんな、こんなことは止めてくれ!』

『お前も! 殺す!』

『づ、づあああああ!』


 両手両足が、昆虫標本のように固定される。もだえていたこともあって、標本と言えるほどの精度はないが、そもそも標本にすることが目的ではないので問題ではない。

 本当にどうでもいいことを考えるほど、視聴者たちは冷静だった。


『な、なあ……なあ! なあ! もういいじゃないか!』


 冷静ではないのは、やはり二代目教主だけだろう。

 彼はこの期に及んでも、運命(シナリオ)が変わる可能性を信じている。

 然るべき発言をすれば自分は助かるはずだった。だからこそ、彼の思いつく限りの『素晴らしかったこと』を語るのだ。


『楽しかっただろう!? 悲劇の英雄になって! 甲種のモンスターを仲間にして! 英雄やラスボスと一緒に戦って! 勝てる範囲の強敵と戦って、知恵と勇気で勝ち残って! それで何が不満なんだ!?』


 二代目教主の言葉は、やはり詐欺師のそれでしかない。

 バカが求めることを言っているだけで中身などない。中身を用意しようと思ったこともないのだ。

 だからこそ、彼の言う『悲劇の英雄』には通じない。



『~~~……俺は、確かに、支えられた。助けてもらったし、救われたよ』



 狸太郎は地面に固定された腕を踏み、二代目教主の指にノコギリを無理矢理押し当てた。

 そこからなんの呼吸もはさまず、ゴリゴリと切っていく。

 鮮血が飛び切り絶叫が響くが、視聴者にとって印象に残らない。

 静かに語られる狸太郎の想いだけが伝わってくる。


『狐太郎さんは、凄い人だった。こんなふうになった俺を受け止めて、話をしてくれた。俺が思っていた英雄とは全然違うけど、とっても安心できる人だった。スザクも、ビャッコもゲンブもセイリュウも。俺みたいなやつをご主人様だと敬ってくれた。アイツらだって、こうしたいはずなのにな……みんなそうだ。強くて、優しくて、暖かくて。俺の我儘を聞いてくれる人ばっかりだった』


 ハイテンション。

 張り詰める。


『なんでだろうな、なんでだろうな!? こんないいことが、人生でそうそうあるもんじゃないよなあ! そうでもないか!? いやあ、禍福は糾える縄の如しっていうもんな! 人生苦もありゃ楽もあるっていうもんな! 捨てる神あれば拾う神ありっていうもんな! 人生万事塞翁が馬っていうもんな! 沈む瀬あれば浮かぶ瀬ありっていうもんな! ははははは! ことわざって同じようなのが一杯だよな! こんなに要らねえよな! 全部要らねえよな!』


 内なる葛藤が吹き上がった。


『悲劇の英雄になれてよかったね!? もう一回言ってみろよ!』

『あ、あ……指が……私の、指が……』

『もう一回言ってみろよ! って、言っただろうがよ!』


 もう片方の手の指も切り落としていく。

 今すぐ殺したい衝動と戦いながら、なんとか拷問を継続している。

 映像越しに、彼のハイテンションが伝わってくる。


『あの時! あの、あの、あの時! あ、あああああああ! あの、あの、あの時!』


 狸太郎は衝動的に自傷する。

 自分の体に釘を突き刺した。


『弟は! 妹は! 俺が、こ、殺した妹と弟は! あんなに助けてって叫んでいたのに! 俺はそれを聞いていて、覚えていて! 今も頭の中で反響している! あ、あああああ! 妹と弟は、助けてって言って! 母さんも父さんへ正気に戻ってって言ったのに! あの言葉は、笑われるだけで、見られていただけで! 誰も、助けに来てくれなかったのに!』


 何本も何本も、自分の体に釘を刺していく。


『なんでだよ! なんで今更、俺に! こんなに! こんなに! 心強くて力強くて優しくて暖かくて格好いい英雄がたくさん来てくれるんだよ! 妹と弟と母さんは! 誰も助けに来てくれなかったのに! 奇跡なんて起きなかったのに! なんで、なんでだろうなあああああああ!』


 冒涜教団は、冒涜的行為をライブ配信していた。

 彼らが行ったことの中に、被害者として狸太郎もいたのだろう。

 それを思えば、彼がこうなっても咎められるものではない。


『あの時だよ! あの時、俺の運命が切り替わったんだよ!』


 びりびりと自分の服を破く。

 狸太郎は痛々しい体の傷を見せつける。

 釘を抜いていくと、体の傷が急速に治っていった。


『俺は、あのとき! 天命を悟ったよ!』


 際限なく再生する特異体質。

 頭部であっても脳であっても、外部から回復魔法を受ければ際限なく再生する。

 外科的な洗脳から逃れることができた、唯一の理由。


『アイツらが、壊れた俺を回復ポッドへ雑にぶち込んだ! 頭部の機械はついたままだったが、回復ポッドの回復エネルギーで俺の頭部は再生し、機械は結果的に外れた! 俺は、正気に戻った! 正気、正気!? ああ、俺は正気だよ! 妹や弟を殺した時とは違ってなぁ! 父さんを殺した時はなぁ!』


 人間にある二十の指を全部切り落とす。

 それでも痛めつけ足りないと言わんばかりに解体を続行する。


『俺はな、小さいころから自分の特異体質を知ってはいた。だがなんの意味もないと思っていた。今のご時世、大ケガをするはずもない。七人目の事件が起きてから、百年は平和だったもんな。珍しい血液型と変わらねえ、何の意味もない特技で終わるはずだったよ! それで! あの時だよ!』


 自分の特異体質には意味があった。

 洗脳から脱し、復讐の道を歩むことができた。

 冒涜教団という巨悪に立ち向かい、壊滅させることができたのだ。


『ふざけやがってよおおおおお!』


 自分は悲劇の英雄になるために生まれてきた。

 家族は悲劇の英雄の復讐の理由になるために生まれてきた。

 冒涜教団を壊滅させるために、天が彼を選んだのだ。



『何が、天命だ!』



 復讐の道を歩くと同時に、何もかもがうまく回っていった。

 冒涜教団を滅ぼすために、運命は彼に素晴らしい道を作ってくれた。


 それは認める。だが感謝などできるわけがない。


『俺は英雄になって! 正しいことをしていて!? だからいろんな人が助けてくれる!? 凄い人が親身になってくれる!? それだけの価値がある、大義がある!? 俺の家族に! 俺の、家族に! その価値はなかったって言うのか!? 天は! 助ける価値がある奴しか助けないのか!? 叫んでも助けてくれないのに!?』


 復讐しなければならない。

 だが復讐が順調すぎる。運命に道を整えられているという気がしてならない。

 それでも復讐しなければならない。

 手助けしてくれる人に申し訳ないが、助けてくれるたびに『どうして今更助けてくれるんだ』という不満が吹き上がる。

 それでも復讐しなければならない。

 自分のことを助けてくれる人たちは、みんな一生懸命だ。こんなに迷惑をかけてまで復讐をしなければならないのか?

 それでも復讐しなければならない。


 死にたい。

 今でも家族のことを思い出す。

 楽しかったこと、苦しめて殺したこと。

 母を殺した父を、残った唯一の肉親を、洗脳から助けられないと分かっていたから殺したことを。

 それでも、復讐しなければならない。


『俺は天を呪った! だがそんなことはどうでもいいほど、お前たちを殺さなければならない!』


「愚かな」


 清木リネンは、心底からうんざりしていた。

 何が十二人目の英雄だ。結局私情で動いているだけだ。

 他のラスボスたちも、英雄たちも、それを看過しているではないか。

 感情で政を、秩序や規則を乱せば国が終わる。


 ある意味では、二代目教主が正しいのだ。

 そもそも復讐を止めて、教団員を全員拘束するべきなのだ。

 それだけが唯一の正解であり、他の選択をすれば悪であり愚かだ。


 やはり自分以外の誰もが愚かなのだ。

 最も愚かな選択をした者たちを見て、清木リネンは安心する。

 自分は間違っていないと確認するとき彼は安らげるのだ。


『な、なあ、待ってくれ、待ってくれ……』


 なおもあがく二代目教主。

 ああ、なんと惨めで醜く愚かなのだ。

 もっと、もっと惨めになってくれ。もっと無駄な抵抗をしてくれ。


『確かに、私は、お前たちを、操って、酷いことをしたのかもしれない。だが、だがな? 私だけが悪いのか? 私の責任なのか?』


 自分だけの責任ではないのだから自分が罰を受けなくてもいい。

 自分以外が責任を取ればいい。自分の責任など知ったことではない。


 究極の責任逃れだな、と失笑する。

 いや、もはや微笑んでいたのかもしれない。


『全員殺す』

『ま、まて、待て……』


 同じことを繰り返すな、別の切り口であがけ。

 そうでないと退屈してしまう。


『私だけが悪いんじゃない、私だけの責任じゃない。だから悪いのは私じゃなくて……殺された他の奴が悪いし、だから、私は悪くないし、殺されるのはおかしい……そうだ、そうだ。私は騙されていたんだ、さっきも言ったが私は初代教主に騙されていたんだ』


 下らない。

 騙されたお前が悪いのだ、お前は自分の意思で冒涜をしていたのだ。

 簡単に騙されたということは、お前は騙されることを望んでいたのだ。


『だから、殺すなら、初代教主に……』


 あらためて、二代目教主の全身が映る。

 かつて辱めて殺された、冒涜教団の被害者のようだった。



『ああ、そいつも今から殺しに行く』



 この言葉で、清木リネンは神の座から引きずり降ろされた。


「は?」

『は?』


 二代目教主と初代教主は、世界を越えて共感していた。


『楽園にいようが刑務所にいようが、一切関係ない。もちろん殺す、お前と同じように殺す』


 今更、清木リネンは蒼白になった。


『ば、ばかな……それこそ、犯罪だ……』

『何度も言わせるなよ。俺は復讐したいだけで、合法かどうかは気にしていない』


 一方で、もはや穏やかになった声で、狸太郎は復讐への道が舗装されていることを語る。


『スザクが付き合ってくれると言った。アイツは甲種だからな、楽園の戦力じゃ止められない。ここにいる英雄やラスボスが看過してくれるんなら、この復讐は……』


 がしゃんと、携帯端末を破壊するリネン。

 彼は焦燥に駆られるままに、独房の扉をガンガンと叩いた。


「おい、おい、おい! おい、おいおいおいおい!」

「どうした、囚人番号×××番。静かにしろ」


 刑務所に勤めているロボットが、扉越しにゆっくりと返事をしてくる。

 そののんびりさに怒りながらリネンは絶叫していた。


「頭のおかしい犯罪者が私を殺しに来ると宣言した! これは犯行声明、いや、犯行予告、いや、殺害予告だ! これ自体が犯罪だろう!?」

「そうだな」

「逮捕しろ! あ、いや、違う! 殺せ! 殺せ! 相手は最強のモンスターを従えているんだぞ!? 何としても殺せ、それが法というものだろう!?」

「そうだな、その通りだ。私情による復讐など許容されるものではない」


 実際のところ、清木リネンを殺そうという者はこれまでも大勢いた。

 中には自ら重犯罪を犯して、同じ刑務所に入ろうとしたものまでいた。

 楽園の治安維持組織は、それらをすべて排除している。


 彼らは私情を挟むことなく、職務を全うしていた。

 それは今も変わらない。


「我々も全力を尽くそう、それだけは約束する」

「……は?」


 法治国家において、警察機構も軍隊も、装備は厳重に定義されている。

 国家の暴力装置だからこそ、何をしてもいいわけではないのだ。

 それは奇しくも、清木リネンが唱えていたことである。


 戦争を誘発しかねない強大な戦力を持たねばならぬぐらいなら、座して死ぬべきなのだと。

 ついに、その政治的理念を自ら実践する時が来たのだ。


「……そんな、ばかな」


 リネンは後ずさった。

 自分が、自分が、この自分が、拷問されて殺される。

 その運命が決まっている。


 嫌だ。

 他の何の感情も抱けないほど嫌だった。


 巨大兵器の自爆に合わせて、政治的理念を証明するために一瞬で死ぬのならいい。

 だが拷問されて死ぬなど嫌だ。


「あ、あ!」


 それを避ける唯一の方法を彼は思いついた。

 

 その考えに同調するように、ドアを開けてロボットの刑務官が入ってくる。


「言うまでもないことだが、楽園の法では受刑者の自殺は防ぐことになっている。安心したまえ、私は私情を交えることなく法律を順守する」

「あ、あ」

「君が心を病んでも、体を傷つけても、きちんと治療させてもらうよ」


 ロボットが笑っている気がした。


 彼の笑みを見るのは初めての気がした。


「現在の君は心を病んでいるようだ。ひとまずカウンセリングに行こうか。それは君の権利だ、後ろめたく思う必要はない」

「そ、そういう問題じゃない!」

「殺害予告をされたのだから、気が動転しても当然だ」

「そうだが! そうだが! そうじゃないだろう!? 私を守るためなんだ! 私をここから出してくれ!」

「安心したまえ。ここは最も安全だ。ここより安全な場所などないよ。それにそのように特例の措置を取るには、法的に厳正な審議を通して許可を取らなければならない。それを申請するということでよろしいかな? いや、そもそも申請を行うのは刑務所の所長であって君ではないな」

「何を、悠長なことを!」

「……いや待て、君が殺害予告を受けていて、この刑務所が襲撃を受ける可能性があるということはだ」


 楽園に死刑はなく、受刑者であっても人権は保障されている。

 刑務官のロボットは、あくまでも職務を全うしようとしている。


「他の受刑者が全員危険だな、すぐに移送の提案をするとしよう。君を狙う者からの襲撃で傷つくのは我ら刑務官だけで十分だ」


 もはや言葉もない。

 刑務所の中が楽園であるわけがないのだ。



 彼もまた、冷笑の対価を支払うことになる。

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― 新着の感想 ―
八番目事件の終結時に冒涜教団ランダムワープして敗者世界に行きリネンが冒涜教団と逸れて結果的に教主じゃなくなるので楽園住人の狸さんが冒涜されたのはリネンが教主やってた時やんね
清木リネン君。 それから、あー、何だ、氏名が意図的に省かれてる二代目教主君。 <理解>が足りんようだな。 そして、第四の壁のこっち側にすら<理解>出来ん人が絶叫しておるようだが。 当然ながら、メタ…
 ああ、リゥイ達を思い出すなぁ……  狐太郎がとかく気に食わなくて、攻撃的で。でもカセイを守るのが職務だから。  気に食わないのをひたすら我慢して、職務に励んでいた彼らを思い出す。  刑務官は囚人を…
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