望まれた新しい命
もうこれが最終回でいいんじゃないかって雰囲気の話です。
長く続いた面談も、いよいよ最後となる。
十一人目の英雄、雄の中の雄、始祖、葱背鴨太郎。
狐太郎、蛇太郎、狸太郎と同じく魔王の宝の所持者……であった者。
婚の宝、太母孵卵器を初めて使用し、更に本来の用途である『繁殖』を行った英雄。
蛇太郎が過去を清算した英雄であり、狐太郎が現在を支配している英雄であるように、未来を変革する英雄であると言える。
狐太郎のもとに訪れた彼は、四体の仲間と四体の子供を連れてきていた。
当然であるが、母親と子供はそっくりである。
顔云々ではなく、種族として同じだった。
宇宙怪獣の赤ん坊は肌の質感や角などが母親そっくりであるし、宇宙戦艦の赤ん坊は母親と同じような装備? をしているし、宇宙人の赤ん坊は光の精霊としての流動する肉体を見せていた。
そして、なんだかよくわからん生物の赤ん坊は、やっぱりよくわからん姿をしていた。
「どうです、かわいいでしょう? 僕たちが望んだ新しい命です!」
「う、うん……かわいいと思うよ……うん、かわいいとは思うよ」
「へ、あたぼうよ。それこそ宇宙一カワイイ私たちの赤ん坊だぜ」
「同率一位で、私の赤ん坊もカワイイと評価します!」
「私個人にとっては宇宙一カワイイですね。同率はいません」
母親たちは目から火花を出しながらけん制し合っている。
互いに自分の子供が一番かわいいと言いあっていて、相手はそれ以下だと信じて疑わない。
Aランク中位、Aランク上位の昏たちが、今にも殴り合いを実行しそうであった。
(ギスギス系ハーレムが来たな……)
赤ちゃんをカワイイ、とは思う。
しかし母親たちはまったく可愛くない。互いに敵対心をむき出しにして、自分が上であると主張してくるのだ。
Aランク上位が一体いるのだから、彼女を頂点にしたヒエラルキーがあるのでは、という淡い期待は霧散していた。
誰かが頂点にならないと、この争いは終わらない!
「実に攻めていますねえ! それでこそ生物ってもんですよ。貴方もそう思いますよね?」
「うん! みんな輝いているね! みんなすごく熱いね!」
(なんか、赤ん坊が喋ってるんだけど……)
Fランクモンスターであるというコロブと、その赤ん坊は楽しそうに笑いながら話をしている。
腹話術とかではなく、普通に会話をしているのだ。
昏とはそういう生き物であると、今回の戦いで嫌というほど思い知った狐太郎だが、それでもさすがにドン引きである。
一方で、ドン引きしていることを悟られないようにしていた。
自分の赤ん坊、というか自分の種族の生態をドン引きされたら普通に嫌だろう。
(あれ、この流れってもしかして……赤ん坊を抱っこしてみますか、とか言われる流れか? ヤダよ……怖いよ……ううっ古傷が!)
かつてアカネに踏みつぶされた古傷が痛む。
相手は大型犬どころかAランクモンスターである。
噛まれたら肉ごと食いちぎられかねない。
しかも相手は宇宙怪獣と宇宙戦艦と宇宙人の擬人化赤ん坊。
毒液をおもらししたり、大量破壊兵器をくしゃみで発射したり、笑ったらビームを出してくるかもしれない。
未知の生物に、人間は怯えるものだ。
その一方で、相手は人間的な倫理観も持っている。通常のモンスターは必ずしもそうではないので、その点が厄介と言える。
お前の赤ん坊怖いよ! とか、事実でも言われたらいやだろう。
「あの~~、よろしいですか? 私たちにも赤ちゃんを抱っこさせてほしいんですけど……」
「お願いします……よろしいですか?」
「あ、わ、私も……」
そう思っていたところ、冒涜教団製の三体の昏が動いていた。
四体の母が抱える子供達に興味津々で、遠慮しながらも前のめりになっている。
コーラルリーフが前のめりになって、その中に入っているネプチューンものりだしてきていて、更にヒヤシンスも乗り出している。
絵面が面白いが、全員Aランク上位モンスターである。
「おう、抱っこしていいぞ!」
「ふふふふ、承認いたします!」
「もちろんです!」
昏という意味では同胞であるオキル、タマワ、ムスビは彼女たちに子供を預けていた。
三体とも、年頃の女の子のように、赤ちゃんを抱っこして盛り上がっている。
(背筋がすごい、いや体幹がすごいのか……)
ヒヤシンスとネプチューンは、下半身を他の個体にめり込ませたまま、前のめりになりながら赤ん坊を抱きかかえている。
赤ん坊と言っても生まれてしばらく経過しているので、結構重そうなのだが……それでも軽々と抱えていた。
流石のAランク上位モンスターである。
(この子たちが、初めて役に立ったな……いやまあ、毒にも薬にもなっていなかったんだけども……)
これでもう、鴨太郎の仲間の『赤ん坊を抱っこしてほしい欲』は満たされただろう。
まあもう一体いるのだが、抱かなくても自然な感じになっている……といいなあ。
「それで! 狐太郎さん!」
熱血している四児の父、雄の中の雄。
鴨太郎は狐太郎に詰め寄り、男子らしいことを聞いてくる。
「この瘴気世界で、どんな冒険をしたんですか!? 貴方から直接聞きたいんです」
なんの気なしの言葉に、狐太郎はやはり感極まった。
ああ、本当に終わるのだな。
自分の役目は、本当に終着間近なのだな。
後進に自分の冒険を語るとは、彼にとってそういうことだった。
「ああ、そうか。それなら、時間が許す限り話そうか」
「ありがとうございます! 俺、兎太郎さんや牛太郎さんからも話を聞いたんですけど、とっても楽しかったんです! 狐太郎さんからも聞けるなんて、英雄になってよかったです!」
「……長い話になるよ」
狐太郎は、ふと回復カプセルに入っている仲間を見た。
アカネ、ササゲ、コゴエ、クツロ。
今も自分を支えてくれている四体の魔王が、安らかに眠っている。
「俺は仲間の四体と一緒に、先代魔王を討った。その先代魔王は最後の力を振り絞って、俺たちは瘴気世界……その中でも一番危険な、シュバルツバルトという魔境近くに飛ばされたんだ」
自分のように不誠実な主に、彼女たち四体はずっと従ってくれていた。
物語の最初を語り始めた今、物語の最後に差し掛かる今、彼女たちは傍にいる。
涙をこらえながら、狐太郎は物語を伝えていった。
「シュバルツバルトの近くには大きな街があってね、そこを守るために前線基地があったんだ。俺たちはそこに常駐している討伐隊に合流して……ずっと、一緒に戦っていたんだよ」
シュバルツバルトの討伐隊。
大都市カセイを守るために結集した、出自を問われない強者の集団。
Bランクハンターの上澄みで構成された、世界最強格の武装勢力。
今思っても、本当に強い集団だった。
「白眉隊、その隊長ジョー・ホース。蛍雪隊、その隊長シャイン。一灯隊、その隊長リゥイ。抜山隊、その隊長ガイセイ。彼らが俺たちを迎えてくれた……」
懐かしいと感じるのは、老いなのだろうか。
楽しかったわけではない、充実していたとも言い難い。
仲間に恵まれていたのか、と言われても何も言えない。
だが彼らは、少なくとも有能で優秀で……。
自分以外が、輝いて、燃えていた。
「俺の後にも、たくさんの仲間が来た。治癒属性を修めた公女、リァン。不落の星とたたえられた竜騎士、ショウエン・マースー。灼熱の魔女と呼ばれた精霊使い、コチョウ・ガオ」
そんな、こんな男にも友人ができた。
本当に通じ合った友人だった。
「セキトとアパレを従える悪魔使い、ブゥ・ルゥ君。彼とは特に、親しくさせてもらった……俺の護衛だった」
彼がいてよかった、自分のような人間が自分だけではないと安心できた。
「原石麒麟、甘茶蝶花、千尋獅子子。究極のモンスター……そしてAランクハンター、ホワイト・リョウトウ。多くの人が討伐隊に参加して、俺たちは……たくさんの強大なモンスターと戦ってきた」
ラードーン、エイトロール、ベヒモス、カームオーシャン、ダークマター、プルート。
Aランク上位モンスターをはじめとする、強大すぎるモンスター群。
それらが湧き続ける最悪の魔境で、自分は翻弄されていた。
「そうしていた時……俺が属していた央土が、周辺四か国から同時に攻め込まれた。俺たちはその中でも西重と呼ばれる国と戦うことになった……」
西重という国との戦争を思って、脳裏に浮かぶのは戦争の跡だった。
破壊されたカセイ、兵士の死体が転がっていたカンヨー。
敵の大将軍と対峙した時のことよりも、そちらに思考が向かってしまう。
ああ、思えば。
あの時の魔王は、本当に疲れていた。
自分も、彼女たちも本当に酷使されていた。
健全な英雄とは、そういうものなのだろうか。
「たくさん人が死んで、たくさんの物が壊れたよ。多くの血が流れた」
大人は多くのものに触れることで、子供のころに持っていた夢や情熱がそぎ落とされていく。
自己への万能感も、漫然とした平和ボケも、世界が都合よく回っていくという自己中心さも。
残っているのは、足されたものだ。
「俺はなぜか生き残って、こうしてここにいるよ」
自分が無力と知り、戦争の過酷さや、世界のままならなさを知って。
湧き上がるのは『自分が生きていることの後ろめたさ』だ。
何もかも上手く行かないのに、自分はなぜか生きていて、出世し続けてここにいる。
「……ごめんね、結構詳しく話すつもりだったんだ。長く、君が楽しめるように。でも、アレだな……話すことがありすぎると、こんなもんなんだな」
人は時として、自分のやっていることや苦労していることを箇条書きにして、相手に伝えようとする。
まったく無意味な自己満足に他ならない。
箇条書きして多ければ多いほど偉いとか、苦労しているとか、そういうカウントをするのだろうか。
相手の方が多かったら納得するのだろうか。
自分の苦しさを知ってほしいという気持ちは悪ではないが、量を揃えれば相手にマウントをとれるというのは浅ましい。
狐太郎も羅列しようと思えば、いくらでも羅列できる。
細やかな苦労も、大きな苦しみも、仕事の辛さも。
箇条書きしようと思えばできてしまえる。
だがそれに、彼は意味を見出せなかった。
倒したモンスターの種類、数、回数、日数。
戦った敵、従えた味方、数、強さ、運び、かかわり。
そして、自分の仕事。
自分の口から伝えるべきだと、まったく思えなかった。
ああ、俺は空っぽだ。
これは本当に、自分の人生だったのだろうか。
これが己の天命だというのなら……。
「いえ……すごく、凄い感じがして、素敵でした!」
「そうか……」
「俺、無責任でしたね。貴方の冒険は、戦争でしたもんね。話しにくいことを聞いて、すみませんでした。でも、狐太郎さんがすごい人なのは良くわかりました!」
「……そうかな」
「最後の戦い、一緒に頑張りましょうね!」
目の前の彼は、軽く『最後の戦い』と言った。
彼にとって、戦いの先にある日常こそが本当の居場所なのだろう。
だからこそ、最後の戦いに対して意味を見出さない。
あまりにも充実している人物だ。
あまりにも眩しく、そして自分が何かをする必要のない相手だ。
「失礼します」
十一人目との話が終わった時、十二人目の英雄が暗黒の空気を伴って現れる。
今なお復讐のさなかに生きる男は、仲間とともに呼びに来た。
「どうやら奴は、思った以上に根気がなかったようで……もう、動き出しました。俺たちの想定通りに、です。行きましょう、狐太郎さん」
「ああ、こっちも準備はできている」
ちょうど、というべきだろう。
回復カプセル内の液体が排水され、回復していた女性たちが現れる。
狐太郎を支えていた四体の魔王が、万全の体調を取り戻していた。
「行こう、狸太郎君」
「はい……今度こそ、今度こそ、終わらせます」
本当の意味で、最後の戦いがはじまる。
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